【質問#223】SNSが怖くなった、今後の付き合い方について

質問・悩み相談の回答です。

質問

お世話になります。
文章を書くのが久々なので上手く今の状況をお伝えできるかどうかわかりませんが、相談させていただきたいと思います。

私は現在26歳の男で、12歳くらいの頃にブログをはじめ、15歳からは活動の場をツイッターに移し、それからアカウントを2~3度変えながら現在までツイッターで趣味の交友を楽しんでおりました。
しかし、1か月ほど前からツイートすることが怖くなり、次第にタイムライン、リプライ、いいねの通知すら見たくないという状況に陥ってしまいました。
特に炎上したりだとか、アンチに粘着されているとかいうわけではありません。
原因はおそらく、自分自身が軽い愚痴、不満などを抱いたとき、それをツイートすると自分の中でその愚痴や不満がどんどん重くなっていき、精神的にしんどくなっていることに気づいたからだと思います。
私「はぁ、仕事ミスした…俺って使えないなぁ…」→ツイートする→私「俺ってホントに使えないのかなぁ…どんな仕事してもダメなんじゃないのかな…仕事できなくてどうやって生きていけばいいんだ…」
といった感じです。
※以前はそんなことは全くなかったのですが、最近仕事、プライベートともに色々と悩むことがあって、それも影響していると思います。
「愚痴、不満を呟かなければいいのでは?」と思い、楽しかったことだけをツイートした時期もありましたが、今度はなぜかいいねの通知やリプライに対しても不快感を感じるようになってしまいました。

今現在はスマホからアプリを消し、PCのブラウザもブックマークを外した状況でいます。PCはログインしたままですので、癖で履歴から遡ってツイッターを開いてしまうことはありますが、基本的にはツイートはしていません。
そして開いてタイムラインを見たときには決まって胸がゾワゾワと不快な感じになります。

ツイッターを見なくなって精神状態は以前より安定してきているので、このまま辞めてしまったほうがいいのかなぁとも思いましたが、好きな猫の画像や面白い動画などを見られなくなってしまうのも嫌ですし、ツイッターで繋がって仲良くなった人もたくさんいるので、辞めてしまうのも非常にもったいなく感じます。
できればツイッターを辞めずにまた以前みたいに楽しくツイートができたらいいなと考えています。

根本的な原因は病院に頼って解決すべきかと思っていますが、あくまで今回はSNSとどうやって付き合っていけばよいか、もしくはこのまま辞めてしまうべきなのか、ということについてwithpop様のご意見をいただけますと幸いです。
よろしくお願いいたします。

回答

まず一点、質問が届いてからそれを見つけるまで半月ほど放置してしまいました。すみません。投稿された文章はメールとして届きますが、現状、技術的な問題により必ず迷惑メールとして分類されてしまうので気づくのがどうしても送れてしまいます。技術的な問題と書きましたが原因はわかっていてそれに対処しないのはもっぱら私の怠慢によります。

さて、年齢が添えられたインターネットのお話を見るとどうしても私は昔話をしたくなりますね。私もTwitter歴は9年〜10年ほどだったと記憶しております。それまではブログをやっていました。それより前は個人ホームページという時代でしたね。いつの時代にも私はこんな事をしてました。文章を書いたり絵を描いたり、ですね。

1か月ほど前からツイートすることが怖くなり、次第にタイムライン、リプライ、いいねの通知すら見たくないという状況に陥ってしまいました

こういう時はよくあると思います。Twitterに限らず、その昔はmixi(日本でおそらく初?のSNSです。最初期は招待制で、すでに会員になっている人から招待されないと入れませんでした)が登場したときから「SNSがつらい」という話はよく言われてきたと思います。確か、本質問コーナーでもそんなお悩みが過去投稿されていたような記憶があります。ちょっと検索した限りでは見つけられませんでしたが…。

SNSが辛い理由はいくつかあると思いますが、まず一般人の生の情報が聞こえてしまうというのが良くないところだと思います。有名人ではない普通の人が投稿する普通のことを目にすると人はどうしても自分と比較してしまいます。それがわかっているからSNSに掲載される情報はいい方向にバイアスがかかったようになり、結果、「みんながキラキラしているようなSNSはしんどい」という印象を持ちます。Twitterはどちらかと言うとそういう人は少ない気がしますが…。

もうひとつ思いつく理由としては、自分が見たくない情報が目に入ってしまうということですね。「見たくもない情報」は人それぞれですが、私の場合はEV最高!仮想通貨最高!大麻最高!という人たちの主張と、子供が傷つく事件の情報、あとはジェンダー論の浅い論議とかそういうのですかね。あまりにも気軽に読めてしまうので情報の取捨選択ができないまま、短文の文章や数枚の写真が脳内に強制的に入り込んでしまいます。私はこれが嫌で定期的にTwitterを見るのを止めます。最近はちょっとでも気に入らないことを目にするとすぐにアカウントミュート・キーワードミュートするのでだいぶダメージは軽減されましたが。

見たくもない情報が強制的に頭に入ってくることを、私は「犬のうんこが1mおきに落ちている歩道を歩くこと」と表現しています。見たくもない、触れたくもないものが定期的に目に入ってしまうところに意識的に踏み入るには何か理由が必要です。犬のうんこを踏むのが心底嫌になった時に「何となく」という理由でうんこ歩道を歩くのは止しておいたほうが良いのは明らかです。だから、しんどくなったら特に理由がない限りは開かないようにする、つまり、質問者様がされているように

今現在はスマホからアプリを消し、PCのブラウザもブックマークを外した状況でいます。PCはログインしたままですので、癖で履歴から遡ってツイッターを開いてしまうことはあります

この対応は適切だと個人的には思います。

さて、質問者様がTwitterを開くのが嫌になった背景としては

自分自身が軽い愚痴、不満などを抱いたとき、それをツイートすると自分の中でその愚痴や不満がどんどん重くなっていき、精神的にしんどくなっている

という流れがあり、その背景として

以前はそんなことは全くなかったのですが、最近仕事、プライベートともに色々と悩むことがあって、それも影響していると思います

ということを挙げられています。また、

楽しかったことだけをツイートした時期もありましたが、今度はなぜかいいねの通知やリプライに対しても不快感を感じるようになってしまいました

という具体的な状況も挙げられます。

リプライの場合、内容によっては自分が不快感を感じるということもあるかもしれませんが、具体的な内容を伴わない「いいね」についても不快感を感じるというのは、内容に関わらず物事を悪い方向に捉えてしまいがちな状況にあるとまでは言って良いと思うので、そう考えると確かにご自身で考えておられるように「仕事やプライベートでの悩み」が精神状態に影響している可能性はあるような気がします。

根本的な原因は病院に頼って解決すべき

と書かれてもいますので、おそらくはご自身としては医療機関にかかるべき程度の症状はあるということなのでしょう。

以上を踏まえて重要だと思うのは

ツイッターを見なくなって精神状態は以前より安定してきている

という事実で、これはTwitterを見ないことと精神状態が安定してきたことの因果関係が断定的に書かれていますので、おそらく実感としては強いのだと思います。で、あれば少なくとも精神状態が正常である状態に戻るまではTwitterは見ないほうが良いのでは、と個人的には思います。犬のうんこが落ちてますからね。犬のうんこを注意深く避けて神経を消耗しても良いと思える程度の動機が生まれるまでは見るのを止めたほうが良いんじゃないかなぁと思います。

ただ、一方で

好きな猫の画像や面白い動画などを見られなくなってしまうのも嫌ですし、ツイッターで繋がって仲良くなった人もたくさんいるので、辞めてしまうのも非常にもったいなく感じます。
できればツイッターを辞めずにまた以前みたいに楽しくツイートができたらいいなと考えています。

この気持ちも私個人としてはよく理解できるところではあります。

以上を踏まえて私ならこうする、というのを考えてみます。「私ならこうする」というか、こうしてました。

まず仲良くなった人で繋がりを保っていたい人たちのために「調子がわるいので一旦Twitterを見るのを止めます。調子が良くなったら戻ってきます」と一言書いておきます。そして精神が安定して日常を普通に過ごせるまではTwitterを絶ちます。その間、別のことをします。絵を描いたり小説を書いたり、ブログを更新したりします。バイクでどこかにでかけます。楽だと感じることにフォーカスします。

精神が十分に安定したら、試験的にTwitterを見てみます。最初は自分からは一切発信せず、見るだけです。そして徐々に戻していきます。ちょっとでも嫌なものを目にしたら即時キーワードミュート・アカウントミュートします。そうして嫌なものを減らしていきます。ということを続けたところ、私はだいぶ快適にTwitterを見れるようになりました。

まあ、そんな事をしているうちに「そこまでしてTwitterを見たいかぁ?」とバカバカしくなってくる気持ちも正直あるのですが、そこはやはり質問者様と同じく、今までできた繋がりをすべて葬り去るのが惜しいからです。本当に仲の良い人はTwitter以外でも会って遊んだりするのでしょうけど、そこまででもない、Twitter上で定期的にやり取りがあるくらいの知人はTwitter上でしか会えないじゃないですか。Twitterに縋ってるというよりは、それを大事にしていると思うんですよね。

たとえ一度も会ったことがない、顔も見たことがないという人であっても、ネット上の繋がりって自分自身の趣味趣向や価値観とすごく近いので親近感を感じるんですよね。ネット上にはたくさんの人がいる分、そういった親しみを感じる人が見つかりやすいのだと思います。そして、そういう知人というのは古くからの友人よりも頻繁にやり取りを繰り返したりしますからね。そういう事を踏まえた上で「Twitterごとき」「SNSごとき」というのはちょっと違うかなぁ、もうちょっと大事にしても良いんじゃないかなぁと思う次第です。我々はTwitterやSNSを望んでいるわけではなくて、その先に居るリアルの人間が想像できているから、止められないんだと思うんですよね。関わる相手を頭の中で想像できているのならば、それは会ったことがあろうとなかろうと、立派な人間関係の一種と言って良いと思っています。

という感じで、最後の方はちょっと質問から脱線してしまいました。もう一度端的にまとめますと、回答としては「短期的には意識的にTwitterを断ったほうが良いと思うけど、大事な知り合いとの繋がりを失いたくないのだったら、少しずつ嫌にならない程度に工夫しながら復帰していくことは計画しても良いと思う」という感じでした。