2022年02月05日の日記 死んでも良い時

首が痛いのはしつこくマッサージをしていたところ、だいぶ良くなってきたような気がする。これのおかげで仕事にも趣味にも徐々に集中力が回復しいい影響を及ぼしている。

最近はついつい、どうやったら良い漫画、いい絵を描けるのかということを考えてしまう。別にそれが本業でもないのに。

いや、本業でないからこそ熱中できるのかな?本業と熱中できることが一致してれば一番良い(金を稼げる的な意味で)けど、別に一致してなくても「本業と熱中できることが一致して無い罪」とかで死刑になるわけでもないしな。

絵を描いてると「素人の趣味にしてはかなり上出来では」という気分と「全然ダメだなんでこんなことに時間かけてるんだ」という気分を行ったり着たりする。なんでこんな事をやってんだろう?わかんなくなってくる。

なぜ?

ちゃんともう一度考えてみると、多分「書きたい漫画や小説を書かないまま死んだら後悔するから」になると思う。

今何らかの原因で一瞬で死んだら、最後に思い出すのはそれだと思う。いや、うそうそ。家族の顔が最後に思い浮かぶとしておきましょう。

漫画のほうは計算してみたところ、おそらく完成は順調に行っても4月くらいかなという気がします。25Pくらいの漫画なんですが。趣味でやってるので本業の人たちほどには人手も時間もかけられないのは当然なんですが、プロはこれを1週間かそこらで作るわけで、ヤバイよね。

などと考えていた折、こんなnoteを見つけた。

週刊作家の1週間

クソだな、と思う。

何度かこのブログにも描いているが、「漫画描きませんか?」的なことを編集者から声をかけられたことがある。2〜3通のメールのやり取りであんなに腹立たしくさせるのはそういう才能なのだとおもう。2回そういうことがあったがどっちもそうだった。2回めの方は1通目のメールからイラッとする内容で、よくもまぁあんな事を書けるよな、と思う。自分の都合しか言わない。相手のことなど関係ない。秋田に住んでいるのに明日東京に打ち合わせに来い、メールでは話せない、などという。アホちゃう?でもそういう人たちが本当に居る。上に書いてる記事のように。

マナー講師、面接官、漫画の編集部。こういう人たちは人や人が作った作品を品定めする、人を教育する、ということを普段からしているのでだんだん自分が偉いと勘違いしてくるんじゃないかな。職業とか職種でこれは嫌だ、とか安易なことは言いたくないものの、しかし確実にこれら3つの方々には有意に他の集団よりもより人を苛つかせる傾向が強いと思いますよ。個人的には。

でまあそういう経験があったから、出版社の人間とは絶対に関わらないと心に決めている。今後小説や漫画をいくつ書いても、それを出版社に持ち込んだりなにかの賞に応募したりすることは絶対に無いと思う。

あくまでも自分の創作は趣味の範囲でやっていたいよね。金になったら良いなとおもうものの、その金にするというのも自費で本などを作ってほそぼそと売るという程度に留めておきたいと思う。

漫画と小説を、自分の気が済むまで書いたらどうしようか。

その頃には子供も大学生くらいになって親元を離れていると思う。

そしたら、新車のホンダゴールドウィングを買って嫁さんと一緒に安比高原にある、二人のお気に入りの旅館に泊まろうと思う。一番いい部屋に。秋口ごろに。

それで、部屋で自分が今まで書いてきた漫画や小説を読もうと思う。

前沢牛のステーキを食い。部屋でゴロゴロしながら。確か露天風呂付きの部屋があったはず。温泉に入りながら読んでも良い。

そしたらもう死んでもいいかな。思い残すことは無いかな。と思う。

それまで絵と文章を書き続けなければならない呪いがかかってるんだと思う。

そういうときまでみなさんが私の文章や絵をできるだけ沢山見て頂けましたら、これ幸いでございます。