EVに乗るメリットは皆無でデメリットしか無い

EVについて現時点で自分がどう思ってるか(具体的にはEVに乗り換えるべき理由があるかどうかという考察)について書いてみようと思う。まあ、タイトルのような結論なんだけど。

あくまでも、 私の価値基準で判断し、現時点でどうか という話をしていることに注意していただきたい。ただ、私はそんなに特殊な要求をしているわけではないので、一般的に参考になる部分も多いとは思っているのでまとめて記事にした次第である。

なお、本記事において単にEVと書いたときは「リチウムイオン電池を搭載したBEV」の事を指し、FCVやPHEVのことは包含しない。「ガソリン車」も「内燃機関搭載車」という意味で使用しているところが多々あるが、そのへんは雰囲気で適宜読み替えて頂ければと思う。

直感的な評価

個人的にはモーターで動く車というのは好きだが、ネット上ではEV崇拝者とその取り巻きの発言が面倒臭すぎてEV自体が嫌いになってきている。これからはEVのみがエコロジーな選択肢でFCVや低燃費な内燃機関や水素燃料の内燃機関は全然考慮しないみたいな欧州の自分勝手で自己中心的な態度も気に食わない。

本当はHVとかBEVとかPHEVとか、電動化は好きなんだけどね。だって私は工学部出身で電気回路も電磁気学もパワーエレクトロニクスも電動機も履修してきてますからね。好んでそれを学習してきた人間ですからね。一方で機械工学、エンジンやギヤについてはほとんど勉強していないです。カルノーサイクルを勉強した程度です。そういうバックグラウンドでもなお、感情的にはEVが嫌いになりつつあり、実利的にもEVを買う理由が無い。それが現状です。

そのあたりの背景を書いてみる。

メリットがない

考えてみたんですが、私の使い方だとマジでEVに乗り換えるメリットが全然無いんですよね。

ネット上で語られるメリットについても、それって本当にメリットですか?と疑問に思う。例示して考えてみましょう。

  • 環境に優しい

大局的な視点では地球環境は大事にしていくべきだという考えは私にもあるものの、しかしそれは国家・政府・企業といったレベルでまず取り組むべきであって、個人的なメリット・デメリットを天秤にかけた時に何百万円もする製品を「環境にやさしいから」という理由だけで選ぶほど私は裕福ではない。私一人の行動で削減できるCO2排出量など高が知れているのに、あまりにも割に合わない選択はしたくない。また、環境に優しいことはただちに自分の利益にはならない。

本当にEV化を推進してCO2を削減したいのであれば、政府はEV補助金を拡充した上でCO2を排出しない方法での発電量の比率を上げるべきだと思う。

上記に述べた『「環境にやさしいから」という理由だけで選ぶほど私は裕福ではない』という考え方は、個人レベルにおいては合理的だ。この合理的な考え方を崩して地球環境を良くするためには政策で個人の行動を変えていくしか無い。それが政治の仕事である。であるから、私がいまガソリン車をEVに乗り換えるよりは地球環境保護を重要な政策として位置づけている政党に投票するほうが私は意味があると思っている。

  • 振動がなく静かである

私が(そしておそらく多くの人が)走行音の中で不快に感じるのは風切り音とロードノイズである。これはEVだろうと残ってしまう。

現代のEV商品群が高級車価格帯に寄っているから防音性も優れているために現在のEVは静かな車が多いのでこのあたりはややこしい。YouTubeなどを見れば沢山の高級車やEVのアウトバーン走行動画があるので、走行中の音が風切り音なのか、ロードノイズなのか、エンジン音なのか、というあたりを注意して聞いて頂ければ、自分が何の音に対して不快に感じているかというのは分かると思う。

私個人の話をするならばエンジン音を不快だと思ったことはなく、むしろアクセルの踏み込み量によって変化するエンジン音は自動車を操っている感覚に密接に結びつくのであったほうが良いとすら思う。

「振動が少ない」という点に関しても、現代の車はそもそもエンジンの振動が伝わってこない車が多くなっているように思える。優しくハンドルに手を触れたりすれば分かるが、その程度の振動すら許せないという人はあまり居ないのではないか。

また、振動はエンジンの振動のみに由来するものではなく、走行中はサスペンションの減衰力やバネレート、タイヤサイズなどにも大きく影響される。走行中の揺れに関してはEVだから何か決定的に有利になるものがあるというのは怪しいんじゃないかと思う。

ともかく、静かで振動がない快適な車に乗りたいならば、EVに乗るというよりは高級で静かで快適な車を選んだほうが良い。

  • ランニングコストが安い

昔から本ブログで指摘しているが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ということなのか、自動車は乗り始めたら支払った本体価格(や勝手に引き落とされるローン)を忘れてしまう人が多いようだ。だから、スマホも分割支払いでアップル社のアイホーン13プロマックスみたいな10万円を超えるハイエンドスマホを所有する人が多く、ツイッターやフェースブックやインスタグラムなどといった賢者のアプリを使いこなしているわけでございますな。

一方で私は格安Androidスマホを使うケチで貧乏で惨めな人間でごぜぇます。ですから、「ランニングコストが安い」よりも「トータルコストが安い」ことのほうが重要ではないだろうかと常々思っておる。そんな卑しい私めの金勘定にどうかお付き合いください。

まずは燃料だけで比較してみよう。

前提は次の通り。ガソリン価格は1L 160円、電力料金は1kWh 15円とした。電力料金は東京電力の深夜時間帯の電力料金12円をベースに、実運用上は深夜時間帯のみ充電するわけではないだろうから、大体15円くらいになるだろうと予想した。燃費、電費はカタログスペックのとおりである。電費はリーフの電池容量40kWhとWLTCモード走行可能距離322kmから算出した。ユーザーの実測値も大体表記の通りになるので大幅には間違っていないはずだ。

比較する車種は同一メーカーの似通っている車として、日産リーフとノート(e-Power)で比較した。本当ならばハイブリッドでない純粋なガソリンエンジン搭載車で比較したかったのだが現在のラインナップにはないっぽい。

以上のようになる。平均の年間走行距離というのはだいたい7000km以下である。すると、ランニングコストでペイするには49年程度もかかる。半世紀である。車体がそんなに持つとは考えにくい(もたせるならばメンテナンスコストがかさむ)ので、実質的にはイニシャルコストを回収できないと言うべきだろう。ハイブリッド車ではなくてガソリン車で比較しても数十年というオーダーからは大きく変わらないと思う。

ガソリンで運用するよりも圧倒的に安いと言われているEVとの比較ですら、年間の差額が数万円というオーダーなのに車体価格は100万円〜というオーダーで違ってくる。要するに、自家用車を安く運用したいなら安い車を検討すべきだということだ。

この結果に関して、「EVはガソリン車よりもメンテナンス費用が安くなるので、それも含めるべきだ」という反論もあるかもしれない。しかしこれも怪しいと思う。まず、EVとガソリン車大きな違いはエンジンと変速機のみである。エンジンと変速機のメンテナンス費用とは、通常はオイル交換費用が大きなウェイトを占めるだろう。

オイル交換費用とはもともとそこまで高くつくものではない。1回につき高くても5000円以下、1年で3回交換しても1万5千円くらい?それと上記の表を見比べてほしい。その程度の料金が浮いたところで回収年数に大差ないことはすぐに分かるだろう。あとは、エンジンの場合はタイミングベルト交換が10万kmあたりで発生する。これは5〜6万円の費用がかかる。せいぜい、そのくらいの違いではないだろうか。

EVの場合は回生ブレーキがあるのでブレーキパッドの減りも少ない、ということを書いている記事も見かけたが、そもそもブレーキパッドはそこまで頻繁に交換する部品ではない。常識的な使い方をするならば、5万kmも走ったところでようやく交換というくらいではないだろうか。当然、高い部品というわけでもない。それが多少寿命を伸びたところで大差は無いのではないか。

ググってみると、こちらの記事では「ガソリン車よりも3年間で約30%お得」との記述がある。

電気自動車は、価格は高いが維持費は安い…ガソリン車よりも3年間で約30%お得

3割という数字は大きいように感じるし、記事を読み進めていくと

電気自動車はガソリン車に比べて車両価格が高い。しかし、 長い目で見れば、電気自動車のほうが費用を節約できる という。
これは、予測分析会社We Predictが2021年10月28日に発表した調査結果によるものだ。それによると、電気自動車(EV)は内燃機関の自動車に比べて、所有してから3年間のメンテナンス費用が3分の2程度ですむという。

などと書かれているが、最後には

所有開始から3年間で、ガソリン車は 平均228ドル(約2万6000円)のメンテナンスが必要だったのに対し、電気自動車はわずか77ドル(約8700円)だった。 修理代も電気自動車の方が22%低かった。

などと書いてある。ということは、年間数万円というメンテナンスコストの差で車体価格分の元をとるには、EVがガソリン車とほぼ同等の価格まで安くなるしかないということである。

  • EVの方が故障しにくい(故障しにくいので修理費用も安くなる)

EVは部品点数が少ないので故障しにくいという。これはどうでしょうか。

確かにモーターやバッテリーはエンジンに比べると稼働部品(および総部品点数)が少ないが、EVが普及してきたのはここ十年かそこらであるのに対し、ガソリンエンジンは100年以上の歴史がある。100年以上のノウハウによって信頼性は高められ、その信頼性を維持するための適切なメンテナンスがディーラーだけでなくそのへんのカー用品店やガソリンスタンド、街の修理工場でも受けられる。

その一方でEVは最先端のデバイスを詰め込み、高エネルギー密度で発火しやすいバッテリーをバッテリーマネジメントシステムで適切に冷却したり充電したり放電したりなどを行わなくてはならない。皆さんご存知のようにリチウムイオン電池はしょっちゅう膨らんだり発火したりという事故が発生している。EVの発火事故も当然発生している。

そもそも、信頼性工学的にはシステムの稼働率は動作していることが必須な部品それぞれの積によって算出されるということに注意したい。積なので、当然稼働率99.99%の部品が100個直列に組み合わさるよりは10個直列に組み合わさる方が有利ではあるが、稼働率が低い部品が多ければ当然、部品点数が少なくても部品点数が多いシステムよりも稼働率は下がる。そして、最新のデバイスであるほど一般的に言って故障率は高くなる。では実際のガソリン車とEVがどうであるか、というのはデータを持っていないので定量的な評価は難しく、「EVの方が部品点数が少ないから信頼性が高い」とは言い切れないと思う。

そもそも現代においてエンジンの信頼性はすでに十分高いと私は思う。エンジンがすぐ壊れて運用上すごく困る!ということは経験したことがあるだろうか?旧車とか他のメーカーに比べて顕著に故障率が高い車(アルファロメオとか?)を除けば、現在のガソリンエンジンの自動車よりも信頼性をさらに高めて修理費用を抑制するということはたとえ統計的には有意であったとしても、個人が生涯に所有する車の台数を考えたら、各個体でそれぞれ重整備が必要になるほどの故障を経験するかしないかというガチャを引く、というレベルでしか無いのではないだろうかと思う。

EVにおいてもそれは同じだろうし(故障するのはパワートレーンに限った話ではない)、さらに言えばEVは車両価格が高いので保守部品もその分高くなることが見積もれる。EVのように最先端のデバイスを詰め込んだ機械がそんなに安く作れるわけがない。もし故障があったら交換部品の費用はEVの方が平均的には高くなるという見積もりもおかしくはない。

− 税制の面で優れている

これは2つの側面がある。EVを普及させたいから補助金を出したり減税をするという普及のための側面と、現行の制度にEVがタダ乗りしているという側面。そしてそのどちらもが両手を上げて歓迎できるものではない。

「EVを普及させるための補助金や減税」は、前述したとおり、これが消費者の「EVを買わない」という合理的な判断を崩すためにおこなう行政上の施策であり、その補助金や減税とは合理的な判断を崩すために必要なコストである。

ここにまず政治上の問題があると個人的には思う。そもそもEVへのゲームチェンジを望んでいるのはHVでも内燃機関でも主導権を取れなくなったEUの政治的思惑であるという見方が一般的である。それに乗っかって実績づくりで国内のEVに資金を投じるのは相手の思惑に乗っかってしまっているという点でよろしくない。地球環境のためにEVだけが許させるという論点に対しては、「EVのみに囚われずCOPで示したCO2を削減するためにあらゆる施策を行う」と言えば本来それで良かった。CO2を減らすのが目的だと言ったのだから、EVのみが正義だという土俵には登らず、CO2が減れば方法は何でも良いのだ、と正論で返せばよかった。未成熟なEVに急速に転換していかなければならないのだとしたら、COPで削減目標を発表した段階で負けだとも思う。私は政治には疎いのだが、なぜそんな簡単な事が出来なかったのだろうか不思議で仕方ない。

続いて「現行の制度にEVがタダ乗りしている」とは、ガソリン、軽油、LPGにかかるような税金をEVは支払っていないという点である。ガソリン税他は道路特定財源であり、道路整備を目的として「燃料の消費、自動車の取得、保有に着目して自動車利用者に適正な税負担を求めている」ものである。EVは当然これを支払っていない。それを、ガソリンで走るよりも電気で走るほうが安いと手放しに喜んでいいのか。いずれ、確実に何らかの形でEVへの走行距離に連動する課税は行われるだろう。私の意見としては、公平な税負担とEVの補助金はセットで行われなければ筋が通らないと思う(だから、現状は筋が通ってない)。

以上は政治上の問題点だが、モラルその他も全部ひっくるめてシカトしたとして消費者個人の観点からすればどちらも一方的に優遇を受けれるのであるから理由はどうであれ良いではないか、とも思える。ただ、前者に関してはそもそも消費者が合理的な発想では選ばない商品を選ばせるためのコスト、という観点であるから本当に補助金が出るから、減税があるからというのが差し引きしてメリットであるかどうかは考えるべきだと思う。後者に関しても同様で、EVがタダ乗りしているにも関わらず、前述したとおり電気 vs ガソリンのトータルコスト勝負ではEVはかなり劣勢であるのだから、それを大きく上回る優遇措置が無いのであればメリットとは言えない、というのが私の見方である。

ちなみに、ガソリンのガソリン税・石油税を除いて消費税のみが課税されたガソリン1L価格を93円と推定してコストを再度算出してみた。本来はこのくらいの価格差で比較するのが公平である。

すると、平均的な走行距離(7000km以下)ではコスト回収まで130年以上かかる計算になる。

  • 機能、性能が優れている

これはEV「だから」備わっている特徴ではない。EVというパワートレインの運用上の面倒臭さを補って商品価値を高めるには機能性、性能を高めて高い車を買ってくれる層にアピールできる商品にするしかないから、あるいはどうせ数が出ないならば高級車価格帯の商品を作って利幅を確保するしかないから、現状の商品が機能、性能で優れるようになっているだけだ。簡単に言えば余計な機能や性能を利幅確保のために勝手に付属させられているとも言える。

それに、機能や性能が優れた車がほしいならEV以外のパワートレインを搭載した高級車という選択肢もあるはずだ。

言い換えれば、EVと比較すべきは同価格帯の車種であるということも言える。400万円オーバーのEVと国産コンパクトカーを比較してEVはこんなに優れている、と論ずるは意味がない。400万円オーバーのEVとガソリン車を比較したいなら、せめて値段は合わせるべきだ。金を積んだほうがいい商品が手に入るのは当たり前なのだから。

ちなみに高級車がほしいという前提があったとしても、私はEV以外のパワートレインを搭載した高級車を選ぶと思う。後述するが、私がEVを受け入れられない最大の理由は「充電」という行為が発生することであって、それは現状、金を積んでも解決できないからという理由が一点。もう一点はEVのパワートレーン自体が現状は高額であって、その部品価格分をその他の機能性や質感に割り振っている方が好ましいだろうという考え。

  • 先進的な自動運転機能が付随する

はっきりとこれをメリットとして挙げられるケースは少ないものの、これもEV vs 内燃機関搭載車という議論の場で度々語られるメリットである。

前項で述べたとおり、EVであることは自動運転機能が充実していることと関係が無い。一般の人がイメージする自動運転、つまり「手を話しても自動車がアクセルとハンドルとブレーキを操作してくれる」というハンズオフ機能は日産からもホンダからもトヨタからもスバルからも登場している。その中でも一番先を走っているのは今の所自動運転レベル3を実現したホンダのレジェンドである。先進的な自動運転機能がほしいならば、EVである必要はない。

個人的な意見を付け加えるならば、現状のハンズオフ機能のような「自動運転」は、危険であるから利用すべきでないと思う。緊急時に即座にドライバーが運転を代わってください、などと言われても人間が即座に反応できるわけがないからだ。同様の指摘や実験結果は随所で見かけるし、このブログでも何度も指摘した

SNS上では「XXX社の自動運転がすごく良いにゃあ〜、眠くてもすごく頼りになるにゃあ〜」などという発言をたまに見かけるし、日産もCMで「遊びに行った帰り道の運転は車に任せよう」的な流れでプロパイロット2.0を宣伝していた。眠かったり疲れたりした時にすべきなのは自動運転機能(ADAS機能)に身を任せることではなくて、運転を同乗者にバトンタッチするか、運転を止めて休むか、どちらかである。現代の自動運転機能での緊急時の回避機能は限定的であって、実際アメリカでもテスラの運転支援機能を使用中にユーザーがとっさに判断できず事故になった事例が何度も発生している。

ユーザーの無知も原因としてはあるだろうが、自動車メーカーもCM中で「すべての事故を回避できるわけではありません」と読めないくらい小さくて短時間しか表示されない文字を入れてエクスキューズを入れるのではなくて、まずは「自動」という言葉を止めてミスリードを防いではいかがだろうか。特に日産。

  • 速度ゼロから瞬間的に発せられる大トルクは内燃機関では得られない

これもよく語られるが、我々は信号切り替わりからのスタートダッシュ大会を公道でしているわけではない。

であるから、むしろ回転数をある程度上げてからトルクが盛り上がってくるような特性のガソリンエンジンこそが自動車には適していると私は思う。私に言わせれば、ディーゼルエンジン搭載車ですらも、あそこまで急激に加速しなくても良い、と思う。EVに関しても最初から最大トルクを発生させるのではなくて、ゆったりとした加速になるようモーター出力を制限すべきだ。

なぜならばあまりにも激しい加加速度は不快であるというのが一点。安全性の観点からもよろしくないというのが二点目。

それでも高速への合流時だのなんだので最大加速が必要になるときはある、と主張する人も居るだろう。その点に関しても、何らかの方法(例えばキックダウンやアクセルレスポンスの変更機能の実装など)で常に最大出力が出る操作方法が残っているならば、通常時は加速がゆっくりになるような制御で何も問題ないはずだ。

そもそもアクセルを踏み込んで他の車を置き去りにして悦に浸る行為というのはただ単に自分が危険行為をしていることに自覚がない上に、「私は大きい加加速度でジェットコースター的な快感を得ることしか車の楽しみを知りませんよ」、と言ってるようにすら聞こえる。発車時に既存のエンジンよりも大トルクを得たい、そのためにEVを買うなんてあまりにも感性が薄っぺらで、もうちょっと気の利いた金の使い方は出来ないのだろうか、とも思うがどうだろうか。

  • 家庭用蓄電池としても活用できる

EVの商品価値を高めるために渋々そのような提案をしているだけだと思う。そんなことをして本当にメリットのあるシナリオを書けるんだろうか?私は計算するのもバカバカしいので計算しないが、興味があったら計算してみてほしい。

100歩ゆずって、単にコンセントで繋げば家庭用の電力系統に接続された蓄電池として利用できますよ、とかいうシステムが実現できるならばまだ理解できるが。実際は電気工事を行いインバータ(パワーコンディショナ)、その他を設置しなければならない。それらの費用に見合うメリットがあるとは思えない。

  • 災害対策・リスクマネジメント

3.11当時にガソリンスタンドに列ができたり、ガソリン価格が上がり続けたり、その他何らかのガソリンの供給危機が発生する対策としてもEVが有効だ(それがリスクマネジメントだ)と述べてる文章をみかけた。

供給価格や供給量という観点では、私はガソリンも電気も大差無いと思う。日本はエネルギーのほとんどの海外に依存しているのだから。「エネルギー」とは原油もガスも電気もみんなひっくるめてエネルギー、である。ガソリンは我々が直接購入する原料そのものであるから小売単価も市場価格の変動の影響を受けやすいのであって、長期的に見ればガソリンと電気の単価は連動するはずだと思う。

EVであることによって、何か大事件が発生した時にガソリンスタンドに並ばなくて良かった〜〜〜という個人的な体験をすることはあるかもしれないが、後述するようなEVのデメリットとは明らかに釣り合わないと思う。

というか、本当にリスク分散したいならば「ガソリンからEV」ではなくて、「利用できるエネルギーソースを複数に」すべきであって、つまり選ぶべきは電気しか使えないEVではなくて電気とガソリンの両方を使えるPHEVを所有するべきだろう。

そもそも災害時に自家用車を動かすことにそこまでメリットがあるとも思えない。3.11のとき、東京の道路は大渋滞で何も動かなかった。被災地はインフラが破損して交通が極端に制限された。そのような場合にはむしろ自家用車は自分のためにも世間のためにも動かさないことが正解だろうと思う(どういう地域に住んでるかにもよるので一概には言えないが)。

災害時には道路や燃料は緊急車両をまず優先すべきで、その次に優先されるのは物流だろう。一般ピープルの優先度は最低で良い。災害時には行政が支援物資を持ってくる計画になっているのだから。

なのに災害時でも自分とこの車だけは確実に動いていてほしいとは、自分だけが助かりたいという浅ましさを感じる。だいたい、車を動かして何処に行くのか。スーパーに行ってティッシュやトイレットペーパーを買い占めたいのだろうか。食料品や日用品を求めて空になったスーパーめぐりたいのだろうか。もしそういうことを考えているならば、過去の災害から何を教訓として生きてきたのだろう。

災害対策のためにEVを購入したいのならば、通常のガソリン車との差額分をもって防災用品や備蓄用品を買ったり、ソーラーパネルとポータブル電源を買ったりしたほうがよっぽどためになると思う。「災害時にも役に立つかもしれないからEVを買う」のであれば、当然、防災意識はすでに高く防災用品と生活用品や食料品の備蓄は用意してるということなんですよね?

  • 近所を乗り回す下駄としてならばEVは良い選択肢である

そういう意見もよく聞くが、私に言わせれば、「近所を乗り回す下駄としてならばEVのデメリットはやや軽減される」という程度だと思う。EVの弱点が大きすぎて、「近所を乗るだけ」という制約を課しただけですべてが解決されたように感じてしまうだけだと思う。

「近所を乗り回すなら沢山の電池は要らないから車体価格を安くできる。であるからコストメリットが生まれるはずだ」というのがこういう話の主なストーリーだ。では近所を乗り回すのに特化したEVというのは、具体的には日本国内で販売・サポートされているもののなかでどの製品が相当するのだろうか。将軍様、屏風の中から近所を乗り回すのに便利で日本人が沢山買ってくれそうなEVを出してください、とまず思う。

ググってみるとこれから軽自動車EVが補助金込みで100万円台半ばで買えるようになるという計画は出てくるが、現時点でそれに適したEVが無いならばどれもこれも現段階では都合の良い見込み話でしかない。中国で安いEVが発売されたという話も見かけるが、これも調べていくと航続距離120km、最高時速100km、冷房なしという割り切ったもので、日本国内で乗られている軽自動車を代替できるようなスペックだとは思えない。

例えばその中国の格安EVのように「航続距離が120kmですが、100万円で買えるEVです!」という近距離移動に特化した車が日本国内で登場したとしよう。それを買う人がどのくらい居るだろうか?というのがまず疑問である。航続距離がガソリン車よりも圧倒的に短くなってしまう車を、特に車やEVに興味がない人たちが買ってくれるだろうか。

CO2を減らすという観点においても、今車に乗っていない人がEVを買っても意味がなく、今車に乗っていてバリバリ活用している人がEVに乗り換えないと意味がない。消費者個人の視点からも、現在国内で乗られているような「下駄車」を代替できるようなスペックでないといけない。その時にみんな航続距離120kmというスペックは嫌がるんじゃないですかね。地方都市に居たら1日で100kmくらい走ることはよくあると思います。

この航続距離の短さに関しては、「深夜電力で充電することで常にバッテリーは満タンで走れるから近距離移動ならば問題にならない」という話があるが、いやいや、その深夜電力で充電するという手間こそが問題だと思う。

毎日引き出しから重い充電機器を取り出してきて車に接続し、充電が終わったらまたベロベロの充電ケーブルを丁寧にまとめて引き出しにしまうのだろうか。そんな事を週に2度とか繰り返すことになるのだろうか。充電を忘れてしまった次の日の朝にバッテリ残量30%とかのまま、ヒヤヒヤしながら職場まで通勤するのだろうか。クソ面倒くさいと思う。しかも、誰しもが駐車場付き一軒家に住んでるわけでもない。

一方で自動車やバイクならばせいぜいガソリンを入れるのは月に1回程度で、燃料の残量などほとんど気にする機会がない。

そもそも、本当に「ユーザーが近距離移動に特化したランニングコストの安い車」を欲しているかどうかというのも疑問である。車を一台しか持っていないような家庭であれば、近距離移動だけに特化した車ではなくて、ある程度長距離を走れて大きさもあって、大体何にでも使えて困らない車がほしいとなるのではないだろうか。そういう考えがないと、核家族家庭に7人乗りミニバンが人気である理由に説明がつかないと思う。

地方都市の家庭で旦那の車が大きめの3ナンバー車、嫁さんの車が軽自動車、みたいな組み合わせはよく見るが、そのような家庭であってもその軽自動車がEVに変わるモチベーションってあるだろうか。片道60kmしか走れなくて電欠になったらレッカー、それを防ぐためにはしょっちゅうケーブルを引っ張り出して充電する、遠出するときは充電ステーションと充電方法を事前に調べといてね、という運用を「足として軽自動車を所有する嫁さん」というタイプの人がEVは便利だ!という気持ちになって受け入れるだろうか、と考えると中々難しいんじゃないかな。

話がメリットかどうかから売れるか否かという方向にそれてしまったのでもとに戻してまとめる。

近距離移動に特化したEVなるものは現時点では日本国内には存在しない。存在しないものを見込みで都合の良いように解釈して議論するということにまず意味がないと私は思う。そして、そういうEVが登場したとしてもオミットされるのはおそらく航続距離になるはずで、それを補うには頻繁に充電が必要になる。それでいてガソリン車では実現し得なかった大きな利点があるわけでもない。そのような車は近距離移動に限ったとしても便利だとは言えない、というのが私の考えである。

これは余談だが、近所を乗り回す下駄として便利な乗り物としては、原付二種スクーターの右に出る乗り物は無いと思う。燃費はどんなに悪くとも30km/Lは余裕で超えるし、燃料の補給は1ヶ月に1回、数百円分のガソリンを補充するのみである。

メンテナンスコストも安く、オイル交換は1000円程度で可能だ。バイクは車とは違った爽快感が味わえて気分転換にもなる。荷物も工夫すればかなりの量を積載することができ、普段の買い物で困ることは殆どない。私はすでに何年も日常的なスーパーやホームセンターでの買い物の9割以上をスクーターで行っている。18ロールトイレットペーパーも詰める、と言えば想像できるだろうか。それを上回って車でないと運べないくらい大量に物を買うことはほとんどない。そのくらいスクーターの積載能力は優れているとも言える。それでいて原付二種スクーターは新車でも20〜30万円代で買えてしまう。小回りも効く。道路が混み合っていても、車で通るのは躊躇してしまいそうな細い抜け道を難なくすり抜けていける。駐車場が混んでいても駐輪場にはスムーズに止められることが多い。車には無い沢山のメリットがあり、車のメリット・デメリットと重複するところが少なく、うまく補完してくれる関係にある。

いつ普及するかわからないEVという神輿を持ち上げて騒ぐより、みんながスーパーカブで近所を巡ったほうがよっぽどエコな気がするんだよな。

  • EVであること自体に価値があったり、ソーラーパネルやスマートホームの各種インフラと接続することに夢がある

メリット・デメリットを勘定するのではなく、EVであるということ自体に夢があるじゃないか。それを大事にしろ、という意見ですな。

私もそういうのが好きで工学部を卒業して理系の技術者として生きているわけですが、でもその夢を得るために犠牲にするもの(後述)が多すぎるんですよね。

ガソリン車とEVの両方を所有して失うものは何もない、という状態で「夢」の実現を趣味でやる、ということならば、まあ私もやりたいですが、そんな予算があったらもっと面白いことに使えると思うんですよね。同様の楽しみは秋月電子でソーラーパネルとバッテリ充電モジュールを揃えてベランダに置く、とかでも満たせそうな気がしている。

  • カリフォルニアではもっとEVは身近だった

そういう文章が書いてある記事も見たことがありますが、もはや何を言いたいのか判りません。

まぁでも居ますけどね。その土地柄でみんながやってることを無条件で好む人って。こういうオシャレな街だから、ここでみんながそうしていたから、だから価値がある。って。

オシャレで先進的な雰囲気と洗練された個性を身にまとっているようで実際は右に倣えの没個性なのでつまらないと個人的には思いますが、本人が幸せならそれでOKです。ぜひ「カリフォルニアではみんなEVに乗ってるんだにゃあ〜」って10秒に一回言いながらテスラ乗っといてください。そもそもEVが先進的で洗練されたものであるという印象自体がそもそもマーケティングの結果一部の層に定着した空気なのだと思ってますけど。

EVに限らず、こういう「先進的な概念と知識を知り、新しい生活スタイルを採用している」みたいにそれが新しく世間に浸透していないものを私は有している、という点でマウントを取ってくる人は古今東西どこにでもいるということはサウスパーク、ヴィーガン、Twitterフェミニストクラスタなどを見ているとよくわかりますが、とにかくめちゃくちゃウザいんですよね。

本人たちは「新しさ」と「正しさ」をパンピーに啓蒙してあげてる、くらいに思ってるんでしょうけど、その思想こそが上から目線、マウントであって、本質的にウザいんですよ。その主張が妥当かどうかを検討する前に脳が反射的に拒否するんですよね。文化、風俗ってのは偉い人がトップダウンで司令して形成されるものではなくて、一般ピープルの緩やかな合意によって徐々に形成されていくものですからね。

それをトップダウンでやろうとする人は私の周りでも何人か思い当たる人がいますが、こういう人って本人は話題豊富でみんなが知らないことを喋っているのでお話上手であると自負しているんでしょうけど、傍から見ると話題が単一でしゃべる内容も自信が体験したリアルを伝えるのではなくて「こういう意見が世界的には主流だ」とか「こういう人たちが北欧では普通だ」とか「あの有名人もやってる」みたいな喋り方が中心になるので「酔っ払って寝落ちしたあとに起きたらテレビで放映されていた深夜の通販番組よりもややつまらない」という程度のお話しか出てこないんですよね。

それって古来の、本来の意味での「オタク」と一緒なんですよ。「お宅、〜知ってる?」という喋りから始まり自分に興味のある事柄だけを延々と喋っている。相手の興味がありそうな話題をチョイスするとかいう気の利いたことができない。本人は面白いのだろうが独りよがり、周囲の人はうんざりする会話になる。そういう人とね、私は飲みに行ったりキャンプしに行ったりとかはしたくないんですよ。もうずーっと「へーそうなんですね」「すごいですね」の決まりきった2種のリアクションを使いまわす必要が出てくるのでむちゃくちゃしんどいんですよ。偉いやろ。私は。ちゃんと凄いですね、って言ってあげるんだからな。

だから例えばね。第三次世界大戦が発生しそれが最終的に核戦争へと発展し、人口の99%が消失、アメリカ大陸で荒廃した都市の廃墟を移り歩き、たまに見つける缶詰などの保存食品を頼りに生き延びること数年、ようやく核戦争を生き延びた人たちが集う未来都市に偶然たどり着き、そこでハンバーグとポテトとサラダを支給されたとするでしょ。ボロボロと涙を流し、こんなに美味いもんを俺は実に4年ぶりに食ったと食い続ける私。ここにたどり着くまでに自律型戦闘ドローンに殺された家族にも食わせてやりたかったと涙を流す私にハンバーグを食わせてくれた男が「それは辛かったな。家族は残念だった。でもお前は助かった。ここで家族の分まで生きて、もう一度人類が生き延びれるよう頑張っていけばいい」と肩をたたき、私はあざっす、俺、ここでもう一度最初からやり直してみるっす、と再度ハンバーグに食らいつく。それをみた男が「そのハンバーグ、美味いだろ?」と言うので「うまいっす」と答えると同時に、なんかこのハンバーグは特別なんかな、という小さな疑問が頭に浮かぶ。「うん、それは培養肉なんだな」「培養肉」「そう、培養肉だ。お前は今まで、世界荒廃前は牛肉や豚肉を食っていただろう」「食ってましたが」「その肉というのは、牛や豚といった家畜を食うために産ませて、育てて、殺して出来た肉なんだ。食われるため、殺されるために生まれた動物の犠牲に成り立ってるんだ。人間とはそういう残酷性があり、だからこそこうして世界は荒廃してしまった。その残酷性は取り除かねばなるまい。もちろん、お前からもな。お前は未来人になるんだ。動物を殺さなくてもいい、培養肉を食って今日から生まれ変わるんだよ。地球のために生きるんだ。お前、世界荒廃前は車は何に乗っていたんだ?えっ、ガソリン車?それはよくないな。未来人になるためには、地球環境に配慮しなくちゃな。ここ、ニューカリフォルニアではみんな電気自動車に乗っているんだ。地球を救うための唯一のエコな乗り物さ。レシプロエンジンみたいな野蛮な技術を捨て去った人間こそがクレバーなのさ。ガソリン車に乗ってる野蛮人はまだ居るがね。奴らはEVの充電時間が長いことを嫌っているのさ。知ってるか?EVってのは充電時間が長いんだ。出かけるまでに30分とか40分とかかかるのさ。お前はそういう時間をもったいないと思うだろう?無駄な時間と思うだろう?違うんだ、その時間を使って俺達はクリエイティヴな活動に勤しむのさ。ソファに深く腰掛けてコーヒーを」「帰ります」「え?」「ありがとうございました、うまかったっす」って言ってまた荒廃した都市に帰っていくくらいには、こういう先進的な暮らしだから偉い、先進的な概念を知ってるから偉い、みたいな会話が嫌いですね。

デメリットばかり

つづいてEVのデメリットを書いていこうと思う。

あー、ここまで書いたのはデメリットではないですよ。「世間ではメリットと言われてるが本当にそうか」という事を書いてましたよ。ここからがデメリットですよ。

  • 充電環境が悪すぎる

ここまで私が書いてきた事柄に大きな事実誤認があってすべて間違っており、EVは安くて性能機能が優れているのだとしても、それらすべてを帳消しにするほどのデメリットだと私が感じるのがこの充電に関する諸問題である。

以下の動画がわかりやすくまとまっていると思う。EVを充電するということは、こういうことである。

家庭で充電するにはいちいちケーブルを取り出して接続し、終わったらまとめて片付ける必要がある。公共の充電設備は十分な数がない。公共の充電設備には30分の時間制限がある。急速充電でも30分で満充電にはならない。規格の違いによって急速充電されない場合もある。長距離移動だと何度も何度も充電することになる。

バッテリーの減りが激しいスマホをモバイルバッテリー無しで持ち歩き、バッテリーが尽きそうになったらショッピングモールなどでよく見かける1回百円とかの充電器で充電し、しかもその充電器は3割くらい充電したら止まってしまい、待ってる人のために充電が終わったらすぐに次の人に代わってあげないといけない、みたいなことを想像してみてください。これウザすぎるでしょ。

一方でガソリンスタンドは日本全国どこにでもあるし、ガソリンを満タンに入れるのにかかる時間はせいぜい数分。

また、ガソリン車は万が一ガス欠になってしまっても、ガソリン携行缶でガソリンを持ってくるとか、JAFを呼んでその場で給油してもらうとか、色々方法がある。でもEVはバッテリー交換もできない。バッテリー切れになったら即レッカーだ。

高い車体価格の車を購入した上に旅程にここまで制限が加わるなんて私は耐えられない。わざわざお金を払って利益のない面倒な行為をさせられていると感じる。

ちなみに充電時間に関しては全固体電池により解決できるという主張も散見される。繰り返しになってしまうが、本記事においては 消費者がEVを買うメリットをあるかを論じている。現在のEVで全固体電池を搭載した商品が無いので、上記の評価は変わらない。

こちらのニュースを参照すると、日産が全固体電池を搭載したEVを28年に販売すると述べている。6年後の話であるので未確定な要素がかなり含まれるであろうことは想像に難くない。

将来の話をするならば、インフラも普及が進まないのではないかと私は疑っている。例えば将来的に40kWhのバッテリを30分で50%充電できる、という程度の見積もりをしてみますね。すると40kWを送電してやらないといけない計算になる。1台あたり、40kW。例えば私の家はオール電化で電気契約は50A。東京電力の一般家庭向けの最大値が60Aなのでこれは最大値に近い。100Vで50Aだと50kW。だから「40kWhのバッテリを30分で50%充電できる」だと、オール電化住宅が1軒フル稼働しているくらいの電力を使うことになる。繰り返しだが、一台で、これである。

あまり詳しくはないのだが、こんな設備を10台分も用意するならば高圧受電の契約電力の変更は当然として、受電設備を追加・変更したりなどといった大規模な工事が必要になることも多いのではないか。そうでなくても、充電器の設置は機械を置いて既設のコンセントに繋げばOK❣というような安易なものではなくて少なくとも3相200Vなどを引っ張ってくる必要がある。これも詳しくないので想像になってしまうのだが、結構面倒くさい工事(=金のかかる工事)になるのではないか。「卵が先か鶏が先か」の状況でそれをやりたいと思う事業者がどれだけいるだろうか。

さらに当然ながら、今まで100億回くらい指摘されてきたとおり、その電力はカーボンニュートラルな電源で賄わなければCO2削減には至らない。この電源という議論においても日本は震災以降、輪番停電だの需給バランスの逼迫だの、ギリギリのラインで綱渡りしているわけで、そんなに贅沢は言ってられない状況にある。

遠い未来にはインフラ普及も徐々に進んでいき、自動車はカーボンニュートラルな方法で発電した電気で動いているだろうという見通し(もしくは、そうなっているべきだという主張)には私も異論はないものの、2022年の現在でEVがゲームチェンジャーだ、地球環境保全のための切り札だなどと騒ぐのはこの点に置いてもなんかおかしいなと思う。

  • 高額

前述したとおりEVはまだ高額である。付随する商品価値である「高級であること」つまり先進的な雰囲気、機能、性能を私は欲していないので、単に高くて不便なだけの車だと感じる。

「高級であること」を欲したとしても、今度はEV以外のパワートレーンを搭載した既存の高級車との勝負になる。

  • 寒冷地に弱い

度々言われているが、EVは寒冷地に弱い。電池の化学反応が鈍くなって起電力が落ちる上、暖房にも貴重な電力を浪費するからだ。私は寒冷地に行くことはそれなりにあるので寒冷地での性能をオミットできない。

昨今よく話題に登る「立ち往生」になった場合であっても、EVは現状その場で充電できるような補助システムが普及していない。ガソリン車なら携行缶にガソリンを入れて給油して回ればいいが、EVはその場で充電するならエンジン発電機を設置して使うくらいしか方法がない。多分、そんな運用は立ち往生している路上では無理なんじゃないかと思う。

「寒冷地に行くっつっても、お前は東京に住んでるんだからせいぜい年に数回のことでしょ。それくらい我慢すればいいじゃん」と言われるかもしれないが、そういう考えができるのは寒冷地性能を犠牲にすることと引き換えにそれを上回るメリットがある場合だけだ。すでに述べたようにメリットが私にとっては皆無なのにデメリットだけが発生し、かつ単に商品選択によってそれは回避できるデメリットなのだから、例え年に数回の旅程が不便になりますよ、という程度のものであったとしても受け入れられない。

  • 新しい技術である

私は基本的には新しいもの好きだが、しかし高額な商品の購入に際しては金を無駄にしないためにも保守的で安全策を選択する傾向にある。EVは普及してからまだまだほとんど時間が経っておらず、その信頼性や寿命を判断するのに十分なデータが揃っていないと感じる。

その上で身の回りのリチウムイオン電池が膨らんだりする光景や充電容量が低下してダメになるような経験や、電子工作をしていてショートさせたり感電したりした経験を重ねていれば、EVという新しい技術に対して慎重にならざるを得ない。実際、EVが発火する事件は度々発生している。内燃機関搭載車も危ない可燃燃料が搭載されているが、ガソリンその他は火気が無ければ発火しない。一方でEVは火気が無くても発火炎上する可能性がある。

  • 充電残量が減っていくのを見るのが精神的に苦痛

私はどんな機器であれ、バッテリの残量表示が減っていくのを見るのが不快だ。不快じゃないですか?現代人だったら分かるよね。嫌だよね。バッテリ残量が少ないと。例えばネット上で見かけるスマホのスクショに写ったバッテリ残量が10%とか20%とかだったら、たとえ他人のスマホでも不快になりません?わたしはなる。今すぐ充電したくなる。

自分が所有するスマホのバッテリーも、外出間際に50%とかだったら不安になる。だからモバイルバッテリーを念の為もっていくことになる。この不安や不快感の根源をたどると、電池は充電するのに時間がかかるというあたりに行き着くと思う。

であるから家族や知人と旅行している時にバッテリーが減ってきたらそればっかり気になって全然楽しくないと思う。だって、スマホなら最悪電池切れたら「あー切れちゃった」で済むんだけど、EVはバッテリが切れたら即レッカーなんですよ。スマホのバッテリ残量よりもハラハラすることになります。そんな車には乗りたくない。

予算が無限にあるなら?

もし予算への制約がなければ、私はPHEVならば買ってもいいかな、と思う。

PHEVならば価格はEVよりも高くなる傾向にあるものの、ガソリン車でできることをそのままに、電力で走行するメリットも享受できる。

ただその代わりに車両重量は重くなり、車体もでかくなるというデメリットがある。実際に乗って車体の重さとデカさを補ってなお魅力を感じるかどうか、というあたりを考えることになるだろう。

十分なお金を支払えば、あるいは新しいテクノロジーの良さを知っていれば、すべての欠点を過去のものにして新しい価値を享受できると無条件に信じている人、あるいはそう信じたい人を度々見かけるが、世の中にそんな都合の良い銀の弾丸は殆どない。

上記に記したようなことはメーカーや政府が秘匿している不都合な真実などではなく、調べれば分かることである。「尊敬しているインフルエンサーが優れていると言っていた」とか「こういうカリスマ性のある社長が作った魅力的な商品だから」とかそういう基準で物事を考えるのではなく、ちゃんと公開されている情報を自分でまとめて自分の頭で自分の価値基準を中心にして考えたいですね。

将来的にEVを選ぶ消費者観点での合理性はあるか

以上に書いた事柄に対して「今はEVは数々の問題があるが、それらは解決できる見込みがある」という反論もあるかもしれない。

技術革新が進んでEVが残る可能性を検討するならば、想定通り技術革新が進まずEVが何十年も普及しない可能性も想定しなくてはならないはずで、一方的に解決が可能であると言い切れる道筋はどう付けているのだろうか疑問である。

バッテリーに大きなブレイクスルーがいくつも発生しないとガソリン車の使い勝手には敵わないだろうし、バッテリやモーターに使われる希少金属は代替出来ないかもしれないし、電力が今後安いままだという見込みもない。研究室レベルの発表は実用化には至らないかもしれない。だからそれがよほど確度の高い推定でないかぎり、「安くなる見込みがある」という主張には意味が無いと個人的には思う。

それでもなお、将来的にEVの方が安くて使い勝手が良くなったら?そのときにEVに乗れば良い。別に今EVを選択しなかったら将来に渡ってEVには乗ってはいけない、なんて約束をするわけじゃないのだから。

できない、できないと言うばかりで日本のメーカーは時代に取り残されていく

そういう意見も目にしたが、前述したとおり、そもそもBEVのみが正当な次世代のモビリティであるという認識自体が科学的合理性を伴わない政治由来の決定であるがために前提からおかしいと個人的には思う。

CO2が問題ならば、EVが唯一の解決策ではないのである。

CO2を排出しない車はBEVの他にはFCVであったり、水素燃料エンジンだったり、バイオ燃料であったり、いくつかの選択肢はある。そのなかでBEVのみが唯一の解決策でなければならない理由などない。

そもそもトヨタが初代プリウスを販売開始したのは97年のことである。真っ先に量産車をモーターで動かしたのは日本メーカーだった。ハイブリッド車で培われた技術は当然EVにも引き継がれる。乱暴に言ってしまえば、エネルギーソースが異なるだけなのだから。だから、日本の自動車メーカーが現時点で時代に取り残されているという認識もそもそも怪しいとは思う。

もう一個思い出した。「トヨタがEVを始めたとしても、空気抵抗を減らす技術を持っていないから追いつけない」などと言っている人もいた。町中でおにぎりみたいな形のプリウスが走り始めた時に何も思わなかったのだろうか。内燃機関搭載車の燃費向上に空気抵抗が無関係であると思っているのだろうか。初めて環境問題がEVの登場によって提起されたと思っているのだろうか。こうなってくると、もはや彼らは自動車のことを単に何も知らないということですらない。観察能力も無ければ、自分の頭の中で仮説を立てて検証する能力も無いのだろう。だから「みんなが知らない新事実」をネットで探すことに躍起になり、それらを検証することもなく引っさげて理論武装したつもりになり、地球環境を守るマンとして尊敬を集めたいのである。多分、こういう人が言いたいのは「日本からテスラのようなブランド力があって自動運転機能も備わっていてハイパワーな電気自動車が出てこないからアカン」みたいな論点がぼやけた話なんだろう。そしてそのためには、海外の電気自動車がトップをひた走っていて日本のメーカーがトップに立ってはいかんのである。

正直に言っていい?フランクリースピーキング?おまえばか?ユーアーアスホー?

居酒屋での議論ならばそれでいいかもしれないが、シラフの時にこういう主張を見るのは正直うざい。かなりうざい。ウザいレベルを測定すると、大して知らん親戚が葬式の場にやってきて「俺の息子はこないだ東工大に入った」みたいな自慢話を酔っ払って延々し始めるのと同程度にはウザい。ウザいし、こういう文章を読解するために脳の処理リソースを奪われたくない。聞いても利益が無いので。

それでもEVが欲しい!

EVを買えば良いと思います。

冒頭で書いたとおり、ここに書いたのは私の視点から見た評価なので、もちろん違う人から見れば違う評価になるでしょう。私がここに書いたことだけがすべて正しいのならばEVは一台も売れていませんが、しかし実際にはリーフもテスラも町中でよく走ってます。

世の中のある特定の物事について、その評価が完全に統一されることなどありません。「多数派」はあるかもしれませんが、一色に染まることはありません。私が何を言ったとしても、最終的にEVが欲しいと思ったらEVを買えば良いのです。そんなことはいちいち書かなくても良いはずなんですが、書かないとわからない人たちが最近多いので書いときました。

現代人はネット上の感想やお気持ち、口コミに左右され過ぎだと思います。個々人の感性や価値観、生活スタイルなどなどはバラバラなのです。だから100人が評価した評価点の平均には意味があるかもしれませんが、一人が言っているコメント、感想などはそれ自体が商品の良さを測るものさしにはなりえません。ちゃんと文章を読解し、間違いをただし、自分にとって意味があるところを抽出して初めて役に立ちます。でも現代人は自分の頭で考えて判断するという仕事をネットやGoogleにアウトソースできると信じてしまいがちです。でもそれは無理です。

だから本記事についても同様で、ここにEVがダメだと書いていたからEVはダメなんだと断ずるのではなくて、ご自身で判断して頂きたいと思います。

まとめ

EVがどうとかなんとかというネット上のいろんな議論がありますが、消費者としては単純に消費者の観点で魅力的だと思った時にEVを買えばそれで良いのであって、今の時代はEVだ!みたいな雑な議論に考えを左右されることなく、冷静に自分が乗る車として適しているのは何かをその都度選んで頂ければそれで良いと個人的には思います。

日本の技術力がどうとか、将来のモビリティがどうあるべきかとか、地球環境がどうとか考えることもまあ重要ですが、それは不便な車を高い金払って買うような理由にはならないかな、というのが個人的な意見ではありますね。