短文日記 22/4/8〜

北朝鮮の国連演説を見ていると、国名の英語表記が "DEMOCRATIC PEOPLE'S REPUBLIC OF KOREA" になっていて違和感と言うか久しぶりに思い出したと言うか。北朝鮮がdemocraticを名乗るのは冷静に考えるとすごくおかしい。なぜ英語だとdemocraticがつくのか…と一瞬考えて思い直した。日本語表記でも「朝鮮民主主義人民共和国」であるので、英語と同様democraticな国という意味になる。まあ当然か。republicも付いているので厳密には民主共和制ということを意味しているのだろう。つまりは人民の熱狂的な支持によって金一族が毎度人民の代表として選ばれているという政治プロセスを踏んで国を統治している、という建前になっているということだろうか。しかしその実は誰がどう見ても独裁国家である。

というか、そもそも一般的にその国家が民主主義であるかどうか、そういうリストを誰か作っていたりするのだろうか。疑問に思ってググって見た所、イギリスのエコノミスト誌傘下の研究所が民主主義指数というのを作っているらしい。

どういう定義なのかはWikipediaを見る限りは書いていないが、おそらく国家首脳陣が民主的なプロセスに則って不正なく行われた民主的な選挙によって選ばれていることなどなどが評価されるのだろう。

スコアトップを占めるのは北欧の国々。続いて台湾、オーストラリア、オランダ、スイス、カナダ、ドイツ、韓国、日本、イギリス、オーストリア…などといった我々がすぐに思いつくような国家が並ぶ。ここまでが「完全な民主主義」として分類される国家だ。

続いてのレベルは「欠陥のある民主主義」であり、このグループにはフランス、イスラエル、米国、イタリア、インド、フィリピン、タイ、シンガポールなどが入る。

今度はスコアを下から見ていくと、民主主義からは最も遠い「独裁政治体制」となる。スコア最下位からの国を列挙すると、アフガニスタン、ミャンマー、北朝鮮、コンゴ、中央アフリカ、シリア…となっていく。その他、「独裁政治体制」になっているめぼしい国をピックアップすると中国、イラン、イラク、サウジ、ベラルーシ、キューバ、アゼルバイジャン、UAE、ベトナム、エジプト、ロシア、トルコなどなどとなっている。

ミャンマーも新型コロナやウクライナとロシアの戦争などなどによってすっかり忘れられてしまったが、しっかり今も軍部による独裁が続いているし、おそらくは一般市民を銃撃したりするのも続いているのかもしれない。ウクライナと同じく心配である。

米国とイギリスとで始めたイラク戦争も、結局は民主化はもたらされなかった。アフガニスタンも同様であった。このあたりの経緯を見ていると、民主主義という思想じたいが地域風土によってなじまないという背景ももしかしたらあるんじゃないか、などと雑に思ったりもする(もちろん、勝手に戦争を初めて勝手に切り上げた米国のやり方に何も思わないかというとそういうわけでもないが)。そういう研究もあとで探してみるか。


ちょっと前に小泉悠氏がメディアで「ロシア軍は本来こんなに弱くない」と言っていた。これは忘れないようにしなければならない。

開戦前の大方の予想でも「ロシア軍はウクライナ軍よりもずっと強い」と言われていた。ジャベリンがいくつあろうと大都市は陥落し、ドニエプル川東岸くらいまでは占領してしまうのでは、と予想している人も何人もいた。

どうも開戦当初は政治的判断が軍事行動を大きく制約していたということが徐々に明らかになっており、軍部がそれを再度掌握し、キエフから撤退して再編成された部隊が東部に投入されたとき、戦況がどう動くかは注意しなければならないだろう。ただ、ロシア軍は独ソ戦戦勝記念日である5月9日あたりに合わせて国内向けに勝利宣言を出したいのでは、という予測もあって、それを考慮すると果たして1ヶ月以内で再編成・再補給した上で東部に部隊を投入し、何か意味のある攻勢ができるのか?と言われると微妙な気はする。せいぜい、現在の占領地をより強固に確保しておき交渉で有利に立つとかそのくらいじゃなかろうか。

そう言えば、ロシアの公式発表では「キエフへの侵攻は陽動であった」となっており、これについて「ロシア軍の意図はともかく、実際に陽動作戦は成功していた。これのおかげでウクライナ軍は東部から兵を引き剥がさなければならず、そしてロシアはドンバスからクリミアまでのラインをつなぐことができた」などと興奮気味の文章を長々と書いている人がいた。言っている人のプロフィールを見るとシリコンバレーでCEOだかCTOだかをしています、などと書いていたが、専門外の人が言うことはやっぱ信用しないほうがいいな、と改めて思った。

キエフ侵攻が陽動だったら、開戦初期に早々に虎の子の空挺を投入して潰してしまったこととか、開戦数日で「キエフは落ちてウクライナ現政権は追放された」という勝利宣言を間違って流してしまったこととか、大量の軍と補給部隊を投入して何十キロも車列を放置した挙句食料すら前線に届かなくなったこととか、反攻されて逆包囲されたこととか、そういうことは一体どのように評価されるのですか!?と思わず聞きそうになったよ。

そもそもキエフは首都でかつベラルーシ国境に近いのだから、何もしなくても一定程度の防衛部隊をウクライナ軍は張り付かせておかなければならない。つまり、ロシア軍は何もしなくても東部からウクライナ軍を一定程度引き離すことが可能なのである。その効果を増したかったら、二線級の部隊を国境に張り付かせておくとか、限定的に攻勢に出て嫌がらせするとか、弾道ミサイルなど射程が長い兵器を打ち込んでみるとかすればよろしい。わざわざ陽動に戦車部隊や空挺を投入して潰してしまうのは誰がどう見ても愚策である。誰がどう見ても愚策であることをわざわざやる人は居ないのだから、やはりキエフは主攻であるという評価になるだろう。

ただ、撤退が決まった後はキエフ方面でもやはり陽動は行われるだろうから、キエフ方面で全く陽動が行われなかったという意味にはならない。ただそれは追撃を拒否して安全に撤退するための戦術的な陽動であるはずで、戦略的に東部から軍を引き剥がすという意図は全く無い。

あと、「専門外の人が言うことはやっぱ信用しないほうがいい」という点に関しては私が言っていることも同様である。私は工学の修士で専門は計算機なので…。ただ、このブログ自体は私が書きたいことを書いており、そこから役に立ちそうなところがあれば参考にしてくださいね、というスタンスでやっているのでそういう感じでよろしくおねがいします。

あとはたとえ専門家が言っていたことであっても、重要なことはクロスチェックして誤りを確認しようね、という当たり前の話でもある。


ロシアの議員が「ロシアは北海道の島々の権利を有する」と発言したとして話題になっている。ロシア議員がこう言ったということは、ロシアは北海道占領を諦めていないということがはっきり分かった!!やべぇ!!!などと大合唱である。ネット民毎度のことであるが、こういう反応をする人はマジでインターネットを一旦止めたほうが良いと思うな。毎日新しいニュース・情報を探して新しい情報を取り入れ、そして捨てていく。何も残るものが無い。新しさのみに価値を置く。こういう使い方をすると全く利益が無いばかりかあらゆるニュースに過剰反応してしまうようになっている。インターネットを見るのを止めたほうが良い。最新ニュースのほとんどはあなたの生活には関わらない。世の中の情勢を正確に知って知識を陳腐化させないという意図があるならば、一般人にとって最新のニュースを見ることはむしろ害悪になることのほうが多く、数日経って評価や見方があらかた定まってきてから新聞社や専門家による解説を複数眺めるという方法のほうが合理的だ。

前に書いたようにそもそも現在のロシア軍に大規模な上陸作戦能力は無い。日本を攻めるなら日米安保が存在する以上、米国が参戦する可能性は高いと見積もらねばならない。世界一の海軍である米国と世界トップクラスの海上自衛隊を排除し、おなじく世界最強の戦闘機F-35を持つ日本と米国から制空権(航空優勢)を奪取してロシアが北海道を占領するという想定はむちゃくちゃ無理がある。

未確認であるが、当該ロシア議員はクリル諸島(北方領土)に対しての言及をしていたという話もあった。もしそれが本当ならばますます騒ぐ意味がない。ロシアは今も昔も一貫して北方領土はロシアの所有物であるという立場であり、ロシア住民が住んでいてロシアが実効支配している島であるというのは異論を挟む余地のない事実である。この状態でロシアの位置議員がクリル諸島はロシアの所有物であると発言することには何ら意味が無い。


前から思っていたが、ブログを有料化しようかなと考えている。ブログを有料化というか、有料の文章コンテンツを販売するというか…。

理由はまあ色々あるが、あまり考えがまとまってない。いずれにせよすぐにできることではないので決まったらおいおい書いていこうと思う。


日本共産党が有事には自衛隊が自衛戦を行うという趣旨のことを発言して、今まで散々に自衛隊に対して厳しいことを言ってきたのに…という批判がある。元来、ずっと間違ってきたことを言ってきた人が正しいことを言った(ここでは間違い、正しいの定義はひとまず置いとく)ときに「今まで間違ってきたことを散々主張してきたのに、何様のつもりだ」と批判する人がたくさんいるが、こういう行動は厳に慎みたい。今までの誤りに気づき、態度を一転させて正しいことを主張したならば、それは歓迎すべきことである。世の中から誤認、誤りが一つ消えたのだから。だから、今まで間違ってきたことを言ったとしても、一転して正しいことを言い始めたのならば「そうだ、そのとおりだ」と同意するのが一番よろしい。

もしここで、「今まで言ってきたことと違うではないか」と批判してしまったら、間違ったことを言っている人はたとえ間違いに気づいたとしても自説を曲げないことが批判されないので得だ、という判断をしてしまう。そうして誤りを延々発信してしまう。発信力がある人ほど誤りを認めて批判を受けることによるダメージは大きいので、なおそういう判断に傾く。すると発信力が大きいので誤ったことが延々と多くの人に発信されてしまう。こういう状況は非常に良くない。例えば橋本徹氏などが好例だ。氏も当初はウクライナに早く降伏しろという持論をずっと固持し続け、誤りに気づいてからも自分が当初言っていた説との整合性が取れることを優先したような言動を続け、見苦しいという意見が続いた。その過程で「やはり戦争をふっかけられたら早々に降参したほうが命は助かるのだ」という誤った理解をしてしまった人も多いだろう。

また、根本的な思想、価値観のところで相容れないから同じ意見だったとしても協調できないシーンがあるとか、同調したところで相手と同じ仲間だと見られると困るとか、油断するとすぐにはしごを外してくる人だとか、そういう政治的な(人間関係的な)事情があって、正論を言っていたとしても喜べないということもあるだろう。こういう政治的な行動が合理的な行動を束縛するという場面は人間社会でよく出てくる、というか、人間社会の根本をなす一つがそういう政治なのかもしれないが、こういうのがすごく個人的に面倒くさいしうんざりするんだよね。理系の人(というか科学が好きな人?)は同意して頂けると思うが。

政治的な根回しが必要、というのは辞書通りの政治の世界でももちろん見られるし、会社や部活動とか同好会とか学校のクラスとか、あらゆる場面で普遍的に見られる。要するに社会の根幹をなす人間の行動であるということは、人間そのものがそういう特性なんだろう。しんどいね。いや、普通の人はしんどいとは思わないのかもしれないが…。


上記の話に関連して、私は最終的には政治決定をコンピュータに委任すべきだとおもう。と、言うと突飛もない意見に思えるかもしれないが、きっと受け入れられると思う。得られた統計量から施策を実施したときの効果を推計するということは現代でも政治決定の場で普通に行われることがあると思うが、すべての政治決定でそのシミュレーションを簡易に行うことができるようにして、あとは政治的な施策をランダムに生成することができれば、最大限の効果を得られるであろう施策を自動で列挙できるようになる。ようするに、過去の施策をインプット、その結果現れた社会活動の統計量(政府統計で調べてるような)をアウトプットとして、アウトプットを精度良く予測できるようなモデルを構築し、それを使ってアウトプットのパラメータの一つを最大化ないし最小化するようなパラメータチューニングを行えばよい。その方法が十分信頼できるものになったら、あとは最も期待できる効果を示したパラメータを施策として実行すればよい。と、思う。

以上は私の思いつきに近い案で、もちろん私が思いつくようなことは他の分野で誰かが実行しているとは思うが。


土曜日に長女からスワンボートに乗りたい!と言われて相模湖まで行って乗ってきた。「トムキャット新登場!」という古めかしい昭和感あふれる看板が付いているボート屋さん。空いている時間に行くと呼び込みしているおっちゃんが「今日は時間気にしなくていいよ」と言ってくれるので1時間でも2時間でも乗っていられる。まあ、そこまで体力が持つ人はなかなか居ないと思うが…。サイズが小学生くらいにちょうど良いように作っているので、大人が漕ぐとペダルが近すぎてすぐに辛くなってくる。あと、トムキャットが何なのかは知らないがかなり気になっている。

大垂水峠を通ってバイクで二人、行ってきた。今の時期は暖かくなってきたのでバイクが死ぬほど多い。むちゃくちゃ多い。見ていて明らかに免許取りたてだろうな、という運転の人も多い。こういう時期、私はあんまり出歩かないようにしている。危ないし、どこに行っても混んでてつらいから。

バイクや車を運転していて楽しい時間帯が2つある。一つは夜明け前の早朝。どの道も空いていて非常に気持ちが良い。たいてい、ツーリングに行くときは早朝に出るようにしている。もう一つは朝の通勤時間帯。朝の通勤時間帯は混んでいるので運転そのものはあまり面白くはないのだが、道路を走行する人の殆どが運転に慣れているので、走っていて非常に心地よい。周りをちゃんと見ているドライバーが多くてよく道を譲ってもらえたりする。私も譲る。妙な動きをする車両はほとんど居ない。どの車もどう走りたいのか明確な意図と運転への自信が感じられる。こういう状況を見ていると楽しい。


新型コロナワクチンの副作用で死にそうになっていた。高熱が出るときのあれだ。全身の悪寒、倦怠感、関節痛…。バファリンを計6錠飲んだ。これまでのワクチン接種の中で副作用は明らかに一番ひどい。ファイザーを2回打ち、その後モデルナを3回目として打った。この組み合わせが効果が高いと聞いたので。ワクチンをファイザー・モデルナどちらか選べるような流れになっていたのだが、そんなもん素人に聞いたところでどちらが良いなんて判断できないんだから、勝手に決めてほしいと個人的には思う。ネットで聞きかじった知識でどちらが良いとか悪いとかいう噂を聞き、選ばせろと言う人が多いのだろう。まあ、私もその一人であったわけだが。

ワクチンを打った次の日に小学校の保護者会に行かなくてはならなかった。行ってきた。歩いて。これもしんどい。嫁さんはもはや大学生なので有給休暇みたいなものもなく、授業がある日は抜けられない。長女と次女、計2回も出席する必要がある。それぞれ2時間位、延々と話が続く。私は在宅勤務であることと職場の寛大な勤務スタイルのおかげもあって出席できているが、共働きだったら一週間に二回もこんな事があるのは困るのではないだろうか。出席しているのは母親が殆どで、父親は毎回私一人だけか、私の他にもう一人居るかな、というくらいだ。おそらく、旦那が働いて奥さんはパートないし専業主婦、という昔ながらのスタイルを想定していてずっと引きずっているんじゃないか、と思う。

で、大抵は校長先生や教頭先生の話から始まり、子供の教育論、学校の方針、連絡事項などが延々と続く。本当に重要な事柄は、もらったA4の紙数枚を読めば理解できるような連絡事項のみである。

学校の先生方は皆いい人で、教育に対する情熱を感ずるので、保護者会でこうした学校の教育方針などを熱心に説明するのも仕事に対して真面目であるという証なのだろう。そして保護者に対しても安心して子供を預けてもらいたい、そのために事細かに説明しているという配慮をも感じる。しかしそれでもなお、文書を読めばわかることを延々と読み上げられて2時間も拘束されることを週二回も実施するのはどうなんかな、と私などは思ってしまう。特定の学校の対応に問題があるわけではない。学校、義務教育といったものに対する硬直化した文化とか対応とか、そういう点にもうちょっと改善の余地があるよね、ってこと。

学校に限ったことではない。世の中ではどうも人を集めて顔を合わせて話すことが最重要であると考える人が大勢いる。一方でビジネスチャットツール一つあれば事足りる、みたいなスタイルの仕事もある。私は後者の立場にある人間だ。そして少数派だ。そして多数派との溝は想像以上に深いと思う。

一応書いておくが、別に非対面で済む仕事のやり方が先進的で優れているというつもりはない。ただ、お互い理解はできないだろうなと思う。それだけ。

で、一つ言いたいことがある。なぜ読めばわかる文書を人を集めて読み上げるのか?あるいは、なぜ文書にしたほうが良いようなことを口頭で済ませてしまうのか?

前者に関しては、前述したとおり「話すことを重要視している」からだろう。紙に書いて、それを配って、内容を読み上げて、質疑応答まですれば理解するだろうと思っているのだろうか。もしくは、相手の顔つきや表情、ふるまい、身なりを見て相手を理解することがお互いに重要だと思っているのだろうか。詳細は分からない。私はそっち側の人間ではないので。

後者関しては、単に日本語を書く能力、物事をまとめてわかりやすく伝える能力が欠けているのだろうと思う。こういう人は往々にして「喋ったほうが早い」と言う。確かに喋ったほうが早い場面というのは存在するが、それはお互いに何度か簡単な会話を重ねて意思疎通を図り、物事を決めなくてはならないときだ。そうではなくて、単に連絡事項を伝えるといった一方向ないし一往復のやり取りで済むようなことを伝達するときは、相手に伝えるための文章にまとめてそれを渡したほうがずっとよいと思う。理由は以下の通り。

  • 書くことで自分の考えがまとまる
  • 相手が理解するための労力を減らすことができる(大勢に伝えるときはより重要になる)
  • 後で容易に読み直し、確認できる
  • 何を伝えたかという証拠を残すことができる

もちろん、例外もある。(いちいち書くまでもないが揚げ足を取るような人が居るので書いておく)いくつかあるが、その一つは例えば「燃えるゴミを出しといて」という程度の、一言か二言で済むような内容で、かつ、伝達ミスがあってもさして被害が大きくならない連絡事項を伝えるときだ。

以上を踏まえて、それでもなお「喋ったほうが早い」などと話を始めるのは考えを相手にわかりやすく伝えるための努力を放棄して聞く人にその労力を負担させているだけだと思う。

前職でそういうことが多々あったというのが、辞めた理由の一つだった。会議は事前に議題と資料を配り、それを読んだ前提で会議を始めよう、連絡事項を伝える説明会は事前に資料を配布し、説明会では質疑応答をやろうと述べる人は何人もいた。そのとおりだと思う。とりあえず人を集めてから「今日集まってもらった理由は…」などと説明していては時間がもったいない。会議で10人を2時間拘束したら20人時の工数消費につながるので無駄であると言う人も居た。まったくそのとおりである。だからもちろん私も同様のことを主張したし、そのような仕事のやり方を目指そうと上長が呼びかけて行動することもあった。その理由を説明すればすぐに納得してもらえるので、「事前に資料を作って配布し、会議では質疑や議論を中心にしよう」運動に同意するひとは多かった。

しかし、結局は定着しなかったんだよね。なぜか?色々理由はあるが、なぜなぜ分析を進めていけば、「文章を読み書きする能力が低いから」にたどり着いてしまうんだと私は思うんだ。

「会議では文書を先に配って読んでおこう」活動は毎回尻すぼみに終わる。その最後に、毎回毎回、お決まりのように「結局喋ったほうが早いんだよ」などという雑な結論に落ち着く。物事を伝えなければならない側の人間が人に物事を伝えて理解させるという仕事を放棄してぶん投げている。日本語が書けないから雑な喋りで相手に理解してもらおうとぶん投げる。日本語が読めないから何度も繰り返し説明してもらって分かったような気になって満足する。そういうことでしょ?結局ね。

実際、仕事の成果物である仕様書やドキュメントの類を見ても、これは本当に人に読ませるという気持ちがあるのか?というくらいの文章を数多目にした。私なんかよりもずっと頭のいい大学を出た人たちが高校生みたいな文章を書くのが信じられなかった。ようするに彼らにとって文書(文章)とは「必要であれば書くけれども書かなくて良いなら書かないほうが良いもの」なんだと思う。

話がそれてしまった。

で、小学校の保護者会は長くてしんどい。必要なのかどうなのか分からない管理職の挨拶や教育方針の説明が延々と続く。そして真に保護者が聞かなくてはならない伝達事項は紙に書いて配布されるというオチである。だったらこの紙を子供に持たせて、保護者会は「教職員が挨拶したいのでご都合のつく方はご参加ください」としとけばいいやんけ、と思う。

入学説明会も同様であった。予定表には非常に長い時間がかかれており(具体的な数字は学校特定につながるかもしれない事情があるので書くのを避ける)、嘘やろ?と思った。妻(学校関係者)に「こんな長い拘束時間が書かれてるけど、さすがにこんなにやらないよね?途中で終わるよね?」と聞いた所、「そうだと思う。流石に長過ぎる」とのことだったので、まあ書かれている時間の半分くらいで終わるだろ、と思って出向いたところ、きっちり書かれている拘束時間そのまんま、会が続いた。椅子に座り続けて腰もケツもしんどかったよ。

内容は子供の健全な教育のために保護者は何をしなければならないのか、という趣旨の講話から始まり、警察官が登場して交通安全の指導、学童保育指導員からのお話や連絡事項、地域安全パトロール活動をしてらっしゃるおじいちゃんからのお話、PTA会長からのお話、校長先生のお話、教頭先生のお話、などが続き、ぐったりしたところで「じゃあ休憩時間を10分取りますね」などと言われるが、こちらにしてはそんなもん良いから早く終わってほしい、真に必要な議題をさっさと始めてほしいというのが本音だった。そんで休憩を挟んだあとにようやく、こういう袋を何個作って持ってきてください、雑巾は何個必要です、筆箱はこういうタイプのやつで、キャラクターがついてるのはNGです、などという真に重要で保護者が入学までに準備しなければならない事柄の説明が始まるんだ。で、それも配布された紙に書いてある。私は聞き漏らす事のないよう、疲れた頭に鞭打ってすべての言葉を聞いていた。しかし、メモ書きはほとんどしなかった。なぜならば喋っていることはすべて紙に書いてあるからである。だから、一番締め切りが近いことに丸印をつける、という程度だった。

あともう一個、資料の構成ももうちょっとなんとかしてもらいたい。資料はいろんなものが入っていて、すべての紙を読まないとやるべきことが分からず、話の順序とやるべきことの締め切りが一致していないので読んでいてすごく混乱する。表紙をめくると「ご入学おめでとうございます、なんたらかんたら…」という説明が始まり、準備すべきことは3枚めくらいから始まるのだが、これちょっとやめてほしいんだよね。表紙をめくったら「入学おめでとう!入学までにやっておいてほしいことは以下のとおりだ!

  1. 給食費引き落とし口座の登録 MM/DDまでにやってね
  2. 緊急連絡先の記入 付属の用紙に書いて入学式に持ってきてね
  3. 上履き袋を作る(詳細はXページ、以降は授業が始まるまでやってね)
  4. 道具箱を入れる袋を作る (詳細はXページ)
  5. 買うものリスト: はさみ、液体のり、えんぴつ、消しゴム、筆箱
      キャラクターがついてるやつはNG、その他詳細はXページ
  6. 全部の持ち物に名前を書く

以上だ!保護者のみなさん、よろしくな!入学式で待ってるぜ!」

…ということが書いてあってほしい。でも実際は学校内の各組織でそれぞれ連絡したいことをぶわーって書いた紙がたくさん入ってるって感じ。それら全部をまとめて絶対やらなければならないタスクをまとめた紙が一個あるとすごい助かるんだよね。

繰り返しになりますが、学校および学校に関わっている方々の名誉のために補足しておきますと、うちの子供が通っている学校自体はとてもいい学校なんですよ。熱意に溢れた教職員が熱心に指導しており、子供も学校を嫌だと言ったことは無いですからね。毎日げんきよく学校に行って帰ってきます。朝は交差点や横断歩道の要所にボランティアなのか、市から時給が出てんのかわからんけど、おじいちゃんだちが小学生を警備・誘導してくださって、しかもこのおじいちゃんたちも高齢者によくあるような、小学生に説教するタイプの偏屈なひとはおらず、皆礼儀正しいんですよ。保育園に行くために自転車を漕いでいても、挨拶してくれるんですよ。学校とは直接関係無いのにね。

こういう方々すべてが関わっているおかげで私の子供が元気よく義務教育を安全に受けられており、まずこれが達成されていることが一番喜ばしいことであり、深く感謝いたす次第でございますが、しかしねえ、保護者会及び各種説明会、これは本当、なんとかなりませんかね…。仕事の合間に行くのはしんどい…。

しかも、今までは学校まで原付きバイクでぷいーんと行っていたのですが、昨今は安全のために車やバイクで来るなと書かれることも多く、渋々、私は人よりも安全運転してるのにな…と思いつつ、しかし学校の要望を無視するわけにはいかんから、と、歩いていくのですが、すると決まって私が学校につく頃にアルファードとかヴェルファイアとか私が大嫌いで散々ブログでバカにしてきたデザインの車で乗り付け、中から小太りのママが降りてくるというのを目にするのです。流石に私もお前歩けやって言いたくなるんですよね。私も腹が出てるんで言うのは堪えますけどね。今日も駐車場は満車で駐車スペースじゃないところまで止まってましたよ。そんでワクチンの副作用で具合の悪い私が指示されたとおり歩いて行き来してるとね、ルールを守る、正直に生きるって何なんだろうなとほんとに思いますよ。なんなんですかね?

加えてもう一個言わせてもらうと、CO2の排出量を減らすためにEVの導入を!!!!とかいう活動を自家用車所有者に対して言うのであれば、まずは一人しか乗らないケースが8割を超えるのにああいうホワイトボードを組み合わせて作ったみたいなでかくて燃費の悪い車を所有することに対して文句を言え、と思うんだよね。まあ、私はCO2削減のために現時点で一般ピープルが高い金を出してEVを買って地球環境保全のために貢献すべし、とは思ってないので、そういうことも言わないですが。でも思うわ。思うだけなら何を思っても自由だろ。え?お前は思ってるだけじゃなくてブログに書いてるやんけって?まあそうでございますね。じゃあ黙っておきますわ。もう書いたけどな。


今日はとても変わった夢を見た。

何度も何度も繰り返し見る夢のはずだった。大学生のときに住んでいたアパートから引っ越すために荷造りをしている夢。しかし、荷造りが全然終わらず、部屋の明け渡し期限が迫ってしまう。どう考えてももう終わらない。そういう状況。それがいつものパターンだった。

しかし、今日は荷造りがほとんど終わっていた!

準備は完了し、あとは引っ越しの運送会社の人らに運び出してもらうだけ。その中で、これ梱包しているけどやっぱり要らないのでは?などという話をしていた。嫁さんと。実際、そのアパートから引っ越すときにはもう嫁さんと付き合っていたので、引っ越しを手伝ってもらっていた。

不要なものの中には気味の悪い、すすけて汚れたこけしなどが入っていた。有名な神社仏閣か何かからもらった身代わりのこけしであると母親が言っていた。何の身代わり?と問うと、お前が事故に遭ったり病気になったりする都度、このこけしが身代わりになって薄汚れていくのだ、などと言っていた。不気味だった。本当ならありがたいと思うが、もし本当であったとしても後で倍返しにして呪われそうなのでこれは置いていく、と言うと母親が「そうだよな。薄気味わりぃからな」とこけしをぶん投げた。なにもそこまでせんでも…。

引っ越し業者を待つ間、私は「名字を藤田にしたくない」という話を嫁さんにしていた。経緯は分からないが、嫁さんの都合により二人の名字を藤田、にしなければならないらしい。藤田ってなんかありきたりで面白くなくない?しかもドロヘドロに出てくる役立たずキャラの名前が藤田なんだよな、あれが印象に強くて嫌なんだよな(全国の藤田さんごめん、実際そう思ってるわけではなく夢でそう言っていただけなんだ)。という話を嫁さんにしたところ、それがどうも地雷だったらしく、「私が結婚するときだってあなたの名字に合わせるのは嫌だった、それでも結婚だから仕方ないと渋々名字を変えたのだ。そのときに私は文句を言わなかった、それなのになんですか?あなたは?ドロヘドロの藤田だぁ?知らねぇよ、漫画だろうが」などと怒り始めそこから口論に発展、私は嫁さんの頭に醤油瓶を傾けてどぼどぼと醤油をかけた。嫁さんは無表情だった。ガラスの醤油瓶で、醤油の色はとても薄かった。

どぼどぼかけても動じないので今度は醤油瓶を反対にした上で空気穴から勢い良く空気を吹き込み、醤油を顔面に吹きかけた。それでも無表情を崩さなかった。

したところ、その数秒後に突然嫁さんが激高、醤油便を掴んでコンクリートの床に叩きつけた。醤油瓶は割れなかった。

この醤油瓶はAmazonで買ったこれで、醤油は決して垂れることなく、かつ、ガラスなので傷ができずに衛生的で気に入っていたものだった。しかしながら唯一の欠点が蓋が全然取れないということだ。醤油がすりガラス部分に浸透し固まってしまうのである。ぬるま湯に浸けると取れるとか輪ゴムを巻いていくと取れるとか何度か硬いところに軽く打ち付けるとか入れ替えのたびに中性洗剤でよく洗うとか、色々なアイディアを見かけて実践してみたが、どうやっても取れないときは取れなかった。結局、この醤油便は無理やり蓋を取ろうとして割ってしまった。それでもお気に入りだったので買い直したが、それも結局割れてしまった。なので使うのを諦めた。これは現実の話。

その醤油瓶が叩きつけられたのに割れず、私が醤油を入れようと思って蓋が取れず二度も割ってしまったのはなんか納得いかねぇな、と思っていた。夢の中で。


書くか、小説を…


ワクチン二日目もしんどい。体がだるい。悪寒はなくなったので随分とマシではあるが、なんか頭がぼーっとする。ひどい風邪にかかって高熱が出て、ようやく治ってきたな、と体が認識したような段階。あの感覚だ。

夜は高熱でうなされてほとんど寝られないようなあの感覚があった。本当しんどい。

私は以前書いた通り、新型コロナに関しては特にあんまり思うところが無いんです。個人でできることといえばマスクをする、手洗いうがい、消毒の3点セットであり、それ以上やることがない。あとは強いて言えば旅行したいと思ったときに何かしら規制がかかっているか確認する程度。あとはやることがないんですよ。他になんか個人レベルでやっとくことある?無いよね?

だからワクチン3回目ももうどうでも良いかなという感覚になってきており、しかしタダで打たせてくれてかつ、ワクチン打っとけと政府や地方自治体、医師の方々が言うので、まあ、打ったほうが良いんやろなと思うので渋々打つという感じなんですが、こんなに副反応がしんどいならもう打ちたくないよね、正直。そんくらい辛かった。仕事を休める(だろう)からラッキーくらいに接種前は思ってたけど、もう打ちたくない。

4回目接種があるので打ってくださいね、という通達がもし出されたら、私はルールをちゃんと守る派の人間ではあるので次も渋々打つと思いますが、私個人の考えとしてはもう打ちたくないな、と思った。しんどいので。

これなんとかなりませんかね?他のワクチン、たとえばインフルエンザとか、ああいうのは打っても多少打ったところが痛くなるという程度でそんなに副反応は無いじゃないですか。でもなんで新型コロナワクチンはこんなにひどいの?おかしくない?なんで?mRNAワクチンだからこうなのか、それとも新型コロナウィルスのスパイクに対する免疫反応がそもそもひどいからどんなワクチンでもこうなってしまうのか…。その詳細はわかんないですけど、こんなに辛いならもう打ちたくないって人はもしかしたら多いかもしれんので、今後も定期的に打つ必要があるならばもうちょっとなんとかしていただきたく…。


岸田総理が原子力含むあらゆるエネルギー源を安定のために活用、と発言した、というニュースが来た。

以前書いたように、別に今原発が動かないのは政府が動かすな!とストップをかけているからではなくして、地元と揉めてるとか、原子力規制委員会が承認しないとか、改修工事が間に合わないとか、そういう事情があるからではないんですか?と思う。実際、そのように説明している記事もあって、やっぱそうだよね、と思った。

多数の国民は「政府が原発を動かさないのだ」と誤解しているのだと思うが、その源泉を辿るとやはり管直人氏のときに政府の「要請」によって原発が止まってしまったというところで理解が止まっているからではないか、と思う。

新しい審査基準が合理的であるかどうかは私には判断できないが、いくら民主党政権が上からなんやかんやとがなっていたとしても、高度な工学的専門知識を要する新しい審査基準の策定には政治家が絡むことは無いでしょうし、厳しくなった審査基準にも一応の合理性はあるんではないですかね、私には判断できませんが。

なので、さっさと原発を動かせ!と言っているひとは一体全体どうしたいのかもうちょっと考えてみたら良いんじゃないかな。「安定した電力を送ってくれ!」じゃなくて「原発を動かせ!」なんでしょ、言ってることは。その2つはだいぶ言っていることが違うよね。

私の意見としては…。どうしたらいいのかわかんないですね。原発サイトによって再稼働が滞ってる理由はそれぞれでしょうし。私が総理大臣なら今停止している原発で最も新しくて審査基準も突破しやすそうな炉を選んで、そこに人的リソースを投入してくれませんか、と政府から電力会社に依頼した上で、地元民の説明も政府が支援するとか、そういう感じになりますかね。知らんけど。

個人的な趣味を多少加味して言うならば、海外にも売れそうな静的安全性を有した新型炉の研究開発を政府がバックアップする(すでにやってたら増資する)、とかもやりたい。


なんか昔から思ってるけど、総理大臣だから安易に叩いていいみたいな風潮はちょっと好きじゃない。岸田総理が過労とのニュースに対して「いつも検討するだけでなんかやったんか?」とか「総理の器じゃない」とか安易に言う人がいっぱい居るけど、ああいうの好きじゃないんだよな。例えば対ロ制裁では即座に反応して色々やってたじゃん。

あと、「なんややったんか?」とか言ってる人って首相動静とか見たことあります?どの総理もそうですけど、総理大臣ってやっぱめちゃくちゃスケジュール詰まってて大変ですよ。土日も働いてますよ。私だったらこのスケジュールはこなせないね。つうか、やったことを毎日事細かに全国民に発表するっていうストレスに耐えられないね。

やっぱこう、みんな叩いていい存在を次々に探してしまってると思うんだよな。ネット上で。こういう行動は本当に良くないね。心が荒廃する原因だと思う。


ちょっと前に書いた通り、小説を再開しようかなと思う。

漫画も書く。が、作業が楽なのは小説の方なので小説をメインにしつつ漫画もちょっとずつ進めるかな。

というわけで日記はまたひとまずやめるかも。


なんだか最近、しょっちゅうネットに繋がらなくなる。UbuntuのNetworkManagerをrestartするとつながるようになるが、数分たつとまたすぐ繋がらなくなる。DNSは普通に解決できる。pingはどうだろうか?パブリックDNSの1.1.1.1や8.8.8.8はPINGを返してくれるのでネットワークの疎通確認にも使わせてもらっている。これでチェックすると、2回成功して2回失敗したり、一定時間失敗したあと一定時間また成功したりする。他のマシンからpingすると連続で成功する。仕事で使っているマシンだけがうまく動かない。ローカルネットワークに対するアクセスはどうだろうか?これも失敗したり成功したりする。

NICが悪いのだろうか?有線で繋いでいるが無線でアクセスしてみる。すると問題が解消される。

「インターネット上のサーバーにpingが成功したりしなかったりする」「DNSは正常」「ローカルネットワークの他のマシンも正常」「無線でつなぐと正常」

この四点から思いつくのはIPアドレスの衝突だ。特に、「pingが成功したり失敗したりを繰り返す」という挙動はIPアドレスの衝突時によく出る症状だ。仕事用PCは有線接続にした上でIPアドレスを静的に決めている。じゃあDHCPでIP取得してみよう。やはり正常につながる。先程まで設定していたIPアドレスに対してarpしてみよう。すると、仕事用マシンには無いMACアドレスが表示されている。ビンゴだ!IPアドレスが衝突している。

問題はどのマシンにこのIPアドレスが設定されているか、だ。意外とIPアドレスを持っている機器というのは家の中に多く存在する。スマートロックだの、スマートスピーカーだの、スマートテレビだの、太陽光発電システムの操作パネルだの、子供が使っているゲーム機だの、冷蔵庫だの、ホットクックだの…。MACアドレスはただの16進数の羅列なのでどのデバイスが衝突しているかまでは分からない。一つ一つ探してみるのが確実だが、もはや一軒家でこれだけネットワークに参加しているデバイスがあるとそもそもすべての機器を思い出せない。

そういうときはMACアドレスからメーカー名を調べてみるとよい。「macアドレス ベンダー 検索」などでググるとMACアドレスからそれを製造したメーカーを割り出してくれるサービスがいくつか見つかる。MACアドレスは各ベンダー向けにIDを割り振っていてその情報は公開されているのだ。

それで調べてみると、「Intel」が出てきた。Intel…。Intelということはパソコンだろう。家電はだいたいToshibaとかPanasonicとかちゃんとメーカー名で表示される。スマートスピーカーなども同様。

ただ、IntelのNICを使っているようなマシンは思い浮かばず、これは一体なんだろな〜と家の中をウロウロしていた所。見つけた。長女が使っているThinkPadがそれだった!!!

というわけで、ルーターのDHCP設定を見直して割り振っているIPアドレス範囲を再定義した。終わり。


詐欺メールの文面が巧妙になっているという報告を度々見る。

私はそもそもメールというものを信用していない。なので、メールのリンクは基本的にクリックしない、という方針に無意識になっている。

例外的に、なにかのサービスに登録してメールアドレスの認証を要求されたとき(こちらのリンクをクリックしてください…的なやつ)のみ、クリックしている。

Amazonや銀行など、大多数の人が使っていて詐欺メールにも応用されやすいようなサービスに関しては、メールは単純に通知だと思っている。メールが届いたのを見て、確認するときはブックマークからWebページを開いてログインして確認する。


ちょっとずつ、やりたいこと、やれることを見つけてやっていこうかなと思います。Twitterは色々考えたのですが、基本的にROM専(古い…)で運用しようかなと思います。こういうスタイルの日記はどうするか悩んでますが止めるかもしれません。試行錯誤でやっていきます。

Twitterは10年くらい?やってしまいましたが、私の結論としては

Twitterが得意でないこと:

  • 簡潔に説明するのが難しい情報を発信すること
  • 議論すること、議論を見る
  • 真偽を検証する必要がほとんどない、質の高い情報を集めること
  • 既知の学問、知識、理論を学ぶこと

Twitterが得意とすること:

  • バズりそうな話題を載せて集客すること
  • 最新の情報をタイムリーに知ること
  • 特定のユーザーの発言を見ること
  • 特定のユーザーと交流すること

みたいな感じかな、と思ってます。

情報収集には役に立つんですが、使い方が難しいんですよね。大多数の人は新しいニュースをどう分類するか、という作業に没頭してしまっている気がします。分類は「叩いていいニュース」「擁護すべきニュース」「喜ぶべきニュース」など。中でも「叩いていいニュース」を探していて、かつ、議論の中心は「対象を叩いていいかどうか」になってしまってるように思います。この議論はあんまり有意義ではないと個人的には思います。

しかし、たまに普通の人が思いつかないような鋭い視点で新たな気づきを与えてくれる発言を見かけます。そうすると自分が気づかなかった見方を知ることができるのでこれは非常に有意義だと思います。

その分野の専門家が発信することも非常に有意義です。特に自分の分野外のことを知るためにはとても助かります。

上記3つの有意義な発信をする方はかなり限られてきます。すると、特定の人のツイートを読んでれば情報収集としては十分です。それ以外は不愉快になる発言や画像、動画が非常に多く、それらは見たくないので積極的にミュートして反応しない、というのがベストな使い方かな、と判断しました。

その上でSNSなわけですから、私に話しかけてくれる人も居るわけで、そういった方々と雑談するのが楽しい。という、これも一つの有意義な使い方かなと思います。

バズっているトピック、トレンド、ツイートを見る、RT数、いいね数を見る、こういった行動は総じて害のほうが多かった気がします。なので、これらの情報を非表示にするブラウザ拡張機能を作ろうかな、と今思ってます。気が向いたら…。