「トレス」は悪か

度々トレースがあかんとか何とかネットで話題になり、昨今も一件あったみたいだ。その件についてはその騒動自体が不快なため私はほとんど何も見てない(調べていない)が、Googleがおすすめしてきた記事に件のイラストレーターの個人情報を調べ上げてまとめたページが出てきて、タイトルしか見てないもののそれでも明らかにやり過ぎだなぁと思う内容だったので改めて書いてみる。

法的な側面

一般的にネット上の議論ではトレースが悪と語られることが多いが、その議論は非常に危うく、正確なことを言っている人がほとんど居ないと思う。(もちろん、私を含め)。法律的にアウトなのか?道徳的にアウトなのか?イラストレーターや漫画家としてアウトなのか?それすらはっきりされずに曖昧に議論が展開されて、良いだの悪いだのと勝手に議論が進んでいく。ネット上での著作権法に関連する議論は専門家(弁護士など)のものを除き信用しないほうが良いと思う。専門家の言ですら時に怪しいと思う。

なぜか?「トレース」に関わる法律は沢山あるし、著作権法は親告罪だし、個々の件がアウトかどうかは厳密には原著作者が民事・刑事どちらかで告訴して決着を付けるまでははっきりしたことが言えないからだ。

ネットでよく語られる基準として、

  • 原著作物を半透明にして線で写せばアウトだが、原著作物を目で見て模写すればOKである
  • 自分で撮った写真をトレースするのはOKだが、他人が撮った写真をトレースするのはNGになる
  • 原著作者に許可を取ったり引用元として明記すればOKだが、無断だとNGになる
  • 色をスポイトツールで採取して真似するのはOK
  • トレースした絵を趣味で公開するのはOKだが販売するのはNGである

などが見られるが、これらはどれも間違い(=上記が常に真にはならない)である。

原著作物の本質的な特徴が残っていれば模写だろうとトレースだろうとアウトだし、本質的な特徴がすでに失われていると認められればトレースだろうと模写だろうとOKとなる。

自分で撮った写真であってもその写真には他人の意匠権・著作権・商標権・施設管理権などを侵害する可能性を完全に排除できない限り、はっきりとOKだとは言い切れない。また、他人が撮った写真のトレースであってもその被写体・構図・シャッタースピード・色彩その他に独創性が認められるかどうかがまず争点になり、著作物として認められなければ当然トレースしても良いということになる。

はっきりと言えるのは、法律によって裁かれる場合は法律が基準となるということ、それだけである。であるから、クリエイターは関連する法律と判例を読んで具体的にどのような行為が著作権侵害に当たるのかをよく学習しておく必要があるし、問題があったならば各々でどうすべきか話し合い、決着がつかなければ訴訟を起こして決着を付けなければならない。そうするまでは白黒つかない。というか、これはデザインや創作物に限った話ではなく争いごとに最終的に決着を付けれるのは裁判だけであるという当たり前の話ではある。

ネット上の偏った議論

にもかかわらず、ネット上では以前からトレースという行為に対して異常な厳しさを見せているように思う。人気のイラストの参考資料を徹底的にリストアップする人や、参考にしたと思われる写真を見つけてきて検証するような人が昔から沢山居る。

しかしながら創作一般において現実の建築物や生物、人物、ポーズを見て参考にするというのはよく行われていることである。何故ならば我々は全く現実世界とは関係のないものを創作物で表現することは少なく、多くの場合は現実世界を参考にした世界を創作の世界でも表現するからである。その過程で現実にあるものに似せて作品を作るということはごく当たり前で、これを悪だというのならば創作一般が悪であるということになる。特に現代の漫画制作では背景のトレースによる制作はごく当たり前に行われている。プロでもトレースは普通に使うのである。

ここからは私の推測になってしまうが、おそらくは「トレースならば簡単に上手な絵を描ける」という思い込みがまずあり、だから「何も見ずに上手な絵を描けるのがプロだ」という誤解につながり、最終的に「あいつはトレースで絵を描いているから実力が無いのだ」という判断につながっているのではないだろうか。

以前、漫画家かイラストレーターの方が嘆いていたのだが、学生にイラストの描き方を講義するときに「資料をちゃんと見て勉強しましょう」と説くと「えっ、プロなのに何か見ないと描けないんですか?」という反応をされることがあるらしい。その人はプロほど資料を集めて資料にあたるのだ、と言っていた。そういうことである。

トレースならば簡単に描ける、そう思う人はぜひとも写真をトレースして絵を描いてみて頂きたい。絵を描くという行為がそんなに簡単じゃないことにすぐに気がつくだろう。

加えて私が納得行かないのは、二次創作物に対する考えとのアンバランスさである。トレースは絶対に許さないが、既存の漫画、アニメなどで登場するキャラクターを真似て描いて公開することは全く問題ないという態度を取っている。

漫画やアニメのキャラクターは、それがそのキャラクターであると見ている人が容易に判断できるような特徴を備えている必要がある。つまり、これはデザインであって創作物の本質的な特徴そのものである。その本質的な特徴を複製して、特定のキャラクターであると分かるようにしたまま別の創作を行うのであるから、これはほとんどの場合で翻案権の侵害にあたる可能性が高い(当然、これは公式に依頼されて創作されたもの、つまり原著作物の翻案権を原著作者が行使した場合を除く)。問題にならないのは原著作者が寛大だからである。

それに比べれば、法的にはトレースの方が著作権侵害にあたるかどうか、という判断の方がより難しいケースが多いのではないかと思われる。

しかし、しつこく言うが、ネットには二次創作(翻案)よりもトレースに対して非常に厳しい。この偏りは私は絶対におかしいと思う。

「トレパク」で毀損された価値とは何か?

誤解しないでいただきたいが、私もすべてのトレースについて問題がないと言っているわけではない。

たとえば著名な写真家の作品のポートレートをトレースしてポーズや服装等をかなり似せて描く。これは非常に微妙なラインだ。ポートレートの本質的な創作表現、つまり被写体の性別や背格好、表情、服装などが似通っているイラストを描いたとすれば、それは翻案(つまりパクリ)とみなされる可能性が高くなる。しつこいが、本当に翻案になるかどうかは一律のわかりやすい基準があるわけではなく、本当に白黒つけたければ裁判するしかなく、たとえ弁護士であっても確定的なことは言えないだろう。

人々は、オリジナルであるとされる作品が後に他者の著作物の翻案が強く疑われるという状態になったとき、それを「トレパク」と称する。トレースによって製造されたパクリである、ということだ。

ではここで、あるイラストレーターの作品が「トレパクである」と炎上した時に毀損された価値とはなにか?

それが判明した前後で作品そのものには何ら変化は発生しない。トレパクであることが分かった瞬間に美少女のイラストがウンコのイラストに変化するわけがない。では何が変わったのかと言うと、その作品が生まれた前提が変わったということになるだろう。

皆、イラストレーターの作品はそれがオリジナルであること、すくなくとも法的な問題が無いクリーンなものであることを当然期待する。しかし「パクリ」が判明したならばそれは盗品を買ってしまったようなものなので作品自体の価値が毀損されていると判断できる、そういう解釈なのだろうと思う。その流れ自体には私も異論は無い。

ただここでも私は、法的にクリーンであることが作品の価値に影響を及ぼすならば、ファンが創作した二次創作物は一般的に全く問題とされない風潮に違和感を覚える。

どうあるべきか

ここまで私はトレースが悪なら二次創作物だって悪だろ、みたいな書き方をしてきたと思われるかもしれないが、そういうわけでもないんだな。

今の所、日本国内における法律のグレーゾーン内で活動している二次創作物は一つの文化として原著作者とファンの間でうまい関係を築けていると個人的には思う。であれば、いちいち翻案権の侵害かどうかをはっきりさせることは誰も望んでは居ないだろうと思われる。私個人としても、これ以上創作の表現の幅が狭まってほしくないと思っており、現状法的にグレーであっても困る人が居ない限りはグレーなままで放置されていてほしいとは思う。

ともかく、以上が日本国内におけるコミック・イラスト界隈の現状だと私は思っている。

以降は私の単なる希望や感想なので、これを読んでどう思うかは個々人の勝手である。

まず、はっきりさせておきたいのは日本は法治国家であるということですね。法律があって、それを用いて人間を裁くのは裁判所であり、個々のケースで著作権法などの法律に引っかかるかどうかの判定は一律で簡単に線引きできるものではないです。なので、安易にトレパク、トレパクと連呼するのは止めたほうが良いんじゃないですかね。

ただ、作品の批評自体は自由に行うべきです。「私に言わせればこれは他の著作物の真似であってオリジナリティが無いと思う」そう言う事は問題ないです。感想ですから。個々人の自由にやって良いと思います。明らかに他者のパクリだと感じたとしても著作権が親告罪である以上、第三者にできることはほとんど無いです。場合によっては利害関係者にやんわり知らせるくらいですかね?せいぜいそのくらいでしょう。

ちょっと前に某宇宙アニメがつまらない、非現実的であると批判したJAXA元職員が謝罪&発言取り消ししたらしいですが、ちょっとやり過ぎだと思います。作品をパブリックに公開したならば、誰でも感想を言うのは自由です。もうちょっと言うと、「JAXA元職員」という文言もセットで列挙されることが多かったですが、これも本来不要な情報であって個人攻撃へと誘導したい意図を感じます。

あと、世間の常識として礼儀正しい態度は常に必要である、ということはわざわざ言うまでもないですね。

絶対にやってはいけないのは、個人の感想を超えた人格否定です。「叩いていい人」を見つけて徹底的に叩くのはネットでの一番良くない行動です。直接本人に言う以外でも、パブリックな場で人格攻撃を行うことも同様です。「トレパクで話題になったXXXXの本名は?出身は?家族は?調べて見ました!」的なWebサイトを閲覧するのも、広告収入をそのページの管理者へ与えることになります。アクセスする人が居る限りこういうページはなくなりません。だから見ないようにすべきです。私としては、こういうページを見る人は本人に対して個人攻撃をする人と大差なく、どちらも性格が悪いと思っています。

今回のケースでもイラストレーター個人の個人情報まで調べ上げて列挙するなどまでしており、それがたとえネット上に公開されていた情報を集めただけだとしても、その情報をまとめるという行為が明らかに人格攻撃になっていると個人的には思う。だって放置してたらほとんどの人は気づかなかった情報ですから。ほとんどの人は気づかなかったであろう情報をまとめて個人攻撃へと向かうような構成にすることは例え自分で文章を書いていなくても個人の人格そのものを攻撃しようとした意図があると思いますよ。

そしてトレースだと批判されたクリエイターは、自身の創作物が真似ではなくオリジナルだと言い切れるならば積極的に裁判を行って白黒つけて頂きたいと個人的には思う。パクリの汚名を返上してその後もクリエイターとして食っていくならばそれが最も確実な方法であると思うし、その過程で「パクリ」はどのようにして認定されるのか、もしくは否定されるのか、世間にもそのあたりの関心を持っていただきたいと思う。

あと、トレースだから楽をしているとか、トレースだからパクリだ、という安易な発想も止めましょう。そんなに簡単な話ではないことはすでに説明したとおりです。もう一度いいますが、トレースで常に楽をできると主張するならご自身でトレーシングペーパーを買ってきて雑誌の表紙でも写し描いてみてください。トレースを行うことで作業時間を短縮することはできるかもしれませんが、トレースを行うことで技術も発想もすべて不要になるというのは明らかに間違いです。

気に入らない作品があって、どうしても一言言いたくなったならば、作品に対して「これはくだらない」とか「ありきたりで面白くない」とか「どこかでみたようなものの繰り返しだ」とか「表面的で奥深さが無い」とか感じたことをそのまま言えば良いんですよ。それこそが健全な行動なんですよ。自分がつまんねー作品だなって思ったらそう言って良いんですよ。それが表現の自由ですよ。作品を発表する自由があるならそれを批評する自由だって当然あるわけで、それが嫌なんだったら作品の一般公開を避けるか、エゴサを絶対しないとか、そういう工夫を製作者側がすべきなんですよ。

でもそこでさ、個人情報を根掘り葉掘り探って、こういうところに住んでいてこういう顔でこういう年齢だとか、こういう身分をしている、その分際で人様の作品をパクりやがって、犯罪者の分際でイラストレーター気取りやがって、とか「叩いていい理由セット」を持ち出して叩く必要は全く無いんですよ。叩く必要が無いっていうか、個人の人格を叩いてはいけないんですよ。道徳的にアウトですし、法的にも名誉毀損や営業妨害につながる可能性がありますよ。そんなことをするよりも、作品が気に入らないなら「あなたの作品って全然魅力ないですね」ってはっきり言ったほうがよっぽど建設的で健全だと思うんですよ。そこにトレパクだとか年齢がどうとか年収がどうとか家族がどうとか言う必要ある?無いでしょ?