Twitterでの話題に関して思ったことなど

Twitterで話題になったことで色々思うところはあるんだけど短い文章でまとめるのが難しいのであとでブログ記事で書こうと思っていた話題まとめ。

深センすごい記事

日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいことという記事があり、これが中国すげえ、日本だめ。オッサンなんとかしろ(要約)という内容で、まぁ私も見たけど、ふーんという以上の感想が生まれなかったのだが、なぜかみんなに読まれているようだ。日本が中国に負けたという点で「日本大好きおじさん」(日本すごい系の記事や番組を好んで読み、保守的な考えを持って偉そうな意見を垂れ流すSNS慣れしてないオッサンたち)たちが逆上して騒いだり、日本の労働環境が屑なので雇用者はもうちょっとマシな待遇を用意しろだから日本はダメなんだおじさんなどが騒ぎ立てており、それにつられて一々コメントしないような知識人の人たちもコメントしている、というような構図に思える。

で、この記事なんだけど先に似たような取材がされてて実質後追いなのに、若さというパワーで危険なところまで押し入って普通の人には取材できないところを取材してきた、みたいな文章があってそれが先駆者の方の怒りの琴線に触れたみたいだ。

「日本が中国に完敗した今、26歳の私が全てのオッサンに言いたいこと」にオッサンが答える

私は正直、この話題って一見して経済の話題っぽく見えるが、実はそうじゃなくて文化的な側面について議論している記事だと思ってる。それが正しいかどうかは別にして、そう思っているのであんまり興味が沸かない。ただ、まぁ先駆者の人が居るのにそれを見なかったことにして自分の功績にするのってまぁ可愛くないよな。可愛くないと年上の人に可愛がってもらえない。可愛がってもらうというのはつまり自分の利益になる。だから可愛がってもらうのと、先駆者が居たんだよってことを知らない層にだけ響く「俺が先駆者だ」というアピールによるプラスと後追い記事だということを知ってる層からの冷ややかな評価によるマイナスの和、この二つを天秤した時に可愛がってもらう方が後々利益になるし楽だと私は思う。プライドがそれを許さないというのであれば、私はそんな程度で満たされるチンケなプライドなど火曜のゴミの日に捨てるべきだと思っている。

まぁそれでも、ライターとして商用メディアで記事を書いたという実績があるのと無いのとでは、あったほうが偉い?だろうから良いんじゃないかな。よく分からんけど。

ちなみに私は海外に行ったら海外はこうだったぜ!!!と語りたがるタイプの人間なので、深センも行ってみたいと思った。

フロントエンド何が良いのか問題

フロントエンド(Webアプリ・サービス開発において、主にUI等などユーザーの目に直接触れる部分のこと)ってめっちゃ移り変わりが激しいんですよ。数年で廃れるライブラリとかざらにある。だから、これから覚えようとしている技術の選択を間違ってしまうと、数年後にはそれがダメになったときそれまで蓄積されていた知識の多くが無駄になってしまう。

フロントエンドをメインに触っているならまだしも、仕方無しにフロントエンドを触る人にとってはこういう面倒はなるたけ避けたい。だからなるべく息の長いものを覚えようと思う。じゃあ今のデファクトスタンダードは何だと探してみると、Angular(これは最近聞かない?)、React、Vue、みたいなキーワードが聞こえてきます。で、これもいくらググってもどれが主流になるのかさっぱり分からない。jsのビルドツールで言えばgulp, webpack, parcelなどといったものが出てくるが、これも使ってみない限りは何が良いのか(どれがいいのか)さっぱり分からない。

だから、まぁ使ってみて自分で判断するか-と思うのです。で、Angularが良いよと言われた頃、私はAngularが良いのだな、じゃあAngular2が出たからこれ覚えてみるか、とやり始めて1ヶ月くらい経つと「Angular2は1と変わりすぎてるし学習コスト高すぎでちょっとあかんね」みたいな意見が多勢を占めてきておいこらなんやねんそれ。という気持ちになる。そういうことが数度あった。

AltJSも一時期流行って色々なものがあったと思いますが、今生き残ってるのはTypeScriptだけだと思います。一部ではScala.jsも人気?ですが…。TypeScriptは出た直後に私は使ってみて、これダメだな。流行らず廃れるな。と思った事がありました。そう思ったものに限って息が長いんですよね…。

とにかく、フロントエンドをはじようと思った時に一番の問題は使う道具からサッパリわからないし、「何の道具が良いの?」って聞いてもみんな言うことが違うから初学者はもう意味がわからないというところだと思うんですね。だから私は色んなライブラリをちょこちょこ触ってきましたが、メインはjQueryです。結局。jQueryは古くてダサい、過去の資産で今使うとあかん、みたいな意見が多いですが、私は結局jQueryで困ったことって無いです。パフォーマンスが要るところはそこだけPure JSで書けばいいのだし、なんだかんだでみんな知ってるし、息が長いし。私が使うケースの大半では他の一般的なJSライブラリに食わしてやるデータをAjaxで取ってきて多少加工を加えるくらいの処理が95%くらい。

SPAとまではいかなくても、それに近いネイティブアプリっぽい動作を要求するページではさすがにjQueryでは書きたくないのでVue.jsを使っています。Vueは学習コストが比較的低めのMVWを採用するフレームワークです。私はVueが無くなってもMVWという考え方自体は長く続くと思っていて、それを使えるもっとも手軽なフレームワークがVueなのでそれが好きって感じですかね。

jQuery自体は「古いから使うな。死すべき」というエンジニアが多いみたいですが、私は特に問題と思ってないので、今後も使っていく所存です。ゆるやかにES6でしか書かない方向に持ってはいきますが…。

あとは、いつだったか「Scala.jsでモデル部分まで作ってその上の層は普通のJSで組んでる」みたいな発言も目にしたことがあり、それもちょっとやってみたいと思った。

100万円あったら何に使う?

という話題がなぜか駆け巡った。

結論:100万円じゃ足りない。

カメラクラスタはレンズ(+ボディ)買っておしまい。みたいな意見が多い。自転車でもまぁ一番いいパーツを買ってったら100万は使い切りそう。車関係は100万円じゃ足りない。

小さい頃は100万円あったらゲームでもおもちゃでも何でも買えるぜ!!!みたいな感覚だったが、社会人になってから100万円って結構簡単に稼げる額だというのが判明してしまい、そこから金銭感覚が狂っていった。昔は中古のPC-98で毎日遊べたんだけどな…。

100万くらいの額がぽーんと入ったら、私だったら投資信託に全部回しちゃうかな。別段、そこまで早急に欲しいものもないし。投資信託がダメなら家族旅行とかでぱーっと使うかな。家族4人で北欧くらいまで行けば100万くらいは行きそう。それでムーミンランドでゆるいきぐるみと触れ合って帰ってくる。

でもなんかこの100万円はその日のうちに使い切らないといけないとかいうルールがあるみたいだ。すると旅行はどうなるんだろう?旅行代理店との契約を結んだ時点で使い切ったとみなされるのか、それとも契約の効力が発揮されて旅行に実際に行った時に使ったとみなされるのか。謎だ。

ちなみに、黒田硫黄の「茄子」で高校生カップルが宝くじかなにかで100万円を当て、何に使おうかと悩む回がある。そういやこれが最終回だったな。で、最終的に相談した会計事務所をやってるおばちゃんに「私だったら絵を買うわね。絵を買おうと思って100万円持って画廊に行ってみなさい、ただ美術館で絵を見るのとは違うし目だって肥えるんだから」と言われて絵を買うと決めたという話だった。

だから、絵も良いかも知らん。絵だったら将来高値になるかもしれんし、後に残るし。結局資産運用かよ!みたいな考えだけど…。

「にゃーん」とか言う男に膝蹴りしたくなる女

えぇ…お前どんだけ心狭いんだよ…と思った。

「Aということをしている人はクソ」みたいな主語が大きい言説って大体その人のあて推量や願望で語ってる場面が多いんですよ。例えば私はミニバンがクソだと日々言っていますね?これもあて推量や願望で語っています。私自身はミニバンに乗ったことがありません。だってあんな車、運転してても全然おもしろくないですって見た目してるでしょ?荷物運んだり人たくさん乗せたりするなら良いと思いますが、私にとって車とは「走ってて楽しい」が最低条件なので譲れませんね。でもまぁ、ミニバンも乗ってみたら意外に楽しい可能性は孕んでいるんですけど、試乗することもせずクソと決めつけているのでこれもまたあて推量で語ってる願望ということですね。

この人は「にゃーんという裏には嫌だけど嫌って言いたくない、察してくれという甘えた意志が見え隠れしている、だからムカつく」と言っていますが、これに関してはそういうケースもあるよね、としか言えないですし。おすし。

なぜかというと、私が知る限り、にゃーんってもっと沢山の概念を包含していると思うんですよ。

  • 猫が可愛い
  • 私はオッサン(もしくはキモオタ)なのだけど、にゃーんと言う事によって虎の威を借る狐ならぬ、猫のキュートを借るオッサンとしての効果が発言し、キモさが軽減する気がするのでとりあえずにゃーんと言っておこう
  • この問題は一件簡単な解決策が思いつくように思えるものの、本気で取り組もうとすると根が深いことに気づく。利害関係者の立場を含めると問題はより複雑化するし、安易に何か発言しようものならすぐに反対意見が飛んでくるだろう。でも私は正直、この問題は結構どうでも良いと思っており熱心に議論したくないので猫の声でも出しておこう
  • 困ったから察してくれ。細かいこと言うな。もっと適当に行こうぜ。
  • 疲れたから今日はもう帰りたい
  • 猫を撫でたい
  • 世の中はだいたいクソなので、クソにまみれて日々仕事するのはしんどいよね。TL上だけでも猫の集会みたいな感じで平和にやっていきまっしょい。
  • おすしが食べたい

このように大変に複雑なことを一言で中和して一旦無かったことにして小休止できる魔法の言葉がにゃーん、なんですよね。社会人は疲れるんで、疲れたらにゃーんで中和するんです。そうやって猫の集会をちょくちょく作って嫌なことに立ち向かうために充電しているんですよ。

それをば、なんですか?猫の集会に割入って「にゃーんしたやつから膝蹴りをかましていく」とか一方的に宣言する暴力的な女は。我々はにゃーんしていただけなのに、「人を馬鹿にするな。ちゃんとしろ。ちゃんとしないならば膝蹴りをかましていく」というのは承服できない。今はちゃんとしたくないからにゃーんだっつってんだろ!!日本語よめねーのか!と思う。

しかもその理不尽さに加えて「イケメンは除く」みたいな余計な一言を加えやがってからに、もう絶対許せない。それを言うのであれば、私だってお前みたいなクソ女にはにゃーん以外何もしたくないが、もしJTのCMに出てくる金髪のあのモデルさんとか、T2:Trainspottingに出てきたベロニカとかが相手だったらニャーンとか言わずにちゃんと頑張ろうと思うし、何か困ったことはございませんか?今日もお美しいですね。おすし食べに行きましょう。と優しく対応するよね。俺はこういうクソ女がいる限りにゃーんしていこうと心に決めた。

エンジニア男子って良いよね

人による。

これも主語がでかい主張の一つ。私はエンジニア(たぶん)なのでそう言ってくれるのは嬉しいが、しかし現実的には人による。ここに書いてあるとおりの人も居ればそうでない人もいる。

頭が回るやつもいれば、「こいつほんとに大卒なの?」ってくらい一般常識ない人もいる。ジョークうまい奴も居れば下手くそなやつもいる。俗世のくだらないことに距離を置いてる奴も居れば、パチンコ風俗にのめり込むやつも沢山いる。

私がエンジニアでよく見かける良くない性格タイプの一つは「マウント取りたがる」というやつ。専門分野に特化している分、知識的に優位であるというおごりが強いためか、ある特定の分野の話題になった時に絶対に譲らない、または上から目線の話をしてくるなどの行為が無意識に出てしまってる人。それが真っ当であればまだマシ(あくまでもマシであるのは、主張が正しくとも言い方に遠慮がないことが多いため)なのだけど、ひどいと自分の専門外のところ(例えば政治経済など)まで同じように俺の意見が正しい、みたいな態度で接してくる人もたまにいる。

ただ、特に電機メーカーとかだと年収が高く、真面目で独身という人が多いような気はするので、結婚したい人は狙いめかも知れない。ただ人の属性をみて結婚するのは失敗しそうだよねー。

ビットコイン

ビットコインの値動きがチューリップ・バブルを超えたとかで話題になっている。クラスタを超えてあらゆる人がビットコインの取引をしているみたいだ。

以下はビットコインにはずぶの素人の私が考えていること。別に同意してもらわなくて良いし、これが正しいとも思ってない。

まず、私は学生時代にP2Pを研究していた。ビットコイン他に使われているブロックチェーンという技術はP2Pの延長線で、昔はFOAF(Friend Of A Friend)とか呼ばれていたものが基礎になっているように思える。私がそれを研究していたのは2007年ごろだったが、その頃から商取引のトランザクションとか認証情報とかをサーバレスで強固に補完しようみたいなアイディアはあった。その中に、仮想通貨という概念もあったような気はする。

P2P(ファイル共有ソフトではなくて技術としてのP2P)がなぜ廃れたかというと、結局P2Pという枠組みの中でお金になるビジネスモデルが生まれなかったからだ。その当時からP2Pは金にならないと言われていた。が、それは半分正解で半分間違いだと私は思っていて、というのもそもそもP2Pという言葉自体がバズワードの一種だったからだ。この業界は古くからある概念に新しい名前を付けるのが大好きで、P2Pとは単に分散コンピューティングという汎用的な技術の特殊例に過ぎない。たとえばメールの配信リレーだってP2Pだと言えるだろうし、現代でもP2Pという枠で培われたノウハウはKVSデータベースや大規模データ処理の分野で活躍している。ただ、それをP2Pと呼んでいないだけの話だ。

だから、ビットコインのようにP2P発で金になる(かも知れない)技術が出てきても私は驚かなかったし、そういうアイディアを目にしていたからいつか誰かがやるだろうと思っていた。ビットコインが出てきた時も私は結構冷静というか冷ややかな目で見ていたのだが、しかし世間でこんなに騒がれるとは思っても居なかった。

ブロックチェーンは確かに先進的かもしれない。研究レベルのお話を現実で使える技術に落としたのはすごいと思う。しかしながら、ブロックチェーンがすごいことが通貨としての凄さに現在流通している貨幣以上のプラスを与えるとは思えない。

ブロックチェーンを採用したことによるメリットは偽造への耐性、分散システムを採用していることによるスケーラビリティ、インフラが分散していることによる障害耐性あたりだと思う。ちなみに盗難は現実の通貨と同じように普通に発生している。

通貨とは結局は信用である。例えば日本円は日本政府が「千円札には千円分の価値がありますよ」ということを保証して、皆がそれを信じているから通貨としての価値が生まれる。偽造しにくいというのは貨幣がある日偽造によって大量に流通し相対的に自分の持っている貨幣の価値が低くなってしまうということが発生しないという点で信用度を高める効果はあるだろうが、しかし各国が発行している貨幣はどれも偽造への強い耐性があるのが普通であるから、ブロックチェーンがその点で特段優位だとは思えない。

システムのスケーラビリティや耐障害性というのも、現実の円やドルによる商取引で使用に耐えないほど困っているわけではないし、現段階ではビットコイン他の売買もシステム不具合でうまく行ってないとかいう話もよく聞く。

また、みんなあまり想定していないのが不思議なのだが、このブロックチェーンのインフラ自体への攻撃というのも十分に考えられることだろう。取引のトランザクションを不正に書き換えるためには複数のサーバーに同時に攻撃を仕掛けないと行けないから攻撃は非常に困難なものになる…という説明はP2Pファイル交換ソフトが流行ったときにも散々に言われた。しかし、「ここまでやるのは現実的でないから大丈夫だろう」に対して、本当にそこまでやって攻撃を繰り返してきたのがハッキングの歴史でもある。何らかの脆弱性を見つけて攻撃を行う人は必ず出てくるだろう。そうなった時に、通貨としての信用は失われていく。

ビットコインは政府や企業の介在が無いので真にオープンな通貨である、ということに対して価値を感じている人もいるようだ。だが通貨の本質とは先に述べたように信用そのものであるから、「政府や企業の介在が無い」ことそのものをプラスと考えて信用しないと通貨としての価値は高まらない。近年、政府や企業の上層に位置する富裕層が一般ピープルを搾取しているみたいな考えが世界中で蔓延しつつあるが、それでも通貨としてドルや円やユーロが信用されなくなるという未来を描くには説得力に欠ける。

以上まででビットコインに既存の通貨以上の価値は無いと述べてきた。ではなぜビットコイン他の相場がどんどん上昇しているのかと言うとこれは明らかに投機の対象となっているからだと認識している。投機とは、

短期的な価格変動の目論見から、利ざやを得ようとする行為。

投機

である。一方で投資とは

将来的に資本(生産能力)を増加させるために、現在の資本を投じる活動を指す

投資

である。両者は全く異なる。自分がしていることが投機と分かってやっているのであれば問題ないのだが、どうも世の中には投資と思ってビットコインその他を買っている人が多い気がする。

HPVワクチン

村中璃子氏がマドックス賞を受賞した。HPVワクチンと痺れなどの症状は関連性が無いという科学的な事実を広めたことで受賞した。マドックス賞は公共の利益になる科学的な証拠を広めた人に送られるらしい。

HPVワクチンそのものに関しては下記の記事が秀逸だったように思う。「ワクチンって効果あるの?副作用が怖いんだけど」という人は是非読んでもらいたい。

根拠なきワクチン批判で救える命を見殺しにしないで

で、本件の結論としては

  • HPVワクチンとしびれ、痛みなどの症状の関連性は認められなかった
  • WHOはHPVワクチンをすべての国で接種義務としていることを鑑みるに、個人のレベルでは接種する方向で行動したほうが良い
  • HPVワクチンの副作用と誤認されていた痺れ、痛みに苦しむ患者のために真の原因究明が望まれる

で終わりだと私は思うのだが、じゃあなんでメディアはそれを報じないんだと騒いでいる人が多い。

私もHPVに限らずワクチンの接種率は上げたほうが公共の利益になると思っているので、それを報道したほうが良いと思う。なので報道されないのは残念だと思う。

メディアが自分たちが広めた論が結果的に誤りだったのでそれを認めたくないがために、意図的に報じないようにしているという主張をしている人も多いのだが、これは完全に推測で裏付けがなされていない。にもかかわらず、絶対にそうだという論調で語る人が多い。その一因にはメディア不信があるんだろうけど、信用できない相手だからといってこうだと決めつけていい理由は無い。個人のレベルで「メディアはよう、いつも嘘を言ってるんだよ。偏向報道だよ」って文句を言うのは、それが飲み屋でオッサンが集まって議論しているなかで出てきたのであれば別に害はないんだけど、Twitterとかだと簡単にそれが広まってしまってそれが世間の常識みたいな感じで捉える人がでてくるのでそういうのは疲れる。

あと、下記も「ほーんなるほど」と思った。

村中氏が痛みや痺れを訴える人に対して「気のせい」という文脈で語っていたというソースは私は知らないのだが、事実ならばこれは酷いなぁ。