絵に関する雑感 1

何か書いてほしいネタ無いですか?と聞いたら絵に関しての話も聞きたいと言われたので普段思っていることを書いてみます。

配信

絵を描く過程をYouTube配信してます。こちらです。https://www.youtube.com/c/anopara

今回はこの配信で話したような内容を記事に書いてみます。

色が塗れない

これはもう諦めました。

色を塗るのはちょっと無理ですね。理由は色々あります。

  • 色弱である
  • 元々コミック的な表現の線画しか練習してこなかった
  • あんまり色が付いた絵を描きたいと思わない
  • 色塗りの技術を学ぶのはまた一苦労する必要があるが、そんな暇は無い
  • モノクロ、グレースケールな絵の方が好き

という感じ。後で気が変わるかもしれませんが、色を使うとしても淡い色合いの数色を使うくらいかな。

風景・背景

正確なパースを1点ないし2点透視法で描いてる暇があったらBlenderでモデリングしたほうが絶対早いという思いが以前からあります。私がやってるのは趣味で絵を描くことであって、かつ、趣味の時間は限られるのである意味プロよりも時間に追われていると思っています。だから私にとって作業速度、効率は重要です。

だからBlenderや写真を使ってもっと手っ取り早く風景・背景を描きたいなと思ってました。と、書くと人間以外の要素は適当に書かれているように読めてしまうかも知れませんが、それはむしろ逆です。風景、背景をできるだけ正確に綺麗に書きたいからこそ、写真や3Dモデリングソフトを利用している訳です。ネットでは主に絵を描いた経験があまり無い人が「背景トレースは怠慢だ」「資料をなるべく見ずに説得力のある絵を描けるのが優秀な絵描きだ」みたいな意見を言っているのをたまに見かけますが、それはあり得ないですね。プロほど参考資料を集めます。漫画家がしょっちゅう取材に言ってるのはあれは休みたいための方便では無くて本当に資料が必要だから取材に行ってるわけですよ。全部想像で描いた作品には説得力が無い、これはもう人間の想像力の限界を指し示していると思いますね。

と、ここまで書くと決まって今度は「ふーん見たものしか説得力を有して描けないなら、未知の惑星とかが舞台のSFは全部説得力が無いってことになりますね」とかいう人が出てくるのでこれもうほんとうんざりなんですわ。

例えば説得力のあるSF作品の一コマとして大友克洋氏によるAKIRA(漫画)の中で衛星軌道から謎のビームを照射するSOLなる兵器が出てきますが、あのデザインは非常に説得力があるような気がするんですよね。でも大友克洋氏だってあれをさらで書いたわけでは無く、あれのデザインの元ネタはひげ剃りだったりするんですよね。あとは映画ですが、「2001年宇宙の旅」の宇宙船ディスカバリー号のデザインについても基本は人間の精子の形をベースにしていて、それを元に巨大な放熱板が必要だろうなどなどとアーサーCクラークとスタンリーキューブリックが案を練っていったんですよ。ゼロから想像したわけじゃ無くて、自然の造形や工業的なデザインや技術的制約をヒントにしている。結局、放熱板は翼に見えたので最終的には盛り込まれなかったらしいですが。こういった例は枚挙に暇が無いです。

ここまで書けば分かりますな?「参考資料が欲しい」ってのは、それを見たままそのままを書きたいって話じゃ無いんですよ。自然や生物の造形、人間が作った建築物、工業製品、そういったものをヒントにして新たな創作が可能になり、なるたけ観察に基づいたデザインに説得力が生まれるって話ですよ。わかります?わかりますよね?分からない?話聞いてた?歯ちゃんと磨いてる?トイレの蓋閉めてる?

まあそういうわけで写真や風景をなるたけ使いたいよね、とおもっとる。で、やってみた。

まず、写真から。

これは写真をベースにPhotoShopのフィルタ処理を何度か適用させただけですが、あんまり上手くは出来なかったね。やっぱりコミックというかドローイングの背景として利用するには浮いてるというか…。タッチが違いすぎるんですよね。でも水木しげるの劇画調の絵とコミックタッチな絵が一コマの中に融合しているのはあんまり違和感を感じないんだよなあ。何が違うんだろ。

以下はトレース。

トレースすればまあコミック的な表現で違和感ないですね。描くのは面倒ですが…。これで1~2時間かかったかなぁ?

現代の漫画家のYouTubeチャンネルなども確認すると、やっぱり写真をベースに背景を作っているものの、加筆修正で1~2時間はかかるみたいですね。写真をベースに線を引いて手直ししてる。これは大変だな…。ある程度クオリティおよびリアリティを追求するとやっぱりそのくらいの時間がかかるんですね。

あと、トレースに技術が必要で無いかというとそういうわけでもないです。子供の頃トレーシングペーパーで絵を写し描いた経験がある人であれば分かると思いますが、漫画や写真をなるたけ正確にトレースしても全く同じにはならず、かなり違和感が残るんですよ。漫画をトレースするなら線の太さだったりトーンによる印影だったりと言った情報が欠けますし、写真をトレースするならば何を線として抽出するかという難しい選択を迫られます。これが難しいんですわ。選択や表現を間違うと違和感の塊にしかならない。だからトレースには技術力やセンスが必要であって、完成したものはトレースであってもアートの一種であると思います。構図や被写界深度、露出を決めて出力された写真がアートだと言うならばそれをトレースした絵もアートでなければ道理に合わない、私はそう思います。

だから、何度も何度も何度も言いますが私は「なんだー、絵が上手いと思ったらトレースかよ」みたいな輩はマジでチョップしたくなります。チョップしたあとでぞうきんの絞り汁をコーヒーに入れてこっそり出したいですね。いや、順番、逆か。まあいいやそんなことは。ともかく、もう何度も何度も何度も何度も言いたいのは、簡単だと思うならやってみろってことだよ。トレーシングペーパー買って、鉛筆で写真をなぞってみろって。絶対うまくいかねーから。そういう所を分かった上で、思うところがあって上でトレースがクソだというならば、議論は初めてそこから始まるんだ。そっから話を聞いてやる。わかったか。このやろー。分かったらトリスと炭酸水買ってこい。おつりでアイス買っていいから。分かったか!こら!走れ!

ちなみにさらで2点透視で絵を描くとこんな感じになります。

まあこれでも悪くないですが、清書するまでにパースのゆがみ他をちまちまと直していく時間でモデリングした方が早いかなというのが今のところの結論です。

というわけで続いてBlender。

なんか分厚い窓の向こうから誰かが何かを言ってるが分厚いので何も聞こえない、みたいな絵を描きたいなとおもって唐突に描いた。

これもね、この窓枠の部分はBlenderでモデリングしてるんですよ。えっ、たかがこれだけのことを3Dモデリングソフトを使用しないと描けないんですか?とか思われるかも知れませんが、まあ、そうかも知れない。

Blenderでモデリングした画像をベースに絵を描くというのは、たとえそれが簡単な構図であったとしても、confidenceを持って絵を描けるという点でよろしいと個人的には思うんだよな。絵を描いていると「ここはこういう描き方で良いんだっけ?この角度で見たら本当にこう見える?」と、3Dの物体を常に二次元に射影した結果を頭の中で計算しながら描き続けることになりますが、すると、どこが間違ってるのか良くわかんなくなってくるんですよ。そんなときに、ここは絶対に大丈夫、パースが間違ってないという基準があればそこに絵を合わせられるんだよね。というわけで簡単な構図、簡単なオブジェクトであってもそれが必要ならばモデリングしたほうが良いと思ってます。

もう一つモデリングしておくと良いところは構図を練ることが出来るという点ですね。カメラを自由に動かせるので。

続いては宇宙服の中にはいった髪がもっさもさの女の子を描きたいなとふと思ってモデリングしたやつ。

これもそこまでモデリングしておく恩恵って無かったんじゃ無いかと思うんですが、やっぱりconfidenceを持ってその後の工程に進むことが出来るという点で個人的にはやっといた方が便利、そんな感じですね。

真正面からの下書き。

清書。髪のもっさもさ具合を線で表現する練習のつもりで描きました。

色塗り。冒頭で色をもう塗りたくないみたいな話をしましたが、この程度の簡易な塗りならばありかも。

この絵は色合いが気に入っている。奇抜なオレンジの髪とこれまた奇抜なガムテープの色の組み合わせが中々良いなと。思ってる。が、皆さんいかがお過ごしでしょうか。え、場末のブログを読んでいるって?いやあ、奇遇ですな。私は誰か読むんかこの記事?と思いつつテキストを3千字、原稿用紙7~8枚分も書いたところです。

続いてこちら。これは2点透視では描けません。手書きで正確に描くのは非常に難しい魚眼レンズ越しの構図です。そして背景に大量の本がそろっている。これは3Dでモデリングする恩恵がフルに受けられますね。

本棚の本はほとんどがコピペです。よーく見ると本棚の本の並びが同じところが大量にあるかと思います。でも3Dでのコピペって2D上でのコピペほどには違和感を感じないんですよね。全く同じ線のパターンにはならないからでしょう。

ここに人物を書き入れれば良いです。できあがりがこれ。

これはなるべく背景が手書きっぽくなるよう、色々手を加えてみましたが全般的に雑ですね。やり方が。もうちょっと研究が必要です。

人物

人の絵を描くときにいつも思ってることを書いていきます。

あともう一つ。言って良いすか?これ。「書く」と「描く」。この漢字の書き分けがめちゃくちゃ面倒。なんで「書く」と「描く」は一緒の感じにするか、もしくは読みを別にした方が良かったと思う。英語だとwriteとdrawになるのかな。もう面倒なので間違ってても直さないことがありますので、誤字を見つけたらそういうことだと思ってください。

で、いまこんな感じの絵を描いています。

これ下書きです。

いつだったか、この状態からYouTube配信を開始したのですが、「これってかむろゆいですか?」と聞かれてびっくりしましたね。そうです。この雑な絵は私が小説の挿絵を描きたくて描いてる一つであって、真ん中の女は神室結衣というキャラクターです。ちなみにこの小説はカクヨムで読めますが、このキャラクターだと明示した上で私がどこかに絵を書いたことは無いです。この雑な絵でそこまで想像がついたってすごいな、と大興奮でした。何かを作ってる人間としてこんなに嬉しいことは無いですね。

で、この後席に乗ってる人から描いていこうと始めるのですが、

まあこういう状態から始まります。で、なんやねんこれ、ゴリラか?限りなく人間に近い類人猿か?みたいになる気持ちを抑えます。ここで投げると絵は上達しない。この絵はダメだな、一から書き直そうとなる気持ちを抑え、なんとか見れる絵に書き進めていく、そういうプロセスが上達につながるんじゃ無いかと最近思ってきました。

で、ゴリラをベースにしてここまでできあがりました。ここまでくると人間として認知できます。いやいや、良かった。投げなくて良かった。と自分を褒めます。自分を褒めていかないとモチベーションが保てませんからね。

今回の絵を描くにあたって、どちらかというとリアルめなタッチの絵を描きたいと思ってました。写実的では無いがどちらかというとリアルという感じ。なんだろ、漫画の中でもめちゃくちゃにデフォルメされた絵から写実的な表現まで色々幅があるじゃ無いですか。そのうちの写実的な方に寄せたい、という感じ。

以前はいろいろなタッチの絵を描けるようになりたいと思っていましたが、最近は方向性を一個に定めたいという気持ちが強くなっており、その方向性を模索するという背景もあったりします。

そんでゴリラversion2の上の絵がこれでOKかというと、ちょっと違う。タッチはこれで良いんだけどキャラクターの顔はこうじゃないな、という感覚がある。あんまり可愛い、美人であるという表現を避けたいが、この絵はまつげもボーボーで目もでかい、みたいな雰囲気を醸し出している。今回はちょっとコレだとイメージに合わないな、と思ってもうちょっと修正することにした。

なんというか個人的な好みなんですが、自分のこと可愛いと気づいてない女の子が好きなんですよね。クラスの中で一番モテる女子とかスクールカースト上位の女子って自分が可愛くて美人でモテるって理解してるじゃ無いですか。芸能界のアイドルとか女優もそういう人をよく見ますね。私モテます、美人です、可愛いですって口では決して言いませんが、雰囲気や振る舞いで自分が可愛いと理解しているという節が感じられる、そういうのってありますよね。

そうじゃなくて本当は美人ないし可愛いんだけど、自分がそれに気づいて無くて「私そんなに美人じゃ無いですよ」と心の底から思っている、そういう人が好きなんだよな。芸能界のアイドルじゃ無くて、その番組を作ってる二次受けの制作会社の女子社員だとか、そういう人が好きなんだよなぁ。そういう性癖です。分かって頂けますな?分かると言いなさい。よろしい。

で、それを修正して右側にしました。どうかな、裏方っぽい人が好きみたいな私の熱いパッションが伝わりますかね。伝わらないね、多分。これはまだまだ技術力の不足が第一にありますな。もう一つはこの絵からそれだけの気持ちを伝えようというのがそもそも困難な問題であるという話もありまして、例えばこの絵で数ページの漫画になってたらまだ伝わるとも思うな。まあいいや。

重要なのはゴリラからここまで進化したと言うことで、もうちょっとだな。で、右側の絵もまだ修正すべき点がいくつかって、首回りとポーズがややぎこちないなという気持ちがあり、さらに修正しました。

こうなった。こういう、何かおかしいけどどこがおかしいか分からない、という時は左右反転するとおかしいところが分かる。

それでおかしいかなと思うところを適宜修正した。でもここら辺はぱっと見で違和感が無ければ完璧じゃ無くてもいいと思ってる。模写じゃないし、所詮は趣味の範疇でやってることなので、自分のこだわってる部分を満足できればそれでよい。

で、次は右側の人を描く。シートを若干リクライニングしてのけぞっている体勢で、やや描くのが難しいポーズ

下書きでここまで書いた。やっぱなんか違和感があるがどこがおかしいのかいまいちよく分からない。こういう時にモデルがポーズを取ってちゃちゃっと写真を撮って送ってくれるサービスがあればマジで金になると思う。と同時にポルノ生産サービスとして活用されそうなので難しいな。いや、でも、あったらそこそこユーザーが付くと思うんだよな…と思うんだけどどうですかね。まあいいや。それは。

このポーズは妻氏にもお願いしましたが、「私は気軽にポーズを取れと言われて取るほど安い女では無い」などと言われてあまり協力的な態度では無かったです。最終的には嫌々やってくれましたが。だからあんまり身内には頼みたく無いんだよな。金払ってでも誰かに外注したい。でも出来ないものはしょうがないので、ネット上で近いポーズを取っている人の写真を探して参考にしたりします。

今回、この下書きは色々おかしいところがあるのですが、今改めて見てみると右側の腕(肩から肘)が長すぎる気がするな。あとで修正しておきます。

あともう一個、いつも悩むのがおっぱいの描き方なんだよな…。これは非常に難しい問題なんだよ。ほんとほんと。

私個人のスタンス及び好み及び性癖としましては、別におっぱいはデカくても小さくてもどっちでもいい、あんまり気にしていないんですよね。それよりも髪型とか着てる服とかが気になる。

しかし男性向け漫画ではとにかくおっぱいを巨乳にして書けと編集サイドから要望されたりするらしいですね。実際、その方が売れるという実績があっての要望なのだと思いますが、私個人としてはあんまりおっぱいをデカく描いた絵というのは好きじゃ無いですね。描くのも好きじゃ無くて、おっぱいを頑張って描いてると「なんでもういい年したおっさんで、娘も二人居るのに頑張っておっぱいを描いてるんだろう…」と恥ずかしくなってくるんですよね。

だから描かなくて良いんであれば描きたくない。でも、だからといっておっぱいを適当に描くと、イラストの表現上の問題として男なのか女なのか見てる人に伝わりにくいというのもあるんですよ。藤子不二雄くらいの時代のデフォルメされた絵でもちゃんとおっぱい描いてるでしょ?目にまつげがついた、髪型が女子である、くらいの表現ではかき分けが難しいんだって。女らしさ、男らしさを強調しないとそもそもある程度デフォルメされた絵としては伝わらないんです。皆さんが思っている以上に男と女のかき分けって難しいんですよ。コミック的なデフォルメされた表現の絵を描くなら、ね。多少おっぱいや体のくびれを強調して書く必要がある。でないと伝わらない。そういう話でございますな。

もしかしたプロだったらおっぱいのカーブに頼らなくてもかき分けることが出来るかも知れないんだけど、ちょっと今の私から見える世界では無理という結論ですね。

だから、別におっぱいにはこだわってないんだけど、この人は女ですというのを伝えるために多少はこだわらざるを得ない。これはね、仕方ない。本当に仕方ないんだよ。本当は私が巨乳好きでおっぱいを描きたいがために言い訳していると思っている男性諸君も確実にいるかと思いますが、いやな、本当こればっかりはしょうがないんだって。描いてみれば分かる。君も一緒におっぱいを描いてみないか!?いや、こんなこと言うからダメなんだな。

ともかく、私としてはおっぱいにそこまで興味は無いんですが「そこまでおっぱいに興味は無いですよ」という絵を描くためにおっぱいを緻密に描かなければならない、みたいな矛盾が生じてくるわけなんですよ。というかもっと言うと本当は私はメカを描きたい。SFを描きたいんですよ。しかし気づくとおっぱいのカーブに悩んでしまっている。ひねり出されるのは女の子の絵になってる。なんでこんなことになってしまったのか、自分でも理解できません。

例えばヒトラーも東方生存圏としてウラル山脈あたりまで強欲に求めていてそれを必達の目標としていたのに、なぜが気づいたらフランス、イギリス、アフリカなど西方や南方で戦争してて対ソ開戦が二の次になって冬将軍に苦しむとか、あとは日本帝国に例えると本当は仮想敵国をソ連として関東軍を配置してて、ソ連の機甲部隊やトーチカに対応するための軍事研究をしていたはずなのになぜか気づいたら中華民国と戦争を始め、最終的に対米開戦してる。そんな感じです、メカを描きたいはずなのに気づくと女の子を描いてるというのは。つまりはどれもこれもソ連の陰謀というわけですな。悪いのはソ連だ。ここは強調しておかねばなりますまい。

そんでさらにややこしいことに、現代社会だとフェミニストとか言うクソ面倒くさい団体がおりまして、この人たちがなんだかんだと乳袋だのなんだのかんだのと人が描く絵にケチを付けてくる訳なんですな。嘘やろ?創作の世界くらい自由にさせてくれと思うんですが、元来ああいう人たちは実は権力を批判しているようで権威主義的な側面があり、我々の考える新たなスタンダードが適用された世界では表現の自由はあまり価値を持たず、少なくとも巨乳表現を抹消するためには規制を強めせざるを得ないみたいなことを平気で言うので困るんですよね。 

私は自由というのは西側諸国の民主主義国家の根幹をなす重要な価値観であって、現代社会でこれを得るために今まで何百万もの人の血が流れてきたと理解しているんですが、意外とね、そういう人たちは自由に対する関心が薄いんですわ。びっくりだよね。私たちが傷ついている、ないし、私の側に居る人たちが傷ついているという程度の理由で自由を侵してくる。ちょっと私には考えられないですな。

そもそも、巨乳や貧乳によって傷つく人が居るのであれば正しい姿は中立だと思うんだよ。デカいおっぱいも小さいおっぱいもそのままで認める。おっぱいがデカかろうと小さかろうと関係ない。無関心である。これが一番問題ない態度だと思うんだよな。それをベースにした上で、ワイは巨乳の方が好みや、Fcupを堪能するんや(タマホーム)、みたいな事を言ってでかい乳を描いたり、デカい乳を描かれた作品を買うのはそれは各々のフレーバー要素といった感じであって、そのプロセスで傷つく人が居るならば、それは残念ですが個々人で解決すべき話なんじゃ無いかなと思うんだよな。人間社会の中には特に悪気があってやっているわけでは無いがそれが原因で傷つく人がいる、これは当たり前のことであってこういうことをゼロにすることは出来ません。なぜならば全員の意見を一致させて合意を得ることは不可能だからです。

もしくは、巨乳を是とする思想に誤りがある、もっと小さいおっぱいも優れているべきだという主張をしたいのであれば、それは巨乳を批判するのでは無くて貧乳の素晴らしさを啓蒙するような作品、文章などで対抗した方がいいと思うんだよ。言葉による論破で相手の思想を変更させるとこれは現状変更勢力と見なされ敵対的に見られがちですが、貧乳は良いぞという顔で近づいてくるのはこれは敵とは見なされませんからね。つまりはソフトパワーによる対抗手段ということになりますな。そうして創作物やSNS上での議論を誘導し、人気作品の人気キャラクターに貧乳の人を登場させるような手法を近年ではハイブリッド戦争と呼びます。嘘です。

ああ、またおっぱいについて沢山書いてしまった。本当にどうでも良いんですよ、個人的には。特に政治的おっぱいに付いては特にどうでもいい。が、つい書いてしまう。

話を以下の下書きに戻しましょう。

この下書きを描いているときに始めて知ったことがありました。

おっぱいというのは鎖骨のあたりから脂肪が入った袋が滴の形に垂れ下がっているような形をしている、とよく説明されます。そしてイラストの描き方とか裸婦デッサンを解説してる本とかを読んでもだいたいそんな感じで描かれてるように思えるんですね。で、それをまねしてこのあたりにおっぱいが来るはずなので、その上から服を着せるとおそらくこうなるだろうという線を描いてみると、なんか常におっぱいの位置がたれて下に下がってるような絵になってしまうんだよな…。

なので毎回下書きを描いてからちょっと上になるように位置を調整してたんだけど、この違和感の正体がやっと分かった。

普通、下着を着けてるからです。ブラジャーによって脂肪の袋が若干上を向くように矯正されている、そういうことですね。そう説明されているサイトを見て長年の疑問が解けました。マジか。知らなかった。そもそも女性の裸も下着姿も見たこと無いので全然私には分かりませんでしたね…。

というわけで、下着にビキニを着てる的な線が描かれてるのはそういう事です。垂れ下がってる袋を上から吊ってる、そんなイメージで描くと非常に都合がよろしいな。

基礎が出来たので上から描いてみます。

下からのあおりの構図になるので顎と顔を描くのが難しい。鼻穴がはっきり見える角度だが、これをそのまま描いてしまうと途端にリアルさが増してしまうのでどうしようかな、と悩む。右腕はやっぱりおかしいねこれ。後で修正しておきます。

おっぱいはまあ、ちょっと強調して描きましたがやり過ぎたかな。でも元々、小説の中でも巨乳だという表記があるので多少はでかさを強調せねばなりますまい。それら数々のおっぱいへの思いが妥協した私なりの政治的中立逆説的無関心おっぱいがこれなわけです。わかったか。

ちなみにここで、え、ちょっと待って、でもこれおっぱい強調してないよね?っていうかおっぱいが分かるような線が全然引かれてないよね?今までの話が覆らない?と思われるかも知れませんね。

まあ、これは上手く説明できないけどさ、これはこれで良いんだよ。ありあり。なぜかというとこれ感性の話だから説明するのが難しいんだけど…。何というか、男か女かという表現というのは数え役満みたいなイメージであって、例えば女であれば長髪(ないし髪型が女子のそれ)である、くびれがある、おっぱいがでかい、目がキラキラ、まつげがある、輪郭のカーブがやわらか、筋肉の表現が無いか控えめ、などの複数の要素によって決定されます。これが全部強調されてればフェミニストのアレが激怒する絵になりますし、逆だと男か女か分からない絵になる。そういうもんなんですよ。これは現実にも言えますね。男らしさ、あるいは女らしさ、みたいな固定観念で人を語るなみたいなことを偉そうに言う人も居ますが、しかし我々はその無意識なところで生物学的性別を判別したいという動機があり、前述した数え役満の要素みたいなものを頭の中で合計していってるんですよ。これはしゃーない。その無意識な判定ロジックをシカトして女らしさを押しつけるなとか片腹痛いわ、家事が面倒だから彼氏や旦那にやってもらいたいならばストレートにそう言えば良いのであって、事実そうストレートに言ってる人は沢山居るのであって、そこを男女の役割とかはっきりと定義が決まってないことを持ち出してああだこうだ言うからややこしいことになるんだよな。

まーた話が逸れちゃったよ。ごめんね。

ともかく、数え役満なのでこれはおっぱいを強調して描かなくても女に見えるから良いかな、って感じですね。強いて説明するならばね。長髪である、首元に制服のリボンがある。特に後者が強くて、制服っていうのはこれ強力な武装であって、なぜならば世の中の大多数の人は中高生だった時期を経ているし、その年齢に達していない人も興味を持って中高生を見ているからですよ。だから制服っていうのはそれだけで性別を強調する効果があるのでわざわざおっぱいに頼らなくても良いわけです。おっぱいフリーな絵は非常に描いていて楽ですね。

なんかおっぱいの話ばっかり書いてるが、もうこれは仕方ないね。しょうがない。許してくれ。

最終的にこんな感じになった。まだ多少手直しが必要だが。特に右腕。しつこいけど。あとはちょっとガタイがいい感じがするので、それももうちょっと細めに描いてみるかな。

鼻の穴は色々考えた末、影だけ書くことにした。唇、鼻穴、顔のシワ、こういうあたりは線として描き入れてしまうと急激に老けて見える。実際、若くても表情筋の動きによって出てくるシワであっても、コミック的な表現だと入れ込むのが難しいんだよな。

あと、全然違う絵でこういうのも描いてた。

なんかこういうゴチャゴチャ身につけてるのが好きなので。特に意味は無い。趣味を丸出しで描いた。笑顔の練習でもある。あんまり笑ってる表情の絵を描いたことがない気がする。ので。

以上、絵の話なのかおっぱいの話なのか分からない記事になってしまいましたが、これにて終わります。ありがとうございました。