クソまずラーメンの思い出

私は酒が好きなのだが、たまにどんな酒が好きですか、と特定の銘柄を指して聞かれると困る。わからないのである。

飲んでる最中にどの銘柄の酒を飲んだのかとか覚えてない。覚えてないから次に飲むときにもメニューを見て全部初見の気持ちになる。

自分で酒をボトルで買って自宅で飲めばボトルがいつも家にあるから流石に忘れることはない。でも私が自宅で飲む酒はワイン、ボンベイサファイア、発泡酒、2000円以下の適当なウイスキーのいずれかだ。ワインとウイスキーは飲んでる最中は何を飲んでるか覚えてるが、飲んでボトルを捨てたらもう忘れてるので、結果的に絶対に忘れない酒はボンベイサファイアのみとなる。忘れてるというか端から覚えている気がしない。

もしかしたら私は酒があんまり好きじゃないのかも知れない。酔いたいだけで酒そのものに興味が無いからかも。ワインを解説してるサイトとか見ると、もう最初の3段落くらいでうんざりしてきて見るのをやめてしまう。シャルドネとかメルローとかいうのはワインの生産者が気にしてれば良いことであって、我々消費者はそれがうまいのか、まずいのかだけ気にしていればいいとさえ思うから。

料理に関してもそう。うまい料理を食べたいと思うし、過去、旨い料理を何度も食べてきたが、それがどううまいか、と問われると説明できない。うまいとしか言えない。肉がうまい。馬刺しがうまい。山菜がうまい。春巻きがうまい。岩牡蠣がうまい。一緒に出てきたワインがうまい。日本酒がうまい。以上。それだけ。

だから私が料理や酒に関して表現する言葉は、「まずい」「普通」「うまい」「超絶うまい」の4種類くらいしかない。そして、「まずい」「超絶うまい」の2つは滅多にない。正規分布で言えば±4σって感じなので、実質的には「普通」か「うまい」かどちらかとなる。

なので私が料理や酒を選ぶときの基準は単純だ。「普通」のものならば、吉野家だのすき家だので食えば良い。酒だったら発泡酒を飲めば良い。「うまい」ならばGoogle Mapでちゃんと評価を調べてからその店に行けば大体間違いない。酒だったらその酒の種類の価格帯の中で平均以上くらいのものを買えば大体うまい。

逆に地雷、つまり「まずい」を避けるならば、極端に安いものを避けておけば大体間違いない。ワインならば200円くらいでスーパーなどで売られているやつ。以前、キャンプの時に料理酒として使おうと思って嫁さんが買ったものが余ったので飲んでみたらこの世の終わりと思えるほどにまずかった。「どうせぶどうジュースに焼酎を混ぜたような味なんだろうな」と思ったが、実物はぶどう風味のガムに消毒液と灰を混ぜたような味で、とてもこれを買って飲む人がいるとは思えなかった。

しかし、例えばチリワインとかだと500円くらいからまずくないワインが普通に手に入るのであって、その数百円をケチらなければ「まずい」は避けられるんだよね。肉とかも同じで、単価が異様に安い肉は臭くてまずい。どう調理しても臭みが消えず、食ってるときも臭い。肉質もボソボソしてて旨味がない。まずい。ケチらず多少高い肉を買えばうまい。

というわけで大体の食物は値段に比例してうまくなっていくのである。そして、常日頃から贅沢してうまいものを食うわけにはいかないからメリハリが必要になり、そこで「普通」「うまい」が分離し、最低限の区別はそこで完結する。そしてそれぞれの食品に関して、どの程度の価格帯であれば「普通」「うまい」になるのかを学習している。と、そういうふうな思考回路になってる。私は。

で、ですね。

基本的に私は外食でまずい飯って無いと思うんですよ。

まず、外食でメシを作ってる人は当然それで自分でもメシを食ってるのだからすなわちプロであって、専業でやってるプロがまずい飯を作るわけがないというのがひとつ。もう一つは万が一、何かの間違いで絶望的に料理が下手な料理人がいて、まずい料理を出してしまうメシ屋があったとしても、それは正しい競争原理によって自然淘汰されるのが当たり前だからである。この原理があるからこそ、ド田舎にぽつんとある定食屋みたいなところでも、都市部で突然出てくる大丈夫なのこれ?って不安を覚えるほどにボロい店でも、まずい料理は出てこないんですよ。

でも人生で一度だけ、自信を持ってまずい!!!と断言できるラーメン屋があった。

私が21歳かそこらのときだった。嫁さん(まだ結婚してない)と秋田市に行ったときに入ったラーメン屋。特に理由もなく、腹が減ったし通りがかった道にラーメン屋があったから入ってみよう、という話になったと記憶している。ちなみに秋田市だとラーメンではないが中華風のちゃんぽんが食べれるチャイナタウンという店があって、そこが結構好きなのだけど、当時は駐車場がめちゃくちゃ駐車しにくい位置にあるし、大体混んでるのであんまり行くモチベーションが沸かなかった。

で、そのらーめん屋は鶏ガラスープを売りにしてるラーメン屋であった。店舗に入ると黒いTシャツを着てタオルを頭に巻いたいかにもな兄ちゃんが3~4人ほどおり、威勢よく「らーしゃいやせー!!!」みたいなことを叫んでおった。客は居なかった。自分たちだけで、あとから作業着を着たおっさんが一人入ってきただけだった。入ったのは確か3時近かったので、昼時じゃないしな、とはおもったものの兄ちゃんの元気の良さと対比されて客が居ないことが際立ってすこし寂しいようにも感じた。

メニューは基本的に「鶏ガララーメン」の一種類だけだった。そこに、トッピングと麺の量くらいのバリエーションがあるだけだったと記憶している。

嫁さんと「一種類だけってすごいな」「自信があるんだろうな」という話をした。というわけで鶏ガララーメンの最もベーシックな、普通の麺量とトッピングなしのものを注文して楽しみに出てくるのを待った。

出てきたラーメンはスープが黒かった。これは予想外で、一体どんな味がするんだろう!?とワクワクした。ワクワクしながら箸を取り、一口を食べた。

うまいとかまずいとかいう代物ではなかった。

まず味がほぼ無い。かろうじて何かのダシが出ている気配は感じるが、それは少なくともスープが色付きの白湯ではないと判別できるという程度のものだった。しかも、鶏ガラの味ではない。しかもダシとは便宜上書いたものの、特に旨味その他の好意的な評価につながる成分は少なくとも私の舌では何らも検知できず、なんか、すごく古くなった乾燥シイタケを戻した汁みたいな味だった。よくわからない古くなったキノコを煮込んで6番煮出しくらいの鶏ガラで改めてダシを取ったらこういう味になるのかもしれない、という感じだった。

はっきり言ってなにかの間違いだと思った。自分のラーメンだけ、例えばスープだけ入ってタレが入ってないのでは、と嫁さんのも少し食べさせてもらったが、嫁さんのも激マズだった。二人で「まずいね…」と顔を暗くしながら食った。辛い体験だった。私は外食ではご飯を残さないようにしようと決めている。それは失礼だから。だから、戦時中はもっとひどい雑炊を食って戦ってた国民生活のあとで、現代の生活があるんだ…ということを考えながら食った。ますます不味くなった。

あの後で入ってきた作業着のおっさんはどうなんだろう、と思って見てみたが、淡々と食ってるだけだった。まぁそりゃそうだよな。マズっ!っては独り言でも言えないよな。まずいから仕方なしに淡々と食ってんだよな。だって、この味がうまいと思う人なんか居ないと思うもの。

いやでも、作ってる人は商売でやってるんだからまずい料理を出すわけが無いんだよな。ということは自分ではうまいと思ってこれを作ったんだよな。ということは根本的に舌と味覚を処理する神経回路が常人とは異なっているんだろうな。それはひとつの異常、だよな。異常というのは字の通り、常とは異なっているというだけで、それが悪いとか劣ってるとかいうわけではないんだけど。一つのアノーマリーって感じだよな。世の中に広く均質的に存在する人の味覚のなかで一つのアノーマリーがあって、その持ち主はそのあたりの少なくともまずくはない料理を出すメシ屋もまずいと感じているのだろう。だから、自分が自分の味覚をベースに料理屋を出せば売れるはずだ、と思ってしまうのかも知れない。

通常、それは競争原理に従ってすぐに淘汰されてしまうんだけど、まったくの偶然によってそれを観測できる機会があるのだとおもう。アノーマリーな味覚によって生み出されたアノーマリーなラーメン屋。現実のバグ。市場原理によって淘汰されることになる脆弱性。それがあの鶏ガララーメンだったのかな、と。そう考えるとなんだか恐ろしいような、興味深いような、そんな気持ちになる。

以上が私が真にまずいと思った外食であった。

あと、まずいも極限まで行くとこのように思い出となるのだが、中途半端にまずい、というかおいしくない、普通なメシを食うと満足できなかった中途半端な記憶だけが残ってしまって不快な場合もある。

補足までに最近感じた例を二つ、忘れないうちに列挙しておく。

一つは近所のカレー屋。このあたりでは凄く人気でいつも混んでおり、中々入れない店舗。嫁さんが前に食ったらうまかったということで、いつだったか行ってみたことがあった。その時は平日にも関わらず駐車場は満杯、店員に聞くと40分待ちということであった。「待合室も無いのでそのへんで休んでてください」みたいなことを言われた。うーん…。なんか嫌な予感がした。「スタッフが今全然いなくておまたせしてます、すみませんね」とか言ってた。

40分程度、適当にドライブして戻り、更に10分ほど待たされて店内に入った。店内で更に10分ほど待たされ、席に通されたのはほぼ1時間後だった。私は待つのが大嫌いなので、これでうまいカレーが出てこなかったらマジで、お前、マジで、あれだぞ。頼むぞ、マジで。と思っていた。

メニューを見るといかにも意識高いみたいな感じのカレーが並んでおり、野菜の何とかとか、スープカリーがどうとか能書きが並んでいた。私は贅沢野菜の何とかカレーとかいうのを選んだ。値段も高めで1000円は普通に超えるメニューばかりだった。お前頼むぞ、と再度思った。

注文してから出てくるまではそんなに時間がかからなかった。食った。うまくなかった。普通だった。限りなく不味いに近い普通、だった。家で作ったカレーとかココイチとかのほうが個人的には明らかにうまかった。

意識高そうなスープと五穀米的なご飯が出てきているが、スープは味が薄く、かと言ってダシが効いているとかそういうものでもなかった。そしてスープとして食うならまだしも、カレー「ライス」として食うには絶望的に味がアンマッチだし、スープの粘度が低すぎて米に全然絡まず、カレー風味のスパイスを溶かした何かとまぜた風のご飯を食ってる、といった印象であった。嫁さんに聞くと「以前より味が落ちた。以前はもっとうまかった」と言われた。

店舗の中の雰囲気は良かった。が、それだけだった。嫁さんからは何かゴメンね、と言われた。いや、あの店が微妙なのが悪いと思う、と伝えた。

各種レビューサイトで見ると評価は高く、実際に食いに行ったときも常連と思しき客が店員と談笑しているところなどを見たりした。ぶっちゃけ、奴らは店舗の中の雰囲気からプラス補正で美味いと感じてるだけで、並ぶほどの価値はないと個人的には思った。これだったら以前町田で食ったインド人のカレー屋の方が6倍はうまかったな、と思う。好みの問題かも知れないけど。ともかく、やはりレビューサイトや周囲の評価は当てにならないと思った。(絶対的な料理の旨さは定義しようがない、ということ)

もう一つはいきなりステーキだ。私はこないだ初めていきなりステーキに食いに行った。良くも悪くも話題になる店なので、とりあえず食いに行ったのだった。おすすめと書いてある、300gで2500円くらいの、少なくとも安くはない肉をたのみ、店員が「レアがおすすめ」と言うのでレアで焼いてもらった。ソースをかけて食った。

微妙だった。なんか…。おいしくない…。

肉に全然下味がついてないし、肉自体もあんまり美味しくない。スーパーで買った1000円くらいのステーキ肉の方が正直うまい気がする…。もしかして自分の食い方がおかしいのだろうか?と渡されたソースを更に垂らしたりテーブル上にある調味料などを少しずつ垂らして工夫してみたが、最後まであんまりうまくなかった。

すごいヘビーユーザーは月に何十キロと食べてるみたいなことをテレビで見たし、値段も安くはないのでそれなりにうまいのだろうな、と思ったが個人的にはぜんぜんうまくなかった。サラダもなんか微妙で、ドレッシングがなんかうまくない。とりあえず付け合せの野菜を食ってる、という以上の感情が湧き上がってこない。家でパックのサラダに叙々苑のドレッシングをかけて食う満足度を10とすると5か4くらいだ。まずくはないが、2000円超を支払ってまた食いたくなる料理では確実になかった。

というわけで、なんかオチもないんだけど、以上のような感じです。終わり。