【補足】何故お前の人生はつまらないのか

何故お前の人生はつまらないのか という記事の補足です。だいぶ酔っ払って書いたので、私が当初考えていた意思が伝わらない部分があると思い。でも大意は変わらないです。

生命っていうのは種が存在して、種が群れることによって生かされている、だから命は代替可能でなければ命たりえない。一方で種でなく単体で強力なパウワーを持った「星の子」(作品中に登場する生命を持たない不思議な生き物。強い)はその意味で命を宿しては居ない、そう私は解釈しています。そしてこれは一つの命が尊く、それが失われるのを悲しむことと矛盾しないんだよな。なぜか?それは各々考えてくれ。思いを説明するのが面倒くさい。

ここですが、「種が群れることによって生かされている」という点。これは群れる動物ばかりではないにせよ、全ての生物種は種を保持する方向で行動しようとする傾向がある、という程度の意味です。

続いて「これは一つの命が尊く、それが失われるのを悲しむことと矛盾しない」ですが、これはざっくり言うと、人間の本能や生物としての特性が人間という種を保存する方向のベクトルを向いてはいるが、それは意識したものではないので特定の一個体の死を悲しみ、産まれるのを喜ぶ感情的な行動とは全く別個の現象なので矛盾しない、みたいな感じです。

たまに、仕事が趣味とかいう変態の方もいらっしゃいますが、それは特殊性癖なので本論では扱わないものとする。

ここについてですが、なぜ本論では扱わないものとするのかというと、単純に私が「仕事が趣味」という人ではないので、そういう人の気持ちを想像出来ないからです。

Twitterでも仕事のツイートばかりしていてこの人本当に仕事が好きなんだろうなという人は良く見かけます。多分そういう人は仕事でも圧倒的成長出来るんでしょう。多分。そういう人には趣味みたいなものは必要ないのかも知れませんね。良くわからないですが。

趣味というのは本来は実益(金銭を得る、社会のためになること)を伴わない活動です。そして私に言わせれば実益がでてそれがある程度目当てになった段階で、それは仕事であってもはや趣味ではないと思ってます。

これも読み返すとここまで単純化出来る話ではなく、実際には「趣味である」「趣味と実益を兼ねている」「仕事である」の中間状態は連続的に変わっていて明確に分割できないような気がします。ただ、「楽しみでやっている」「利益を得るためにやっている」は基本的には「嫌なことがあったときにどこまで我慢できるか」という単一の評価軸に注目することでトレードオフの関係に持っていけるんじゃないかな、とは思います。それに意味があるかどうかは分かりませんが。本題の「人生を楽しむためにはどうすればいいか」という点に立ち返って考えると、自分の楽しさがそれを実益とする上で降り掛かってくる嫌な気持ちと折り合いが付くかどうか、が大事な気がしますね。折り合いが付かない場合は得られる利益に対する嫌な感情の大きさがマッチするかどうか、という辺りが重要になってくるかと思います。

もうちょっと雑に言えばバイクって危険とかいう理性的な考えをある程度捨てて馬鹿になって「楽しいいいいいいい!!!」ってなれるから楽しいんであって、「危険です」とか要る?楽しみに合理性って必要?って思うんですわ。

ここも話はもうちょっと複雑で、まともなバイク乗りであれば安全運転をしてプロテクターを装着するなど、事故のリスクを低くする努力はすると思います。それで低減されたリスクに対して喜び、楽しみが圧倒的に勝っているから趣味として成立している、そんな感じですね。

以上、補足でした。終わり。