蓮舫議員の「サーバじゃなくてクラウド」は特におかしいと思わない

※本記事の読者はIT関係には疎い人を想定しています。

もうあっという間に旬も過ぎつつあるネタですが書いてみます。

私はIT系エンジニアで毎日のようにクラウドサービスを触っていますが、特に蓮舫議員の発言に違和感は感じませんでした。

もともとの発言↓

2020年6月11日 衆議院予算委員会

56:38あたりから。文字を書き起こす。(細かいところは不正確、当該発言に関係ないと思われるところは省略)

蓮舫議員「今回のオンライン申請ではどんなトラブルが発生したと報告が上がっていますか」

高市総務大臣「(中略)電子証明書関係のシステムにアクセスが集中することで一時的に処理の遅延が生じました。で、まあ5月8日から10日までにサーバ側の処理能力を現在対応できる最高値まで増強するなど行いましたので5月13日以降は遅延は解消致しております」

蓮舫議員「全国民が使うことを前提としたシステムを巨額の税金を使って構築してきて今回アクセスが集中したから、えー遅延が起きたと。オンライン申請した人何件あります?」

高市総務大臣「(中略)しばらく時間をおいて数字を取っておりますので、現在時点のオンライン申請数を私は把握しておりません」

蓮舫議員「いや、通告しているし説明受けてます。200万件くらいと伺ってます。200万件の申請があってアクセスが集中でシステム障害が起きるってちょっと驚くことなんですね。だって今マイナンバーカード普及率は100じゃない、16.8%、累計で2100万件くらいですよ。マイナンバーカード持ってる人の10人に1人がアクセスをしただけで集中してサーバーが障害を起こす。全国民のわずか2%の申請でシステム障害が出るっていうのはこれ仕方ないことなんですか」

高市総務大臣「(中略)マイナンバーカード、マイナポータル含めてですね、利用が非常に低調だった傾向がございます。(中略)(給付金や健康保険の代わりとして使用することから)これからかなり増えていくだろうということで、サーバーを増やさせていただくことにいたしました。これを第二次補正予算に計上しております」

蓮舫議員「いやいや、サーバーを増やせば問題が改善するんじゃないんですよ、問題は何だったという報告を受けてますか?」

高市総務大臣「先程申し上げたとおりでございます。あのときはサーバーの処理能力を最大値まで増強することで乗り切って解消したんですけれども、一時的にオンライン申請開始後にアクセスが集中したということでございます。(中略)」

高市総務大臣「先程ご説明申し上げたと思うのですが、システムの障害が起きた理由というのは(中略)暗証番号の再設定、マイナンバーカードの電子証明書の発行・更新が急増したということでアクセスが集中したので一時的に処理の遅延が発生したということでございます。(中略)ですから、要はシステム容量の問題でございます」

蓮舫議員「7月末にはマイナンバーカードは今の倍の4千万枚、今年度末には7千万枚まで普及させようとしているのに、わずか200万の申請でサーバー容量が障害を起こす。3300億かけてるんですよ?国税庁に確認します。e-taxではどれぐらいの人数が使っていて上限どれぐらいのサーバーでやってますか」

国税庁田島次長「e-taxの利用状況でございますが、法人税申告では約220万件、所得税申告で1140万件行われています。(中略)キャパシティに関しては法人税は合計300万件、所得税は約2200万件となっていまして、これら全ての納税者の方がe-taxを使用して申告していただける環境を整えております。ぜひ税の申告はe-taxを利用いただければと」

蓮舫議員「いよいよe-taxは信用できるけどマイナンバーカードは危ういという説明でしたよ。1140万件の申請に対してサーバのキャパシティは2200万件、これ当たり前ですよ。だってこの夏に4千万の普及を目指しているのに200万のアクセス集中でサーバーにシステム障害が起きる。3300億つかってますよ。(中略)どこにトラブルがあってどのベンダーが構築したシステムが(中略)どこに障害があってどういうふうに改善して二度と再発しませんという説明はちゃんと機構から受けてますか」

高市総務大臣「(中略)これから仕様場面が増えてまいりますので(中略)今回の二次補正で約9.3億円を計上させていただきました。これによって(中略)ピーク時の(中略)システム処理能力を大幅に増強するものとしています」

蓮舫議員「(中略)二度と同じようなトラブルが起きないようにしないといけない。(中略)説明も聞かずに9.3億円を機構に渡す、これは適切ですか」

高市総務大臣「(中略)サーバーの増強台数につきましても、電子証明書情報を作成するためのRAサーバーにつきましても現在4台ですがこれを12台にさせていただく、電子証明書の作成などを行うCAサーバーは現在2台ですが6台に増強させていただくということでこの金額になってます」

蓮舫議員「サーバーは増やすんじゃなくて時代はもうクラウドなんですよ。だからね、これまでの積み上げてきたベンダーのつぎはし(?)のシステムじゃなくて本当に問題はどこにあるかという確認をして、予算付をするならわかるけれども、言われたがまんまにお金をしはらう。税金は限りがある。(以降略)」

Twitter上の反応

その他、「クラウドもサーバ使うんですけど?」「サーバの集合体がクラウドですけど?」みたいなツイートが山ほど。

特におかしな用語の使い方ではない

というのが私の意見です。

そもそも、「サーバ」とか「クラウド」という用語は非常に曖昧な定義です。特に「クラウド」はセールス、マーケティングのための用語として流行った経緯もあって正確な定義を決めることは難しいでしょう。

「サーバ」とは、私の認識では「サービスを提供する何か」が最も狭い定義と思います。「何か」とは、具体的にはコンピュータ上で動作するアプリケーション(デーモン)であったり、もしくはそれが動作する比較的高性能だったり低消費電力だったり高い信頼性だったりする(ただしそうじゃない場合も往々にしてある…)コンピュータ、ハードウェアを指したりします。

前者を特に指す時は「サーバアプリ」とか「〇〇サーバ」(〇〇には具体的なソフトウェア名やサービス名が入る。「HTTPサーバ」など)と言ったりします。

ハードウェアとしてのサーバを指す時は私ならば「サーバマシン」とか「ハードウェアとしてのサーバ」とか言うと思います。

ハードウェアとしてのサーバは昨今、仮想化(雑に言うとコンピュータの中で論理的なコンピュータをもう一つ動かす)・コンテナ(雑に言うと仮想化と似たようなもので、仮想化よりも高速だが、それを動かすシステムやハードの影響を受けやすい技術)といった技術によってどんどん抽象的な概念になっています。コンテナをサーバと言っている人は見たことありませんが、コンテナの中で動いているアプリの事は前述の通り当然「サーバ」と言いますし、仮想化されたマシン(仮想マシン、バーチャルマシン、VM。たまにインスタンスとも)のことをサーバと言うケースももちろんあります。

クラウドはもっと曖昧です。当初のクラウドの意味は「インターネット上で動作する何か」程度の意味だったと思われます。企業は自社内で社内システムを動かすんじゃなくて、もっとインターネット上のサービスを使用してコスト削減しましょう、みたいな文脈でクラウドという言葉が用いられどんどん定義が拡大してきました。そこにもうちょっと厳格な定義が導入され、クラウドは大きく分けるとパブリッククラウド(インターネットを経由して使用するクラウド)、プライベートクラウド(専用線などを使って通信したり、設備を自社内に持ってきて運用する、ある組織が専有的に使えるクラウド)、ハイブリッドクラウド(その2つを両方使用する)という軸で区分されたり、IaaS(ハードウェアインフラを提供するサービス)、PaaS(よく使用されるシステムを構成するソフトウェアやアプリケーションを提供するサービス)、SaaS(ユーザーが使うシステムそのものを提供するサービス)という区分がありますし、それに加えてFaaSとかASPとかCaaSとかマネージドサービスとかなんじゃかんじゃと山ほど言葉があります。

各ベンダーが提供する個々のサービスが具体的にどの区分に当てはまるか正確に定義することは恐らく不可能でしょう。

ITエンジニア同士でも「サーバ」だの「クラウド」だのいう単語はたくさん出てきます。ではITの世界の人たちはどうやって意味を判断してるのでしょう。答えは一つしかありません。文脈です。文脈で判断し、判断付かない時は確認するのです(「サーバというのは物理的なサーバマシンのことを指してます?」など)。

蓮舫議員が言っていること

では蓮舫議員がこの文脈で言いたかったこととは何なんでしょう?

おそらく、多くのITエンジニアは「オンプレミス(組織内で所有する物理的なサーバマシン)のサーバを使用する時代ではなくて、クラウド上でIaaS/PaaSのサービスを使ってコスト削減しろ」ということが言いたいのだな、と判断すると思います。ただ、蓮舫議員の発言を改めて追っていくと、

  • コスト削減のためにオンプレミスのサーバ増強をやめてクラウド移行を視野に入れたらどうか
  • ピーク性能の確保にはオンプレミスの設備増強ではなくてクラウドリソースを活用したらどうか(これもコスト削減のために)
  • システムの問題を解決するためにクラウドを活用すべきではないか

という3つの論点がごちゃまぜになっているように私には読めます。1点目と2点目は技術的な視点からも特におかしいとは思えません。ただ、もし3点目のように思っているならば認識に誤りがあるかも知れません。蓮舫議員は「いやいや、サーバーを増やせば問題が改善するんじゃないんですよ」と言っていますが、言葉通り捉えるならばこれは全く単純にサーバを増やせば解決する問題だと思います。そうではなくて、1点目、2点目のように何らかのアクセス集中イベントはクラウド上のリソースを従量課金で投入するのが賢い税金の使い方だ、と言外で言いたいのならば分かります。わかりますが、そこまではっきりと行間を読み取れる会話にはなってないので、個人的にはあの場に居たら意図をちゃんと確認したいところではあります。

一方で、少なくとも私は「蓮舫議員はクラウドサービスにサーバが使用されていないと思っている」と解釈できる発言は無かったと思います。そして私はIT関係の仕事をしている多くの人が同様の意見を持つと信じています。ね、おかしくないよね?この文脈で「サーバじゃなくてクラウド」って言ったら、オンプレで物理的なサーバを持つのを止めてクラウドで従量課金しようぜって意見に聞こえるよね?

実際、Twitterで検索すると私と同じような意見を持つIT畑の方を何人か確認しました。トレンドから追っていってもちらほらそういう意見は見えます。

もっとはっきり言いましょうか。「蓮舫議員がクラウドについて誤った知識を持っている」と叩くのは意地悪な考え方をしているとしか思えません。

では、Twitter民の殆どがそのように意地悪な人間なのか?私はそれもちょっと違うと思っています。私が思うに、騒動の一次発信者は政治的な意地悪を仕掛けているだけ、それに続くTwitter民は知ったかぶって揚げ足取りたいがために、付け焼き刃の知識で乗っかってるだけです。すっげぇ歪ですよね。

こういう話は科学的・論理的では無く現実的には推論するしかないのでしっかりとした知識をお持ちの方は言い切るのに慎重になります。だからはっきり言う人が少ないです。なので代わりに学も立場もあんまりない私がはっきりと言いました。多分そうでしょ?

そういうことでしか鬱憤を晴らせないのって本当に性格が歪んでいると思います。こういう構図は今回の件に限らずTwitterではよくあります。そしてこれはTwitter特有の文化ではなくて、人間にはそもそも「知ったかぶって誰かを叩きたい」という欲求があるのだと個人的には思っています。「好きあらばポリコレ棒で叩きたい」、これです。多目的トイレでいかがわしい不貞行為をしている芸能人を見れば叩きたい、犯罪を犯して報道された人間も叩きたい、差別的な発言をしていると断定してそのひとの人格を全否定したい。男は、女はというジェンダー論を振りかざして叩きたい。

要するに人間とはそもそもそういう汚くて誰かを叩くことでしか自分の自尊心を維持できないという側面があるのだと思います。人間とはそもそも汚い生き物だと言うことなんでしょう。でも、そういうのはやめましょう。現代人には野蛮人とは違って知性があるのですから、知性で衝動的な欲望を抑えるべきです。難しいですががんばりましょう。

クラウドはサーバの集まりか?

「蓮舫議員はサーバでなくてクラウドと言っているが、クラウドとはサーバの集合体である」という雑なツッコミを腐るほど見ました。しかし、「クラウドとはサーバの集合体である」も雑な議論です。

そもそも、現代におけるクラウドとは前述のように多種多様なものを意味します。

AmazonがEC2というサービスを始めた当初のころは確かに計算資源、ストレージなどをネットワークを経由して動的に経由するものという意味合いが確かに強かったですが、現代のクラウドとはそもそもベンダーが自社のクラウドサービスの上にさらに抽象度の高い、ソフトウェアで構築された論理的なサービスを提供しており、近年その重要性と創出する価値の大きさはますます大きくなっています。単にハードウェアを時間単位で間借りするレンタルサービスのビジネスではなくなっています。実際、この界隈ではよくありますが「もうサーバ(クラウドベンダーが提供する仮想マシン)は触りたくない」という話もたくさん聞きます。私も時と場合によりけりですがそう思うこともあります。つまり、「クラウドとは物理的なサーバの集合体で、ユーザーはそれを間借りする従量課金ビジネス」という認識がそもそも今日においては古いわけです。

Amazon EC2は2006年にパブリックベータを開始したらしいので、乱暴に言えば「クラウドとはサーバの集合体である」というのは14年くらい前の知識に基づく認識と言っても良いかもしれません。私の記憶上でも、クラウドという言葉が流行り始めたのは私が大学院生時代(07〜08年)のころだったので大幅に間違ってはないはずです。

何が言いたいのかと言うと、「現代の最新技術であるクラウドも裏では物理的なサーバが動いているんやで」という知識を自慢気に鼻息荒く言う、しかもそれは他人が言っていたことの受け売りだというのはすごく恥ずかしいし、見方によっては古い知識とも捉えられるので止めたほうが良いよと個人的には思います。

技術的な観点からのつっこみ

以降は蓮舫議員の発言に対するIT技術者としてのツッコミです。私はクラウドはそこそこ使っているものの官公庁向けシステムに関しては詳しくないので的はずれな意見を言っているかもしれないのでそこはご了承下さい。

ちなみに読解力がない人が必ず居るのではっきり書いておきますが、私は蓮舫議員というお方そのものを擁護したいとか、政治的な心情を持っているとかいうことはありません。

処理能力は単位時間あたりの処理数で計測すべき

まずこれははっきりと断言できるツッコミどころですが、蓮舫議員はe-taxのシステムを引き合いに出して「1140万件の申請が行われているシステムだが、最大約2200万件に対応できるキャパを持ってるのが普通」と言っています。しかし、多くのシステムにおいてそのシステムの性能を推し量るのにリクエストを処理した総数で比較するのはほとんどのケースで間違いです。普通は「単位時間あたりに処理できる件数」で比較をします。

なぜそう言えるか。まず、「処理できる最大の件数」でボトルネックになりうるのは主にストレージ容量やネットワークの転送総量にかかる金銭的なコストと思われます。今回のような給付金申請などでこれが実用上問題になることはまずありません。なぜならば日本国民の人数(=システムを利用する人数の最大値)はかなり正確に把握していてかつ急に大きく増減することが無いからです。最大値を見越してそれに見合ったストレージ容量を用意しておけばよく、かつそれに必要な金銭的コストはそれほど大きくありません(処理内容が単にIDを振るだけなので)。これが、例えばYouTubeのような大容量のデータを扱うサービスならば話は別ですが。

一方で単位時間あたりの処理数はCPUやストレージやネットワークからのデータの入出力(IO)の性能に依存します。みなさんもご経験があると思いますが、インターネットで何かのチケットの売出しや予約の開始時などは応答が遅くなるのを見たことがありませんか?バズってるブログ記事は開くのが遅くなりませんか?災害発生時にそれを速報で報じるサイトは表示が遅くなりませんか?オンラインゲームでイベントをやってる時はログインに時間がかかったりしませんか?今回のマイナンバー関連のシステムの応答速度の遅延も同様です。

そういったピークの利用状態でも遅滞なく処理可能な計算資源(CPUの性能)、IO幅(ストレージやネットワークの速度)の見積もりはかなり難しいです。

さらに悩ましいことにストレージに比べてこれらは増強するのが技術的に難しい(CPU性能やIO幅は青天井では伸びていかない。現在のハードウェアベンダーが販売している商品の最高性能が天井になる。一方でストレージは単に増やせば良い。なお、計算資源もネットワークも分散処理すれば青天井で増えるだろうという意見に対する反論は後述します)ですし、金銭的なコストもストレージに比べると大きいです。

そういう背景があって、IT系システムの処理能力は最終的な処理可能数ではなくて単位時間あたりの処理可能数で比較するのが普通です。しかし、蓮舫議員や国税庁の田島次長は処理件数の最大値を語っています(厳密に言えば1年あたりの処理数という解釈は可能だが)。これは技術的にはシステムの処理能力を表す数字として使用することは不適切です。

正確性を犠牲にしてわかりやすく言えば、e-taxも申請期間がたとえば1週間とか数日しかないとかいう状態だったら数百万件単位のオーダーで落ちる可能性は低くないでしょうし、マイナンバーの申請も「現金がもらえるぞ!今すぐ応募しろ!」みたいな感じで始まった定額給付金制度というイベントが無かったら、1年間で2000万件でも1億件でも処理できていたはずです。

ピーク性能を伸ばすためには分散処理しなければならないが分散処理はそんなに簡単じゃない

おそらく蓮舫議員の発言に「ピーク性能はクラウドインフラで確保しろ」的な意味が含まれているだろうという予測は前述しましたが、そのためには基本的には分散処理が必要になります。

分散処理とは何か?簡単に言うと、スーパーのレジは1つだけじゃなくて複数個ありますね?あれと同じです。「購入する商品を会計する」という処理を同時に複数平行でしょりする、簡単に言うとそれが分散処理です。

クラウドを利用して柔軟にサーバを「増やす」には当然分散処理ができている必要がありますね?サーバを増やすということは3つのレジを5つに増やすということです。ちなみに一つの研修中のバイトが担当しているレジを熟練のパートのおばちゃんにリプレースするという方法もありますが、その方向で性能を伸ばすのは難しいです。なぜならば、おばちゃんも人間である以上、人間としての限界が存在します。前述したとおりコンピュータもそれは同じで、現時点で最も高性能なハードウェア以上に性能を伸ばすことは不可能なのです。だから数を増やす(分散処理する)しか方法がありません。

しかしながら分散処理とは言うほど簡単ではないのです。私は大学院時代は分散処理やP2Pネットワークを研究し、仕事では合計1000個以上のVMインスタンスを束ねて分散処理をさせたこともあります。常日頃から分散処理を行うアプリケーションの開発をしています。しかしこれが行うに易しとは決して言えません。

何が難しいか簡単に説明すると、状態の整合性を取るのがすごく難しいんですね。例えばECサイトで商品を注文するというのを考えて頂きたいのですが、限定商品の在庫が残り1個しか無い状態で、それを2人のユーザーが同時に購入したらどうするか?という話なわけです。当然ですが1つは処理して一つは棄却しなければなりません。商品データベースの在庫個数はいかなる場合も実際の在庫個数と一致していなければ業務が回りません。そういう整合性をどのように担保するか、とまあこういうわけですね。

定額給付金で例えるならば、システムが受け付ける正常な申請はたった一つのみ許容しなければならない(2件同じ申請が来て2回給付金を振り込んではいけない)わけです。

しかしながら困ったことに、データの整合性をしっかり取る方向で調整すると分散処理することは難しくなりますし、分散処理することを優先するとデータの整合性をしっかりと取ることは難しくなります。雑に説明すると、一人の人が飲み会の会費を集金して全員から徴収したかを確認することはそこまで難しくないですが、5人や6人が別々に徴収するという状況で「今、どのくらい集まった?」「全員からもれなく集めた?」と聞かれて咄嗟に答えることは難しいですね?そんな感じのことがコンピュータの分散処理でも発生しているわけです。

これはやや大げさに言えば現段階での科学がまだ解決できていない領域です。ググラビリティのためにキーワードを書いておくとACID特性、CAP定理とかいう単語で探していただくと雰囲気は理解していただけると思います。興味のある人はそのあたりで検索してみて下さい。

ただ、分散処理がそこまで難しくないような分野もあることはあります。高市総務大臣が言っていた「電子証明書の更新」「RAサーバー」「CAサーバー」という話から類推すると、今回の定額給付金のオンライン申請でボトルネックになった箇所がそれに該当するかもしれない…とは思いました。実際、サーバの台数を増やして処理能力を増強していますからね。それらが正確に何を示しているかは想像するしか無いので間違ってるかも知れませんが。

分散処理とクラウドと官公庁向けシステム開発の両方に対応できる人材がどれだけいるか

分散処理は難しいです。クラウドも同じように難しく、IT系のエンジニアだったら誰でもクラウドサービスを使用できるというわけではありません。ベンダーごとに認定資格が用意されていることからも分かるとおり、クラウドサービスとはかなりベンダー依存の部分が大きく、各社が提供するクラウドサービスごとに専門知識が必要と言っても過言ではないです。

加えて官公庁向けシステムも特殊です。というか、そもそもシステム開発自体、そのシステムが対象とする領域の専門知識が無いと開発は難しいのです。プログラミングの知識があるからといって物流システムもECシステムもオンラインチケット販売システムもなんでも作れるわけではないのです。プログラマとは現実の問題をコンピュータに解かせるために数学の問題に翻訳してあげる人たちのことを指すので、そもそも「現実の問題」を理解している人が必要です。その役割を担うのはコンサルタントだったりその業務のスペシャリストだったりします。

で、それらの業務を出来る人(会社)が一国にどれだけあるかということですね。NTTや富士通や日立の系列会社が何度も官公庁のシステムを受注したりするのは外部の人から見れば単純な癒着のように見えたりもするのかもしれませんが、その背景にはそれらのスキルセットを兼ね揃えている会社がそもそも少ないという不可避な理由もあるわけです。

それに加えてクラウドとというまた専門的な技術を必要とする領域に簡単に踏み出せるというわけでもないと思います。問題はクラウドを使用するか否かという意思決定だけの話ではないです。

クラウド化は銀の弾丸ではない

以上述べてきたとおり、「時代はクラウド」と言われて「よっしゃ俺も明日からクラウドや!!!」と一念発起すれば一瞬で解決するようなものではないのです。

IT業界ではそういうものを例えて「銀の弾丸はない」とよく言います。ようするに狼男や悪魔などを撃退できる絶対的で超絶的に高い効果を発揮する単一のソリューションというのは存在しないという意味ですね。この話の初出は1986年の論文で、その後「デスマーチ」「人月の神話」という書籍でまとめられて来ましたが、そんな34年も前に指摘されていることを何度もIT業界では繰り返しています。

なぜそんなことが起きてしまうのか?は省略します。でも偉い人(国会議員もそうかも)の鶴の一声であるソリューションが銀の弾丸だということになってしまうということは少なからずあると思います。

なお、「銀の弾丸」と対比させて「金(カネ)の実弾」という言葉を冗談交じりに使う人も居ます。IT業界では金で殴って解決するのが効果的なシーンがよくあります。ピーク時の性能を確保するために普段からするとコストパフォーマンスの悪い方法で対処するという方法が常に悪かというとそういうわけでもないとは個人的には思います。

民間企業で国民の個人データを持つのが良いのか

なんぼクラウドと言えど物理的なサーバは存在するわけで、そこには恐らく国民の個人情報が入るわけで、それを民間の手に委ねて良いのか?というのはちょっと疑問です。この分野でどのようなソリューションが適しているのかは私も詳しく知らないので語れませんが、まあ簡単な解決方法はおそらく無いとは思います。

国内のクラウドベンダーで対応できるところがいくつあるか

日本国内(というか世界含めても?)のパブリッククラウドで言えば、もうAmazon、Google、Microsoftの3社でシェアの殆どを覆い尽くしてしまうのではないでしょうか。これらの会社が選ばれるには理由があります。ITエンジニアの都合を言わせてもらうとめちゃくちゃに便利なんです。さらに、これらのサービスを使うための情報も公式のドキュメント等々含めインターネット上に大量に存在します。大量に存在するので扱える技術者も確保しやすいです(それでも市場の需要を満足する数居るとは思えませんが)。さらにさらに、少なくとも3社のメジャーなベンダーが居るおかげで不当と思うほどの利用料金にはなってないのです。

従って、この3社のいずれかを第一選択肢に持ってこない理由は申し訳ないですが私には思い浮かびません。

国内のクラウドベンダーも何社かあります。個人的にお気に入りはさくらインターネットさんで、このブログもさくらインターネットのクラウドシステム上で動作しています。ただ、業務で必要とされる機能がさくらインターネットで揃うかと言うと個人的には難しいと思います。やってやれないことは無いでしょうが、Amazon、Google、Microsoftのサービスを使用することで解決できることなのでそうすりゃいいじゃんと思ってしまいます。実際、日本政府のシステムの一部はAmazon AWSサービス上に同じく外資のアクセンチュアによって構築されることが決まりました

ただ、政治的には税金を投入するならば日本国内企業にという思いは当然あるはずでしょうから、多少の利便性や非効率なコストをかけてでも国内ベンダーに金を落とすべきという判断はあってしかるべきですし、そこで税金の有効活用と国内企業の育成という両天秤をどのように決めるかというのはまぁよく分かりませんが難しいところなんでしょうね。知らんけど。

とは言えITのためのインフラを国家戦略としてどのように確保していくかという議論は重要

個人的には、ITとはもはやエネルギーのようなものになりつつあるような気がします。

政治,経済,社会情勢の変化に過度に左右されずに,国民生活に支障を与えない量を適正な価格で安定的に供給できるように,エネルギーを確保すること
電力土木技術協会

をエネルギーセキュリティと呼びます。国家戦略ではエネルギーセキュリティが大事なのは当然です。電気や石油、つまりエネルギーが無ければ人は死ぬという経験を私達は何度も重ねてきましたね。

同様に、今後は政治、経済、社会情勢によらないIT技術やITインフラが国家の存亡に関わってくるんじゃないかと思っています。まあそれは言い過ぎにしても今の時代、ITが重要ではないと言うひとは少ないでしょう。であれば国家として、今後のIT基盤をどのようにして構築していくか、国内のIT産業をどのように守ったり成長させたりするかというのは当然考えられて然るべき議論だとは言えます。

その延長線には恐らくクラウドがありますし、そこから逃げることはできないんじゃないかという考えが漠然とあります。たとえプライベートクラウドを政府が構築するという結論になったとしても、そこには既存の商用のパブリッククラウドの技術とほぼ同じものが必要とされるはずです。

政治家の仕事というのはよく分かりませんが、まあ多少不正確なところには目をつぶってクラウドというキーワードが国会に出てきたということが重要なんだと言われればそうなんかなぁという気もしないでもないです。

以上、雑な感想でした。