打ち水の効果はあるのか無いのか

というのがTwitterで議論になっているので考えたい。

Twitterで気になった論を列挙すると

  • 打ち水本来朝夕にやるもの。日中に、特にアスファルトやコンクリにまくと逆効果。水の気化熱による清涼感を濡れたアスファルトが倍化する熱吸収率が上回るからより暑い上に蒸される
  • 湿度が上がって逆効果(熱中症の要因にもなる)
  • 柄杓で撒く程度なら湿度が上がって逆効果。ビチャビチャになるまで撒くと効果がある
  • 打ち水をするとヒートアイランド現象を促進する
  • 日本では夏場が高湿度であることを無視している。そもそも湿度が高いので気化しない
  • オリンピックで打ち水によって気温を下げようとしているのはバカバカしい

などと書いてある。大体、「真実はこうである」という断定が先に来て、その根拠は書かれていないか、書かれていても真偽を客観的に確認することができない。そのような論が多数シェアされ、広まる。疑問である。「世間(政府)ではこう言われているが本当は違う!」という論はその真偽にかかわらず広まりやすい。

その一方で「エアコン室外機に濡れタオルをかけるとエアコンがよく効く」などというアイディアも多数リツイートされていて、まぁ同じ人がリツイートしてるわけではないだろうが、ちょっとは疑問に思わないのかな?と思う。エアコン室外機を濡れタオルで冷やすというのは、明らかに気化熱によってエアコン室外機の周辺気温を下げたり、エアコン室外機筐体からの輻射熱をへらす事によってヒートポンプの効率を向上させることを狙ったアイディアであるため、打ち水を行うことで狙っている効果と近い。

さて、打ち水についてまずはじめに私の考えを述べておくと、「体感温度が涼しくなる効果は基本的にはあるが、環境条件に強く依存する」という予想を持っている。しかし正確には多分「分からない」とすべきだろう。

具体的には、気化熱によって放射による熱移動の減少と大気対流による温度上昇の抑制&低下という涼しくなる要素と、湿度上昇による体感温度の上昇という要素のどちらが打ち勝つかによって異なる。また、気化熱の程度と打ち水エリア雰囲気の湿度上昇、体感温度に及ぼす影響には風量が強く関係していると思われる。

それらを簡単に計算することはできないし、条件次第では打ち水がたしかに逆効果になる環境設定もあるだろうとおもうので、「やってみないとわからない」が誠実な回答だとおもう。ただ、そのような条件は極端な条件だとも思っており、一般的には涼しくなると思う。という感じ。

打ち水の効果を実験によって測定するには、打ち水前後での温度湿度の変化、風量のデータを沢山用意して打ち水前後で体感温度が有意に低下しているか、というのを統計的に検証する必要があるだろう。となると、正確に風量、気温、湿度を測らなければならないし、放射が及ぼす影響を調査するには放射温度計も導入する必要があるだろう。これらの機器はだいたい高価だし、正確なデータを集めるためには計測器の校正も必要となる。校正にも金はかかるし、校正可能な測定器は効果だし、そもそも個人が持っていって校正してくれるような計測があるのか…などなど…

というわけで考えたら面倒になってきたので、まずは巨人の肩に乗るということで、既知の論文を調べた。やってみないとわからないなら、まずはやってみた人が居ないか探してみましょう。そしたら、やってみた人いました。

[1] 打ち水による市街地の熱環境緩和効果
[2] 打ち水の効果に関する社会実験と数値計算を用いた検証
[3] 打ち水による熱環境緩和作用

[1]は社会実験「打ち水大作戦2004」での気温などの計測結果を報告した論文。要点だけ簡潔にまとめると、

  • 「打ち水大作戦2004」では東京都墨田区で0.3km^2の範囲で7日間打ち水を実施
  • 気温を輻射熱の影響を含めた温度として計測した(計測時に百葉箱のように床を遮断しない)
  • 平均0.69℃、最大1.93℃の気温低下が観測された
  • 輻射熱の影響を加味した気温は百葉箱内の気温よりも2~9℃高い値を示した
  • 気温低下は打ち水直後から平均23分間、最大56分間続いた
  • 風下側の地域の方が気温低下量が大きかった
  • 打ち水地点からの距離と気温低下量はほぼ線形の関係にある
  • 打ち水を開始したときの気温が高いほど気温低下料は大きく、その関係は線形

とのこと。

[2]は2003年の大江戸打ち水大作戦で計測した結果と、数値計算で打ち水の効果測定をした結果を紹介している。

大江戸打ち水大作戦の結果は、

  • 気温は0.8~1.0℃の低下
  • 相対湿度は2~3%の上昇

となっていた。以下に、気温と湿度の分布を引用する。


from [2] 打ち水の効果に関する社会実験と数値計算を用いた検証

また、汎用気象計算モデルを用いて行った効果算定は以下の通り。

  • 東京23区全域を対象範囲とし、打ち水実施面積はほぼ40%と設定
  • 大手町で2.2℃、練馬で2.4℃の気温低下と算出された

打ち水の有無による気温湿度の変化については下記の通りだったとのこと。


[2] 打ち水の効果に関する社会実験と数値計算を用いた検証

グラフから読みとるのは難しいが…相対湿度の上昇量は最大10%強といったところだろうか?

[3] も打ち水大作戦での各種計測結果について言及している。同じイベントについて言及しているが、本報告で興味深いのが小学校屋上から校庭のサーモグラフィ撮影結果が添付されていること。


from [3] 打ち水による熱環境緩和作用

これによると、打ち水20分後には地表の表面温度は49.80℃から38.51℃、人の表面温度は36.03℃から29.48℃まで下がっている。地面からの放射を黒体放射と仮定したときに、打ち水前後で長波放射量は110W/m^2減っている計算になるとのこと。

考察

[1],[2]より、気温低下量は社会実験での実測値で平均0.7℃程度、[2]より23区内の40%という広大な面積で打ち水を行った場合でシミュレーションをした結果2℃台の気温低下が見られた。

また、[3]のサーモグラフィ撮影により、打ち水の前後で人の表面温度は7℃弱下がっている。

気温の低下量よりも人間の表面温度の低下量のほうがずっと大きいことより、人間が涼しさを感じる効果としては、空気の対流に伴う温度の交換が低減されたことよりも、輻射熱の低減がより大きく寄与していると思われる。地面との直接的な熱移動もかなり小さくなっているはずだが、人間の場合は普通靴を履いているのであまり効果を感じないだろう。犬猫にとってはかなり助かる結果だと思うけど。

また、湿度上昇についてはどうか。体感温度は湿度、気温、風速からミスナールの式によって求めることができる。以下でWeb上で計算できる。

体感温度 | Keisan (casio)

[2]では気温0.8~1.0℃の低下に対して相対湿度2~3%の上昇という結果が実測値により得られたとある。絶対温度が書かれておらず、前に引用した分布図からなんとなくで読み取るしか無いのだが、仮に打ち水前後で湿度62%→64.5%へ上昇、温度31℃→30.1℃へ低下したとしよう。風速は1m/sとした。

このとき、体感温度はミスナールの式より、打ち水前後の体感温度は27℃→26.3℃と若干の低下を見せる。

では、もっと大規模な条件を設定したシミュレーション結果を元にした場合はどのように変化するだろうか。[2]で引用した図16より、測定時刻12時(右側の方)を基準にすると、気温低下は大体33.6℃から31.4℃程度、相対湿度上昇は大体63%から75%程度に上昇と読める。これに風速1m/sという条件で体感温度を計算してみよう。

すると、体感温度29.7℃→28.4℃という変化になった。湿度が上昇してもそれを上回る体感温度の低下が見られる。一応、風速0℃のときも計算したが、これも体感温度は30.5℃→29.8℃と減少した。したがって、体感温度で言えば湿度が高くなって逆効果ということもなさそうだ。

ということを頭に入れてもう一度Twitterで見かけた論を考察してみよう。

「打ち水本来朝夕にやるもの。日中に、特にアスファルトやコンクリにまくと逆効果」

[2]の図-16より、夕方に行った結果は、12時に行ったものよりも温度低下量、湿度上昇量どちらも小さくなっている。これは、昼に比べれば夕方のほうが日射量と地面の蓄熱量が小さく、効果も穏やかになるためと予想されるが、この関係性を考慮した上で「本来朝夕にやるもの」という根拠になるとは思えず、論拠は不明である。「文化的に、昔は朝夕にやるようなものだったんですよ」という話であれば、はぁそうですか、としか言えない。

ちなみに、[2]の考察ではより効果的な打ち水の方法としてむしろ高温化した地表面への打ち水が良いとTwitterで見かけた論とは真逆の考察が書かれている。同じ湿度上昇量ならば、より高温部分を気化熱により冷ましたほうが冷却効果が高いと考えてのことだろう。[1]でもそれを裏付ける結果が出ている。

「気化熱による清涼感を濡れたアスファルトが倍化する熱吸収率が上回る」

日本語がおかしいので読解するのがまず苦痛なのだが、おそらく「気化熱による熱吸収<アスファルトが濡れて物体色がより黒色になったことによる熱吸収量の増加分」ということが言いたいのだと思う。

もし上記の私の読解が正しいとしたら、アスファルトが濡れて黒っぽく見えるのは

  1. 表面の凹凸が水分で均されることによって乱反射が低減されるから
  2. 水表面での光の反射率が高まったのでアスファルトに届く光が減ったから(光源から目に至る光線が無いエリアの場合)

というあたりが関係していると思われる。基本的に、濡れたアスファルトは光の反射率が高くなる。それは雨の日の路面を照らす街頭や車のヘッドライトを見れば明らかだろう。反射率が高くなるということは光の吸収量はむしろ減ると思われる。

仮に私の予想が間違っていたとしても、実験結果では実測値で気温が下がっている結果が多く報告されているので、「アスファルトに水を撒いたほうが熱吸収量は上がる」は間違っている可能性が高い。

湿度が上がって逆効果(熱中症の要因にもなる)

体感温度を示したとおり、たとえ風力がゼロであっても湿度の上昇を抑えて体感温度は下回る。

熱中症の要因になるというのは、おそらく湿度が上がったことによって水蒸気圧も上昇し、汗が乾きにくくなって冷却効果が損なわれるという趣旨であると思うが、汗による冷却効果は湿度だけでなく気温と風力にも関係するので、一概に熱中症になりやすくなるとは言えない。

ただ、社会実験の実測値で数%の上昇という値が「熱中症の要因になる」とは到底思えないし、むしろ打ち水によって人間の表面温度は6.5℃程度も低下している。この結果を考慮すれば、明らかに熱中症予防という観点では打ち水を行ったほうがマシと思えるがどうだろうか。

しかしながら[2]で23区の40%の面積で打ち水をするという大規模な条件では10%以上湿度が上昇していることを考えると、「気象条件(特に風量)によっては打ち水を控えたほうが良い場合もあるかもしれないし、より効率的な打ち水方法を調査したほうが良いかも知れない」という程度は言える気がする。

柄杓で撒く程度なら湿度が上がって逆効果。ビチャビチャになるまで撒くと効果がある

湿度が上がって逆効果、についてはすでに述べた。びちゃびちゃになるまで撒くとよい、というのは直感的には根拠がわからない。びちゃびちゃになるまで撒くことで変化するとしたら、

  • 気温低下効果の向上と持続時間の長期化(気化熱が増えることによる)
  • 地面よりも低い水温による熱移動での冷却効果

の2つだと思われる。ただ後者は接触による熱移動で地表面温度が下がったとしても、気化しない限りは移動した熱がどこかに消えるわけじゃないので、結局冷却効果という点では気化熱が寄与する量が一番大きい気がする。

散水量と気温低下量の関係に注目した論文は今回見つけられなかったが、「たくさん撒くと良い」と主張するのも実験しないとなんとも言えないのではないだろうか。

打ち水をするとヒートアイランド現象を促進する

ヒートアイランド現象とは、都市部の気温が周囲と比べて島状に高くなっていることを示した言葉。[1][2]に示すように打ち水によって気温は低下しているので促進しているとは言い難い。

日本では夏場が高湿度であることを無視している。そもそも湿度が高いので気化しない

ぜひ夏に外に出てコップの水を道路にぶちまけて下さい。1分と経たず乾いていくのが分かります。朝夕でも乾く時間は伸びるものの、乾いていくのが目で見て確認できます。それに、本当に気化しないなら夏場は洗濯物が乾かない季節になりますね。

オリンピックで打ち水によって気温を下げようとしているのはバカバカしい

[2]でシミュレーションを行ったように、23区内の40%の面積で打ち水を行うという非常に大規模な打ち水を行ったとしても、気温低下効果は2℃程度であった。

たとえば気温38℃の状態で都民総出で40%面積に散水して2℃下げたところで熱中症が防げるとは思えないし、そもそも市民を炎天下に引っ張り出して散水させる行為のほうが熱中症を助長すると思われる。

オリンピックに興味が無いのでよく知らないのだけど、もし暑さ対策の要として打ち水を持ってきているのだとしたら私もバカバカしいと思う。そうではなくて、やらないよりはやったほうがマシなので、打ち水も検討してます、という話ならば検討するに値する効果だとは思う。

また、どうしても炎天下の中、野外で行うことが必要な競技があるのだとすれば、それらの競技者やその関係者を守るために散水することは一定程度意味があると思う(競技する上でそれが問題ないかどうかは知らんけど)。そう思う根拠は[3]のサーモグラフィ撮影結果。

人間の表面温度が6.5℃下がることがどの程度熱中症予防に効果があるかはたぶん人体実験しか調べる方法がないので倫理的に実験が難しい。でも日常的な感覚では6.5℃も下がればかなりの効果があると思うのだがいかがだろうか。

まとめ

今回、打ち水の効果に関する論文をいくつか調べたが、社会実験やシミュレーション実験の結果を見ても「打ち水は逆効果」という論拠になるような結果は見当たらなかった。

ただ、その効果は気温にして平均1℃未満の低下、持続時間は平均23分という限定的なものであって、打ち水を持ってして熱中症等の予防になるとは言い難く、「やらないよりはやったほうがマシ」「少しでも快適に過ごすためにはやっても良いかも」というレベルだと思う。なので、その程度の効果のために一般市民をクーラーの効いた部屋から引っ張り出すなんてことは止めた方がよいと思われる(もしそういう事を計画してるならば)。

一方で、屋外での活動をしている状況下において、人間の身体表面温度の低下には打ち水による輻射熱の低減が大きく寄与していると思われる結果が見られた。その効果は実測値で6.5℃程度の低下だった[3]。ということは、もし炎天下の下で活動しなければならないという状況があった際には、打ち水をしておくことに熱中症予防や快適性向上の効果は十分にあると思われる。

ただ、今回紹介した論文で述べられているのはすべて打ち水大作戦の効果測定であって、判断するデータが不足している感は否めない。数値計算によるシミュレーションも行われているが、それも単一の条件設定による結果しか述べられていない。これでも大まかな傾向は分かると思われるが、例えば相対湿度の向上を考慮したときの熱中症予防効果という観点や、打ち水に使う水の量を変えたときに効果がどのように変化するかなどといった点で個人的には疑問が残った。

また、[1]では7日間に渡って打ち水を実施し、気温が低下していく傾向がグラフからは読み取れるものの、これが打ち水による効果なのかどうかも1ケースだけでは判断がつかない。長期的に打ち水を実施することでどのような温度変化になるかという点も気になるところだった。

ヒートランド現象の要因の一つとしては、コンクリートやアスファルトの蓄熱量が大きく、夜間に十分に冷却できないことが挙げられているが、打ち水に限らずとも例えば保水性舗装を導入する際の効果推定にも役立つのではないかと思う。たとえば、[2]の図-13を見ていただければ分かるのだけど、地面があまり露出していないと思われる東京(大手町)であっても、地中の水分量によっては1℃くらいは最大気温が違ってくるというシミュレーション結果も示されている。

あと、ここで私がもっとも打ち水の効果を懸念しているのは「労力の割に効果が低い」というコストパフォーマンスの問題であるが、たとえば長岡市?あたりで融雪のために使用するすでに設置済みの散水設備を動作させて機械的に打ち水を行うという実験をやっているというニュースも目にした。これならば労力はより小さくなり、また継続するのも簡単なので長期的にどのように温度が変化するかという点はすごく興味がある。ただ、それにしても水道代だってタダじゃないので効果があっても散水する水源をどうするのかとか、散水設備が設置されていない地域でわざわざ整備するだけのメリットがあるのかとかは議論の余地があるのだろうけど。

というわけでまだまだ研究の余地はあると思われるが、今のところはやってる労力の割には、人間が健康快適に過ごすという目的を達成する上で劇的な効果があるわけではないっぽいので、研究者もあまり興味がわかないんじゃないかな…という気がします。あと、今話題の「熱中症予防」「温暖化防止」みたいなスケールで語るとちょっとしんどいことになるので、ヒートアイランド現象の抑止軽減という方向で語ったほうが幸せなような。

子供の夏休みの自由研究で調査するのにすごく良いテーマかもしれませんね。