anopara

言葉選び

創作活動に関連して、意図的に使わないようにしている言葉みたいなのがあるな、と思ったので書いてみる。

なお、予め書いておくとここで書いている言葉は「私は使わない」というだけの話であって、一般的に使わないほうが良いと主張しているわけではなく、したがってすでにここで述べられているような言葉をすでに日常的に使っている方々を批判したいという意図は全くありません。←こういう但し書きみたいなのも止めたいです。もっと言うと。全員が全員同じ考えでいることは不可能なので、考えが他人と違うことでダメージを受けないようになるといいな。

売り子

売り子とは主に同人誌の即売会などで、同人誌の販売を手伝ってくれる人(有償、無償問わず)のことを指していう。

ちなみに一時期、「売り子」という言葉がTwitter上での凍結対象ワードだという言説が流れた。この言説自体は確証が取れていない(Twitter社の凍結判定ロジックは非公開なので検証しようがない)のでかなり眉唾ものだと考えている。

私は、この売り子という言葉を使わない。まず、売り子を辞書で引くと次のような意味がある。

1 雇われて、商品を店先で売ることを仕事とする人。また、列車内・駅・劇場などで商品を売り歩く人。 2 商家で、商品を行商する使用人。 3 男色を売る者。若衆。 「この所も、—、浮世比丘尼のあつまり」〈浮・一代男・三〉 うり‐こ【売(り)子】 goo 辞書

3の意味を知っている人はあまり居ないとは思うものの、特に人を指して言う言葉ではあまり悪い意味を含む言葉を使いたくない。

たとえ3の意味が無かったとしても、「売り」という言葉を人に指して使うこと自体があまり良くないと個人的に思っているのでこの単語は使わないと思う。加えて、最近だと「出し子」「受け子」などの言葉が特殊詐欺で使われていてよく報道されているので、「〜子」という言葉自体に良くない印象が付随するような気がする。

決定的なのは「売り子」という言葉はあまり一般社会で使われない言葉であるのに加えて「店番」というより一般的に広く意味が通る言葉があるので、私は単に「店番」という言葉を使うようにしている。

戦利品

よく同人誌の即売会が終わった後に「戦利品」と書いてその日に購入したものをSNS上に載せるという文化?がある。

これも、「戦利品」という言葉が個人的にはあまり好きではないので使っていない。私は大戦期のノンフィクション小説をよく読むので、戦利品という言葉からは戦士した敵国兵士が身につけていた時計などを奪ったり、日本兵の金歯を遺体を損壊して抜き取るというエピソードを思い出して具合が悪くなる。戦利品というのは相手国(や相手国の国民)の財産を奪ったもの、というのが本来の意味だ。

せんり‐ひん【戦利品】 戦争で、敵から奪い取った物品。戦場または占領地で敵から押収して自国の所有とする動産。 [補説]近年、「苦労や努力をして手に入れた物品」などの意味で用いられることがある。 戦利品(せんりひん) goo辞書

補説の所に記載してあるとおり、言葉は常に流動的で新しい意味を与えられる。だから別にこの言葉を使うことは良くないとまでは言わない。それは冒頭にも記したとおり。ただ、私は使わない。具合が悪くなるから。

頒布

特に二次創作の同人誌を販売することを「頒布」と呼ぶ。頒布とは単に配ることを表す名詞である。なぜこの言葉が用いられるようになったかというと、二次創作の場合は原著作者の許諾を得ていないグレーゾーンでの活動になるがために利益を上げてはならないから「販売」ではなく「頒布」であり、利益を上げることを目的とせず単に配っているだけですよ、ということを強調したいという意図があるらしい。

上記の流れ自体には特に何か言いたいことはない。

ただ、上記の背景を鑑みるならば、一次創作の場合は「販売」と言ってしまってとくに問題ないはずだ。より厳密に書くならば、

  1. 販売する商品が著作権法、児ポ法、その他法律と照らし合わせて明らかな問題がない
  2. 利益を正しく税申告している

ならば、利益を取って販売することは何ら問題ないはずだ。だから私は販売、という表現をする。

ここからは私の考え過ぎかも知れないが、利益を上げても問題ない状況であえて頒布という言葉を使おうとするとき、その背景には「利益を上げることは卑しい」という意識があるように思える。実際、「販売」という言葉を使う人がその人の言動を総合的に見て卑しく見えることはあると思うが、この言葉を使ったから卑しいという意識がもしあるのであれば、それは行き過ぎだと個人的には思う。

あるいは、私の作品は利益を頂くほどのものではございませんという謙遜の意図もあるのかもしれない。しかし、これもあくまでも個人的な意見ではあるが、そこまで行くと謙遜ではなくて卑下の領域に入ってしまうような気がしており、なるべく避けたいなと思っている。

おわり

結論は特に無い。言葉はみんなの使い方によって決められるので私がどう思おうと世間がその流れを決める。ただ、なんかこう世間が決めた言葉を無意識に自分の中に取り込むことにはちょっとでも抵抗したくなってくるな、と、いち物書きとしては思ったりもするという話だった。以上終わり。

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