2022年3月18日の日記

ふとしたときに子供のころの偽の記憶を思い出すことが多くなった。

偽の記憶、というのは。

このブログに何度か書いたと思うが、たまに偽の記憶を思い出すことがある。匂いサイコメトリーとか言ってたかもしれない。

例えば道を歩いていて前から人が歩いてきて、その人の体臭なのか、なんなのかわからないけどとにかく独特の匂いがすることってあるでしょ。不快な匂いではないが、しかしなんか独特な匂い。その人の家の匂い、なのかもしれない。

いつだったか、前から女の人が歩いてきて、柔軟剤の匂いなのかなんなのか、とにかく独特な匂いだった。その匂いを脳が感知した瞬間、偽の記憶が脳に挿入される。その女の人と小学生のころ、夕暮れのアパートの一室で遊んでいた思い出。狭い部屋で生活感が溢れている都営住宅みたいなアパートで、その人と二人、ゲームボーイかなにかで遊んでいて、その人のお母さんがそろそろ帰りなさいということを促しているが、ゲームボーイに熱中していてなかなか帰れない、そんなことがあった記憶が蘇ってくる。

もちろん、私は幼少時代にその人と会ったことはない。私の実家近辺は、都営住宅どころかそもそも集合住宅というものが存在しなかった。みんな一軒家、ど田舎だ。アパートというものに初めて入ったのは大学生になってからだった。それまではアパートやマンションなどといった建物の中に入ることすらなかったのだ。

最近その偽の記憶インプリメンテーションが発生することが多い。日常のふとしたこと、例えば窓から差し込んだ日差しを見ていると、ふと昔の友達と雨上がりのアスファルトの上をだらだらと歩いていたことを思い出す。そんなことをしたことはないのに。

日差しのあたたかさ、あるいは、なにかの匂いに関連して早期させられることが多い。雨が降りそうな空の下、田んぼのあぜ道をどこまでも歩いていった記憶。中学校の校庭に集まって学生服を着たまま堂々とタバコを吸っている光景。家を追い出されて公園の滑り台で何時間も過ごした冬。

そういう諸々、あるはずのなかった記憶を思い出してはどんどん悲しくなっていく。思い出すのは辛い記憶のほうが多いが、しかしそれでも、なぜか、そのときに戻りたいと思ってしまうんだな。何故だろうか。わからない。わかんねぇな。


なんだか本当にやる気が起きない。ただただ首が痛く、なにか考えるたびに暗くなうr。

ちょっと前はさよならポニーテールをよく聞いていたが、なんだか最近は聞くのが鬱陶しく感じるようになってしまった。聞いていると疲れる。死ぬほど疲れていて眠いのに、まだ、がんばれ、がんばれと急かされている気分になる。こないだ買ったさよならポニーテールの本も読めてない。2〜3ページめくって面倒くさくなってしまった。すべての行動に面倒臭さを感じると言うか、覇気が無いと言うか。もともと覇気は無いか。

なんというか、ポンコツになった肉体を50cm上空にある意識からか細い神経網を頭蓋に挿入してなんとかコントロールしているという感じがする。ゾンビのようだ。ゾンビを実際に見たことは無いので本当にゾンビに似ているかはわからないが。

身の回りのことすべてが仕事のタスクのように感じる。寝るのも食うのも億劫だ。面倒くさい。小便がしたくなったらてくてく歩いてトイレに行かなくてはならない。それが終わったら手を洗う。子供を迎えに行く。飯を作る。食べる。朝起きる。全部タスクだ。嫌な仕事をやるのと同じように全部がタスクだ。やらなければならないタスクが積み重なっていて、それを全部こなさないと自分の好きなことができず、楽にもなれないが、いつまでたっても終わらない。ゾンビリモコンを持ちながら小さな画面を見続けているという感じだ。終わらないのはやるよりも積み重なる速度のほうが早いため。リモコンによって動作させられながらただ老いていく肉体。死んでるのと同じ。

1ヶ月くらい休みたい。寝たり、河原で半日くらい過ごしたい。

日記は一旦やめようと思う。書いてて気が楽になったような気がして続けていたが、なんか意味があるのかどうかわからなくなってきた。意味があるかどうか分からないのに書くのは疲れるのでしばらくやめる。