日野万願寺の謎

私がよく通る道に多摩都市モノレールの万願寺駅というのがあります。

土方歳三の生家や墓所である愛宕山石田寺(あたごさんせきでんじ)への最寄り駅である

万願寺駅 - yourpedia

というのが特徴というか、まあそういう土地なんですね。

で、この万願寺駅の近くにはいなげやというスーパーがあってですね、東京多摩地域ではよく見るスーパーなんですけど、そいでいなげやは国道20号(甲州街道)に隣接していまして、万願寺駅といなげやは大きい交差点が隣接しています。

この交差点がラッシュ帯に結構混むんですよねー。20号を府中方面に向かうとすぐに中央道国立府中ICとぶつかりますし、この万願寺の交差点を北に行くと立川、昭島あたりに抜けれます。西側に行けば八王子市中心街に出ます。

南に行くと浅川を渡ります。浅川というのは八王子を通って多摩川に合流する川なんですけど、土地勘のない人はこの浅川が多摩川の本流だと思ってたりするんですが八王子市民は間違えないですね、さすがに。で、万願寺駅を南に行って西に向かえば八王子市南部地域(南大沢、多摩センター、堀之内あたり)へ出れますし、浅川を渡って東に行けば聖蹟桜ヶ丘とか稲城とかに出れるんで、まあ交通の要所っちゃ要所みたいな感じなんですよ。だから必然的に交通量が多くなって混む。

いや、車とか道路の話がしたいんじゃなかった。問題は、「万願寺駅」という駅名です。

万願寺駅と言いながら万願寺なる寺はこの付近に無いんですよね。住所が「東京都日野市万願寺」なので、そこに設置された多摩都市モノレールの駅だから「万願寺駅」なんでしょうけど、いずれにせよどっかに寺はある(あった)はずじゃないですか。寺が無いのに寺なんて住所付けないじゃないですか。

でまあ、気になってはいたけど別に調べるほどの興味は湧かなかったのですが、こないだ嫁さんが「あの万願寺のルーツは秋田県由利本荘市の羽後本荘駅のそばにある万願寺だと聞いた」と言い出しました。又聞きの又聞きみたいな感じで仔細は不明なのですが、由利本荘市にある万願寺が本流で、その名前を継いだだか使わせてもらっただかで、日野に万願寺という寺を開いたとかそんな話でした。

夫婦ともに秋田出身の我々としては由利本荘市も非常に馴染みの深い地域です。しかし、羽後本荘駅のそばに寺があったかというと、私はあった記憶がありません。嫁さんは「寺っぽい何かはあったはず」と言っていますが。

で、はっきりさせたいと思いちょっと検索してみましたが、やはり由利本荘市に万願寺という名前の寺はどうも無さそうでした。ただ、由利本荘市にも万願寺という地名はありました。

で、この由利本荘市万願寺地域ですが、このあたりって本当に何も無く、TDKの工場と多少の住宅地がある程度で、この地域が万願寺という名前だということも今回初めて知りました。どうも、先の「由利本荘市の万願寺がルーツ」というのは怪しいです。

そういうわけで今度は正攻法で日野市万願寺のルーツを調べてみました。すると、以下の記述が見つかりました。

日野市東部。多摩川と浅川の合流地点付近に「万願寺」地区は広がっている。その名の通り、万願寺という寺がありそうなものだが…、そんな寺はない。

日野市史は、謎の万願寺について、本当は存在したのではないかとも記しているものの、遺跡などは一切見つかっていない。一八二八(文政十一)年に著された「新編武蔵風土記稿」には「万願寺ノ名ハ古キモノニモイマタ所見ナシ」と記されており、当時からすでに万願寺がなかったことに関心が持たれていたと分かる。名前の由来を同書は「考フルニヨシナシ」と記し、結局分からない。

(<地名編>万願寺(日野市) 名前あれど『所見ナシ』 | 東京新聞)

1828年の時点ですでに万願寺という寺は存在せず、また本当に存在していたかどうかも不明であったという事ですね。

以上をまとめると、「日野市万願寺のルーツは由利本荘市万願寺」という説を信頼する要素は何一つないということです。1828年の時点ですでに万願寺が何処にあったのか、そもそも本当に存在したのかが不明であった(少なくともそれを証明するものは無かった)のです。そんな昔に「不明」とされていたことが、人々の口伝てで正しい情報が2017年まで伝わっていて、かつ、「新編武蔵風土記稿」が執筆されたときにはそれが分からなかった、なんてことはあり得ないと思います。

いや、「新編武蔵風土記稿」以外にルーツを証明する何かがあれば別なんでしょうけど、新聞社が古い文献までもちゃんと調べて「良くわからん」と結論付けているのですから、普通に考えたら「良くわからん」が正しい答えなのでしょう。

寺とか神社って同じ名前のものが全国に沢山散らばってるんで、名前が同じなのも単に偶然なんじゃないですかね。仏教は詳しくないので分かりませんが、もし、のれん分けみたいなシステムがあるのであれば、それを辿っていくと由利本荘にかつて存在した万願寺と日野市にかつて存在した万願寺の間になにか共通の歴史があるのかもしれないですけど。それも単に仮定の話で、そういう判断に傾倒する事実は何一つありません。

じゃあ「日野市万願寺のルーツは由利本荘市万願寺」というのは何なのかというと、たぶん秋田出身のほら吹きが「秋田はこんなにすごいんだぞ」みたいなお国自慢の一環で適当にでっち上げたんじゃないかな。