いちいちマウント取ってくるやつ

という題材で書いてみたい。

マウントを取る

「マウントを取る」あるいは「マウンティング」というのはネットスラングの一種だと思う。格闘技、特に総合格闘技において相手に馬乗りになり攻撃を加える様から、「何らかの相手への優位性をアピールして自慢を始める、もしくは相手を貶す」という行為のことを指す。という理解でいる。

しかしまー、ネット上でもそれ以外でも、マウントを取ってくるやつって本当多いのな。

なぜ人はマウントを取るんだろうか?それは第一に、人間は自慢をしたがる生き物だからという理由が挙げられるだろう。自慢をして劣った相手と自分との差を認識して自分が優れている人間だと感じたい。それによって自己承認欲求を得たい。あるいは優位性をアピールすることで褒められたいという子供じみた気持ちを大人になっても持ってるという人も居るかもしれない。優位性を常々アピールすることで政治的に優位に立ちたいという策略もあるかもしれない。

昨今だと長らく続く不況、給与水準の低下、社会情勢への不安などによってそれを解消するために「自分は優位だから大丈夫だ」と言い聞かせているということもあるかもしれない。

しかしながらいずれにしてもマウントを取られた側の心理反応としては、たいてい「自慢されてムカつく」「うざいやっちゃな」となるのはわかりきっていることだろう。

相手を苛つかせるこということを理解できずにやっている。あるいは、わかりきっていることではあるが、自分の自尊心を保つために止められない。あるいは、マウントを取ることで誰かをいじめたい。そのいずれにせよマウントを取る心理としては幼稚であるとしか言えないと思う。

マウントを取るやつはどこにでもいる

皆さんご存知のようにマウントを取るやつはどこにでもいます。

関東に住んでいる人が地方の人にマウントを取る。東京に住んでいる人が隣県の人にマウントを取る。23区に住んでいる人が区外の人にマウントを取る。山手線の内側に住んでいる人が外側の人にマウントを取る。どこまで行ってもきりがありません。理解できませんが。何らかの単一のものさしで人を推し量って、そこに明らかにわかる優劣があればそこにマウントが生じるわけです。

住んでいる所以外でも、例えば撮り鉄の間では「値段が高くてデカイカメラを持っている人のために小さいカメラを持っている人は場所を空けるべき」みたいなマウントがあるらしいですね。理解できませんが。

バイクでも「排気量マウント」というのがあります。よりデカイ排気量のバイクに乗っているほうが偉いという考え方です。理解できませんが。よく高速のSAや道の駅で「このバイク何cc?」と聞いてくる、通称「ナンシーおじさん」という人種もいるらしいですね。これもそのバイクの排気量からそれに乗っている人自身の価値を推察して、自分が過去経験した排気量よりも下であれば偉そうに振る舞い、上であれば下手に出るとかいうことを考えてるのかもしれませんね。理解できませんが。

バイクでマウントがあるなら車にも当然ありますね。価格.comの口コミ掲示板などを見るとよくいます。VOXYの口コミに「スレ主さんが乗っているのは通常のグレードですが、私が乗っているのは限定の"煌"エディションなので仕様が違ってるかもしれません^^;」みたいに、さり気なくお前が乗ってるよりも良いグレードに乗ってんだよ、みたいなことをアピールする人はいます。「ボクの乗ってる車は煌(きらめき)エディション」などという話をいちいちするのはめちゃ恥ずかしいし、トヨタのネーミングセンスもダサいと私は思うのですが、まあ、それが自慢につながると思ってる人も居るみたいですね。

同じ車に乗ってりゃグレードでのマウントが生じますし、日本車 vs 外車、安い車 vs 高い車、軽自動車 vs 普通車などというマウンティングももちろんあります。単純に「デカイほうが偉い」というマウンティングもよく見かけますね。特にトヨタのアルファード・ヴェルファイアはデカイ、かつ、高いという2段構えなのでその筋の人たちにはウケが良いわけです。

昨今ではEVやテスラを崇拝してそれ以外の車はカス、みたいな論調を仕掛けてくるわけのわからない人たちもいますが、あれも一種のマウンティングなのだろうと思ってます。要するに、「普通の人がまだ知らない先進的なテクノロジーを理解し、それに価値を感じ、実際に所有し、新しく先進的で地球環境に配慮した生活スタイルを人々に伝える伝道師」みたいに思っているんでしょう。サウスパークでよくネタにされるやつですね。

新しい生活や価値観の伝道師、みたいなマウンティングのとり方は最近よく見かけますが、例えばTwitterなどで見かける(疑似)フェミニズムに関しても同様に「新しく、正しく、健全で、あるべき姿である価値観を伝えてあげてる」という押し付けがましいマウンティングが一部あると個人的には感じています。具体的な言及は避けますが。

その他よく見るものとしては、

  • 旦那の年収マウント
  • 学歴マウント
  • 勤務先マウント

などを見かけますね。

マウントを取られたら

相手にしなきゃ良いです。前述した通り、マウントを取る側の心理は幼稚なので。そんなことに付き合ってあげる必要は無いです。「すごいですねー、ゴイスー」とか適当な相槌を打って早々に切り上げ、ゲームでもしましょう。

んなこと言っても、実際言われたらムカつくんじゃ、ボケ、と思われるかもしれませんね。

ではなぜムカつくのか。ここが重要だと思うんですよ。

マウントされてムカつくのは、相手の口車に載せられて相手が望む土俵に登っちゃってるからムカつくんですよ。

例えばあなたが埼玉に住んでたとしましょう。その理由は土地が安くて都内よりもデカイ家に住めるからだったとしましょう。そんな折に職場の先輩から「君の家はどこだっけ?あ、埼玉か。うんうん。埼玉で一軒家も良いんじゃないかな。君にとっては。ボクはねぇ、都内じゃないとダメな生き物なんだな。近場に美術館とオシャレなカフェーと三星レストランが無いと生きていけないんだな。うんうん。それにね、家というのは資産だからね。これから少子化で値段が下がっていく郊外、特に埼玉とか、君の住んでいる、どこだっけ?所沢とかね。地価が下がっていく地域の資産は目減りしてしまうからね。うんうん。ボクの周りの賢い人たちはね、やっぱり都内のマンションに住んでるよ。うん。取得価格が高くても、物件価格も土地価格も上がれば得をするんだよね。そこの価値がわかる人たちが今、何某という地域に集まっているんだね、うん」などと鼻息荒く、聞いてもいないことをべらべらと喋ってきたとしましょう。

そこでクソが、埼玉と所沢を馬鹿にしやがって。いちいちんなこと言わんでも良いわ。と思ってしまうのは、実は相手の話に一理あると分かっているからなんですよね。

確かに資産価値や美術館やオシャレななにがしかのお店への距離で言えば、先輩が言う都内の某所のほうが上であって埼玉所沢のほうが下であるというのは事実なんですよ。事実であって、そこを指摘されているからムカつく。ムカつくというのはその点を認めて自分が下、相手が上だということを理解しているから、言わんでも良いことをいちいち言ってくるのでムカつく。という、こういう機序を経ていると思うんだな。

これが私が思う、「土俵に乗ってしまっている」という状態です。

でね、私が言いたいのは、「土俵に乗らんでいいやんけ」ということなんですよ。だって、相手の得意なフィールドで、かつ勝負しても自分に何のメリットもないことでしょ?相手にするだけ無駄なんだよ。

よく思い出していただきたいんですが、ここで埼玉所沢に住んでいた理由は「土地が安くて都内よりもデカイ家に住めるから」だったわけなんですよ。別に資産価値なんか考えてない、家なんて土地込みの耐久消費財と割り切ってる、都内に遊びに行くことはあるが所沢から電車で30分かけるのと都内から10分で着くのとを天秤に掛けて都内に済むほどのメリットを感じない、それよりも俺が価値を感じるのはデカイ家で、都内の75平米、機械式駐車場、駅前のうるさくて狭い地域などというせせこましいマンションに住むのが嫌だったからそうしたわけじゃないですか?相手がマウントを取ってくる基準のものさしでそもそも生きてないわけなんですよ。

だから美術館に近いとか都心に住むとかいう価値基準で比較すること自体が実は間違ってるんですね。自分自身のものさしで考えて判断したことを相手にどうこう言われる筋合いは無い。

そんなん当たり前でしょ?当たり前すぎるので、常日頃から「俺は広い家に住むことに価値を感じるから都内に住むという選択肢は無いのだ」などと考えてないじゃないですか?そんな折にどっかの馬のボーンみたいなやつが「家とはすなわち資産価値であって、資産価値が上がらない地域の家を買うやつはアホ」みたいなことを言ってきても自分の生活になんら影響を及ぼさないばかりか、過去してきた自分の決断の合理性が覆されるということにもならないんですよ。

同様にして、車にしてもバイクにしてもカメラにしてもあなたが下した決断にはご自身の価値基準に基づく合理的な考えがあったはずで、それをちがうものさしで測ってドヤられてもどうなん、っていう話になるわけですよ。バレーボール選手に対して柔道の選手が「お前は背が高いアタッカーだが柔道の前ではクソの程の役にも立たない。重心崩して寝技に持っていったら一瞬で終わり」とかイキってるようなもんでしょ。アホかって感じでしょ。

しかしながら一方で、年収や学歴に関しては一般的に上であればあるほど良いという話になり、それは全人類共通したものさしに近いのでは…と思ってしまうかもしれません。でもそこも人生どこに注力するかという差し加減、つまりその人固有の価値観や人生観の話に帰結すると思うんですよね。

以前の記事とも関連してきますが、金や資産は大量にあればあるほど一般的に好ましいが、それは「世の中の全てに金がかかるから」というだけの話であって、自分が理想とする暮らしを実現するのに十分な収入を得ていればそれで良いはずなんですよね。年収800万円くらいの階級(←統計の用語ですよ)の幸福度が最も高いという話を度々見かけますが(しかし出典は知らないですが)、それが正しいならば「がむしゃらに稼いで必要以上に年収が上がっても大して幸せにはならない」という話なんじゃないですかね。知らんけど。

学歴に関してもその人が学生時代にどういうことに価値を感じ、どう過ごしてきたかによって左右される部分が大きいですよね。良い大学出て新事業を立ち上げて儲けてる社長が女絡みのごたごたでよく報道されるのを見ますが、私なんかは学生時代や青春みたいなものにコンプレックスがあるんだろうなという見方をしてしまいますね。知らんけど。

まとめ

  • マウントとってくるやつは幼稚
  • それにイラついてしまうのは相手の土俵に乗ってしまってるから
  • 価値基準が違うということを頭に入れておきましょう

告知

久しぶりにゲーム実況します。3月12日金曜日21:00から。