【質問#206】 質問204の質問者の方へ

質問・悩み相談の回答です。

質問

韓国車について書かせて頂いた者です。

その節は、小姓の乱雑な作文に反応頂きありがとうございました。気がつけば、小姓の後にも記事が追加されており、それら楽しく拝見させて頂きました。
このうち、質問#204 将来について迷走中、について読み、私自身強く感銘を受けまして、そういった方へのメッセージも含め、小姓の下らないウンチクを再度語らせて下さい。

 こうした悩み、きっと人により少しニュアンスが変われど、ある種の人間にはそうした回路が脳内に内蔵されているようです。
私もまたその1人で、書かれた内容についてのほとんどは、私自身がかつて抱えていたものと瓜二つです。
私はどうしようもない人間で、いわゆる使い物にならない欠陥人間。
ありもしない、見えもしないものにほころびを見つけて自身を攻める、こうした思考回路を持つ人は、正直欠陥人間だと思います。

ただし、欠陥品には欠陥品を社会で活かせる道があることをある時期から知りました。この時期から、私は人生の路地裏から一歩抜けることができました。
会社を立ち上げてから、欠陥品には欠陥品らしい観点でアプローチし、今は比較的お気楽な生活が出来るようにまでなりました。
しかしながら、私自身不遇の時間が長く、今になっても当時の痛みを忘れることは出来ません。

今になって思い起こすと、悩みを形成する要素は大別して2つです。その一つは、

何か誇れる実績があるか?

です。
ない人が大半でしょう。私にもありません。
でも欲しいのです。つまり、あなたは自覚があるかどうかはさておき、我々は強欲なのです。無い物ねだりの天才と言っていい。

もう一つは、

自分以外の人間がお気楽に見える

その通り。みんなお気楽です。
悩みは当然ありますが、たまにワイワイやればどーでも良くなる、それが普通です。
それが出来ない我々は間違いなく欠陥品です。

欲求と現実のバランスが大きく崩れると、人は欲望とも現実とも違う、何か得体の知れない道を自我に開いてしまう場合があります。中島敦の山月記のような狂人になる場合もあるかもしれませんし、カルト宗教で奇行を繰り返す連中にも、もしかしたら似たようなプロセスがあったのかも知れません。
いずれにしても、この時期は私自身が思うに、人生で非常に危険なゾーンだと思います。こうした心の渇きを見抜いて、利用しようとする輩も多いでしょうし、注意して走行していく必要があります。

じゃ、どう対処したらいいか?ですが、まず欠陥を認めてしまいましょう。
欠陥だから、を認めれば余分な欲が少し落ち着きます。その分、楽になれますし、その目で改めて世間を見てみたら、面白いものが見つかるかも知れません。

もう一つは、友達付き合いを見直してみるべきかと思います。
意外に、我々のような人間は実は周囲から見下されている場合が多いのですね。見下す理由は様々かも知れませんが、我々が友達だと思っていても、彼らは違う可能性があり得るということです。
色々なパターンはあると思うのですが、私は基本的に寂しがりで、しかも友達が出来にくい。なので、ちゃんと気質の整合性を鑑みず始まった人間関係が私の場合多かったのですね。しかし気の合う仲間、という面で最初から破綻してますので、私が人生で一つ後悔があるとすれば、不用意に友人もどきの人間関係を作ったこと、です。
友人関係は、一旦始まるとなかなか理由なく切るのは大変なんですが、ドライに考えて自分に悪影響がありそうな関係は避けた方がいいですし、圧迫を受けるくらいなら1人で居る方がマシです。

じゃ何故友達が出来にくいのか?
ずばり言えば、私が一緒にいて面白くない人間だから。これに尽きるでしょう。この事も私はもう認めてしまいましたし、人にもよくその話をします。
私は全然人にモテない、もっと愉快な人間に生まれたかった、と。
不思議なもので、こういうスタイルでいると、以前より人から可愛がって貰えるようになりましたし、ありがたいことに色んな人からお誘いを貰えたり交友関係が増えました。

総括して思う事は、人は我々が考えている以上に人や物事を観察している、という事です。
私が下らない人間だということも見抜いていて、その上でそれらを自ら口にするスタイルが受け入れられた、そう解釈しています。

足りないくらいがちょうどいい。
人格も人生も。
私は46ですが、人生は思ったより長いようです。見下された人生から一転して、見下せる立場も経験しましたが、誰かを見下す人生に幸福はありません。かつて私を見下した人は勝手に去っていきました。

長々となりましたが、暴れる自我を鎮めるのに実績は要りません。我々個々が持つ肉体、精神、思考傾向は、個別に生まれ持った 馬 のようなものです。我々は死ぬまでこの馬と駆けて行かなくてはなりません。
スマートで疲れを知らず、粛々と歩く馬を持つ人もいれば、短足でドジな馬の主もいます。
どんな馬でも、我々は一生この馬から下りることは出来ません。ならば、いっそ馬と仲良くしてやりましょう。その方がきっと人生楽しい。

もしかすると、あなたの馬は千里を駆ける名馬かも知れませんよ。仲良くなれれば。

回答

まず申し訳ないのが、この文章を頂いたのは件の記事(将来について迷走中)が公開されてすぐくらいの時期だったのですが、色々あってここまで公開が遅れてしまったことです。これはほんと申し訳ない。マジすまんね。

今回この励ましのお言葉を書いて頂いた方は非常にお優しい方なのだと思います。

見ている方は嘘やろ、と思われることと思いますが、私が件の記事で言いたかったことと、上記の文章はほとんど同じことなのです。

簡潔に言うと私は「何者にもなれなかった」みたいな言葉は好きではないです。そう言ってる暇があったら手を動かせ、頭を回して考えろ、と思うのです。

だから、件の記事みたいな回答になります。件の記事の回答を一言で要約するならば、「自分でも分かってるやろ?あまえんな」ということになります。

その、「分かってるやろ?」を丁寧に紐解いてあげると上記のような文章になることと思われます。

私からこれ以上付け足すのは余計と思いますので、どうぞ自分の人生をより良くするために活動していただければと思います。