【質問#115】こどもの名前

質問・悩み相談の回答です。

質問

こんにちは。いつも楽しく拝見しています。今回は質問・相談ではありません。
先日の「【質問#114】こどもの名前」の記事を読み、私もwithpopさんと同じような経験をしたなぁと思いながら今この文章を書いています。まあ感想文というか愚痴ですね。

私のケースでは妻ではなく妻の父母が画数にこだわりがあり画数が指定されました。私はそういうことは全く興味が無く、そんなことで子どもの名前に制約がつくのはばかばかしいと思いつつ、今後の関係を考えて「へー。そうなんですね。」と適当に相づちを打ち、妻には「もう俺は子どもの名前は考えない。何個か候補作ってそこから選ばせてくれ。」とお願いしました。
第一子は義父母言う最高の画数で妻が数個考えて私が選びましたが、第二子は最高ではないものの良い画数といわれているの名前を夫婦で決め、出生届もそれで記入したのですが、最高でないと駄目だという義父母の意見に妻が屈し結局別な名前になりました。そんなわけで手元に残っている出生届のコピーは訂正印で本来付けるはずだった名前が消されています。「二番じゃダメなんですか?」と某政治家のように言いたい気持ちはありましたが、もう私はどうでも良くなりました。
そんなわけで第二子には本来付けるはずだった名前があるのですが、この一連の義父母による名前への介入は私は一生忘れませんね。第二子には「おまえは本当は○○という名前になるはずだった…。」と伝える日は来ないと思いますが、義父母が亡くなったときは「生まれ変わって孫ができても、決して孫の命名に口出ししないようにしてください。」と心からお願いし合掌するつもりです。
名前の件で私も名前の付け方の本を数冊眺めてみたのですが、考え方(宗派?)によって縁起の良い画数というのが全然異なりました。それこそが画数には意味が無いことの証左であると思います。科学的根拠のないにもかかわらず、それによって行動するのはインチキ宗教にはまってしまうそれと似ているのではないかと私は思いますし、それを他人に強要するのは価値観の押しつけです。
 そういえば義母は洗濯物は室内干し派で私は屋外干し派なのですがそれを知った義母が「○○さんも価値観を変えていただいて、洗濯物は中に干した方がいいですよ。」と言われたことがありましたね。洗濯物をどこに干すかという些細なことに、「価値観を変えろ」というような義母ですので今思えば孫の名前に干渉してくるのは当然だったわけです。

悪口になってきたのでここら辺で止めておきます。

余談ですが【質問#112】妻という存在についての記事内において、

>このご質問を拝見し、なんとなく【質問#11】女性と便座についてという質問を思い出しました。
>文章には人格が良く現れると私は思っています。多数の質問に回答していると、何となくこの質問者とこの質問者は同じではないか…と思うことがたまにあります。今回もそれでした。その他にもう1つくらい似たような質問があったと記憶しておりますが、具体的には思い出せませんでした。どうでしょう。同一人物の方でしょうか。もし違ったら笑ってやって下さい。

とおっしゃっていますが、同一人物ではございません。私は【質問#11】女性と便座についての質問をした者で、【質問#112】妻という存在については別な方の質問ですね。ちなみにその後毎回便蓋を閉めるようになりましたが、それ以来妻も便器に落ちそうになることがなく円満な夫婦生活を送っておりますのでご安心ください。

回答

質問ではないということでしたが、面白かったので載せさせて頂きました。

妻には「もう俺は子どもの名前は考えない。何個か候補作ってそこから選ばせてくれ。」とお願いしました

結構さらっと書いていますが、実の父親が子供の名前を一から考えるのをやめてしまう(私もそうでした)のは悲しいことと思います。画数重視派は、なぜこのようなことになったのか、少しでもいいので考えてほしいですね。

第二子には本来付けるはずだった名前があるのですが、この一連の義父母による名前への介入は私は一生忘れませんね。第二子には「おまえは本当は○○という名前になるはずだった…。」と伝える日は来ないと思いますが、義父母が亡くなったときは「生まれ変わって孫ができても、決して孫の命名に口出ししないようにしてください。」と心からお願いし合掌するつもりです。

この、「本当は〇〇という名前に…」という気持ちは、多分経験した人にしかわからない気持ちだと思います。私の場合は、私が当初考えていた名前よりも結果的に良いと思える名前になったので結果オーライだったのですが、義父母から口出しされてというのはあんまりだと思います。

これは特に質問者様の環境を指しているわけではなく一般論としてですが、やはり子供が結婚するときや孫が生まれた時などに過度に干渉するのは避けたほうが良いと思います。義父母(あるいは自分の父母)に結婚や出産に至って口出しされてトラブルになった例というのは枚挙にいとまがありません。ならば、基本的には干渉しないほうが良いと言って良いでしょう。

子供はおとなになってもやっぱり自分の子供、みたいな言葉もありますが、子供は所有物ではなく固有の人格を有した人間なのですから、ある程度の時期を過ぎればもう干渉すべきでないと私は信じています。もし、結婚や出産という時期に至って親として何かできることがあるならば、それは「助けを求められた時に」可能な範囲で助ける、というくらいではないでしょうか。

考え方(宗派?)によって縁起の良い画数というのが全然異なりました

画数判断の一番バカバカしいところがここです。ご指摘のように、統一的な基準もなく各々が適当なことを言うのではそこに意味は無いということです。それに、100歩譲って画数を重視しない人が配偶者等の考えを考慮して画数を受け入れるとしても、その「画数占い」?「画数判断」?「画数診断」?とかいう、それを指し示す名前すら世間で揺らいでいるような、筋が通ってないフワフワしたものに従わなければならないというのは納得し難いことであります。

余談ですが、うちの嫁さんも本によって画数の良し悪しが全く異なることを知りながら「でもなんか、いい名前にしたいと思うじゃん」というこれまたフワフワしたことを言ってましたね。だったらば、事前に打ち合わせしといてベストと思われる名前の画数判断が最も良くて、他の候補は画数的にクソだと言い切って踏ん切りを付けさせる新たな宗教の教祖とかに私がなっても良いのでは、とか思いました。

私は【質問#11】女性と便座についての質問をした者で、【質問#112】妻という存在については別な方の質問ですね

ああ、間違えました。調子こきました。すみません…。

「【質問#11】女性と便座について」を読み返してみましたが、なんかすごいアホっぽい回答ですね。これがなにかの役にたったとは思えないのですが、結果としては

その後毎回便蓋を閉めるようになりましたが、それ以来妻も便器に落ちそうになることがなく円満な夫婦生活を送っておりますのでご安心ください。

ということでしたので、良かったです。とにかく夫婦円満に暮らしていくのが一番良いですからね。

というわけで今回の要点を補足した上でまとめますと、

  • 画数判断?画数診断?姓名診断?画数占い?みたいな呼称も判断基準も統一されていない「何か」には本質的に意味がありません
  • 夫婦の一方が画数を重視し、他方が画数を重視しない場合、画数を重視しない派の人は常に譲歩を要求されているということを重視する派は忘れないでください
  • 夫婦が納得した上で画数を重視することを決めた場合であっても、名付けする上で余計な制約が一つ増えるだけです
  • 「画数」の唯一の利点は、それを重視したことによる、中身のない満足感と安心感です。そのちっぽけなもののためにどれだけの犠牲を強いるかよく考えてください
  • どうしても自分たちだけじゃ決められない~なんて人は、有名な名付け神社(寺)に行くことも考慮してみてはどうでしょうか。多分彼らはプロですし、神社・寺というスピリチュアルな雰囲気は画数とかいう曖昧なものを信じる人と相性が良さそうです。
  • 子供がおとなになってからも干渉を続けるのは方々でトラブルを生じさせているのでやめましょう

という感じです。