ジョイトイの話

こないだ、「夫婦+子供という世帯は全世帯の数%」という話をみて、思った話。

総世帯数の5%にも満たない「標準世帯」

私の子供の頃の30代のイメージって「クレヨンしんちゃん」そのままで、その頃には車もあれば家もある、嫁も子供もいるのが当然、と思っていた。でも、今やそんな家庭は少数派、マイノリティであるとわかった。そうか、俺はマイノリティだったのか…。別に良いけど。

別に良いんだけど、唐突に頭の中に「マイノリティオブジョイトイ」という単語が浮かんだ。マイノリティオブジョイトイ。

そもそもオブジョイトイってなんなのか。インリン・オブ・ジョイトイのオブジョイトイである。

多分30代であればインリン・オブ・ジョイトイは知ってると思うのが、一応知らない世代に向けて簡単に解説すると、インリン・オブ・ジョイトイとは台湾出身のアイドルで、2003年?ごろによくテレビに出ていた人である。M字開脚をよくやっていて、「エロテロリスト」などと呼ばれていた。で、ジョイトイって何やねんという感じなのだけど、今Wikipediaで調べたところ「ジョイトイというグループに所属するインリン」という意味だったようだ。そうなのか…。

で、当時私は高校生だったと思うのだけど、インリンが流行ってから何かとオブジョイトイを語尾につける遊びが流行った。友達の名前の後ろに付けてタカシ・オブジョイトイとか、あるいは何でもかんでも横文字の後ろに付けたりとか。「バーベキューオブジョイトイ」とか。「アセトアルデヒドオブジョイトイ」とか。ああっ、今唐突に別の記憶が呼び起こされて、それは友達のT氏が「ハリーポッターと賢者の石」に出ていたハーマイオニーに心酔していた時期があって、「愛しのハーマイオニー」とかいう歌を作ったり、「パンチラシーンがある!!」などと豪語するので皆で検証したりなどということがあったのだけど、まぁそれは脇道に大きくそれるので置いておく。

私は高校を卒業したあと大学に進学したのだけど、行った先にあまり旧知の仲はおらず、なんかこう疎外感を味わっていた。私は基本的にシャイでいじられキャラなので、いじるタイプが居ないと友達ができない。それに、当時はもうインターネットにハマりにハマっていたのでリアルよりはネットのほうが良いやな、というわけで、昔ながらの個人サイトを作り、BBSなどで交流していた。ああっ、ここでまた一つBBSに同じ街に住む21歳休職中OLが書き込んできて結果的にひどい目にあった話がフラッシュバックしたのだけど、それもとりあえず置いておく。

ほんで大学の中にはあんまり友達はおらず、私は昔からの地元の友だちと一緒に遊ぶために何時間も車を運転してたりした。で、そんな私にもよく絡んでくれる人が何人か居て、それから徐々に大学の人らとも遊ぶようになった。その中にジョイトイが居た。

ジョイトイの本名はタツヤという名前で、私はずっとタツヤと呼んでいた。彼との出会いは漫画やゲームなどについて語ったり、それを作ったりする系のゆるいサークルの見学に行ったときに出会った。ああっ、ここでもそのサークルの先輩から「お前はオタクじゃない。そんなににわか知識のオタクは居ない。オタクに失礼」とかマジ説教されて記憶がフラッシュバックしたのだけど、とりあえずそれも置いておく。

そのタツヤだったんだけど、その他の友達からはなぜか「オブジョイトイ」と呼ばれていた。理由はわからないけど、おとなしくて優しそうな割にねちっこい変態的な一面も垣間見せていた彼なので、インリンに陶酔していたとかそんな感じなのではないかと思う。T氏がハーマイオニーに陶酔していたようにな。

最初はみんな「オブジョイトイ」と言っていたのだけど、そのうちに短縮されて「ジョイトイ」とか「ジョイ」とか呼ばれていた。ジョイって何だよ、洗剤か。と思うのだけど、まあそういう感じだった。

私は修士まで行ってタツヤは学士で就職した。タツヤは東京に住んでいたので、就活していたときは何日か泊まらせてもらったこともあった。タツヤは朝早く起きて、トースターで食パンを一枚焼き、マーガリンを塗って立ったままモソモソとパンを食っていた。座ればいいじゃん、と言ったんだけど、「いや、俺はいいから」などと言っていた。いいから、の意味がわからない。

就活でうまく行かなかったとき、小金井の駅前にある中華料理屋に行った。タツヤは飯をおごってくれた。そこの中華料理屋の厨房にいるおっさんは、くしゃおじさんみたいな顔をしていて(くしゃおじさんをご存じない方はアメリカの漫画のポパイをイメージして頂きたい)、いかにも気難しそうな雰囲気だった。タツヤがくしゃおじさんに向かって「すいません」と言うが、くしゃおじさんは直立不動である。もう一度「すいません」と言ったところで、バイトの高校生、野球部やってました(もうやめました)、みたいな風体の男子が飛んできて注文をとってくれた。「チャーハン二丁」と元野球部が言うと、くしゃおじさんは直立不動から一転してはっきりとした口調になり、「アイッ!チャーハン二丁!」と叫んでチャーハンを作った。あるべきところに収まった感じがした。

結局私は東京のとある会社に勤めることになった。大学のときの同級生も多くが東京に就職したために、1年に1~2回くらいは集まって飲み会をする。卒業した直後はみんな合コンの話や給料の話をしていた。その後で件のときに出会った某が某と付き合って別れた、みたいな話になり、ぽつぽつと結婚した人が出始めた。結婚式に行ってまた飲んだり、それが終わったらまたぽつぽつと子供ができたという報告があり。

そうやってグラデーションがかかったかのように、合コンから彼女の話になり、結婚の話になり、子供の話になっていく。でも、タツヤは大学を卒業してからあまり新しい話を聞かなかった。彼女が居たという話も聞いたことがない。私が一度、女の子を紹介したことがあったが、その時も特に何もなかった。その時紹介した女の子が他の人と付き合い、別れ、また別の人と結婚して、子供が生まれてもタツヤはタツヤのままだった。

一番最近の飲み会では、タツヤは来なかった。「おい、ジョイは?」「ジョイ来ないって」そんな言葉が飲み屋の席上に舞っている焼き鳥の煙に巻かれて消えていった。

なんとなく思うんだけど、タツヤは自分が大学生のときの記憶を、そのまま留めたタイムカプセルのような印象を受ける。いや、人を思い出扱いするのは失礼ではあるんだけど。でも、タツヤと会って、しゃべっていると、本当に自分が年を取ったなと思う。こないだまで「愛しのハーマイオニー」を聞きながら見たくもないハリーポッターを何度も見ていたのに。

もう30代も半ばに差し掛かるのだから、自分が若いとは思っていなかった。でも、うかうかしているとこのまま年老いて死んでしまうだろうというのは容易に想像が付く。もう、私に残された時間は少ない。自分はあれこれと手を出し、どれも中途半端で辞めるよくない癖があるが、そろそろ高い優先度のものに取り組まなければならない。結婚した。子供ができた。家を買った。車を買った。そんなところで満足してはいられないのだ。

この前も古くからの友達の結婚式に出席し、「タツヤどうしてる?」と聞かれた。元気にしてるよ、と答えた。