人生の目標

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本日は長時間子供とローラースケート(インラインスケート)をやり、午後4時くらいからジントニックを飲み続けてここ数年で1,2位を争うくらい酔っている。

学のない君たちは知らないと思いますが、トニックウォーターとジンを混ぜるとジントニックという飲み物になります。私はそれを飲みつづけた結果、2時間でジンのボトル1/3~1/2くらいを空けています。一番学のないのは私ではないかという説もありますが、まぁエビデンスは無いので詳しくはボカしておきます。

この状態で記事を書いたらどのようになるだろうかなどと思い、とりあえず書いてみる。

私の人生の目標は、もう一回家をたて、バイクに乗ることとしたいと思う。

午後、嫁さんがテレビを見ておった。それは宮古島に豪邸を建てた人に対するインタビューみたいな感じで、海辺の家で、これでもかというくらい馬鹿でかい窓をあしらえた家だった。リビングが広く、すっきりとしていてアイランドキッチンがぽつんとあり、良い家だった。

私は良い家だな、と思った。なので、良い家だな。と口に出した。

もう一回家を建てても良いかも知らん、と思った。お互いの親の介護が終わり、孫ができた頃に海辺に家を建てるのである。リビングと寝室しかないようなシンプルな家。窓の外には海原。わたしはカウチソファに深く腰をおろしながらプログラムもしくは文章を書く。いいやん。

このプランを嫁さんに伝えたところ、「我々は雪国の出身であるがために温暖な気候の土地で過ごした経験が無い。ついては、年老いてから突然の住環境の変化に晒されるという点において若干の懸念を覚える」という趣旨のことをもうちょっとラフな言葉で言ったがために、私は「以前、緯度に対する平均寿命の統計(この統計は国ごとの医療レベルを標準化してある)を取った結果、ちょうど沖縄からフィリピンあたりの緯度において平均寿命が最大になったという趣旨の論文を読んだことがある。生まれ育った環境にかかわらず、生体には温暖な気候であるほうが負荷が少ないと思われる」ということを、これももうちょっとラフというか尋常の言葉で言った結果、「それならば宮古島その他の温暖な気候である土地に移り住むことも満更でもない」という回答を得ましたがために、わたしは今後それを目標として稼いでいこうかなという思いに至った次第でございます。

しかしながらそれを聞いた長女が「パパとママは遠くに行っちゃうの?」ということを言い始めました。

私は子供に弱い。

以前、長女が言っておった。「私が死んだらパパと同じお墓に入れてほしいな。そしたら死んでからも一緒にマザー2できるから」と言っておった。

私は泣いた。長女がそう言ってくれたことが嬉しかった。私の人生において、私が必要とされていることを、こんなにシンプルに、そして素朴に伝えられたことはなかったように思う。と、同時に、マザー2を生み出した任天堂/HAL研/APEスタッフ及び糸井重里氏に心から感謝の念を心のなかで示した。

長女はまた、「パパと一緒にゲームを作りたいな。そしたら、パパと一緒にずっとゲームできるから」という趣旨のことも言っている。

私は、映画やその他小説、漫画などで感動して泣いた経験というのは記憶に残っている限りは無い。私は自身を結構ドライな人間だと思っている。しかしそれでも、これは泣ける。自分の子供が自分と一緒にゲームを作り、同じ墓に入りたいということを言っているのである。5歳にして自分のはいる墓がどこかということを気にしているというのはどうなのかという点でちょっと引っかかるものがあるが、しかし良いことだと思う。ちなみに、長女とはマザー1, 2, 3, Factorio, Stardew Valleyを一緒に遊んだ。というか今まで気づかなかったのだけど、長女、タブレットでフリック入力してる。嫁さんフリック入力できないのに…。

で、そういう長女が「遠くに行っちゃうの?」とか言うと私は弱い。いや、その頃にはお主結婚して子供もいるじゃん?親のことなんかどうでも良くなってきてる年じゃん?とは思うのだけど、それを説明しても5歳じゃまだ分かんねぇよな。

私は、私がジジイになりかけたころくらいまでには会社を作り、子供と一緒にゲームを作るのも良いな、と結構真面目に考えている。

というか、なんかこう、もうちょっと世界は幸せにならないですかね?と思う。

私には友達が少ない。しかしゼロではない。と思ってる。その少ない友達と一緒に沖縄に旅行にいこうぜ、というのを数年前から言っているが実現性はちょっと薄い。あと、友達じゃないけど尊敬する人も何人かおり、そういう人たちと食うものの心配なく、20~30人くらいのコミュニティでこう温暖な気候のもとで暮らせないかな?死ぬまで。死ぬまで、内輪で盛り上がってたい、みたいな。どう?この案。

朝起きて日本海もしくは太平洋もしくは東シナ海あたりにコニャニャチワーってするでしょ。そのあとはSurfaceでもMacでもThinkPadでも好きなデバイスでハンモックに揺られながら文章を書くでしょ。それが一段落したらカブに乗って友達の家に行って、七輪で焼き鳥を焼きながらジントニックを飲みつつDIYで車にナビを装着したり、でっかいウーファーを積んだり、それが飽きたら海に行ってシュノーケルと足ヒレを装着してゆらゆら泳いでても良い。素敵じゃん。いいじゃん。

中古のナビを中古の車に付けるのも、ハードオフで買ったでっかいウーファーを車に付けるのも、海で足ひれをつけて泳ぐのも、どれも大した出費ではないが、しかしこの世は非常に複雑化してししまった。釣りをする。泳ぐ。七輪で焼き鳥をする。それを一人でやるにはなんの問題もないが、自分のすきなシチュエーションでそれを行うことには多大なコストがかかるようになった…。現代社会にはそんな息苦しさを感じる。

私は金持ちになりたいわけじゃない。しかし、その環境を実現するために金が必要なだけなのだ。だから私は金がほしい。

腐るほどの金をかかえ、娘と一緒にゲームを作り、友達と一緒に車を改造して、一人で焼き鳥を焼いてジントニックを飲みたい。そうして、秋の稲刈りが終わった田んぼで死にたい。赤とんぼを見上げながら。いい人生だったと思いつつ。死にたい。