【質問#144】不安の解消方法について

質問・悩み相談の回答です。

質問

ご相談したいことは、題名の通りです。

私は現在、SEとして金融系システム開発について携わっています。
金融系システムといっても、複数のシステムが存在しています。たとえば勘定系担当はメインフレームにCOBOL(直接コーディングはせずに、ツールでソースを生成してますが)で開発をしていたり、インターネットバンキング担当はRHEL+JAVA+RDBを利用して開発を行っています。
入社から7年程度、solarisでのBIツールの開発やREHLでのweb三層アプリケーション開発を行っていました。
8年目に部署異動となり、勘定系担当となりました。その際に汎用機の使い方や金融業務の把握が一度に発生し、情けないことに自身のキャパを越えてしまい、精神的な面を理由に会社を休みがちになってしまいました。
その頃から軽い不安でも自分の中で大袈裟に考えすぎてしまい、あれもこれもしないといけない!と焦り、仕事の効率と品質が低下する、ということが多々発生するようになってしまいました。
withpopさんは不安を感じたりした場合、どのように解消しているのか、教えて頂けないでしょうか。また、なにかアドバイスいただけると助かります。

ちなみに、勘定系担当になった際は、以下のような不安を感じていたように記憶しています。
・異動直後に大きめの案件を担当したのが不安
・汎用機の仕組みが分からなく、調べる術も思いつかない(webにもあまり情報がない。linuxのように自宅でサーバをたてて学習することも出来ない)
・そもそも汎用機やCOBOLに将来性を感じておらず、モチベーションが低い

回答

慣れない仕事を初めて精神を病んでしまった。非常によく有ることです。ブログにも書いたような気がしますが、私も経験があります。ただ、誤解の無いように声を大にして言いたいのですが、

情けないことに自身のキャパを越えてしまい、精神的な面を理由に会社を休みがちになってしまいました。

どうかそのようにご自身を責めないで下さい。

精神病、特にうつ病は脳内の神経伝達物質の分泌異常が原因だろうということが近代の研究によって明らかになっています。するとこれは脳内の神経伝達物質の異常を整える効果のある薬を服用することで治る病気です。このプロセスに、人間性や精神力は関係ないのです。風邪と同じく、なぜか罹患してしまって、薬によって治さなければならない病気です。

また、嫌なことに対するストレス耐性が人よりも小さいから、と言い切れるものでもありません。これもよく誤解されがちですが、そもそもストレスは自分にとって嫌なことに対する精神反応ではなくて、生活が急激に変化したことに対する無意識の精神反応です。たとえば、ストレス点数表という有名な表があります。


image from ライフイベント法とストレス判定

これを見るとわかりますが、人間が感じるストレスはネガティブなことだけではないです。昇給や結婚、レクリエーションの増加などといった行為でも人はストレスを感じます。私自身もこれは経験があり、ブログでも書きましたが転職後に勤務環境が極端に自由になり、収入も上がり、ネガティブな要素が何もないにも関わらず不眠と顔面痙攣にしばらく悩まされました。

要するに人間は何か違うことをやるとストレスを受けるように出来ているのであり、その感受性も一つの物差しで絶対的に測定できるものでもないので、やはり精神病や精神反応を個人の性格の問題に帰結させるのは個人的には無理があると思いますし、そのように本人を責めても誰も幸せになりません。うつ病その他は、薬飲んで寝てるしかないのですから。

ちなみに、

・汎用機の仕組みが分からなく、調べる術も思いつかない(webにもあまり情報がない。linuxのように自宅でサーバをたてて学習することも出来ない)
・そもそも汎用機やCOBOLに将来性を感じておらず、モチベーションが低い

このあたりのお気持ちもよくわかります。私も前職で磁気テープのドラムがぐるぐる回ってるような骨董品のコンピュータの保守をしたことがありますが、全く同じ思いでした。特定の業界や分野でしか通用しない技術にどんどん特化させていくのは自分の可能性を極端に狭めているような気がして本当にモチベーションが沸かない行為ですよね。

というわけで、本題に移ります。

withpopさんは不安を感じたりした場合、どのように解消しているのか、教えて頂けないでしょうか。また、なにかアドバイスいただけると助かります。

こちらの「不安」ですが、不安の程度がもし正常な精神反応の範疇を超えていて、あきらかに医療的なケアが必要な段階であるならば、くどいですがこれはもう医者にかかって医師の指示に従って薬を飲むなり休むなりする以外に方法は無いと言い切れます。そうではなくて、不安の程度がもし正常な精神反応の範疇であるならば、工夫でなんとか乗り切ることも可能と思われます。

で、私の場合は単純に真正面からその不安に立ち向かい、不安に思う要素を愚直に一つずつ潰していく、という行動によって乗り切ることが多いです。

不安の要素が仕事がならば上手く行かない要素を列挙していき、一つずつ上手く行くように調整をしていくか、もしくはどうやっても無理そうなら「この仕様の実装は間に合わないのであきらめましょう」と早期に宣言します。宣言しておくことで、いざ間に合わなかった時に管理職の責任にできます。管理職は責任取って怒られるために高給をもらってるので責任とってもらいましょう、みたいな考えだったように記憶しています。

不安の要素が技術的なことであれば、対象の技術をとことん調べます。調べて調べて調べまくります。わからない時はソースコードや数十年前に書かれた古典みたいな仕様書を読み漁ります。

不安の要素が金のことならば、いつまでに幾ら必要で、いくらあれば足りるのか足りないのかをはっきりさせるために事細かに収支の見込みをExcelシートに書き込んでいき、予算を立てます。

不安の要素が人間関係ならば、何かと突っかかってくる人間と徹底的に口論し、そういう卑怯な行為はやめろと言い続けます。

不安の要素の正体が分からない、なんとなく将来が見えていなくて不安だという漠然とした不安に対しては、将来どう転んでも食っていけるように何か新しいスキルを身に着けようと行動します。

以上を簡単に言うと、私は声がデカいということですね。皆さんの職場にも異様に声がデカくて常々なにかを主張しているひとが居るのではないでしょうか?私はそんな感じだと思います。多分。その声がデカイのは自己主張ということもありますが、その結論に至るまでに考え尽くしたという自身の現れでもあります。もしくは、考えて思い悩むよりもまず行動を続けよう、考えても仕方のないことは考えないようにしよう、という気持ちもあるのかもしれません。

それでもどうにもならない時は、寝るとか、運動するとかします。悩みの種から物理的に遠ざかると、結構気分が楽になるように思います。

…という感じで、なにかうまいことを書こうとしましたが、なんだか普通の回答になってしまいましたね。

最後に一つ、本当にしんどい時に私がよく思い出す言葉があります。それは前職の上司がたまに口にしていた言葉で、「明けない夜がないように、終わらないプロジェクトもない」ということでした。どんなプロジェクトでも、結末がどうであれ終わりはいずれ訪れます。今現在の苦しみの殆どは未来永劫続くことではないです。そう思うことで多少は楽観的になれるような気がします。

我々は世界を主観でしか観察することができないので、世界に占める自分の存在を何かと過大評価してしまいがちなのですが、人一人がダウンしても意外と大した影響はないです。それでも地球は回って、大地はそこにあって、ニュース番組は東京のことしか放送しないですし、アフリカの恵まれない子供たちはワクチンを摂取する機会もないまま死んでいき、一方で日本では自然派ママみたいな連中が反ワクチン運動を繰り広げています。一人の人間が世界を変えることは実は殆どありません。偉業を成し遂げた人も数多のバックグラウンドやサポートがあったからこそです。有機的に結合した人間社会と地球上のエコシステムは私達が思っている以上にロバストで、人一人が居なくなってもぜんぜん影響がないように出来ています。だから、あまり深く考えずどーんといこうや、ほっときゃなんとかなるよ。みたいな気持ちも常に心の中のどこかに存在しています。

なんだか、なにを書いているのかよくわからなくなってきましたが、とりあえず私の心の中はそんな感じになっておりますので、何かしら参考になるところがありましたら幸いです。