【Wishlist】日々きついのでキャンプしたい

ウィッシュリストから頂いた酒をのみつつ書いた記事です。

ありがとうございます

ウィッシュリストを公開したらお酒を送ってくれた人がいました。ありがとうございます。私より嫁さんが喜んでます。「えっ、なんで送られてくるの?」「あなたそんな有名なの?」「ファン居るの?すごくない?」「次はテントくるよ、テント」などとはしゃいでいます。テントは5万円くらいするはずなので、絶対来ないと思います。ありがたくお酒を飲みつつ記事を書きます。

人生がきつい、労働がきつい

もう日々きつい、しんどいと思っている。

何がしんどいかというと、もう日々がしんどいのである。この歳になると通勤ですらしんどい。しんどい。シンディー…。シンディー・キャンベル…。最終絶叫計画…。

あのね、今のカレンダーは何なのかっていいますと、グレゴリオ暦って言うんですよ。グレゴリオ暦。グレゴリオ暦って1582年にグレゴリウス13世が制定した歴なんですよ。まあwikipediaで調べたことをさも自分が昔から知ってましたみたいな顔で書いてるんだけどね。うん。グレゴリオ暦っつうんだよ。プログラマだったら当然しってるよな。プログラミング入門のあたりで「うるう年か否か」を判定させるプログラムを必ず書かせられるからな。それで俺はしった。グレゴリオ暦を。グレゴリウス13世とかいうよく分からんオッサンが1582年に制定した暦を後生大事に使い回してんだ。俺達は。

その前はユリウス暦つうて、これはユリウスつうオッサンが紀元前100年に制定した暦を使っとった。この時にすでに一年が365.25日であったというほぼ性格な1年の周期が分かっており、それを基礎としたカレンダーがもう使われたとったわけだ。ユリウスっていうよく知らんオッサンがな。いや、ユリウスは知っとる。ユリウスとはカエサルのことですよ。ガイウス・ユリウス・カエサルですよ。ブルータス、お前もか!のオッサンですわ。あのオッサンはブルータスに裏切られただけのオッサンだと思っていたけど、一年がほぼ365日であることを知っていた偉い人だったんだなぁ…。詳細はwikipediaを参照されたし。

そんで俺が何を言いたいのかというと、紀元前から1年間は365日でぇー、皆さん頑張って労働しましょー、みたいな感じに言われてきたってことでしょ?曜日が制定されて土曜日は半ドン、日曜日が休みだったのが最近は土日も休みになったわけでしょ?そんで戦時中は月月火水木金金だった。もっとさ、休もうぜ。

産業革命以降、急速に産業の機械化が始まり、人々の暮らしは豊かになったのだけどその豊かになったベクトルはさらなる富を求める方向に発展し、残念ながら労働力の削減という方向には進まなかったのだね。一人が調子こいて、「でっかい軍艦作ったわ」みたいに威力業務妨害的なことをおっぱじめてから再現のない軍拡競争が始まり、最終的に「もう戦艦いっぱい作るの止めましょうや、一国の保有できる戦艦はいくつね」などという制限条約が調印されたものの結局失効したらガンガン戦艦空母作りまくりになったわけで、その結末はまあみなさんがお察しの通り何百万もの人が死んでいって祖国も焼け野原になりました、みたいな感じになってるわけで本当不毛だよね。

私は自分のことを超リアリストだと思っていて、だからヒッピーどもが主張する「音楽祭やってればハッピー。ノーモアウォー、ノーモアニュークス」みたいなクソみたいな考えは大嫌いなのですけど、しかし歴史の要所要所をかいつまんで俯瞰すると「なんでこんなこと(戦争や重労働)やってんのよ。アホなの?」と思うことは多々ある。

だって、まず耕うん機あるでしょ?耕うん機。うちの実家には耕うん機があって、ディーゼル50ccくらいの小さいエンジンが載っているんですけど、無口な父親が一言、「ディーゼルエンジンはなぁ、水と軽油さえあれば動き続けるんだよ」って言ってました。まあそれだけ信頼性の高いエンジンだってことなんでしょうけど、すごくないですか?メンテすればずっと使っていけるマシンですよ?さすがにその耕うん機も今ではお役ごめんとなっていますが、なんだかんだで私が生まれる前から就職するくらいまで使ってたんじゃないですかね。

で、耕うん機、稲刈り機、田植機くらいあれば人間ってヨユーで生きていけるんじゃないかと思っている。自分が食う分だけ作るならそんな手間かからないからね。だから、機械化の恩恵というのは私に言わせるとそいう楽する方向に使って行くべきだったはずで、機械化歩兵師団とかを編成して歩兵戦闘車で前線に展開して降車戦闘とかしてる場合じゃないんですよ。トラクターに乗ってクワ持って野菜作ってるべきだったんですよ。人間は。人工知能が人の職業を奪うとか言ってる人も居ますけど、いや、お前らそんなに働きたいの?ってむしろ私は問い詰めたいよね。労働は機械にやらせて人間は楽しようという方向を目指したいと思わないのですか?仕事が無くなる、大いに結構じゃないですか。機械が作った酒を飲みつつ機械が精肉した肉を焼いて食ってればいいんですよ。

で、そういうことを言うと、共産主義的な思想だとか、だからすでに失敗した歴史を無視してるとか、市場の競争原理がどうとか、その耕うん機を製作して保守メンテして燃料である軽油を石油プラントで精製してる事実を無視してるとか色々つまらんこと言ってくる人が居るんですけどね、俺が言いたいことはひとつ。仕事、したくない。食って、寝たい。以上。

謎の使命感

と思いつつも私が仕事してしまうのは、まあ資本主義の現代社会ではそのような思想を持っていようとも金が無くてはどうにもならない、生活していけないということがひとつ。娘も「パパがお仕事をやめたらこのお家には住めなくなるの?」などと胸の痛くなるような適切なことを言い始めるのはこれ仕方のないことでありまして、だから私は「パパは仕事をやめても別の仕事をするからこのお家には住み続けられるんだよ、この思い出が詰まった我が家はそれなりに尊いと私は感じておるのでそれなりに頑張るんだよ、パパもね。銀行や債権回収会社とね」などというハートフルなお話をしておる。

もうひとつは、仕事にある程度の使命感を持ってしまうということである。

私は曲がったことや道理に合わないことが大嫌いだ。中でもやる意味のない無駄な努力が一番嫌いだ。

しかしながら特に大企業というのは、「やる意味のない無駄な努力」が非常に多い。これは本当に困ったことだ。そのために大企業は顧客から相応のコストを徴収する。顧客はそれを「大手のブランドと安心感に金を払っている」と思っているのだが、とんでもない、肥大化した組織の非効率性に起因する各種の無駄な運用コストを肩代わりされているだけである。特にSIerやソフトウェア受託開発のたぐいはね。

大企業には大企業であるがゆえ、馬鹿も居れば優秀なやつもいるわけで、それらを統一して社としてのベクトルを意図した方向に向かわせるためにルールで縛るということをよくやる。この思想自体は間違ってないんだけど、たまにルールを制定する側にも馬鹿がおって、ルールを制定してそれを守ることが目的化する、つまり手段が目的になってしまうことが往々にしてあり、私はこれが大嫌い。

たとえば私の会社には私の会社内でしか通用しないクソみたいなルールや固有の名称が山ほどあるのだけど、それを沢山知っていれば知っているほど偉いと勘違いしている人がよくいて、こういう人に本当に辟易する。

こういう人は往々にして、「Aという新しい試みをしていますが、これは許可を取ったのですか?」「この報告書は会社規定の報告書2017年度版になっていませんけど」などとクソつまらねーことをドヤ顔で言ってくる。なにが2017年度版じゃ、一番下のcopyrightが2017になっただけやんけ、っていうか日本国内だったら作った瞬間に著作権が成立するからこんな表記自体いらねーんだよ、と反論すると、「海外にこの文書を送った時はその限りではありませんね」とか再度ドヤ顔で意見しやがってからに、お前なあ、うちの会社のドアホがドヤ顔で作った、「2月1日、天気、晴れ。Aプロジェクトに付いて話し合った。見積もりは適切か?リスクはあるがオッケー。頑張ればオッケー。週一でガントチャートに進捗確認の線引いて確かめるから万事オッケー」みたいな内容のクソうっすい報告書に対して何をどう著作権侵害する輩が現れるんだよマジでお前はアホなんか、とたまに争う。争う人は決まってる。

で、こういうアホが私は我慢ならず、このようなクソみたいなやり取りに顧客にコストを支払わせるのが我慢ならない。俺はね。金を貰ったら相応の仕事をする、それがプロじゃないのかな。クソみたいなフォーマットをチェックするのがプロなんかな。だからこういうバカと口論し、こういうクソみたいなソフトウェア開発は直ちに終焉させるべきで、もっと顧客の要望をスピーディーに実現する開発スタイルが重要なんじゃないんかなぁ?スピーディーに開発できれば俺らだって仕事が楽できるし、顧客も素早く結果が分かってハッピーじゃん。だからそうしようぜ。そうするための術を考えようぜ。と仕事に注力してしまう。

つまり、やる意味のない無駄な努力をしないために更に努力してしまう、これが謎の使命感の正体である。ごめん、謎じゃなかった。解明してしまった。

クソやアホとどう付き合っていけばよいか

仕事に限らずクソやアホは世の中の至るところに顔を出す。たとえば幼稚園のパパママとかの中にも居るよね。。私が会った人は大体いい人で常識的なんだけど、(いやそりゃそうだよな、人の親が皆が皆頭がおかしい変態だったら次世代がやばい)たまに本当こいつアホなんかな?という人が居てほんと困る。例えば、幼稚園児の夏祭りに何をどう勘違いしてしまったのか、地元のヤンキーが成人式で着るみたいな超気合いがはいった袴とサングラスを着けて肩を揺らして練り歩いているアホがいた。

で、その幼稚園は駐車場がそこまで広くないので「夏祭りをボランディアで手伝ってくれる人だけ車で来ていいですよ」というお触れが出されていた。で、袴も袴で自転車に乗ってくるわけにもいかず、多分セルシオとかチェイサーとかそのあたりの知能の低さは車高の低さみたいな車に乗って登場したみたいなんですよね。で、袴は案の定ボランティアが要求される場になっても全然仕事しない。肩を揺らして練り歩くだけ。あれだな、メスが居ないのに求愛ダンス踊ってる雄鶏みたいな感じ。で、幼稚園の先生が「お疲れ様でしたー」とジュースを持ってきたら一番先に袴がお気に入りの清涼飲料をゲット、それをみた隣家のパパが苦言を呈して「こらっ!めっ!ボランティアしてないのに来るまで来て、ボランティア活動も終了になった段で我先に差し入れられた清涼飲料水をゲットしたらだめっ!」的なことを言い叱ったらしく、すると、袴曰く「すいませ〜んwww」みたいな、後ろにアルファベットのwが見えるみたいな笑いをヘラヘラと浮かべていたそうでそれがまた腹立つ。なめとんのか。という話を聞いた。まあどこに言ってもこういう、人の迷惑を考えないアホっているよね。困ったことに。

ママもママで大変らしく、これもまた隣家のママが幼稚園の役員をやっているのだけど、まー面倒くさいクソみたいな指摘をしてくるママが居るらしいとのことであった。こっちは面倒なのでもう書かないけど、こう、何かと仕切りたがる女っているんだよな。本当こまるぜ。

で、私の個人的な考えとしてはこういうパパママを含む、我社のフォーマットにこだわる困ったちゃんとかもそうなのだけど、もう人間色々人生も色々なので、こういう変な人にエンカウントするのは仕方ない。FCの初代マザーみたいな凶悪なエンカウント率だったらそれは問題だけど、そういうわけではないのだから、もう仕方ないと諦めたほうが精神衛生上良いのではないかと思う。例えば私は、カメムシ、カマドウマ、ゴキブリ、でかい蜘蛛あたりが嫌いな虫なのだけど、もうこういう虫ってどんだけ注意してもエンカウントするじゃないですか。それと同じ。袴ちゃんもフォーマットちゃんも同じ。カメムシちゃんみたいなもん。見たらもうなるべく関り合いにならないよう去るのが最善と思う。

キャンプが人の心を洗う

で、なんかまた違う話になっちゃうんですけど、最近気づいたのですけどキャンプって…いいよね。なんつうか、アウトドアっていいよ。うん。

車でも私は元来、「オンロードしか走らないのに悪路走破性を追求するとかアホ。馬鹿でかくて高いタイヤ買って燃費悪くなるだけ。」という考えで居たのですが、CX-5を買ってキャンプをするようになってから考えが一転し、でかい車いいよ…ハマーいいよ…いすゞも日本でピックアップトラック売ってくれねぇかなとまで思い始めている。ココらへんで私のミーハー性本領発揮という感じである。

最近はまってるのがYoutubeでクロスカントリーラリーを見ることなんですけど、

結構みんなニコニコなんだよね。レースで勝つのも大事なんだけど、それ以上に悪路をぶっ飛ばして走っていく、チームで頑張っていくという姿勢や気持ちが強く感じられる気がする。なんかこう、アウトドアって魅力があるんだよ。うん。4WDってさあ…いいよ…なんか。

こう、炭に火をつけるでしょ?送風機で風を送るでしょ?それで赤い火を見続けるとそれだけで幸せというか。それで昼から酒飲んでても誰も何も言わない。これ。でっかい車でオートキャンプ場に行ってテントを設営して酒を飲みたい…。キャンプ場でプログラミングしたい…。ということを去年から考えている。

で、私のブログでウィッシュリストを公開して誰かがものを送ってくれるということは本当に私自身びっくりで、いやほんと、お礼を言うのが大変遅れてしまいましたがありがとうございます。タダ酒は本当に美味しいです。

何よりもウィッシュリスト経由で贈り物が届いて一番喜んでいるのは妻でございます。「えっ!?本当に贈り物届くの!?なんで?」「嘘でしょ?すごくない?そんなにファン居るの?おかしくない?」などとウキウキです。結果、妻は終始機嫌が良く、家庭内平和も促進していただきました。大変ありがとうございます。

最近は転職というかフリーランス化への活動に注力しているということもありまして、私も人のつながりの重要性を再認識させられている最中でして、本当、こうしてブログを通じて人の輪みたいなものが広がっていくのって素晴らしいなと思う次第です。あまり上手い言葉じゃ言えないけどね。

私のブログを定期的に見てくれている人って、私が勝手に思ってるだけなんですけど、ある種のシンパシーというか、価値観みたいなものがちょっとでも重なっている部分があるんじゃないかと思ってるんですよね。だから、そういう人たちと一緒になって、いつかキャンプしたいと思ってたりする。Google Analyticsや投票の結果を鑑みるに、たぶん子供が居る、もしくは結婚している、もしくは単なるオッサンの比率って結構高いはずで、そういう人たちがなんとか都合の付く時間をぬって集まれたらそれは楽しいだろうなと思います。ただ、そうやって人を集めたところで何か楽しませる、何かを仕切るみたいなスキルが無いのでいまいち行動に移せないんですけど。まあ、いつだったか書いたように、みんなでキャンプはやってみたいことの一つ。です。それを思い出した。

もし行ってやってもいいよ、という人が居ましたら是非そのときには参加してください。袴でベタ車高のチェイサーに乗ってきてください。よろしくお願いいたします。

こんな感じでいいでしょうか

なんだか最近、酒を飲みながら記事を書くという経験をしなかったのでなんだかちゃんとかけてるんだかよくわからないです。いや、昔から酒を飲みながら記事を書いて何か優れた文章が出来たケースは無いとおもうのだけど。