2022年01月21日の日記

私なんかはもう世界人類が皆幸せであったら良いと思ってますよ。いや、ほんとほんと。ほーんとだぁ(高校のときの英語の先生の真似)。

ネット上を徘徊すると結構不幸な人が多いんですよね。いや、本当に不幸かどうかは分からんよ。不幸だと本人が言う機会が多いので不幸なのかも知れんな、と思うんだ。

あのー、まあ、基本的には人類は幸せであったほうが良いよね。ずっと幸せに苔のむすまで生きれたらいいよね。持続可能な社会の実現。SDGsというやつですな。

しかしなんだい?SDGsというのは。最初は分かる分かる、持続できる開発が大事だよね、という概念は非常によく分かる。このまま行ったら地球があかん。温暖化があかん。枯渇する資源があかん。食料バランスがあかん。人類色々あってここまできて科学の力を身につけたんだから、完全循環型社会を実現させてこの宇宙という庭で悠久の夢をみましょうや…という思想はすごく理解できるしよく分かる。

でも何なんですかね?最近は蓋開けてみてびっくりしたんですけど、17のゴールとして

  • 貧困をなくそう No poverty
  • 飢餓をゼロに Zero hunger
  • すべての人に健康と福祉を Good health and well-being
  • 質の高い教育をみんなに Quality education
  • ジェンダー平等を実現しよう Gender equality
  • 安全な水とトイレを世界中に Clean water and sanitation
  • エネルギーをみんなに そしてクリーンに Affordable and clean energy
  • 働きがいも経済成長も Decent work and economic growth
  • 産業と技術革新の基盤をつくろう Industry, innovation, infrastructure
  • 人や国の不平等をなくそう Reduced inequalities
  • 住み続けられるまちづくりを Sustainable cities and communities
  • つくる責任 つかう責任 Responsible consumption, production
  • 気候変動に具体的な対策を Climate action
  • 海の豊かさを守ろう Life below water
  • 陸の豊かさも守ろう Life on land
  • 平和と公正をすべての人に Peace, justice and strong institutions
  • パートナーシップで目標を達成しよう Partnerships for the goals

というのが語られてて(国連で採択されたっぽい?)ちょっと私なんかは正直びっくりしましたね。SDGsというのかい?贅沢なゴールだねぇって。

私なんかはもっとミニマムな最低限のところにフォーカスして生き残るとかいうリアルでシビアな話なんだと思ってましたよ。違うんですね。ユートピアを目指しましょうやって話なんですね。えっ、良いんですか?そんなで。と正直思う。

だって中国のキンペーの頭とかロシアのチンプーの頭とかがすこしどうにかしてしまって、台湾とか沖縄とかウクライナとかに核が落ちて報復が始まったらもうそれどころじゃなくないすか?温暖化が進んでどんどん島が沈んでったらやばくないすか?異常気象で作物が取れなくてメシ食えなくなってもジェンダー平等とか質の高い教育!!!とかって叫ぶんですか?持続可能性にジェンダー平等ってそこまでクリティカルな問題です?

と、書くと脊髄反射で顔真っ赤にして怒ってくる人がいるので、めっ!っと奈良のシカが煎餅くれって寄ってくるのを「もうだめ!あげない!」と手のひらを広げて制止するそのポーズをまずはやっておきますよ。めっ!最後まで話を聞け!

いいですか、私が思ってたSDGsってのは先に言ったとおりもっとミニマムなゴールだと思ってたんだよね。すなわち、地球はもうこのまま行くとアカンぞ、人類絶滅するぞ、それが100年後か200年後かは分からないけど、今から絶滅するかもしれんぞという危機感に立って、最低限滅亡を避けれるように行動しましょうや。というリアルでシビアな話だと思ってたんですよ。

だから以下のようなゴールが並ぶと思っていた。

  • 次世代原子炉を30年までに世界中に普及させよう
  • 核融合炉を早期実用化させよう
  • 資源の完全循環型社会を目指そう
  • 少ないエネルギーで人間の人格を維持させるサイバネティックシステムを実現させよう
  • 培養肉を早期実現させよう
  • 不老不死になろう
  • 本条項を実現するために障壁となる場合生命倫理規制は緩めよう
  • 政治はAIとバイオロイドが担当することを目指そう
  • 太陽系の資源探査と開発に乗り出そう
  • 温暖化防止のために衛星軌道上にサンシェードを展開しよう
  • サンシェードで太陽光発電してマイクロ波電力伝送しよう
  • 恒星間航行できる宇宙船を開発しよう
  • コールドスリープ技術を実現しよう

それを略してSDGs、Sustainable space Development and cyborG goals、みたいに言ってるんだと思ってましたね。

まずは人類が滅亡しない。今後も生命を維持し続けていける保証をすると。その上でユートピアに至るための活動をしていきましょうや、って話ならわかるんだよね。ユートピア。すなわちジェンダー平等。貧困の解消。質の高い教育。

だからそういう意味で行くと、貧困の解消、飢餓ゼロ、そういうのはまだ分かるんだ。生き死にに直結してるからね。貧困や飢餓で人類が絶滅するというシナリオもあるかもしれん。でも公正とか、ジェンダー平等とか、福祉とか…いや、分かるよ。大事だよ。大事だっつってんだろ。それが大事だというのは同意する。しかしサスティナブルな開発のゴールとはちょっと違うかなと私は思う。どう?そういうのはそういうので別にやったら良いんじゃないですかね。別にどっちも同時に進めていいわけだからさ。価値観の話でしょ?だってこれ。

っていうかもう、これもあれなんでしょ。各国間でポイントみたいなのを付けて「お前んところの国はジェンダー平等指数が低いからな」「不平等で差別で汚職がひどいってデータあるしな」とか国際的にマウント取る道具みたいにしてるという側面もきっとあるんでしょ。なんなんすかね?その都道府県魅力度ランキングとか住みたい街ランキングとかを勝手に決めるみたいなやつ。それで儲かるのは自分で火を付けて消火器構えてるコンサルとかの類なんじゃないすか?知らんけどね。

SDGsに関してはそんな感じなんですが、その一方で具体的な個々人のジェンダー差別とか、貧困とか、そういうのに関しては別途、より強い危機感や怒りを持つんですよね。

人類を滅亡から救おう!!とか、男女平等を目指そう!!とかいう話だと、うーん、せやな、大事やな、くらいの感想で止まってしまうじゃないですか。スケールがデカすぎるので個々人でできることって高が知れてるんですよね。でも、一人の人間というところまで問題が落とし込まれて行くと、個人でも解決できるところがあるかもしれんな?という気がしてきてしまうんですよね。

まあこれがね、良くないんですわ。

例えば私も20代くらいのときは結構頑張ってたと思うんだよね。困ってるという人たちをなんとか助けたいと思ってた。東に「結婚したいけど相手が居ないから紹介して」と言ってる女あらば、西から「女の子だれか紹介して」と言ってる男を連れてきて引き合わせてみる。そういうのをやった。老婆心というかそういう感じでね。そんでそのうちの何人かは付き合ったりもしてたんだけど結局結婚まで行くことはなかったね。そりゃまあそんなもんだよね。基本的に一生と思ってみんな結婚するわけだから、そんなに都合よく相手は見つからないよね。

就職・転職で悩んでますみたいな話も聞いた。今でもたまに聞かれます。そんで色々思うところを喋ってみるけど、結局、私もまあ無責任に他人の人生にずかずかと踏み込んでああしろこうしろというアドバイスはしたくないので、客観的な話に終始してあんまり突っ込んだ熱い話はできないんだよね。そういう話をしても双方にプラスになることも無いしね。語れるほど人生経験あるわけでもないしね。

ネット上にも常日頃から結婚できないとか結婚してもしんどいとか、仕事が、子供が、嫁が、旦那が、人生が、金が、という話が沢山転がっていて、私も見る度に「どしたん話聞こか?てかどこ住み?何歳?」と声をかけてしまいそうになるのですが、結局自分から聞こか?なんては言わないよねぇ。

子供にも口酸っぱく言ってるんですが、ネットの人ってのは基本的に責任取らないからね。私もその一人だって自分で分かってるんですよ。基本、見ず知らずで何処に住んでるかも分からんような、SNSのアカウントや電話番号、メールアドレスといった情報が失われれば容易に連絡が取れなくなるような繋がりでしかないわけじゃないですか。そういう人たちって無責任な事しか言わないんですよ。繋がりが切れたらもう会うこと無いんだから、何言っても気楽なもんですよ。でもリアルで顔を知っている知り合いとか友達になると、そのアカウント名の先にいる個人が具体的に想像できるからまだマシになりますよね。古くからの友達で損得勘定なしで話を聞いたり時に行動してくれる人が悩み相談の相手としてはベスト、と個人的には思いますわ。

でもそういう相手がいるだけ幸せであって、相談相手も居ない孤独な人が世の中には沢山いる…というのも分かるんですな。うんうん。わかるわかる。それもアイカツだね。

しかしながらそういう人に「どしたん話聞こか?てかどこ住み?何歳?」とか声かけてったってしょうがないじゃないですか。私ももうアラフォー、全裸中年男性で既婚者で小学生の娘が居ますからね。声かけて真摯に悩みを聞いてもその最後には信頼できるたった一人のパートナーとともに生きていく…みたいな話にしかならないわけですよ。あるいは金がすべてを解決するので、ここはひとつ、100万円くらい融通してください、みたいな話とかにね。究極を言えばね。したら私に何ができます?何も出来ない。私は私の家を守って家計を回すので精一杯なんですよ。人助けなんて高尚でかつ金と手間暇のかかることはちょっと無理ですね。

なので当ブログでも度々言っていますが、わたしは世界人類が幸せになればいいなと本当に、これ心の底から思っていますが、しかしながらそれは思うだけで無理なんですよ。一介のサラリーマンにはね。金も暇も足らない。なんにもできない。これが例えば昔のインドのなんとか王朝の王様であったならば、まあ不憫な人たちを宮殿で雇ってあげる、子供は保護してあげる、などといった事ができるんですけどね。俺は王様じゃないからなぁ。王様じゃないから人助けは無理。「すみません、渋谷に行くにはこの路線で良いですか?」知るかボケ、王様に聞けや、って感じです。

ちなみになぜここまでの文章で困っている人たちが暗黙的に女性を想定しているかというと、男だったらしっかりやれや、と思うからです。うだうだ社会や国家や地方市町村に個人的な責任をなすりつけて言い訳ばっかり考えてねぇで手を動かせ、このボケがっ。幸せになるのは女子供だけでいい!男なら死ねい!って思っているフシがあるからですね。そういう点でもジェンダー平等とか語る資格は私には無いんスよね。女子供だったら助けになろうかな、と思う。男は知らん、自分で考えろ。ボケが。

(でも質問コーナーとかでもちゃんと男性に対して真面目に答えてましたよね)←うんうん、そうなんですよ。このブログの管理人もなんだかんだ言って面倒見良いんですよね。

そういうわけで今日は早めに寝てユートピアを実現する夢でも見ようと思います。おしまい。

コッシーが「〜〜っす!」という語尾で喋ってるのは自分が椅子だからなんだな、とこないだ気づきました。