【質問#122】人の目を極度に気にする性格について

質問・悩み相談の回答です。

質問

初めまして。
私は22歳のとある学生です。
私は昔から極度に人の目を気にする性格です。そのため毎日生きづらさを感じており、友人と呼べる友人などもほとんどできたことがありません。
今後ずっとこのような状態でいればいずれおかしくなってしまう気がしますので、せめてこの性格を直してストレスなく生きられるようになりたいと考えています。

具体的に生きづらさを感じるケースが何点かあるので箇条書きで失礼いたします。
・電車内でスマートフォンを操作するとき、周りから内容を見られないかどうか不安になる
・多数の知り合いがいる場所でレポートやプレゼンのパワポを作成しているとき、画面を見られるのが怖い
・「やる気がない」と思われるのが嫌でアルバイトの出勤を増やしたり、用もなくサークルや研究室に行きただ時間を無駄にしてしまう
・家で見ているようなサイトを多数の知り合いがいる場所で見ることができない(内容が特別変であるわけでもなく)
・家でネットサーフィンをしているときでも家族に見られてもいいサイト、見られたくないサイトを分けてしまう。
・会話内で趣味や休日の過ごし方の話になったとき、全て嘘をついてしまう
・スポーツ、料理など新たにやってみたいことは多いが、家族や知り合いに「何か珍しいことやってる」と言われそうで怖い
・何かするときは決まってコソコソしながらする

個人的に今の性格になってしまった原因として心当たりが2つあります。
・中高大と、ずっと流行の話題に乗れなかったこと
私は中学からずっとジャグリングをやっていて、ネット上でのコミュニティに入り浸っていました。そのため学校で主な話題となるゲーム、音楽、芸能などのほとんどの話には入れませんでした(同じゲームを買ってみたり音楽を聴いてみたりするなどの努力はしました)。
私の好きなジャグリングは内容そのものも地味であるためバカにされることもありましたし、そこまで腕も高くないのでネット上で名を挙げて自信を付けることもできませんでした。
話が逸れましたが話題に乗れず、自分の趣味そのものも受け入れられることが少なかったのが原因の1つではないかと考えています。

・猛烈に叩かれたトラウマ
2~3年前のことなのですが、某匿名掲示板を利用していて思い出したくないくらい叩かれた経験があります。
初めは自分が人に言えない本音を吐き出す場所として使っていて、初めは楽しんで利用できていました。しかし、ある時自分一人が議論ですらない誹謗中傷を浴びせられ続けることがあって、それ以降今まで以上に本音で話すことが怖くなりました。

また、以上の件についてカウンセリングを受けたこともあるのですが「空気が読めるのはあなたの長所だから気にすることはない」という的外れな回答を受けました。
私の場合は空気を読みすぎ(?)て人間関係どころか自分の行動にすら実害が出ているので、なんとかして自分の素の姿をさらけ出した上で円滑な人間関係を築いたり、
周囲を気にせず自分の軸で色々なことに挑戦していけるようになりたいと思っています。

自分でも伝えたいことがうまく伝わっている自信がありませんが、なにかご意見を頂けますと幸いです。

回答

正直、回答を書くのが難しい質問です。それは質問者の方が解決したいと思っている問題の本質的な難しさによると思います。

心理学や精神疾患等々の本を読みかじった知識なのであまり信用しないでほしいのですが、質問者の方が言っているエピソードのいくつかは対人恐怖症、視線恐怖症と呼ばれている症状によく似ているような印象を受けます。ネット上で見れる良い文章は少ないのですが、下記の林先生のサイトが参考になるかと思います。

Dr 林のこころと脳の相談室 | 対人恐怖症の実例

しつこく書いておきますが、あくまでも印象です。私は医師では無いので診断はできないですし、誤った医療情報は流したくありません。私が精神疾患等々を解説する書籍などを読んだ経験による感想レベルです。

質問者の方が挙げておられるエピソードや、それに対する精神的な反応は程度の差こそあれ多くの人が経験したことのあるレベルであると私は思います。ですから、

「空気が読めるのはあなたの長所だから気にすることはない」という的外れな回答を受けました。

という回答になってしまったのではないでしょうか。しかし、本当は「気にするな」で済むレベルではなくて

今後ずっとこのような状態でいればいずれおかしくなってしまう気がします

という強いストレスを受けており、実生活上支障が生じているので解決をしたいということですよね。

上記の林先生のページにも書いていることなのですが、普通の人が経験しうる精神反応が治療の必要があるかどうかの境目は、そのことが原因で日常生活が困難であるとか、何か支障があるとかという辺りにあります。もし、何か医療的なケアを必要とするレベルで悩んでいるとしたら、一度病院に行くというのもオプションの一つではあると思います。

もう一つのオプションとしては、これも上記の林先生のサイトから引用しますが、

いずれにせよ、軽い場合は、誰にもあることと思って気にしないことが第一です。対人恐怖の悩みから立ち直った人は、口をそろえて「開き直ったのがよかった」とおっしゃっています。あまり気にしないこと、開き直ること、平凡ですが、そういうことを心がければ、自然に治ることが多いのです。
Dr 林のこころと脳の相談室 | 対人恐怖症の実例

というような、「開き直り」を心がけることが挙げられれます(ちなみに、カウンセラーの方の言はこれを狙った言葉だとも受け取れるような気がします)。

じゃあ具体的にどうするのか…は、人それぞれで適した方法も違うでしょうし、簡潔に答えるのは難しいのですが、私は似たようなことをよく感じ、たまに開き直ることもあるので、参考までにその「開き直り」に近い考え方を思い出して書いてみます。

あくまでも以下は私の考え方であり、質問者の方や他の人が同意できるか、同じことが実行できるかまでは考えて書いていないことに留意下さい。

・電車内でスマートフォンを操作するとき、周りから内容を見られないかどうか不安になる
・多数の知り合いがいる場所でレポートやプレゼンのパワポを作成しているとき、画面を見られるのが怖い

一般論として、これは覗き見する側が悪です。本当に親しい間柄であれば別と思いますが、普通は家族であっても嫌に思うケースは多々あるはずです。

「人に見られたくなければ見えない場所でやれ」と言われるかもしれませんが、常にそのような環境を用意できるわけではないですし、見える場所にあるからといって相手がスマホやパソコンで何をしているかを興味本位で凝視するのは性格が悪いと思います。だって、殆どの人は不快に感じることですからね。

それでも覗き見る人がいたら「不快だからやめろ」と言えばいいのです。覗き見るほうが悪いのだから、堂々と言えばいいです。

以上は開き直りというよりは正常な社会行動だと私はおもうのですが、正しいことを一つずつ積み重ねていくのは「私は正しいことをしている」という心の余裕につながり、結果、開き直りを誘発させやすくなるのではと考えています。

また、「不快だからやめろ」とはっきり言うこと自体が難しいという気持ちも普通であればいくらかは存在するでしょう。ただ、全人類から好かれるように生きるのは不可能なので、嫌なことをする人とは距離をおいて構わないと思えばそのハードルは下がりますし、実際に言わなくても「嫌なことはやめろ」と最終的には言うオプションがあると認識すればそれも心の余裕につながります。

・「やる気がない」と思われるのが嫌でアルバイトの出勤を増やしたり、用もなくサークルや研究室に行きただ時間を無駄にしてしまう

これは、私も同じことを学生の時〜社会人になりたてくらいに思っていた記憶があります。

実際、「あまり顔を見せない人はやる気がない」と思われることはあります。コンビニのようにシフトが厳しい職業であれば特にそのように思われるでしょう。でも、殆どの仕事(あるいは大学の研究活動、サークル)では他人から「あいつは頑張ってるな」と思われる以上のメリットってほぼ無いと思います。

また、他人からよく思われる、という事自体も私にとってはメリットではないです。「お前は毎日出てきているから高い焼肉に連れてってやろう」と月一回偉い人が誘ってくれるんであれば、まぁ頑張って行ってもいいかな、と思いますが普通は「頑張ってよく顔を見せてくれる」だけでそこまでしてくれる人はいないでしょう。それに、逆に「あいつは毎日のように出てきて暇なのかな?他にやること無いのかな?」と思われることだってあると思います。他人が自分をどう思うかは制御できないのですから、必要以上に気を回すのは不毛です。

就職してからは、会社に残って長時間残業している人の中には、だらだらと仕事をして時間を引き伸ばし、残業代を多くもらういわゆる生活残業の人が多かったので、むしろ長時間会社に残る人に嫌気が差すようになりました。もちろん、不当に少数の人の業務量が極端に多くなっているので長時間労働せざるを得ないケースというのもありますが。

もし、長時間労働したり、土日も頻繁に出社しなければ出世できない(給料が上がらない)会社ならば、私はそんな会社では一生は働けない。と思って転職しました。今は頻繁に顔を見せるどころか、1ヶ月以上ほかの社員と顔を合わせることが無いような状態が頻発するような環境で仕事をしています。

これを「辛い環境から逃げて楽をしている、サラリーマンとして向いていない人間だ」と評する人もいると思います。全くそのとおりです。でも、なぜこれが悪だとみなされるのか意味がわかりません。人は誰しも、向き不向きを持っています。私は長時間労働で体力勝負な会社には向いていなかったので、私が向いている別の環境を求めて転職したのは合理的です。また、これは逃げでもないです。「やらなきゃいけないことをやらずに去る、もしくは放っておく」のが逃げです。ある一社にずっと勤め続けることは別に私の目標でも社会的使命でもないです。

・家で見ているようなサイトを多数の知り合いがいる場所で見ることができない(内容が特別変であるわけでもなく)
・家でネットサーフィンをしているときでも家族に見られてもいいサイト、見られたくないサイトを分けてしまう。

この2つもよくわかります。私もよくそう思います。別にアダルトサイトを見ているわけではなく、たとえ普通のブログやニュースを読んでいても見られるのは嫌です。

これは要するにプライバシーの問題で、人は誰しもが程度の差はあれど人に見られたくない部分を持っており、それを自己防衛したり他人のプライバシーを侵さないようにしようというのが普通の考えです。ですから、この事自体を気に病む必要は無いと思います。

・会話内で趣味や休日の過ごし方の話になったとき、全て嘘をついてしまう

「嘘」の内容にもよりますが、答えるのが面倒だったりあまり言いたくない場合は、私も「週末は大体寝てる」とか言ってる気がします。例えばこれが全然スノーボードをしたこと無いのに「ハーフパイプでそれなりに技を決めれる」とかいうレベルだと言っては行けない嘘だと思いますが、それが厳密に嘘ではない、だいたい合ってる程度の内容であれば社会通念上許容されるレベルと思います。

・スポーツ、料理など新たにやってみたいことは多いが、家族や知り合いに「何か珍しいことやってる」と言われそうで怖い
・何かするときは決まってコソコソしながらする

これも怖いとまではいかないですが、「何かまた言われそうだな」と思うことは私もそれなりにあります。ただ、新しい何かにチャレンジすることは良いことですし、珍しいことをやっていると言われても全くその通りで、批判される筋合いは全く無いので気にしないようにしています。

…という感じで、こうして書いてみると私の場合は質問者の方とある程度似た気持ちを持っている気がします。そして私が実生活上、それを苦痛に思って支障が出ていないのは、上記のように「自分の行動は社会的に正しい」と思っているからですね。それに加えて、「すべての人から好かれる(嫌われない)のは不可能で、必ず自分を嫌う人は出てくるのは仕方ない」と思ってることが強いような気がします。

以上、参考になりましたら幸いです。