【質問#220】空飛ぶクルマは普及するか

質問・悩み相談の回答です。

質問

こんにちは。いつもブログ楽しく拝見しています。
最近、目にすると思わず顔をしかめてしまう新技術が多いように思います。
その筆頭が「空飛ぶクルマ」と言われる1〜2人乗りの大型ドローンです。はっきり言ってバッテリーがどれだけ進歩してもクルマを置き換える存在になるような気がしません。ただ未来感を押し出したいビジネスで、誰も空を飛んで近距離を移動したい人なんていないように思います。そもそも「空飛ぶクルマ」のほとんどの用途がヘリコプターで解決しています。withpop様は「空飛ぶクルマ」についてどう思われているでしょうか。ご意見お聞かせください。

回答

質問者様のお言葉にほぼ同感です。

すっごく未来には完全に電気で動く空飛ぶ乗り物が自家用車を代替することはあるかもしれませんが、それは「我々の想像の及ばないくらい未来」とか「我々が生きてる間に見れれば良いな」というくらいの見積もりをしているので、現実的にはそういうものは出てこない、と言い切ってしまってもいいのかな…というちょっと残念な思いでいます。基本的にはモーターも電気も好きなので。

まあ色々思うところがあるので書いていってみますね。

まず、最近の報道を見ていると1〜2人の大型ドローンは近年になって技術的課題が解決されようやく登場した未来の乗り物である、みたいな言い方になっていると思うのですがそうじゃないんですよね。

VZ-8 Airgeepという、アメリカ陸軍で1959年にテストされていた航空機があります。




VZ-8 Airgeep

上記はPiasecki Aircraft社が開発したとありますが、カーチス・ライトもこの計画に参加してVZ-7という評価機を作ったようです。


Curtiss-Wright VZ-7

これらは最近見かける「空飛ぶ車」とか「空飛ぶバイク」にそっくりだと思いませんか?


スカイドライブの「空飛ぶクルマ」有人飛行試験レポート
 
 

A.L.I.、“空飛ぶバイク”「XTURISMO Limited Edition」200台限定で受注開始 価格は7770万円

こういう、小型で下向きファンの推進力によって浮上・移動する航空機というのは最近になって出来上がったものではなくて、古くからあったんですねぇ。それが普及しなかったということは、色々理由があったということですね。その具体的な理由までは知らないですが。

VZ-8 Airgeepという航空機についても、私はWikipedia(英語)に書いてある情報くらいしか知らないのですが、いくつか面白そうなところを訳して書いてみますね。

  • 米陸軍との契約により「空飛ぶジープ(flying jeep)」として1957年にPiasecki Aircraft社によって開発された(初飛行は1959年)
  • 当初、180馬力エンジンが2つ搭載され、後に単一の550馬力エンジン一つに置き換えられた
  • 低い高度で運用されることを想定していたが、数千フィートまで上昇でき(1000フィートは約300m)、飛行は安定していた
  • 開発はうまく行ったものの、「空飛ぶジープ」というコンセプト自体が現代の(当時の)戦場には適していないとして、ヘリコプターによって代替された
  • 全長7.45m、全幅2.82m、全高1.78 m
  • 最大乗員 3人
  • 総重量1,665kg、最大離陸重量2,177kg (ということはペイロードは452kg?)
  • 最高速度 136km/h、巡航速度112km/h
  • 行動半径56km、上昇限度914m

ということらしいです。

1957年当時でもこのくらいの技術はすでにあったということは分かります。このスペックは現代の「空飛ぶ車」と比較しても劣っていないでしょう。

現代の「空飛ぶ車」との違いを探してみますと、現代の方はモーターとバッテリーによる駆動方式を採用したものがあります。電動化という観点では当時の技術では不可能であった可能性が高いように思いますが、しかし電動化した代わりに巡航速度や行動半径はぐっと減ります。例えば上記で引用したスカイドライブの「空飛ぶクルマ」は、最高速40km/h、最大飛行時間は5~10分というスペックだそうです。

そういった違いはあれど、本当にこうした小型の数人乗りの乗り物が便利であったならば現代までに普及する機会は何度かあったはずだと思いませんか?私は思います。だって電気で動く現代の「空飛ぶ車」よりも高スペックですよ、このVZ-8って。それでも普及しなかった理由があるのでしょう。その背景は私には判りませんが、おそらくこうなんじゃないかと思う推測をいくつか列挙してみます。

  • 危険性

空を飛ぶ乗り物というのは必然的に位置エネルギーが大きくなるために、墜落時は大事故に繋がりがちです。しかも、決められた道路を走行する自動車であればガードレールを付けるなど対策が可能ですが、空を飛ぶのであればどこにでも墜落する可能性があるので被害軽減も難しくなります。

また、小型であるがゆえに、回転するプロペラが地面近くの人間の手が届くところにあります。現場作業を経験されている方ならお察しが付くかと思いますが、とにかく回転体とは非常に危険な代物で、丸鋸やサンダーといったハンドツールであっても事故がよく発生します。出力によっては吸い込み事故も発生するでしょう。それを大多数の一般人が利用するという想定に無理があると思います。少なくとも、いまの形態では。

  • 操縦の難しさ

車はハンドルとブレーキとアクセルだけ操作して二次元的な操作をすれば良いです。「道路を走行する」というケースに限ればハンドルを右に切るか、左に切るかだけなので1次元の操作しかしなくて良いとも言えます。しかしながらドローンではXYZと3軸あり、それぞれの軸に対する回転も加わります。操縦は圧倒的に難しくなります。操縦するには航空機パイロットと同様の資格が必要とされるべきでしょう。

というか、プロですら決められた飛行場などではなく町中でこういった乗り物を操縦するのは相当難しいと思います。車ですら確認の不足による巻き込み事故が多発しているのに、町中の電線や電柱、歩行者、看板、ビル風、そういったものすべてに気を使い安全に運行させるのは人間業では不可能ではないでしょうか。

  • 航空法の遵守

私もこのあたりはほとんど知識が無いので詳しいところまでは説明できないので間違いがあったらご容赦願いたいです。

飛行機というのは自由にどこでも飛んでも良いわけではないです。道路を走る車が守らなければならない道路交通法があるように、航空機は航空法を守らなければなりません。決められた高度・速度・方位を守って運行する必要があります。管制圏という管轄があり、その範囲内で管制官が事故(衝突など)を防ぐためにあなたの飛行機はこういう航路を通って空港に侵入し、ここに着陸しなさいと司令するわけです。

一般ピープルが自家用車に乗るような感覚で航空法を守ることができるとは思えません。現在のあおり運転だのスピード違反だのを繰り返すドライバーは空でも同じことをやるでしょう。数多の航空機を管制するのはキャパが超えるでしょう。航空法もそんな自体は想定していないので、大規模な法整備からまず始めることになると思われます。

航空法はまた、空を飛ぶ航空機が安全であることを遵守させています。自動車が故障するのとはわけが違いますからね。であるから、空を飛んでよい航空機は厳格なテストをクリアして型式証明を取ったものに限られますし、その性能や機能が維持されるよう日頃からちゃんとした整備士が飛ぶたびに確認を行います。その整備状態を自家用車と同じような運用方法で担保するのは非常に難しいと思います。

  • 航続距離の短さ

特にバッテリとモーターで駆動するタイプは航続距離が短くなりがちです。航続距離がせいぜい数十kmというスペックで十分だという用途はあるのでしょうか。

数十kmも移動できれば日常使いでは十分だ、と思われるかもしれませんが、そもそも小型で垂直離着陸のできる航空機だからといってどこにでも着陸できるはずだという想定に無理があると思います。着陸する時に風が吹けば電線に絡まって墜落するかもしれませんし、着陸しようとしているときに自動車が突っ込んでくるかもしれません。自転車に乗った小学生が横切るかもしれません。そういう事を考えると、最低限「ここには航空機が着陸してくる可能性がありますよ」という表示をした上で比較的安全な着陸場所が確保されていないといけないでしょう。

Google Mapであなたの住む街の航空写真を見ていただきたいのですが、そんな場所はどれくらいあるでしょうか。田舎だったら空き地がいくつもあるかもしれませんが、都市部で5m四方くらいの平地があればすぐに建物が建つか駐車場になるか、じゃないですかね。そして、風に流されたりすることを考えれば航空機のサイズがギリギリ収まる、くらいのサイズでは足りないことは容易に想像が付くでしょう。風に流されて隣のビルに衝突すれば大事故です。

着陸場所が限られ、空飛ぶ車の数が増えれば必然的に混雑が発生します。そうした時に短い航続距離で滞空していられるでしょうか。バッテリが切れれば墜落するか、一か八かで自動車が行き交う道路などに緊急着陸することになります。しかも、ヘリコプターであればエンジンが停止してもオートローテーション(固定翼機が滑空するようなもの)によって着陸まで持っていけるかもしれませんが、小さいローターを複数組み合わせた形式の航空機ではそのような効果も望めないでしょう。

そういったことを考えると、「短い航続距離でも大丈夫だ」は安易に言えないと思います。

  • 用途がなかった

以上のような背景があるので、このスペックでは用途を見いだせなかったのではないでしょうか。質問者様が指摘しておられるように、航続距離が数百kmあり、オートローテーションが可能なヘリコプターが「垂直離着陸可能な近距離移動用の小型航空機」の最小サイズだということでは、と思います。

質問者様は

そもそも「空飛ぶクルマ」のほとんどの用途がヘリコプターで解決しています

と書かれており、私も全く同感なのですが、普通の人は「空飛ぶ車」と紹介されると自家用車と同じような運用を想定してしまうのでしょう。

つまり、「空飛ぶ車が登場しても現状のヘリコプターと同じような運用がなされるはずだ」という想定をせず、自分の家の庭に空飛ぶ車が離着陸し、スーパーや病院の駐車場に安全に空飛ぶ車が着陸し、帰省する時に渋滞になっている高速道路の上空をスイスイ進んでいく、ということを夢見てしまうのだと思います。が、ここまで記事を読んで頂いたのであればそんな事を実現するためにはいくつもの課題を解決する必要があると分かって頂けるかと思います。この理想と現実のギャップに大きな隔たりがあるのにメディアが何もそれを指摘しないということに私は違和感を感じますし、質問者様も同じことをお感じなのだと思います。

では、逆にどうしたら自家用車と同じような使い方ができる空飛ぶ車が生まれるのか?というと、以下のような事柄が必須だと思います。

  • ヘリコプターと同程度の航続距離
  • 素人が扱っても安全な推進装置の
  • 完全な飛行制御機能の実現(搭乗者は一切操作しない)
  • 完全な自動運行機能。飛行管制はプログラムで行われる
  • 上記を実現するためのインフラ
  • 既存の航空機と同程度の信頼性を1年に数回の整備で実現できる(現状の自家用車と同等の整備で既存の航空機の信頼性を実現できる)
  • 空飛ぶ車の数に見合った着陸場の整備
  • 着陸場での燃料(エネルギー)補給設備の整備

以上が実現できるまでは空飛ぶ車が自家用車のように使われるのは難しく、それまではイベントでデモするとか、ヘリのチャーターを提供するような既存の航空会社が取り扱うとか、その程度になるのではないでしょうか。農薬散布や電線の維持管理などの事業用として考えたとしても、私の想像力ではいまいち人間が乗っている必要性があるような用途が思いつきませんが読者のみなさんはなにか思いつきますかね。

ちなみに上記のスカイドライブ社の記事では

スカイドライブでは認可を獲得後、3年後の2023年には大阪の湾岸部で5~10kmという短距離間を結ぶエアタクシーの事業開始を予定

とありました。これも遊覧飛行の一種ですね。ヘリのチャーターよりは安くなるかな、とは思いますが、そもそもヘリをチャーターするのも意外と安い(たとえばここなどは東京ヘリポート発→元箱根ヘリポート着で最大3名、11.9万円〜だそうです。一人4万円くらい)ので、私だったら金額にもよりますがより長く遊覧飛行を楽しめるヘリに乗りたいと思うかもしれないです。

そういったことを考えると、数々の報道内容は誇大広告じみている感があります。

ここからは更に推測を重ねることになります。本件に関しては、

  • 自分で航空機を作って飛ばしたい人たち
  • そのために開発費用を出資してもらいたい人たち
  • 出資する人たち
  • 開発した航空機を取材するメディア
  • そのメディアの記事を見る一般ピープル

という登場人物が居ます。

上掲の記事を見ますと、スカイドライブ社の取締役は

三菱重工で長らく戦闘機や旅客機などの開発に従事し、中型旅客機のMRJ(スペースジェット)開発ではチーフエンジニアと技術担当副社長を歴任した岸信夫氏が、スカイドライブの最高技術責任者に就任した

といったバックグラウンドを持った方だそうで、まさに自分で航空機を作って飛ばしたい人の筆頭ではないかと思われます(MRJがコケたので…)。

そういった人たちが実際に物を作るには金がひつようなわけであって、金を得るためにはこれからの世界では空飛ぶ車が普及するだろうという夢を見せなければならないわけで、多少誇大広告じみたことをメディア向けに言うこともあるでしょう(スカイドライブ社の人がそうだとは言ってない)。ましてや、聞かれてもいないのに「航空法があるので一般ピープルが家の前から空飛ぶ車を飛ばすなんてのはまだまだ難しいと思いますけどね」なんてことは絶対に言わないでしょう(スカイドライブ社の人がそれを言ってないことを批判しているわけではない)。

また、アクセス数を稼ぎたいメディアは、「これからの時代は空飛ぶ車だっ!」という記事をどこよりも先にネット上に公開したいでしょう(CarWatchがそうだとは言ってない)。その過程でメーカーの人が言う誇大広告じみた発言をチェックせずそのまま掲載することもあるでしょう(CarWatchがそうだとは言ってない)。そもそも、技術的・法的にどういう諸問題があり、実現可能性はどの程度のものなのか、実際の運用はどういったものに落ち着くのか、ということを判断できる記者が居ないということもあるでしょう(CarWatchがそうだとは言ってない)。

それをみた一般ピープルは専門知識を持っていないのが普通なので、メディアで「空飛ぶ車」という名称の航空機が「もうすぐ実現できる」と言われれば、不動産屋の広告に載ってそうな爽やかな容姿の夫婦とキッズが自家用車サイズの航空機に乗り込み垂直に離陸して飛んでいく姿を想像するでしょう。

以上の登場人物はそれぞれ、どこかおかしいところがあるかと思います。どこがどうあるべきかという議論までは止めとこうかなと思いますが。

ただ、個人的には何にでもチャレンジできる世界というのは技術者にとってはありがたいと思うので小型の電動化された航空機を開発してみた!という事例があってもいい…というか、沢山あったほうが良いとも思います。一般ピープルが簡単に所有・利用できるような空飛ぶ車がいつかやってくる!という夢を見れる世界であったほうが良いとも思います。

それを踏まえても、昨今の空飛ぶ車がどうのこうのというのは一歩引いて冷めた目で見てしまいますね。私は。