人形が買えない

もうすぐクリスマスですね。独身の方であればまぁ彼氏彼女が居れば楽しいイベントですね。彼氏彼女がいなくても、クリスマスまで彼氏彼女が出来るかも?作りたい!とウキウキ気分になれる時期ですね。え?彼氏彼女が欲しくても出来ないって?そんなネガティブだからお前はダメなんだ。

既婚者はどうでしょうか。既婚者で子供が居なければ、夫婦でちょっと良い食事をしたりワインを飲むとかいうことも出来ますね。そのために普段は予約がいっぱいなところを事前に抑えといたり、もしくはぐるなびで検索したりとかね。

でも本記事では既婚者子持ちにフォーカスします。既婚者子持ちのクリスマスはクリスマスプレゼントが売り切れないうちに子供からなんとかして要望を聞き取り、アマゾンで一刻も早く注文するためのイベントです。

クリスマスが近くなるとまずアマゾンやその他大手通販サイトから在庫が失われていきます。その次は実店舗。クリスマスイブ付近になるとビックカメラ等のおもちゃ売り場のレジに疲れたサラリーマンのゾンビのような列が出来てますね。私はこういうシーンが好きなんですよね。「お互い大変だよねー」みたいな、何も言わなくても心が通じるみたいな。他には、例えばアウトレットモールやショッピングモールのトイレ前で子供を抱っこひもで抱えてママがトイレから帰ってくるのをいるパパの間などに同様の感情が生まれます。

で、まぁ仕事帰りにゾンビみたいな顔でよく分からんオモチャを選ぶのも中々大変ですよ。子供が男の子だったらまだオモチャも理解できるというか、大体こんなものが面白そうだなと判別付くのですが、女の子だとこれよく分かんねぇよな。

プリキュアの魔法の棒、みたいなものを買おうとするんだけど、それはよく説明書きを見ると単体では遊べなくて、別売りのキュアマジカルストーンだか何だかよくわかんないパーツを買って合体させる必要がある、とかね。ややこしいんですよ。ひどいのになると、ゲーセンに置いてある筐体とBluetoothか何かで通信させてファッションを集めてね、みたいなものもあり、お前なぁ、そんなもんスタンドアロンである程度遊べるようにしとけよ。ゲーセン前提ならゲーセンの中で完結しとけや、とか私は思うんですけどね。で、箱に書いてある説明書きをよく読み、オモチャ会社の巧妙なトラップを回避してスタンドアロンで遊べる魔法の棒を買ったとしても、子供に「魔法使いプリキュアはワンシーズン前のプリキュアなの。今はプリキュアアラモードですけど」と無慈悲な言葉をかけられるんですよね。本当こういう分かりにくいのってよくない。それでもオモチャ業界も商売でやってるんで、仕方ないっちゃ仕方ないと言えるのかも知れないですけどね。

スタンドアロンで遊べる優秀なオモチャとしてはアンパンマンシリーズがあります。アンパンマンのオモチャは全般的に出来が良く、確実にスタンドアロンで遊べますし、知育玩具的なこだわりもあるので安心してチョイスできる信頼の置けるコンテンツの一つであります。更にアンパンマンは男女問わず必ずハマる時期があり、まさに万能と言えるでしょう。

しかしながら唯一の欠点は人はいつかはアンパンマンを卒業するという悲しい事実です。アンパンマンは愛と勇気だけが友達とご自身を評しておられますが、そこには数々とお友達と楽しい思い出を構築しては、いつかは彼彼女らもアンパンマンの元を卒業し、仮面ライダーもしくはプリキュアへと移行するという一種の物悲しさが背景にあることは容易に想像でき、深く考えさせられるものがございますね。

で、その仮面ライダー・プリキュア関連は先に述べたように、何かとドッキングしなければならない系のオモチャがトラップのように仕込んでありますので、親としては選択するのが難しい。いつまでもアンパンマンが好きでいればよいものを。しかし人はゆりかごの中で一生を過ごすわけにはいかないのです。

で、ポストアンパンマンプロセスに対して効果的で、かつ確実にスタンドアロンで遊べるオモチャの一つは人形です。女の子限定かつ人を選ぶという面はありますが、ハマればその人形だけ持っていれば何も要らない、みたいな感じになるので楽です。

それでようやく本題に入るわけなんですけれども、この、人形ですね。

私、人形って嫌いなんです。いや、嫌いと言うか、正確に言うと「買えない」が正しいですね。人形が買えないんです。

なぜ買えないのか。この背景には複雑な事情がございます。オモチャを買ったらいつか捨てる日が来ますよね?永遠ではないですよね?だから、いつかは買ったオモチャをゴミ袋に入れる日が来ます。これがキティちゃんのティーカップセットみたいなオモチャであれば、まぁー古くなってきて割れてるし、まあいっか。程度で済むのですが、人形を捨てるのって相当な抵抗が無いですか?

人間の姿かたちをした、人間の顔をしている物体をゴミ袋に捨てるってかわいそうじゃないですか?いや、もっと言うと普通のオモチャだって捨てるのは基本かわいそうでしょう。だって今までみんなで一緒に遊んでいたお友達ですからね。なんでお友達をゴミに捨てるの?全然理解できない。というのがベースですよ。だからキティちゃんのティーセットだって捨てれますけど、その捨てるというのにはある程度の悲しみを乗り越えての捨てる、なわけですよ。

キティちゃんのプラスチックのティーカップセットですらそんな調子なのに、人形を捨てるとか出来ます?これ、無理でしょ。世のパパママはどんな顔で人形捨ててるの?水を切った生ゴミが入った袋と一緒の燃えるゴミ袋に入れてゴミの日に出すの?無慈悲すぎない?私の中では少なくとも北朝鮮の無慈悲レベルの40%くらいの無慈悲度だと思ってますよ。これ。

オモチャを買ったら捨てる日が来る、捨てるのは辛い、人形は特に捨てれない。ならばここから導き出される結論ってどうなります?人形は買わない、これでしょ。買わないしかないんですよ。人形は。

でもここまで書くとね、これを読んでる人の声が聞こえてくるんですよ。「そういう人たちのために、お寺で人形供養というサービスを行っているところがありますよ」ってね。あー、人形供養ね。知ってる知ってる。しかし人形供養なんて私にとっては捨てるよりアウトですよ。人形の気持ちになって考えてみて下さい。実質姥捨山みたいなことじゃないですか。四方八方から不要になった人形が集められて坊さんの読経に合わせて燃やされるんだぜ。これ、性格のよい人形であれば「現世では沢山遊んでもらったし、最終的には費用をかけて供養するところまで面倒見てもらった。いい人に買ってもらったな。アーメン」って死ねる(?)と思いますけど、ちょっとひねくれた性格だと「いらなくなったからってこんな寺に集められて焼かれるとかマジありえん。呪ってやる」と思うやつも絶対居るはずで、恐ろしくないですか?いやいや、燃えるゴミで出したって燃やされるのは一緒でしょ。なんで特段人形供養が不気味なんだよ。と思うかも知れませんが、供養だと仏教的なプロセスが間に入りますよね?その仏教的なプロセスによって本来魂を持っていなかった人形に魂が宿ったり、もしくはうっすらと魂が宿っていた人形に仏教的プロセスが作用することで完全なる自我を持つようになるとか、ありうるかも知れないじゃないですか。だからはっきり言って人形供養って不気味ですよ。私にしてみればね。

そう言えば大学の時読売新聞を取ってたんですけど、その新聞屋が気を利かせてジャビットくんの巨大なぬいぐるみをサービスで持ってきたことがあったんですよ。要らないっつったんですけど、新聞屋のおっちゃん的には私が遠慮しているように映ったらしく、結局押し付けられてしまいました。そもそも私は巨人ファンでもなければ野球に全然興味がない。これ、結局捨てるまで7年くらいかかった気がします。二回の引っ越しを経由しても捨てれずに付いてきましたからね。

ということで私としては、人形は買いたくない。買えない。と思っていたのですが、長女が2歳くらいのころ「アナと雪の女王」にハマり、クリスマスプレゼントに「エルサの人形が欲しい」と言い出したので私は戦慄したわけです。人形…。人形を買わねばならぬのか…。と暗い気持ちになりました。でも欲しいというので仕方無しに結局アマゾンで買いました。

したら、長女、どうも人形で遊ばないタイプの人間だったらしく、欲しいとか言ったくせに殆ど遊ばねーの。流石にこの時は何考えてんだこいつと思いましたね。俺がどんな気持ちで人形を買ったと思ってんのか。

しかも子供なんで基本的に扱いが雑で、ちょっと気が向いて触ったと思ったらそこらに放り投げたり、ありえない方向に関節を曲げたり、服を脱がせて全裸にした状態で放置したりするんですよね。

でね、エルサって一応雪の女王じゃないですか?女王陛下なんで国を仕切ってるわけですよ。女王が関節をあらぬ方向に曲げて全裸で床に放置されてるのはこれ、ちょっとまずいよなぁ。憲兵に見られたら大変なことになるで。と思い、服を着せてあげて然るべきところにしまってあげたりするわけですよ。

そんで別のあるときには、私は持病が痔なので、数年に一度は医者からもらった座薬を注入したりするわけなんですけれども。で、リビングで尻を出して座薬を注入しようとすると、目が合うんですよ…エルサと…。流石に私にもプライドはあるので、女王の前で座薬を注入するのは気が引けますし、女王にしてみたって平民(32歳自営)が目の前で座薬を注入し始めたらそれは無礼と感じるでしょう。これも憲兵に見られたら大変なことになるで。と、そういうわけで尻を出したままエルサをしかるべきところにしまってから座薬を注入したりと、もうとにかく気を使うんですよね。

次女が生まれてからは、次女は長女よりもぬいぐるみや人形の類がまだ好きなようで、エルサでも遊ぶようになったのですが、それでも飽きっぽく見つけ出してしばらく遊んでは床に放置しています。これ、次女も完全に遊ばなくなったらもういよいよあかんな…。と今から私は暗い気持ちです。

で、エルサをどうすればいいかというのを考えてるんですが、今の所ベストな回答は、屋根裏に保管しておくことですね。「一条工務店i-smart最後のフロンティアを開拓した」という記事で書いたのですが、我が家には広大な屋根裏がございます。そこの、なんだっけ。地鎮祭でもらった御札などが安置しているあたりにエルサも安置し、この家を守る神の一人として余生を送っていただくのがもっとも無難かなと考えています。

いや、女王が32歳自営業が住む八王子の一軒家を守るってどういうことなんだよ、引退するにももっと良いポストがあるはずだろ。失礼だろ。と思うには思うのですが、それにしても私だってただの32歳自営業ですから、自営業が用意できるポストなんて申し訳ないけどこのくらいなんですよ。女王様に対して甚だ恐縮ではございますが。

ただ仮に私のこの愚案を進言しまして、それを女王様が承服したところで、こう、人形としての役目は終わっているわけじゃないですか。その状態で人の目に付かないところで家を守る役目を担うって、それもそれでちょっとアレですよね。死して護国の鬼とならん、みたいな…。

そういうことでかなり複雑な心境でございます。これに悩むのって私だけじゃないと思うんですよ。その証拠に人形供養とかいうサービスがサービスとして成り立っていますし、映画トイ・ストーリーの本質だって結局そういうことでしょ?たぶんグローバルで人形に対する畏敬の念というか、人形には他のおもちゃにはない何かがある、というのを感じるところはあると思ってるんですよね。

だから海外の例とか調べてみたら面白いと思う。たとえばアメリカ人は絶対もっと爽快なソリューションを導き出してるはずだ。C2爆薬でぶっ飛ばすとか…とおもって「unused toy dolls」などでググってみると、

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こういうページを開いてしまったので、もう今日はこの辺にしますね。