小学校教諭T氏の思い出

ふと思い出したので書いてみる。単なる思い出話で何か意図があるわけではない。

T氏概要

私が小学校(秋田の公立小学校)のとき、5〜6年を担当した担任。私がたまたまなのだろうか、小学校教諭は全般的に小学生の目で見ても奇行が多い先生が多かった。中でもT先生は色々思うところがある。思い出したことを書いていく。

生きもの地球紀行はオヤジ臭い

学校の合唱コンクール的なもので「生きもの地球紀行」(ダーウィンが来た!の前番組、NHK)のテーマソングだった、「Tomorrow」を歌うことになった。T先生がその曲を紹介する時に、「生きもの地球紀行って番組知ってるかな?それのテーマ曲なんだけど」と言うので、私が「知ってます」と述べると「えっ、生きもの地球紀行見てるんだ。なんかオヤジ臭いね」と言われた。その後、しばらくオヤジ臭いと友達から茶化されることになった。

なんで動物番組みたらオヤジ臭いんだよ。小学生の昆虫博士とか魚博士とか山ほどテレビでてくるやんけ。と思う。

というかそれより何より、なんで自分から「知ってる?」とか話し振っておいて知ってると答えたら「オヤジ臭いね」とか小馬鹿にしてんだよ、ムカつく。

女子に甘い

めちゃくちゃ女子に甘い。これはほぼ全児童共通の認識だった。まず話しかけ方が違う。女子は本当に優しい声で、相手の声を慮っているという感じの声で喋りかけていた。女子からは「T先生はロリコン」だと言われていた。私は当時まだロリコンの意味がよくわからなかったが、まぁ小学生女子が好きなんだろうなというのは本当によくわかった。細かいエピソードはもうあまり覚えていないが、一度嫌がる女子を無理やりお姫様抱っこしているのを見たことがあり、子供ながらに「なんか変態っぽい。頭おかしいんじゃないか…?」と思った記憶がある。

合唱祭の選定でいじける

これも合唱祭ネタなのだが。先生っていうのは何故かこういうの好きだよね。

冒頭に書いたのは別の合唱祭(もしかしたら卒業式で歌う歌を決めるときだったかも)にて、先生が推す曲Aと生徒が推す曲Bが違っていて議論が紛糾した。生徒のほうがほぼ全員がBが良いと言っていた。確か、Bの方はその時人気だったドラマかなにかの主題歌だった気がする。

普通、生徒が満場一致でBという曲が良いということになったのだったらBで良いじゃんって感じだと思うが、先生はAにすべしと言って聞かず、議論は紛糾した。

最終的にBになったが、その過程でT先生が音楽の先生に「生徒はBが良いというのですが、音楽の先生から見ても普通合唱祭で歌う曲はAですよね」などと同意を求めたらしいが、音楽の先生は「私は生徒の意見を尊重すべきだと思う」と言われ、いじけていたとその場面を見ていた友達から聞いた。「いじけていた」が具体的に何なのかはよくわからないが…。

とりあえずその後数日は機嫌が悪く、なんか子供っぽい人だなーと子供ながらに思った。

落書きを書いたテスト答案を展示

テストが早く終わって暇だったので、私は答案用紙余白のところにイギリスのマークIひし形戦車が塹壕を突破しているシーンの落書きを書いていた。


マーク I 戦車 - wikipedia

これが私的には会心の出来で、書いていくうちに夢中になり終了のチャイムが鳴るまで書き込んでしまった。それがT先生に見つかりこっぴどく怒られた。

次の時間、なぜかT先生は私の答案を丸付けして点数を記した上で教室にヒモと洗濯バサミで私の答案をぶら下げた。何故そんなことをするのか、意味がわからなかった。特にその行動について先生からのコメントはなかった。

私は友達から「お前何落書きしてんだよー」と言われ、「すげーだろ、上手いだろ」などと返していたが、あれは先生なりの嫌がらせだったのかなと思う。私はテストの点数なんかも別に気にしなかったが、普通はやられたら嫌だろうな…と思う。私自身、ちょっと意図が意味不明だったのでかなり不気味で先生に対して不信に思う気持ちを強くした。

ししゃもとハンカチ

私は給食で出てくるししゃものまるごと一匹そのままフライが大嫌いだった。私は昔から熱帯魚を飼っていたので、一匹まるまる食べられるようなサイズの魚料理を見ると飼っていた熱帯魚を思い出し可哀想な気持ちと気持ち悪くなってくる気持ちの両方が心の中に湧き上がってくる。大人になった今でも、魚はあまり好きではなく、特に頭がついている奴は食べられない。活造りとかは絶対に無理だ。

ということでししゃものフライは毎回残していたのだが、そのときはT先生の機嫌が悪かったらしく、絶対にししゃもを食べろと言ってきた。過去にもこういうことは何度かあって、そういうときはたいてい給食の時間が終わるまで頑張って食べようとしてましたよ、という姿をアッピールしておけば大体の先生は「しょうがない、次は食べろ」と許してくれるので今回もそうしていた。

が、T先生は私のハンカチを取り出しししゃものフライを包み、「食うまでししゃもを離すな。ししゃも食わないやつは男じゃない」と言い放った。マジかよこいつ。

しかも最低だったのがその時のハンカチというのが、熱帯魚飼育用品メーカーの老舗、独Tetra社の熱帯魚がプリントされたお気に入りのハンカチであった。熱帯魚を思い出すからししゃもが食えねーっつってんのに、熱帯魚のハンカチに包まれたししゃもなんて食えるわけねーっつうんだって。しかも、お気に入りのハンカチが油でベタベタになるわ、揚げ物臭くなるわでそれもショックだった。

結局、私はししゃもを持ったまま午後の授業を受け続け、最後、掃除しているときにこっそりゴミ箱に捨てた。

その後、「先生、ししゃも食べましたよ」と嘘をついて報告すると、T先生は何言ってんだこいつ?何語しゃべってんの?とでも言いたげな、心からあなたが何を言ってるかわからないという風な顔で

「ししゃも?」

と言っていた。「ししゃものフライですよ。先生食べろって言ったじゃないですか」と言うと、それでようやく理解したようで「ああ。ししゃも。はい、はい。」と言って何処かに歩いていった。

あの人、給食時間に怒り始めてししゃもフライをハンカチに包み始めて生徒に持たせ、その生徒がししゃも持ちながら授業受けててもさっと忘れるようなタイプの人なんだな、やっぱちょっと頭おかしいな、と改めて思った。

「男じゃない」の意味もよく分からん。

好きな人を皆の前で発表

ある日、友達Aと「お前はB子のことが好きだからな〜」と茶化して遊んでいた。するとT先生にそれを聞かれ、興奮したT先生は私の腕を引っ張ってちょっと来い、と普段は鍵がかかっている誰もいない部屋に連れて行かれた。

私は怒られる!と思ったのだが、そうではなく、先生は「誰が誰の事を好きなんだ、何某と何某は付き合ってるのか」などと小学生なりの淡い色恋について根掘り葉掘り聞いてきた。私は「そんなこと言えるわけ無いでしょ、口が軽いと思われたくない。ましてや先生になんて」という主旨の事を言ったが、先生は興奮して私の腕を話さない。絶対に言え、言うまで帰さない、いいか、俺は男だ。お前も男だ。男と男の約束だ。お前が言ったことは絶対に他の人には誰も言わない。ここだけの秘密だ。と言う。

とうとう根負けして私は絶対に言わないでくださいよ、としつこく念押ししてその友達AとB子のことだけ喋った。それで開放された。

その日の帰りの会で先生は神妙な面持ちで「AとB子、立ちなさい」と言い、私は心臓が止まりそうになった。言うつもりじゃないか、こいつ。

T先生はAがB子を好きというのは本当か、と問い、Aは最初否定していたが、すぐに「withpopから聞いたんだぞ。お前はwithpopが嘘をついていると言いたいのか」と皆の前で情報源である私の名前もあっさり暴露した。何言ってんだこいつ。私はもう心臓が痛くて痛くて死にそうだった。あの場所から溶けて椅子や床と融合して消えてしまいたかった。

AとB子は立たされ続けて、そのうちAは泣きながら好きということを認め、B子は顔を真っ赤にしてうつむいており、私はこの後のことを考えるともはや生きてはいられないと思った。

その後のことはトラウマになっているのか、あまり記憶がない。なぜT先生がそんなことを言い出したのかも記憶にない。やや怒っている風だったのだので、「人を好きになるという気持ちを茶化すべきではない」みたいな説教だったのだとは思うが、もしそうだとしてもお前が一番人の心を踏みにじってるんだよと私は言いたい。

また、T先生が「絶対に誰にも言わない」と言うのは、嘘だろうなと私は思っていた。しかし、せいぜい先生同士の間でこういう事案があった、みたいに話に上る程度か、最悪でも誰も不幸せにならないよう配慮した上で、特定の生徒にこっそりと注意をするという程度の気は使ってくれるのだとおもった。

いじめ

私は小学校5〜6年のころ、特定の数人くらいからよく苛められていた。奴らは大人になり、成人式で飲み食いし、厄払いで飲み食いし、その都度私と笑顔で話すので私が許していると思っているのだろうが、私は許していない。私を苛めた連中は地獄に落ちろと30代になった今でも覚えている。2chでもそういうコピペがあったが、私の取った復讐の方法とは彼らと会う度、またはSNSなどで私がいかに幸せかというアピールをして差を見せつけるという方法だった。復讐方法としては平和的で、かつ敵に対する精神的ダメージがジワジワと蓄積していく方法で良いでしょ。

まあそれはおいといて、私が苛められている姿を先生はしょっちゅう見ていたが、殆ど何もしてくれなかった。たまに「お前が女みたいな態度を取ってるからだ。男らしく振る舞っていれば苛められない」などと言われることがあったが、アドバイスとしては何の役にも絶たなかった。いじめっ子に注意したことは一度も無かったと思う。

T先生はここまで書いたように、何故か「男」「女」ということに偏執的にこだわる節が有る。それもなんだか不気味だった。

私としてはこの先生は頼りにならないなとよく分かっていたので、いじめも自分の力で最終的には解決した(詳細は過去記事を検索すれば出てくると思う)。が、世の中の殆どのいじめを受けている子供はそうできないだろうから、T先生みたいな人に当たったら地獄でしか無いだろうなと思う。

県から表彰

これは大人になってからのこと。

小学校時代の友達(女性)と久しぶりに合い、話していたところT先生の話題になり、「今でも年賀状のやりとりをしている」と聞いてなにかちょっと複雑な気持ちになった。ロリコンと言われてたからな…。

で、その人から聞いたのだが、「T先生は県から表彰を受けて地元のテレビにもたくさん出た」とのことで、その場で詳細が書かれたWebページをスマホで見せてくれた。内容は忘れてしまったが、「地域で長らく小学校教育に携わり、発展させてきた功労を賞した」みたいな内容だった気がする。

あんな人でも賞をもらえるのか、なんか義務教育界隈って本当適当だよなーと思った。そのころ、ちょうど嫁さんが東京都の小学校で働き始め、教育委員会の対応の酷さや現場の色んなエピソードを聞いていたということもある。

いまになって思うこと

以上の経験で、私は

  • 大人というだけでみんな偉いというわけではないんだな
  • 特に学校の先生にはあんまり関わりたくないな
  • 困ったら大人に相談しろとかいうけど助けてくれる大人って見たこと無いな

ということを思った。

それ以前にも色々ひどいことがあったので、私の中で学校の先生に対する気持ちは「嫌い」というよりは、「気持ち悪い」「怖い」「あまり関わりたくない」というものだった。しかし、義務教育もその後の高校も出席しなければならないので、いかに先生との関わりを持たないようにするか、ということに腐心した。だから、いつの時代も私は大体先生からのうけは良かったと思っている。私は殆どの先生とも関わり合いになりたくないと思っていたけど。

また、今思うのはあのときのT先生の対応は、それ以上の役職の人、例えば校長とかいう人に報告して対応を改善してもらうというくらいのことはやった方が良かったなと思う。しかしながら、「先生がダメだったときの対応方法」は誰も教えてはくれなかった。組織なのだから、ある人物に問題があればその上に陳情するという方法は取れて然るべきなのだが、そういう発想すら子供の私には思いつかなかった。担任が決まったらそれは揺り動かず、担任が言うこと、先生が言うことは絶対であった。私はそれからいかに逃れ、無難に波風立てず生きるかという選択を取る他なかった。

こういう経験を経て、我が子を小学校に通わせる立場になるとやはり色々思うことはある。

とりあえず、私は子供には「すべての大人がいい人ではない」「大人は必ずしも助けてくれない」「先生には従わなければならないが、先生の言っていることがおかしいと思ったら従わなくて良い」「担任の先生で解決できない問題があれば、校長先生に言うか、もしくは両親に相談すべし」という旨のことを度々伝えている。

それで上手く行けば良いのだが、うまく行かない事は多いだろう。例えばいじめが発生して校長レベルに相談しても市教委あたりで問題がもみ消されたりとかね。そして嫁さんは小学校で働いていて良いところも悪いところも色々知っているので、色々ひっくるめて考えるともう少し学校運営の自由度が高い私立の方が良いのでは…という結論にぼんやりと近づいていく気がする。そもそも、最善の生き方が「先生とあまり深くかかわらないこと」ではまともな教育が出来るとは思えないし。まぁ私立になったからといって全部解決するわけでもないだろうけどね。