【質問#126】中年における進路の葛藤

質問・悩み相談の回答です。

質問

どうもこんにちは。楽しくHP読ませて頂いております。社会人生活15年を過ぎた39歳のおっさんSEです。
長文となりますが、私の悩みを聞いていただけますでしょうか。おっさんらしからぬ、進路の悩みです。

<前提>
身の上をある程度明らかにしておかないと、質問にならないので、ご面倒だと思うのですが、お付き合いくださいませ。

1.
私は高校生時代、ガチで文学(英文学か日本文学)を専攻して研究したかったのですが
教職(国語)についていた親に「これからの時代は文学で食っていくことは絶対にできない」と大反対されまして
しかたなく「ゲームを『する』のが好きであった」という最低の理由で工学部に行くことにしました。
理系の勉強はあんまり好きではないのですが、高校がある土地から離れたかったこともあり猛勉強しまして
大学に入学し情報工学を専攻することができました。
入学後は真剣に勉強していた時期もありますが、本質的には好きではないことをしていたため
2年目の後半以降は失速し、投げやりに、学習を欠いたまま、大学生活を終えてしまいました。
現職は、withpopさんがコストパフォーマンスがよくないといわれるところの、一有名SIerでPM(主にインフラ構築中心)を実施しております。
現時点、人並以上にはPMができておりますが(2年前には、PMとして関わった数億円規模のPJについては社内で表彰されました)組織の支え・看板があるからこそ達成できたことだという自覚もあります。

2.
SFや未来予測が好きで、休日は〇〇〇が予測する未来とかいう本(マッキンゼーや落合洋一さん等の本です)を読んで
世界の人口動態などの各種資料を調査したり、最新技術動向、政府の動きなどの情報を集めて
5年後、10年後がどうなるかな?と考えるのが好きです。(半分くらいはディストピア的な未来を想像してしまいますが)
また、副次的に、特定企業の成長予測や株価変動予測をすることを趣味にしています。

エンジニアとして、肝心要のアルゴリズムや技術書そのものを
「手を動かしながら」「継続して」「楽しんで」吸収していくという素質に薄いです(義務以外で勉強する気にならない)
一方で、たまに、必要性ないしは興味でプログラミング(ruby、JSP、withpopさんの大嫌いなVBA)をすると
普段やっていないので、生産性は「ひどい」の一言に尽きますが、個人的には、楽しいです。
また、システムトラブルがあったときに、コーディングを見たり、最近ではパッケージバグがあったのですが
自分ならばこう作るんじゃないか?と内部処理を予測して開発元と会話し原因を自分で推測し、特定させるということも比較的得意です。

<悩みと質問>
上記を踏まえまして、ここからが昨今抱える悩みと質問となります。
 A.やらないといけないこと・できることを優先した結果、「仕事としてやりたいことがわからない」という
   物凄くアホな葛藤を抱えることになってしまっているのだが、どのようにしたらよいと思いますでしょうか。
 B.現職を考慮にいれず、もっと広く見たときに、どのような職種が向いていそうだと思いますでしょうか。

人生も半ば過ぎてこんなアホな葛藤を抱えている自分が厭なのですが、ビジネスを巡る外部環境の大きな変化もあり、真剣に考えないと後悔する、と近頃常に焦っております。妻や友人もいますが、葛藤自体が中々理解してもらえません。
どうぞ宜しくお願いいたします。

回答

自分よりも年を重ね、経歴も経験もある人に私が偉そうにアドバイスしても良いものかと思いましたが、あまり気にせず回答してみます。

教職(国語)についていた親に「これからの時代は文学で食っていくことは絶対にできない」と大反対されまして
しかたなく「ゲームを『する』のが好きであった」という最低の理由で工学部に行くことにしました。

文学の分野は具体的にどんな食い扶持があるのかすら私はよくわからないのですが、なんとなく厳しそうだなというのは思います。

ゲームを好きであったから、が進学理由であり、かつご自身ではこれを最低と書かれていますが、これは今回の回答で重要なポイントになると思っています。後述します。

現職は、withpopさんがコストパフォーマンスがよくないといわれるところの、一有名SIerでPM(主にインフラ構築中心)を実施しております。
現時点、人並以上にはPMができておりますが(2年前には、PMとして関わった数億円規模のPJについては社内で表彰されました)組織の支え・看板があるからこそ達成できたことだという自覚もあります。

いえ、私個人がSIerが嫌い…というか、SIer特有の末端の意見が通りにくい組織構造や、あまり合理的でない理由をもとに開発が進むあたりが嫌いなのであって、SIerにもいい会社はたくさんあるのだと思います。現に私も以前勤めていた会社のにはいろいろ恨みや不満も多かったですが、総じて世間の会社よりはずっとマシで、いい会社だったと思っています。

質問者様におかれましては、表彰されたということで客観的な評価が伴っているのみならず、謙虚に組織の支えと看板があるからという言が出てくる時点で、良い環境におられるのだろうなと個人的には感じました。私がそういう表彰を受けたときは、「バカバカしい、こんなもん表彰されてもなんのためにもならない。ローテーションで受賞者が回ってるだけだ。コストほぼゼロで従業員のモチベーションを向上させようとしているその根性が気に入らない。本当に評価しているなら給料を上げろ」と思っていました。

前職ではよくわからない賞状を何枚かもらいましたが、本当にこれ邪魔で、捨てたいけど名前が書いてある賞状がゴミ箱に入っていたら誰かに発見されて文句を言われるかもしれず(実際、その当時ゴミをあさって『ゴミの分別が出来てない!!』とか鬼の首を取ったように報告する人がいました)、扱いに困り迷惑でした。大体、他の人も同じような感想だったように思います。

と、まあ組織に対する不満が大きければこうなると思うので、そうなっていない質問者様の環境が良いのではなかろうか、という推測ですね。

SFや未来予測が好きで、休日は〇〇〇が予測する未来とかいう本(マッキンゼーや落合洋一さん等の本です)を読んで
世界の人口動態などの各種資料を調査したり、最新技術動向、政府の動きなどの情報を集めて
5年後、10年後がどうなるかな?と考えるのが好きです。(半分くらいはディストピア的な未来を想像してしまいますが)
また、副次的に、特定企業の成長予測や株価変動予測をすることを趣味にしています。

本を読むだけなら普通ですが、その先で

世界の人口動態などの各種資料を調査したり、最新技術動向、政府の動きなどの情報を集め

特定企業の成長予測や株価変動予測をすることを趣味にしています。

というところまでは、普通の人は中々出来ないことであると思います。

エンジニアとして、肝心要のアルゴリズムや技術書そのものを
「手を動かしながら」「継続して」「楽しんで」吸収していくという素質に薄いです(義務以外で勉強する気にならない)
一方で、たまに、必要性ないしは興味でプログラミング(ruby、JSP、withpopさんの大嫌いなVBA)をすると
普段やっていないので、生産性は「ひどい」の一言に尽きますが、個人的には、楽しいです。
また、システムトラブルがあったときに、コーディングを見たり、最近ではパッケージバグがあったのですが
自分ならばこう作るんじゃないか?と内部処理を予測して開発元と会話し原因を自分で推測し、特定させるということも比較的得意です。

ここがよくわからなかったのですが、「義務以外で勉強する気にならない」のと「趣味でプログラミングをするのは楽しい」は私の感覚からすると矛盾している気がします。おそらく、「趣味でruby等々を勉強するのは業務で使う当てがないので勉強にはならない」、という認識があるのではないでしょうか。もしそうであれば、「勉強」の定義の要求レベルが人よりも高いだけなのでは、という気もします。

私の勝手な推測ですが(しかし大幅に間違ってないと信じていますが)、IT系のエンジニアの言う「プライベートの勉強」って結局は自分がやってて楽しい未知の領域の学習をしているに過ぎないのだと思います。たまたま、そういう特性がIT系の業界の特性とマッチしているがために業務にも生かせるところが多いのでしょう。ですから、もうすでに質問者様がやっていることは勉強に違いないと個人的には思うのですがどうでしょうか。

というわけで肝心の質問です。

 A.やらないといけないこと・できることを優先した結果、「仕事としてやりたいことがわからない」という
   物凄くアホな葛藤を抱えることになってしまっているのだが、どのようにしたらよいと思いますでしょうか。

この質問の背景には、暗黙的に「自分がやりたいことと、やらなければならないこと、出来ることが一致しているのが自然である(理想である)」という前提があると思います。ここにこの問題の本質が隠れていると思うのですが、「やりたいこと」と「出来ること(今やっている仕事)」が一致していなくてはならないという理由は果たして何でしょうか。

「やりたいこと」と「出来ること」が一致しており、かつそれが仕事になっていれば、それがおそらく天職と呼ばれるものなのでしょう。しかし、世間一般ではこの二つが明確に一致しているケースはあまり無いのではないかと思います。大体は「出来ること」を中心にして仕事を決めることがほとんどではないでしょうか。個人のやりたいという意思よりも、要求される素養や能力を持っているか否かという方が仕事のパフォーマンスに大きく影響するためです。

しかし、一方でどうしてもやりたいことを諦めきれないという理由で、その対象の仕事をする人も居ます。その場合、素養が伴って無ければ平均よりも悪い条件で労働せざるを得ない状態となります。一方で、実は素養も伴って花開いたという場合であれば幸せになるでしょう。

世間では後者が「夢を諦めず追い続けて成功した人」みたいな形で美談で語られることが多いので錯覚しますが、実際は前者がほとんどではないでしょうか。例えば、「映画監督志望である」という人にはたくさん私は会ったことがありますが、一本でも映画を撮った人には会ったことがないです。

それを踏まえた上で、いや、やりたいことと出来ることを一致させたいのだ、ということであれば、あとは思いの強さとリスクを鑑みて、どの点で落とし所を付けるかという議論になるかと思います。

文章を拝読するに、ご結婚もされているようですし、おそらく今の仕事でも大きな不満は無いのではないでしょうか。私ならば、それならそれで良しとすると思います。

ちなみに私は仕事以外でやりたいことが多すぎる人生でした。絵とか写真とか文章とか小説とかです。それらは食っていけるだけの素養が無いので諦めました。でも、趣味でそれらをやって小銭を稼ぐ程度で満足できているので、仕事のメインをそっち方面に持っていこうとは思いません。

あくまでも考え方の問題なので正解は無いのですが、ひとまず「やりたいこと」と「出来ること」が一致していて欲しく、しかし「やりたいこと」が見つからないという状態で転職するのだけは避けたほうが良いと思います。質問ではそこまで書かれていないので、それは無いと思いますが…。

 B.現職を考慮にいれず、もっと広く見たときに、どのような職種が向いていそうだと思いますでしょうか。

正直、ご質問の内容のみから推察するのは難しいところなのですが、私個人の印象だけで書かせてもらうと、シンクタンクとかに向いているのではと思いました。シンクタンクの業務内容をそんなに知ってるわけではないですが、Twitterでよく見るシンクタンクにお勤めの方や政治関係の研究をされている方はそんな特性を持っているかと思います。ただ、シンクタンクで仕事をするには、少なくとも学歴がその方面と一致していないと無理だと思いますので、あんまり適切な例ではないですね。

そう、繰り返しになりますが、学歴と今の適性の有る職業のベクトルが一致しているという時点も、それはかなりの強みになると思います。

冒頭で

しかたなく「ゲームを『する』のが好きであった」

というのに本質が隠されているような気がすると述べましたが、これはつまり、ゲームで求められている論理的思考能力や戦略の立案能力、現状の把握と未来予測といったことを行う素養に昔から優れていたし、ある程度好きだったのではないでしょうか(もちろん、どんなゲームをやっていたかにもよりますが…)、という私の予想が有るためです。

つまり、今携わっている仕事は実はある程度好きな面があり、既にかなり天職に近いのではという気がします。それを、やりたいことが見つからないという焦りで捨ててしまうのは勿体無いと思うのです。

色々ととりとめもなく書いてしまいましたが、ともかくこの回答で強調したいのは、

「やりたいことと出来ることが一致していて、かつそれを仕事にしている人はあまり居ない」

に尽きます。それを踏まえた上で今の立場を捨てて好きなことに挑戦するのも良いと思いますが、そこには相応の熱意と覚悟が伴っていないと難しいと思うのですがどうでしょうか。であれば、悠長なことを言わず、さっさと好きなことを見つけてそれに向けて突き進むべきですが、年齢を考えると大変失礼ですがその決断は今よりも悪い方向にしか進まないようにも思います。

以上を踏まえた上で、現在の職を捨ててでもやりたい仕事があるかどうか、をまずはご自身でよく考えてみることが大切かと思います。もっとも、それで見つからないから焦っておられるのだと思いますが、これは本来人に言われて決めるような事柄ではないので、自分で決める必要があります。

また、その結果見つかった「やりたいこと」が実は現職よりもそこまでベクトルの違うものではなかった、という可能性もあると思います。そうであれば、より現実的にキャリアチェンジとまでは行かない修正で済みます。そうすれば、現在の経歴活かしつつ、やりたいことに近い仕事が得られることになります。

が、しつこいほど繰り返しますが、その決定をするにもまずは「どうなりたいか」という意思や希望を持つのが、最優先で必要と思われます。