8年勤めたメーカーを辞めた

この一ヶ月、クソ忙しくてあまりブログも更新できなかった。カルチャーショックが続き、カルチャーショックから来るタイプの風邪を引いてしまった。

辞めるにあたって机を整理していたら、会社の記念式典で貰ったダサいロゴがプリントされたメモ帳を見つけた。その1ページめにこんなことを書いてあった。

Jpeg

もうあまり記憶が無いのだが、この帳面を貰ったのに続いて行われた会社の記念式典行事だかで私は暇をもてあまし、今後の見通しについて漠然と書いていたはずだ。

左側に書いてある数字は年齢。つまりこれを書いた時は26歳、入社2年目になる。その時に、27歳で第一子が産まれ、30歳で第二子が産まれ、35歳でどこかのソフトハウスに転職し、40〜42歳で講師業を始めるという計画だったようだ。ソフトハウスに転職、の右側に「キー」と書いてあるのは、これをきっかけとして人生を大きく変えたい、みたいな意思があったのだと思う。

実際は、27歳で第一子が産まれ、31歳で第二子が産まれ、32歳でフリーランスへ転向ということになった。まぁ大体想定通り?みたいな感じだろうか。

もうちょっと説明すると、特にソフトハウスと書いているのは、当時C#のスキルだけが飛び抜けていたからだ。本当はいわゆるWeb系と呼ばれる企業、もしくはWebに関連する会社に行きたかった。私はプライベートではずっとWebで活動してきたから元々はWeb系の技術に強いのだという思い込みがあった。講師業というのは、新入社員研修やプログラミング初心者に向けた研修などの講師を行うということである。昔から、難しいことを噛み砕いてわかりやすく伝えるのは得意だという自負があった。今もいつかやってみたい職の一つではあるが、そこまで思いは強くない。

4月28日が最終出勤日で、お菓子を持ってお世話になった人たちに挨拶して回ったのだったが、知ってる人だけ回っても4時間もかかってしまった。なかなか大変な作業だった。入社当時の上司数人に言われたのは、「いつか起業するだろうなとは思っていた」ということだった。その当時、私は起業したいとは誰にも言ってなかったと思うのだが、管理職として長年部下を持ってきた人たちにはバレてしまうのかもしれない。

この会社はいい所も沢山あったが、クソなところも沢山あった。一言にまとめてしまえば、「良くも悪くも保守的」に尽きると思う。私が今回辞めた理由は非常に漠然としている。細かい理由は多々あるが、決定的なものがない。会社に残るメリット引くデメリットが、会社を辞めるメリット引くデメリットよりも大きかったというだけだ。一応、細かい理由を書き連ねると、

  • 子育ての都合上、自宅作業主体にしたかった
  • 今の会社で給与が上がっていく見込みが無かった
  • 今の会社ではダラダラと残業した人が一番給料(残業代込)をもらっていた(私にとっては給料=評価に等しい)
  • 今の会社では無駄なことばかりやらされた。「無駄と分かっているが、会社規定上やらなければならない作業」をやるのが苦痛だった
  • 自分の事業(ブログ収益、新サービス)にもっと注力したかった

あたりだろうか。ちなみに会社をいよいよ本格的にやめようと決意したのが2015年年末で、その時点では「私が会社を辞めるのを決断した10個の理由」という記事に書いたようなことを思っていた。ただ、「受託開発が嫌」という点は考え方が変わった。

私が受託開発を嫌だと思った理由は上記記事に書いたとおり、「無茶苦茶言ってくるお客さんの相手を『担当』なる曖昧な職務の人に押し付けられるのが嫌」という点だが、これはよくよく考えるとエンジニアリングの失敗の尻拭いを下っ端がやらされるのが嫌、ということであって受託開発自体の問題ではないことに気づいた。それに、「「SIerはクズだから辞めるわ」では解決にならない」でも書いたように、社会的にももっとまともに業務システムの受託開発を行う意義はあると考えるようになり、「社会的な意義がある」ということはモチベーションもそれだけ保ちやすく、かつ、需要もあるというあたりで考えを改めた。

全般的に今の会社への文句が多いが、では就活を始める学生時代に戻れるとして保守的な大企業は選ばないかと言われると、そんなこともないと思う。大企業に勤めるメリットというのはかなり大きい。保守的な大企業の良い所を説明すると、まず馬鹿でもなんとかやっていけるという事が挙げられる。馬鹿で仕事が出来ないからクビね、なんてことはなかなか無い。仕事が出来ないなりに給料分働けるようなポストを探してくれるのは大企業だ。それに、新卒で入社してきた学生は大概役に立たないので、役に立つようになるまでの成長を待ってくれる体力があるというのもメリットだ。会社によっては教育が充実してて手取り足取り実用的なことを教えてくれるのだろうが、それが無かったとしても成長するのを待っててくれるというのはでかい。

社会的な信用も大きい。社会的な信用は随所で聞いてくる。誰しもが名前を知っている企業に勤めているといえば、少なくとも「まともな人だな」とは思ってくれるし、ローンを組む時も優遇される。私が就職してすぐ結婚し、すぐに子供が産まれ、その後車と家をローンで買う、という人生を歩んでくる中で大企業に在籍していたというのはプラスだった。逆に言えば、車も家もローンを組めたし、じゃあフリーランスでも良いかなと思ったということでもあるが…。そういうスペースシャトルのブースターみたいな、行くとこ行ったらもう要らねぇ(by 僕といっしょ、古谷実)みたいな発想は酷いのでは、とも思うのだが、しかし私も「この御恩は私の人生をかけて返していきます」と会社に忠誠を誓うほど真面目でもないので…。

結果、まとめると私はなんだかんだで良い選択をしてきたと思う。32歳という年齢はフリーランスとしてやっていける最小の年齢に近いのでは、と思っており、その辺りでも絶妙なタイミングだった気がする。

あんまり長々と自分語りをしても時間が勿体無い(以前書いたように、自分語りは本に書いて電子書籍で売るので買ってください)ので、ここらへんでまとめる。まとめると、今の会社はクソだと思うが、クソだと分かったことも収穫だし、いい出会いもいい所も沢山あった。そして転職するにもいい時期だった。私は選択には失敗していないと思う。これらかも頑張る。終わり。