【質問#219】「将来について迷走中」を書かせていただいた者です

質問・悩み相談の回答です。

質問

「何故お前の人生はつまらないのか」の記事読みました。

私は【質問#204】将来について迷走中の質問をさせていただいた張本人です。

結論から言いますと、あの後も仕事や私生活で色々あったり軽い鬱状態になって頭の中で何度も悩み、何か月かかけて「何者かになりたい」という状況は脱することができたと思います。
この状況を抜け出すに至った理由を申しますと、
第一に、細かい数字は忘れましたが自分が読んだ本の中で人類誕生から現在まで、更には宇宙誕生から現在までを一年としたとき、人一人の生涯なんてほんの僅かでしかなく、やっぱりその中でどんな功績を残そうと結局は無意味だと受け入れられたこと。
第二に、「立派な功績を残して有名になったら同時に責任も付きまとう、無理して有名になってもその責任の重さに耐えられるほど自分は強くない」と思ったことです。何とも情けない理由ですね(汗)

チヤホヤされたいというのも間違いではないですし、何かを真面目に取り組んで結果を残した「実績」が欲しかったという思いもありました。記事中で話されていた「人生に意味を求めている」ということに当たると思います。
だから、以前した質問の通りああでもないこうでもないと生涯の武器となるものを探して本を買っては積み上げ、新たに趣味っぽいことを始めては向いていないと思うと諦めを繰り返しておりました。
趣味の話の例の一つにイラストを挙げておられましたが、まさに3年ほど前の私がそうで、仕事にするとまではいかないまでも頑張って神絵師になってやるという意気込みで始め、技術より気持ちだけが先走って勝手に挫折してしまいました。まったく楽しくなかったです。今もイラストは少しやっていますが、「お前は神絵師になれない、諦めろ」と言われたら「はいそうですね」と受け流して練習を続けることはできる自信はあります。本当の意味で趣味として楽しめているのかと思います。

何者かを目指すことを辞めてからは本当に気持ち的に楽になりました。どれくらい先かもわからない、そもそもあるかどうかも分からないゴールを目指さなくても良い訳ですし。
ですので、当時書いた質問文を読み返すと自分でも色々突っ込みたくなります。特にパチンコやテレビを見て過ごす人たちへの「下らない」という発言ですね。上司たちが仕事の合間にパチンコの話題で盛り上がっていたり、仕事終わったら一緒に打ちに行こうと話したりする姿を最近見るようになり、やっぱり人生楽しんだもの勝ちなんだなと考えられるようになりました。
今は北か南か、西か東かだけのざっくりした方向性だけ定めてあとは目の前のことだけに集中し、その先に何かあればラッキー程度の心持ちで過ごしています。

最近のブログで「何者か」に関する記事を何件か書かれていたので、自分へのけじめとして、また本件の終着点として自分のアカウント名を交えて書かせていただきました。長文失礼いたしました。

※ オリジナルの文面にはSNSアカウント名やもう少し具体的な話が書かれていましたが、本人のご意向により本記事公開時点で削除しました。

回答

ご連絡頂きありがとうございました。

質問者様におかれましては、モヤモヤな気持ちから一定の脱却を経て生産的な活動だったり人生を楽しむための活動だったりに取り掛かれたということですので、とても良かったと思います。

特にパチンコやテレビを見て過ごす人たちへの「下らない」という発言ですね。上司たちが仕事の合間にパチンコの話題で盛り上がっていたり、仕事終わったら一緒に打ちに行こうと話したりする姿を最近見るようになり、やっぱり人生楽しんだもの勝ちなんだなと考えられるようになりました。

特に、この部分は非常に重要で良い変化だと思います。

人は様々な要求を持っていますが、それらをもっとも抽象的に表現するならば、「人生を良くしたい」ということになると思います。「良さ」の定義は人それぞれですが、しかし、ほとんどの人は自分の人生を良くしたいと思っているでしょう。問題は、その「良い」の定義が難しいことなんですよね。自分にとっての「良さ」を簡潔に説明できる人は少ないのではと思います。私自身、はっきりと具体的には説明しにくいです。

ただ、自分にとっての「良い人生」を送るために「何者かになる」「有名人になる」が本当に必要かどうか、という点は真っ先に考えたほうが良いんですよね。だって、多くの人に認知されるような何者かになるのは一般的には難しく、努力だけでなく運も必要になります。やっとそれを叶えたところで自分にとってそれが必要でなかったなら意味が無いですからね。それに、度々出てくる芸能ニュースなどを見れば分かるとおり、有名だったり何かを成し遂げることは幸せであるための十分条件にはなりえません。

このあたりに関しては本ブログで度々話題にしている通りの話で、人は「何者かになりたい」「何かを成し遂げたい」という、どうしても湧き上がってくる気持ちとどう付き合っていけばいいのか、という問いなのだと思います。

現段階での私の結論は、人間とはそういう気持ちを持ってしまうものである、というものです。

誰しもがなんとく漠然とした「いい人生を歩みたい」「一定の実績を残したい」という、具体的な目標が定まらない欲望・願望があり、年齢を重ねるにつれ焦りになり、そして実生活との乖離が大きくなると燻ることになるんでしょう。そう感じてしまうこと自体は人間の向上心の現れなので悪いことではないとは思います。

ただ、現状と理想との乖離の原因を他人に求めると良いことがなくなります。社会が悪いから、国家が悪いから。政府が悪いから。職場の上司が悪いから。あの人が悪いから。なんでこれが世の中で持て囃されているのかがわからない。なんでつまらないコンテンツを作るYouTuberが俺よりも高い収益を得ているのか理解できない。おっぱいを強調した服を着るだけでスパチャを送ってもらえる人生を歩めればこんなに楽なことは無かっただろう。だからこんな人たちのことを苦労してきた私は認められない。こんな感じで自分の外に原因を見出してしまうようになると、向上心が失われて悪いのは自分の外の世界であるという考えに陥ってしまうため、具体的な生産活動や努力が伴いません。

これは質問者様の事を指しているのではなくて、SNS上にはこういう考えの人がたくさんいるんです。実際は上記のようにはっきり言うことは少ないですが。

私がTwitterを基本的に見ないようにしてブログの世界に戻ってきたのもそれが大きいです。

こういう人たちの発言ばかり見てると、単純にうんざりしてくるんですよ。余暇の時間を消費してスマホを触って首を痛めてうんざりする。なんにも良いことがない。それにようやく気づいたんですね。

なんとなく意識高そうな人がなんとなく意識が高そうな事を言っている。それに納得したり反発したりする。でもそれってあなたの人生に関係あります?関係無いんですよ。ほとんどね。

人間というのはこういった「いい人生を歩みたい」「一定の実績を残したい」みたいな漠然とした無根拠な期待を打ち捨て、自分のことを能力相応に客観評価することができるようになって、そこからが人生の本当の本番が始まるんじゃないかとすら私は考えています。