2022年01月23日の日記

私は古い人間なので音楽はCDで買ってます。

CD、まあレコードもそうなんですが、アルバムアートワークとかジャケットデザインというものがございますな。パッケージに描かれている写真やイラストなど。私は音楽とはあれまで含めて写真だと思う。お気に入りの曲が収められたCDのジャケットは大体思い出すことができる。

あとは、音楽だけじゃなくて歌詞が好きですね。CDに付いてくる歌詞が書かれた紙を見たりするのも好きです。

それと、CDに収められた曲の順序。これも作品の一部だと思っている。

あとはパッケージの装丁とか構造とかもかなり独自性があったりして、あそこまで自由度高くできるって凄いなーなどと思う。初回限定版でおまけが付いたりしてね。そこまで含めてそのアーティストの作品、なのだと思っている。

配信サービスではそれらの一部しか提供されておらず、それら物理的なものが失われてしまったのが寂しいなと。だから気に入ったアーティストの作品は今でもタワレコで予約して買っている。

一方で現代の楽曲はどのようになっているだろうか。

我が家では嫁さんとキッズたちが韓国のアーティストとか韓国プロデューサーが関与した作品などといったものをよく聞いている。韓国はもはや音楽のシーンでは世界をリードすると言っても良いほど先を行っているので、多分あれらが最新の楽曲なのだろうな、と思って見ている。

あとはなんだろ、「夜に駆ける」とか「うっせえわ」とか?あれらが曲名なのかアーティスト名なのかすら私はよく分かってないんですが、子供らはよくああ言うのを聞いてますね。

それらを観察して昔ながらのCDからどのように変わっていったのかを考えてみると、まず、ビジュアル的な要素は増えましたね。物理的なメディアやパッケージは失われましたが、その代わりに誰でも手軽にYouTubeでMVやPVといった類のものを視聴でき、それらのビジュアルを含めて作品としての体をなしている。そのあたりは昔のと違っているようで、似通っているとも思う。

あとはアーティストそのものへフォーカスする傾向が強まった気がする。昔もライブ他を通して作品だけでなくアーティストそのものに対するファン、というのは普通に居たわけだがその志向が強くなった、みたいな気がする。具体的にはそのアーティストが生まれるまでのバックグラウンド、オーディションの光景をまたひとつのコンテンツとして提供し、アーティストそのものへの思い入れを醸成することがすでにビジネスの中に組み込まれているとか。あとは歌手本人がどういう属性の人でどんなことをしているか、などを特集する番組が放送されたりなど。そんな感じな気がする。

ビジュアルを細かく見ていくと、そのアーティストが好んでいるファッションとかダンスとか、そういうところも含めて視聴者に影響を及ぼそうとしている。

あとは歌い方も昔とは大きく変わったような気がする。具体的にはとにかく歌唱力が重視されるようになったような気がするんですよね。

なんというか、カラオケでこれを歌うのはしんどいよね、難しいよねという曲が評価されているような気がする。カラオケの採点機能で98点以上をコンスタントに取れます、そういう私は歌が上手いでしょ?みたいな歌い方。なんか数年前にカラオケの採点でべらぼうに歌が上手い奇跡の歌手がデビュー、みたいなのありましたよね。そういう方向が特化した感じ。

一方で楽器という概念はどんどん失われていった。楽器プラグインを揃えたDAWでDTMして1時間で楽曲を作る、みたいなのは流行らなくなった気がする。

現代で流行っている音楽で「こいつのギターが熱い」みたいなのはまず聞かなくなった。というかギター、ベース、ドラム、ヴォーカルが居て、という構成をあまり見なくなった。構成される要素はDJ、音楽プロデューサー、歌い手、なんとかP、ボーカロイド、そういったものになった。人が集まって楽器をかき鳴らさなければならないような音楽はあまり見なくなった。

どれもこれもアート、表現の一種であるからどちらが良いという基準を設けることは出来ないのだけど、しかしちょっと、現代的な音楽はちょっと聞く気がしない。わからない。理解できない。

一時期、「うっせえわ」を子供に聞かせたくないという話が流行り、それの反発として「いや、うっせぇわはいい曲だ。凄い曲だ」と褒めるおっさんやおばはんを何人か見た。

子供が一時期めちゃくちゃ聞いてたので私もいやいや耳に入れざるを得なかった時期があるんだけど、ちょっとね、私には良さが全然判りませんでしたね。

正直なところ、歌詞が稚拙だと思ったんですよね。よく覚えてないけど、経済の動向とか最新の流行は社会人として掴んどけ、それが社会人として当然、みたいなことに対して「うっせえわ」とか言ってたりなど。

社会に対して持った不満を爆発させるという曲は昔からたくさんありますが、色々ある中で怒るところってそこなの?と思った。というか、今どき「社会人なら当然経済の動向を掴んどけ」とかいう人ってあまり居ない気がするけどどうなんですかね?そして当然やっておけという言い方はおいといて、経済を知っておくことには益がありませんか?有用なアドバイスだと私は思うんですけどね。

あとは、私はあなたとちがって健康で頭の出来が違うので問題なし、とか、口が臭いから塞げ、とかいう言葉の選び方とかもよくわかんねぇなって思った。なんか全般的に子供っぽくて、勘違いしてる新入社員が自分は尖ってると勘違いして的はずれなことをズバズバ上司や先輩に言って「俺は物申す人間だ」と悦に浸ってる、そんな光景を想像してしまうんですよね。良くないところを発見して臆すること無く指摘する、ではなくて、指摘する、論破する、ことが目的になってるような、そういう雰囲気を類推してしまうんですよね。

社会に対する不満や批判を表現した歌というのは私はどちらかというと好きな方なんですが、なんか昔の曲と対比するとあんまりよくわかんなかったな。

同じように社会に対する批判で自分がすごいな、とぱっと頭に思い浮かぶのはブルーハーツの「すてごま」です。

何か理由がなければ正義の味方にゃなれない 君、ちょっと捨て駒になってくれないか いざこざに巻き込まれて泣いてくれないか いざこざに巻き込まれて死んでくれないか

これを湾岸戦争で自衛隊を派遣するかどうか議論してた頃に歌ったんですよ。今考えてもすげえな、良いな。と思う。

あとは3人組のガールズバンドのSOFTBALLとかだろうか。あの人たちも途中から戦争の歌を歌い始めて最終的に米軍の空母の甲板の上で演奏したりしてたんですよね。特攻隊の歌とか歌ってた。どれもこれも今聞いても好きな曲が多いですね。例えば、ANSWERという曲の

みんなに気持ち流されて 集まった100人の声が いつもその答えだけが 正しいとは思えないんだ

というフレーズもシンプルで平易な、言い方を変えれば凡庸な言葉のチョイスだと思うんですが、楽曲全体を通した雰囲気や前後の歌詞、歌う声とリンクして考えるとつよいメッセージ性を感じるんですよね。集まった100人の声がAだと言えばAな気がしてくるけれども、別に多数決で決まった結果がいつもベストではないし、その100人の声だってみんなに気持ち流されてバイアスがかった意見かもしれないんですよね。世の中は日本に限らずどこも同調圧力社会ですからね。考えたら当たり前のことなんだけど常時そうだと考えているわけではないし、それを歌にして伝えることは深い意味があると思うんだよな。ぜひ一回、ソフトボールは聞いていただきたいが配信とかであるのかな?配信サービス契約してないからわかんないや。

ちなみに、別に戦争批判とか戦争について語るのがすごいと言いたいわけじゃないんですよ。たまたま思い浮かんだ2つが戦争にちょっと関係してたというだけで。でもそこは関係なくて、重要なことはなんかこうポリシーを感じるでしょ?一貫した。それが良いなと思うんですよ。何か強烈に主張したいことがあって、それに対する思いとか怒りとかいう感情で湧き上がってきた歌詞と曲ってやっぱり聞いてる人に伝わるんですよ。お前のパッションを見せてくれ!!!って言いたいんですよね。パッションが見たいんですよ。熱いパッションが。熱いパッションがあれば伝わるから。

一方でうっせえわ、は、なんでしたっけ?

二番煎じ言い換えのパロディ 一切合切凡庸なあなたじゃわからないかもね

でしたっけ?

凡庸な言葉のチョイスで伝わる曲もあれば、伝わらない曲もあるんですねぇ。そして聞いてる人の殆どは平均的で凡庸な人たちなんですよねぇ。それが一般ピープルなんですよねぇ。分からないから教えてくださいよ。何を言いたかったんですか、あなた(たち)は?私には「社会への反発、というテーマで曲を書きたいね」「そうだね、そういう雰囲気で書いてみようか」「うーん、じゃあ働いててこういうところが腹立つよね」「あーわかるわかる」という久しぶりにあった同期と喫茶店で愚痴言ってる的なノリで作った歌詞に聞こえてしまうんですよね。べつにそういう愚痴っぽい曲があってもいいとは思うんだけど、なんか好みじゃないんだよね。自分が愚痴を言うことは好きだけど他人の愚痴を聞くのは面倒くさいので。

そういうわけで私は全く良さが理解できなかったんですが、まあ理解できた人も居たから流行ってるんでしょう。先に書いたとおり私と同じような年代の人でも良いと言ってる人は居ましたからね。

でも私と同年代の人たちに関しては、まさかとは思うんですが、そうやって若者が好き好んで聞いている曲「だから」褒めてるわけじゃないですよね?若者が好んでる文化が理解できなくなった自分を認めたくないから、という。だとしたらめちゃくちゃダサいので止めたほうがいいね。サウスパークでそういう回あった。

自分と同年代ならば感性が似ているだろうというのも推定でしかないんだけどね。

ともかく今でも私はそういうメッセージ性のある、熱いパッションが感じ取れる曲が好きで常に探しているんですが、あんまり見つからないんですよね。なんかおすすめがあったら教えてください。多分、歌ってる人はいると思うんだけど他のアーティストに隠れて見えないんだと思うんだよな。

ちなみに韓国関連の楽曲もそういうパッションみたいなものは全然感じないですね。まったく方向性が別です。先に述べたように、ファッション、ビジュアル、ダンス、そういったものが醸し出す漠然としたオシャレ感が受け入れられているのでしょう。ああいう人たちになりたい、という憧れの対象を具現化したらああなった、という。

そこに熱いパッションとメッセージ性は正直あんまり無いんですよね。消費するための商業的なコンテンツというか、そんな感じがします。もちろん、商業的であることが必ずしも芸術性を毀損するわけではないですし、そこに良さがあるから流行ってるんでしょうけど。私には理解できないですけど。

歌詞とかを注意深く見てもですね、ブンブンブンブンブンブンとかボンボンボンボンボンとかハッ!アッ!ハッ!とかダララッタッタッタラダララッラとか、掛け声みたいなのが多くて基本的に意味ないんですよ。そんな事言うわけ無いやろ、と思うでしょ?いや、マジで言ってるんだって。YouTubeでちょっと検索してみてくださいよ。んで歌詞を見てくださいよ。メッセージ性とかなんとかいうのは無いよね、正直。たまに文章になってる歌詞があっても、オンリーワン、オンリーユー、初めてのときめき、キュンとなるウキウキワキワキ、いじわるいじわる、どうしよう、お願い、みたいなそんなキーワードが敷き詰められているだけなんですよね。うちのキッズ(6歳)がアドリブで作って歌ってる歌詞にとってもよく似てます。ようするに歌詞はあまり重視されておらず、カラオケで100点取れるような歌い方の美しい歌声と激しいダンス、今風な感じの曲調が重要なのでしょう。よくわかんないけど、グローバルで展開するならば下手に意味のある歌詞を付けるよりもダラダラダラダラダララララみたいな事を適当に言ってたほうが評価される期待値が高くなるんじゃないかな?

んでもっと言うとカラオケの採点で評価する歌うま番組みたいなのも嫌いなんだよね。うちの女子陣が好きでよく見てるんだけど。なんかGoogle検索とか食べログの過度なアルゴリズム最適化みたいじゃない?それって、そんなに価値のあることなんだっけ?って思う。

ちなみに私はそういうことを率直に嫁さんとか子どもたちに言う。ブンブンブンブンブンとか言ってるけど、これで良いの?って。そうすると、本人たちはそれで別に良い、変な気がするけどそれを見ているとテンションが上がるから良い。女の子の憧れとして存在できているからそれでいい、要約するとそんなことを言っているから狙った層にはちゃんと届いているのだと思う。狙ってない中年おじさん層から見るとやっぱり理解できない、そういうことなんでしょう。

ともかく、先に書いたとおり、それらと昔ながらのブルーハーツみたいなメッセージはそれぞれが表現の仕方で違うジャンルなので、どっちが優れてるというつもりはないですね。言ってるように聞こえるかもしれんけどね。でもどっちが優れてるとか言うつもりは無いんですよ。これはほんと。同じ「歌」ではあるものの、ブルーハーツやソフトボールとうっせえわと韓国初のそれらは全然ちがうジャンルの作品、言い換えれば同じ商業施設であってもラーメン次郎とZARAと六本木ヒルズくらいには違いがある、しかしラーメン次郎と六本木ヒルズを比べてどっちが優れてるかという判定をする人は居ませんよね?だから私も比べてるわけではなくて、単にラーメン次郎は好きだけど六本木ヒルズに用事はない、ということを言っているということです。

しかしながら世の中には「自分の好きなものを批判されたら怒る」という人たちが一定数いて、これが面倒くせぇんだよな。万人が好きなコンテンツなんてあるわけないじゃん。諦めろ。受け入れろ。