引っ越したあとの町並み

長女が国語の音読で読み上げていた話。名前はわからん。

主人公はもう転校してしまって別の学校に行くが、あるとき電車で元いた地域に戻り、学校の友達と会って喋るというもの。その中で「僕は転校したあとは元の学校も元の街も元の友達も、そのままそこにあって、戻ったら記憶のまま出迎えてもらえると思っていたけれども、みんな少しずつ変わっている。考えたら当たり前なのだけど、気づかなかった」という趣旨の一節があった。それと同時に、現在の学校での友達も出来つつある、という描写が書かれる。

私が就職して東京で初めて住んだのが府中市だ。府中競馬場と府中刑務所と東芝とNECとサントリーの街。私は府中市で4年ちょいを過ごした。

引っ越してきて初めて住んだのは会社が用意してくれたマンションであった。信じられないほど狭かった。5.5畳と書かれていたが、むやみに長い廊下があったり、柱が入っているせいで複雑に入り組んだ部屋の形になっていたりで居住スペースは実質2.5畳程度であった。独房のほうがまだマシだとその頃は言っていた。こんな部屋に友達4人で寝たこともある。

それから結婚して1年で脱出。そのマンションは京王府中駅の近くにあったが、今度は中河原という府中駅から2つ離れた駅の近くに住んだ。メゾネットで部屋はかなり広かった。まだ嫁さんは働いておらず、家賃を払うのがしんどかった記憶がある。そこで私達は3年ちょいを過ごした。過ごしている間に色々あった。結婚式を挙げた。子供が生まれた。インドに数ヶ月行って家を留守にした。家を建てた。

家は八王子に建てた。土地が安くなるまで西に行ったらたどり着いたというだけで大した理由はない。

こないだ、府中市にバイクで行ってきた。後ろに長女を乗せて。昔住んでいたアパートを見に行った。ここが以前住んでいたアパートだと説明するが、何も記憶はない。まだ1歳かそこらだったからまずわからないだろう。ここの通りを二人で散歩した、と教える。それも覚えていない。私が知らないこともあった。田んぼだったところにはギュウギュウ詰めにアパートが立ち並んでいた。こんなに窮屈なアパートに人が住むのか?と思った。アパートに止まっていた車は一台を除きあとは見知らぬ車だった。知っている一台は某高級アメ車。バケツに水を汲んで嬉しそうに毎週洗車していた。そういうやり方だと傷が付くのでは…と言いかけるが、いつも声に出るのは「こんにちは」とそれだけだった。

いつも行っていたコンビニが潰れてコンビニの形をした指圧マッサージ店になっていた。作りかけだった道が伸びていた。全部がちょっとずつ変わっていた。

あそこをでてもう9年も経っている。

なのに、府中市で暮らしていた時期のほうがずっと長かった印象を受ける。

夢に出てくるのはいつも実家と学生のときに住んでいたアパートの2つだった。いつか、それに府中市が加わるのかもしれない。