悩み相談 2021

ネタがないとき、困ったときの悩み相談。

質問コーナーからまた何か投下してください。よろしくおねがいします。

マシュマロから送った質問金曜日の配信で喋りで回答します。この配信はゲームはあんまり関係なく私がしゃべるのがメインです。その割に沈黙が多いです。よろしくおねがいします。

なお、自動車の話題は筆者のモチベーションと興味の低下によって答えられない可能性が高いです。

とりあえず今の所、手持ちの質問は無い(はず)なので、とあるSNSでよく見る悩みなどについて勝手に思うところを書いていこうかな。

よくある三大悩み・愚痴

  • 結婚したい(婚活)
  • 仕事がつらい
  • 褒められたい、認められたい

あたりをよく目にするので今回はこれらについて考えていきたいとおもいます。と、思って書いていたら1つ目の「結婚したい」で力尽き中途半端な感じになり、これどうしようかな…この記事公開しようかな…お蔵入りにしようかな…と一通り悩んだ上にとくに深く考えず公開ボタンを押したものが本記事になります。

結婚したい

もう本ブログで結婚については色々書いてるので読者の方々には飽き飽きとしている人も居ると思われます。しかしな、どんだけ書いてもまだ書き残した事があるような気がするのと、大事なことなので何度も書いた方が良いかな(それが役に立つかどうかは別として)と思ったので、まあ書いていきますね。

結婚。結婚というのはこれ、出会いそのものでありますな。出会い。マッチング。数多居る男女の中から何となくいんじゃね?これいんじゃね?付き合って俺と一緒に幸せな家庭を築こうや、見てくれや才能も全部含めて愛を持って俺を見てくれやって坊主の人が言ってる感じ(坊主だっけ?)。そういう二人がペアになるのが結婚ですね。

この辺りの悩みを噛み砕いていくと、私としては色々と思うところがあるんですよね。

まず、幸せになりたいという気持ちと結婚したいという気持ちがごっちゃになってるのでは?という疑念。

結婚するということと、幸せになるということ。この2つは実はあまり関係が無いんですよね。

ドラマとかでよく花嫁が「私…幸せになります!」とか涙ぐんで言ってるシーンが出てくるので、結婚すれば幸せになれると勘違いしている人がおりますな。あれは教育に良くない。本来、結婚と幸せは関連性の無い概念でございます。ここをはっきりさせておかねばなりますまい。だから説明するね。手間暇かけて。

「私…幸せになります!」ってのは、あれは花嫁が「今後、第一四半期から第二四半期にかけては役員(夫婦)主導で子作りに励みまして下半期までに妊娠を達成し、来年度からは子育て体制の構築に取り掛かる所存であります」みたいな事業計画を一言で説明してるんですよ。言ってみればね。最大限好意的に解釈して行間を読めばね。しかもその事業計画もすこぶる曖昧。

端的に言えば「今後幸せになりたい所存であります」という単なる所信表明でありまして、そして人間の殆ど全員は幸せになりたいと常々思っているのであって、ということは人間たる花嫁が「幸せになります(という所存でおります)」と表明することには情報理論的には情報量がほぼ皆無ということになります。意味ない。めちゃ当たり前のこと。全裸中年男性にはチン○が付いていることが明らかになった程度の情報量に等しい。うどん食ったらうまかったぜー、とか、散歩してたらめっちゃでかい犬居たぜー、という情報の方がまだ情報量がある。

そんなどーでもいい情報なのに、人間ってのは付随する属性や視覚情報に騙されやすいので、純白のウェディングドレスに身を包み、プロがメイクした顔で「私幸せになります!」とか言ってりゃそら、未確定の事項でも確定的に幸せになるんだろうなと思うんですよ。離婚した夫婦だって元々はウェディングドレス着てたのにな。まあ別に離婚すれば不幸せかと言えばそんなわけでもないと思うけど…(離婚経験者への配慮)。

で、ですね。「子供生んで幸せになる」というのが一種の事業計画であることはすでに説明しましたね。計画というのは文字通り、あくまでも計画ですから、そんなんどうなるか分かんねぇわけよ。もっと子供欲しい!子供超大好き!ってバニラトラックみたいなことを常々考えてたとしても、子供が生まれるとは限らないんですよ。子供が授からず苦悩しているご家庭が沢山あるのはご存知のとおりですな。そういう家庭の何割かは離婚に至ることもあるわけですな。

もっと言うと子供を生んだから幸せになるかっつったらそんなん確定的に幸せになるとは言えんし、もっと言うと結婚したから幸せになるかっつったらそんなもんも分からんよ。そうでしょ?

あとは事業計画の中途で従業員の背信行為、具体的には、不貞をはたらく、事業資金を私費(具体的には風俗やギャンブル)として使い込む、殴る蹴るなどのフィジカルなパウワーによって自分の要求を通すなどの行為をする役員(配偶者)がいる、といった種々の事由によって、ないし、背信的行為とまでは言えなくとも夫婦としての価値観の違い、音楽性の違い、生活感覚の違い、受け責めのアンマッチ、水属性と炎属性、推しに対する愛の解釈の違い、などに起因して「一緒にはやれんですな」という気持ちが芽生え、芽生えた感情はダム壁に生じた亀裂でありそのうちに圧壊、そういうことによって「やっぱ当初の事業計画通りにはいきませんでした。ごめん」ってステークホルダー(親族)に誤って事業清算(離婚)する家庭が年間20万件超あり、対する婚姻件数が60万件弱なので離婚件数を婚姻件数で割ることによって定義さるる離婚率にして三割超という数字になるわけです。これが現実ですよ。

一方で現代では「大人でまともな人間ならば結婚しなければならない」的な古い価値観が薄れてきて個々人が自由に生きるスタイルを尊ぶような人生観を持つ人が増えてきたがために、結婚を重荷と感じる人は男女問わず一定数あるのであって、独身で自由に自分のやりたいこと、したいことを謳歌しつつ幸せに過ごしている人間もこれ、SNSでは沢山見かけることができますな。彼らの一部はたまに「俺達がソシャゲーでキャラクターを育成している間にまともな人間は子供を育成している」みたいな自虐ネタをしゃべることがありますが、私からみるとこれもあくまで「自虐ネタ」の枠を出ず、笑いにできるという点で本気でそれが自分の欠点や過ちだとは思ってない、的な感情が伺えますな。

どや。分かったか。

「結婚すれば幸せになる」は偽であるし、「結婚しなければ幸せにはなれない」も偽なんですよ。

だのに、だのにだのになのにだのに、なんですか?結婚して幸せになりたい、とは。どういうことですか?俺の話聞いてた?朝ゴハン食べてます?寝るとき歯磨いてます?

ここまでの話をまとめると、貴様の幸せに、「結婚」が必須であるか否か、まずはそこから考えたらどうですかね?ということでした。これが言いたいことの一つでした。

もう一つある。

じゃあ、それを踏まえた上でも結婚したい。という話になったならば、じゃあ誰とどうやって結婚に至るかってことですね。

どうやったら結婚できるか?これに対する画一的な回答は無いと思います。私が思うに、結婚したい!って活動して結婚できるようなもんではないと思うんだよな。結婚ってのはつまりマッチング(結婚が成立するペアを発見する)という問題であって相手が出てこないことにはどうにもならんわけですよ。

じゃあその相手を探すためにどうするかと言うと、合コンをするとか友達に紹介してもらうとか結婚相談所に登録するとかマッチングアプリをやるとかTwitter他SNS婚活をするとか色々方法があるわけですが、これらはつまりなにをやっているかと言うと「引くくじの本数を増やす」「引くくじの当たり本数を増やす」という行為でありますな。私とマッチングして一つにならない?それはとてもとても気持ちのいいことのなのよ。碇くん。みたいな感じで一件一件物件を見ながら口説いていくわけじゃないですか。本気で結婚したいと思っている限り、クジを引く回数が増えれば結婚に至る確率は高くなりますな。

この方法は「結婚する」ための方法としては間違ってないと思うんだが、しかし「幸せになるために」という概念が抜け落ちてしまっている時点で本末転倒だと思うんだな。すでに説明したように結婚することがすなわち幸せになるためのチケットではないことに注意されたし。ホテルの朝食券はゲットしてもホテルの朝食が美味いかどうかはまた別ってことだ。美味い朝食が食いたいとホテルを探していたのに、気づけば朝食券をゲットすることが目的になってはいないかい?ということなんだよね。

簡単に言えばそんな、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる方式でクジを引いてったところで本当に幸せになれるマッチングは生まれないと思うってことなんだよね。気になる人を見つけて、その人のことをよく知り、友達になり、好きになっていく過程をバイパスしてよいかどうかというのは一考の余地がありますね。

例えば結婚するまでに一緒に居た時間が長いほど離婚率は低くなるというデータもあります。これは一般的な感覚としてもそう大差無いんじゃないですかね。付き合った期間が長いほうがお互いの人間性を分かっているのでその後の結婚生活も失敗しにくいということなんでしょうね。多分。

結婚相談所やマッチングアプリって私は使ったことが無いので間違ってるかも知れませんが、ようするに相手はどんな会社に勤めていて最終学歴がどうで、家族構成がどうで、みたいなのが数値化されてるわけじゃないですか。Twitter婚活とかタグをたぐってみても、うふふ、「タグをたぐって」みてもですね、身長なんぼ、年齢なんぼ、年収なんぼ、職業、酒、煙草、ギャンブル、趣味、などを羅列してるんですよ。自らね。

なんか、自分自身が見合う相手、みたいなのを探してるように聞こえるんだよな。私の美貌ならば年収何万円の旦那に相当する、俺の年収ならば何歳差の嫁をもらえる、みたいな。アホちゃう?進学も就活もそんな考えで来たんだろうな、あんたは。私の偏差値ならばこの大学、あるいはこの会社が見合っているかな、みたいな。だから「就職偏差値」みたいな恥ずかしい言葉ができちゃって、さらにそれを真に受けちゃうんでしょ。アホちゃう?我が名はアシタカ、そなたは何でも単一の物差しで世間を測れると思っていて偏差値の定義も知らないのに顔面偏差値とか年収偏差値とか語っちゃうアホでござるか?

結婚でもそうして身の丈とか釣り合いとか考えるのってアホちゃう?と私は思っていて、なぜならばそういう属性を重視して、というか属性しか見てないマッチングで成立した結婚って俺は上手く行かないと思ってるからなんだな。

なぜか?

その属性が当初の説明とは違ってた、あるいは、その属性が失われた瞬間、「こんなはずじゃなかった」って絶対思うからでございますわ。お姉様。

例えば高い年収だから結婚して都心の一等地に居を構えて毎日ランチ食べてた折に旦那が「夢を叶えたい」って劇団員を目指して活動し始めた時にサポートできます?若くておっぱいがでかくて可愛い子が大好きだから一回りも年下の嫁さんをもらって子供が生まれたら嫁さんがむちゃくちゃに太って数年前の面影も無くなった時に結婚を継続できます?

属性で選ぶってのはそういうことだと思うんですよ。

でもな、その一方で「好き」というスポンサー、これは強いですよ。

好きであるというのは本能的な現象であって理由を合理的に説明することは中々難しいですからね。好きな理由を突き詰めて考えても結局、それが私は好きだった、好みだった、みたいな自己言及に到着しますから。何でか分からんけど好き、という気持ちは大抵の属性が揺らいでも関係無いから強いんですよ。男女問わず、理由は説明できんけど相手のことが好き、という状態は体型が変わっても年を取っても続くことが多いような気がするんだよな。

そして何より重要なのは、本能的に好きになれる相手と暮らすことは充足感を得られやすいんですよ。この意味分かる?つまり、それが幸せって事だよ。シンジくん。

だから「なんか分からんけど本能的に好きになれる相手」を探すのはちょっと回りくどくて古臭い方法のように思えますが、少なくとも一度は考慮すべき方法だと思わないですか?ちなみに私はミスタードーナッツだとオールドファッションが好きです。

そういうわけだからな、いちいち婚活とかも言わんで良いよ、と思うんですよ。私は。

婚活してます、などと嘯き年収身長体重現住所職業趣味飲酒喫煙習慣などを羅列してなにを期待してるんですか?あなたの年収が高いので私はあなたに抱かれたいです、とでも言われたいんか?それ属性ですよね。気持ちが無いんだよ。エモく無いんだよ。己の結婚、伴侶、そういったものからもエモさをもぎ取った人生に何の意味があります?

もっかい言うぞ。年収が高いという属性で結婚した相手はあなたの年収が失われた時に去ってしまう人ですよ。そういう人と結婚したいんか?羅列された属性を見て「素敵!」って思ってしまうような浅っっっっっっっっっっさい、金箔みたいな薄さの大脳新皮質の異性と付き合いたいのですか?

要するにネットを通じて異性と知り合いたいなら、婚活だとか言ってチマチマ属性を列挙して、いい人が現れるまで待ち、みたいなのをやってないで通常の方法を使って連絡をとったらよろしいのではないかと思うんですよ。投稿に返信してみる、DMを送ってみる、仲良くなる、会ってみる、遊びに誘う。という方法ではあかんのか?婚活とか言う必要あんのか?

「いや、それでは時間をかけて仲良くなった末に低年収だったことが判明した時にだるいから非効率」と思うんでしたら、それはあまりにも人間関係(結婚含む)を舐め腐っている、かつ、大変に失礼な考えをおられるのでそもそも結婚など考えないほうが社会のためにもご自身のためにも良いと思うな。南方の無人島でイモなどを栽培しながら一人暮らしてみてはいかがでしょうか。

おわり。