【質問#179】入籍後、結婚式を控えての妊娠

質問・悩み相談の回答です。

質問

結婚披露宴をしてから入籍・同居という流れが一般的だった一昔前と違い、最近では入籍・同居を先に済ませ、しばらくしてから結婚披露宴というパターンが主流になっていると感じます。

そして、この入籍・同居から結婚披露宴までの期間に妊娠が判明し、披露宴の時点で妊娠中というカップルが私の周りでは増えています。

幸い、つわりが落ち着いて体調が比較的安定し、かつまだお腹は目立たないのでドレスも綺麗に着れるという花嫁さんが多く、そういった場合は二重におめでたくてよかったねという祝福ムードに包まれます。

しかし、それはあくまでも結果論であり、つわりがずっと続いて体調不良をおしての式となったり、切迫流産で式をキャンセルせざるをえなかったり、最悪赤ちゃんが流れてしまって披露宴どころではなくなるといったことも考えられると思います。

私自身、入籍・同居した後に披露宴を行いましたが、上記のような事態になることと、それに伴い披露宴にわざわざ出席してくださる方に迷惑がかかることを恐れ、披露宴までの期間は妊娠しないよう気を付けていました。それが当然だと思っていましたし、正直に言うと披露宴前に妊娠する人のことを計画性がなくてだらしないと思っていました。

そして、結婚からしばらく経ちますが未だに子宝に恵まれていません。

最近、近しい親族が披露宴を控えて妊娠判明しました。自身の不妊による僻み妬みも大いにあると自覚していますが、複雑な心境です。色々な方をご招待しているからには責任を持って遂行しなければとピルまで服用していた自分、そして未だに子どもを授かれないでいる自分が酷く惨めに思えます。

大人なので自分の気持ちには自分で折り合いをつけるしかありません。ただ、これだけ披露宴前の妊娠が周りに多いということは、自分が思うほど非常識なことでもないのかな?とふと思い、第三者の意見を聞いてみたくなりました。

withpopさんは、披露宴を控えての妊娠についてどう思われますか?

回答

まずご質問の内容についてピンポイントで答えますと、

披露宴を控えての妊娠についてどう思われますか?

私はそこまで非常識とは思わないです。

もちろん、披露宴をするならばそれが終わるまで妊娠しない方がいいとは言えるでしょう。その理由としては質問者様も挙げられているとおり、

  • 披露宴が中止になり、準備していた出席者に迷惑がかかる可能性がある
  • 披露宴が中止になることによって金銭的な損害を被る可能性がある(キャンセル料等)
  • 妊婦・胎児に負担がかかる(結婚披露宴そのものが大きいイベントで精神的・身体的ストレスが大きい)
  • たとえ妊娠して披露宴も行ったとしても、妊婦・胎児に負担がかかるのは変わらない
  • 世間体の問題(デキ婚ではないか?という詮索)

などなどが上げられます。質問者様も指摘しておられますが、特に妊婦・胎児の身体的な健康にかかわることであればこれは重要視すべきでしょう。一方で、以上のデメリットと対比して入籍~披露宴の間に妊娠することで得られるメリットは割に合うほど大きくはないと 個人的には 思うので妊娠は避けた方がいい気がします。

入籍~披露宴の間に妊娠することで得られるメリットは大して大きくはなく、反面デメリットはそれなりに大きいのですから私もどちらかというと 「披露宴をすると決めたのに妊娠してるのは計画性が無くてだらしないかな」 という印象は持ちます。

要するにこの問題は飲酒運転と似ていて、「車を運転する予定があるなら飲むな」「車で出かける用事があるならそれを済ませてから酒を飲め」で済む話だと思うからです。もちろん、そうでない事情があった場合(ちょっと思いつきませんが)があるなら別ですが。

そこまで書いといても、なお非常識とまでは言えないと個人的には思います。その理由は、なんだかんだで披露宴の主役は新郎新婦であるので、たとえ妊娠により披露宴中止になったとしても怒る人はほとんど居ないと思うからです。詮索する人は居るでしょうが、どちらかというと他人夫婦の妊娠その他というプライベートな事情を詮索する方が良くないとも思います。だからそういう人たちは常に放っておけばいいでしょう。

そして私の経験上でも妊婦でドレスを着て披露宴をした人もそこまで珍しいことでもなかったです。だから非常識というほどまでの印象は持たないです。

ただ、以上は何度も強調しますが私個人の感想です。私個人としては披露宴は新郎新婦が主役であとはオマケと思ってますし、だからこそ本人たちが幸せならそれでOKですという感じなんですけど、世の中には披露宴とは家と家との間で執り行う一種の儀式であって新郎新婦のほうがむしろオマケという文化圏のところもあるでしょう。これもやや古いとは言えるかもしれませんが、よくある考え方です。

すると、逆に家同士の儀式であるからこそオマケが妊娠して儀式を台無しにするのは非常識だという考え方にも通ずることになるかと思います(質問者様がそうだろうというわけではなくて、一般的にそういう考え方をする人は間違いなくいるだろうという意味です)。

おそらくこういう話題をSNS等に投稿したら議論になるでしょう。なると思いませんか?わたしは絶対になるとおもいます。特に発言小町とか。で、議論になるということは両方の考え方をする人がそれぞれ一定数居るということです。であれば少なくとも一方の意見が常識とは言えないわけで、であるならば反対に入籍~披露宴の間に妊娠することは「非」常識とは言えないと思います。

よって、個人的な意見としては非常識な意見とは言えない。一般的なことを考えても非常識とまでは言えない。が私の結論です。

以降は私の感想的なものです。

3つ、思うことがあります。

1つ目は、

責任を持って遂行しなければとピルまで服用していた自分、そして未だに子どもを授かれないでいる自分が酷く惨めに思えます。

ここです。どうかそのようにお考えにはならないでください。入籍~結婚の間に出席者のみんなに迷惑をかけまいと行動した結果、無事に披露宴が執り行われ、ご両家の家族も良い結婚式だときっと思ったことでしょう。ご友人の方々も同じく思ったことでしょう。たくさんの笑顔があったはずで、それが生まれた背景には計画的な行動(避妊していたことに限らず、そのほかにもきっちりと段取りしていたことと思います)を心掛けていたから成功裏に終わったわけです。

そして、その時の努力と現在子どもを授かれないという状況には因果関係はありません。全く別の独立した事象です。少なくともご質問の内容を見る限り、質問者様には何の落ち度もなく、正しい行動を選択してきたはずです。

もちろん、以上は質問者様も理解しておられると思いますが、重要なことだと思うので改めて書きました。

2つ目は、この問題は人生の中で形を変えてよく登場するやり場のない怒り、つらみ、妬みの一つにも関連しているということです。

分かりやすいほかの例としては、「私は仕事が忙しくなる中堅役職の時に妊娠を我慢したけど、空気を読まず妊娠する人は許せない、非常識だ」みたいなものでしょうか(以前、それに対して非常識ではないとどこかで書いたらめちゃくちゃ叩かれました)。あとは、新入社員ですぐに妊娠して産休に入るのは非常識極まりない、とかですね。

妊娠以外にも、「俺は忙しい時に病気にかかっても仕事をやり遂げたけど、後輩は仕事を放り出して有休をとっている。許せないやつだ」みたいなやつです。あとは、「私は奨学金を借りて高校大学を出て会社に入って奨学金をチマチマ返してきたのに、同期で入ってきたあいつは実家が太くてプラプラと適当な大学に行って俺と同じ給料をもらっている。許せん」みたいな感じですかね。

いずれの場合も何が常識・非常識か、どうあるべきかはひとまず置いておきますが、人は他人を妬むようにできている、隣の芝は青いと思うようにできている、とは言えると思います。個人的には、そのような心理反応をすることで競争意識を芽生えさせて個体として、ひいては種としてより優れた状態に身をおこうとする本能の一部なのではないかと思っています。

なのでこれはどこまで行っても尽きることがありません。常に人間は他人と比べて何かを羨んだり妬んだりするように遺伝子にプログラミングされているんだと思います。

どこまで行っても尽きることが無いならばこの呪縛から逃れるには考え方を変えるしかありません。人間は社会性や理性を身に着けて本能を抑え込んできたのですから、同じように羨望や嫉妬という感情をうまく隠したり、なにか別のものに昇華させたりして解消するのが唯一自分が幸せになる道と思います。そして必要に応じ、我慢して抑圧するだけでなく、自分の精神健康を維持するために他人に迷惑をかけて自分の好きなようにふるまうことも必要だとも思います。

大人なので自分の気持ちには自分で折り合いをつけるしかありません

と書かれていますので、上記に書いたような事柄も私が書くまでもないと思いますが、これも大事だと思うので書きました。

3つめは、これは私の単なる危惧かもしれませんが、もっぱら私の想像の基づいて考えてみます(全然違ってたらごめんなさい)。

シングルイシューに落とし込んで考えないようにした方がいいと思います。

私もどちらかというと質問者様と似たような考え方を持っていて、他人に迷惑はかけず、自分が我慢してでも常識的な行動を心掛ける、自分のことよりは家族や世間のことを優先させるみたいな、ある種、自己犠牲的な精神を持っているところがあります。

そして、何か身の回りで問題が一つ発生すると、それが気になって仕方なく、どうしても解決したい、そして解決できないのは自分の過去に何か過ちがあったからではという発想にとらわれてしまいがちです。こういう状態に陥るとどんどん気持ちが落ち込んでいき、結果、健康で文化的な生活は難しくなってきます。

そういう時、私は一度その問題について考えるのを止めるように努めます。ゲーム、ジョギング、写真を撮る、寝る、映画を見る、小説を読む、文章を書くなどします。一種の現実逃避です。

考えるのを止めると当然ですが気持ちは楽になります。そして現実逃避は第三者の視点から自分の問題を眺めるきっかけを与えてくれます。そうすることで、問題を解決するきっかけを与えてくれたり、または問題が解決できなくても気長に付き合っていこうというエネルギーを得ることが出来たりもします。

だからそうしてみては?とまでは言わないですが、単に私はそうしているというだけです。

以上、単なるおせっかいですが、どうも自分を見ているような気持ちにもなり書いてしまいました。