【ウィッシュリスト】私とインディーズバンド

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ウィッシュリストから頂いた酒をのみつつ書いた記事です。

今回のんだお酒は3月13日に頂いたものですが、飲むのが長くなってしまいました。2014年のシャトー・モン・ペラです。ネットで美味しいと評判だったので大事に取っておいたのですが、いい加減飲まないと記事が書けないので開けました。

味はうまい。正統派のワインという感じの味。2014年ということもあってか、そこまで渋みは強くないです。いかにもワインらしい味というか、本当に正統派としか表現しようがない。万人が美味いと思うワインの極大値がこれ、って感じだと思う。

インディーズバンドに例えたらHi-STANDARDって感じだ。いや、ハイスタはインディーズと言うべきじゃないのかもしれないけど。

私の中学後期〜大学卒業くらいまではインディーズバンド漬けの毎日だった。J-POPや有名なアーティストは好きじゃなかった。なんというか歌詞に面白みがないし、曲調もありきたりでつまらないと感じていた(当時は)。周りがなぜかみんな楽器(ギター・ベース・ドラムのいずれか)をやっていたり、兄がインディーズバンドを好んでいたりという影響で私もインディーズバンドをよく聞くようになった。

当時私が心酔していたのはTHE MAD CAPSULE MARKETSというバンド。「Good Girl」という曲がCMソングになった。たしかswitchという名前の清涼飲料水のCMだったと記憶しているが、検索しても出てこないのでなにか間違ってるかもしれない。

タイトルがGood girlだがPV出てくる女の子は正直そこまで可愛くないな…というのが当時の私の雑な感想であった。

私が好きだったのは初期の作品である。THE MAD CAPSULE MARKETSの後期は打ち込み系の曲が中心であったが、初期はもっとパンクロック寄りで、ヴィジュアル系の要素も少し入っていた。私が好きだったのは「HUMANITY」や「GOVERNMENT WALL」、「公園へあと少し」あたりだ。

HUMANITYは歌詞が良い。

奴を陥れたあの日 俺は一人部屋で笑う そして次の日には 善人の仮面を被る

調子よく渡らなくちゃ 人の手を借り 過ごしてきた

パパに買ってもらった車 ママに買ってもらった堕落 あの娘に貰った甘え 俺が君にあげる

という感じ。意味はよくわからなかったけれど、とりあえず世間の常識に反抗心を抱く若年性特有の障害に悩まされていた私はいたくこの歌詞を気に入った。特にMADが多用したフレーズは「あの娘」というワード。これがなんとなく気に入り、当時私が運営したホームページもこれにちなんだ名前をつけていた。って、これは過去の記事でも書いたな。歳をとると同じ話ばかりしてしまう。別の話をしよう。適当にバンド名を挙げてその曲を聞きながらその思いを記してみる。あまり良くない行為だとは思うのだが、Youtubeのリンクも貼るので参考にしてほしい。50音順。

ASA-CHANG & 巡礼

「花」がすごい。

いきなり「インディーズバンド」ではないので恐縮だが、これも当時良く聞いていた。ASA-CHANGはパーカッショニストでNHK Eテレで土曜の朝にやっている「ムジカ・ピッコリーノ」にも出演してた。この人を知ったのは「けものがれ、俺らの猿と」という映画。同名の町田康の小説を原作とした映画で、これが当時の私には色々と衝撃的だった。町田康自体が当時から私にとって衝撃的な人物であった。町田康が「町田町蔵」を名乗っていた際のバンド、INUの「メシ喰うな!」も衝撃的だし、INUの前身のバンドが「腐れおめこ」というのもまた衝撃的である。曲はもはや、音楽と言って良いのか悪いのかも判然としない、これまた衝撃的なものであった。

同様にして衝撃的だったのが「あぶらだこ」である。特に衝撃的であったのが「横隔膜節」であった。

「横隔膜節」というタイトルもさることながら、奇声を発して何かを叫んでいると思いきや「ここはどこだろう」などと尋常の声で喋ったりと無茶苦茶としか言いようがない曲である。滅茶苦茶といえばイギリスのパンクロックバンド、CRASSなんかも無茶苦茶で最初聞いた時はこれは曲かよ、などと思ったのだけど、横隔膜節やメシ喰うな!はそれ以上の衝撃であった。

パンクロックというとSex pistorlsなんかが有名で、God save the queenなどを聞き、

「ほほう、これがパンクロックなのか」などと思う人も居るのかもしれないがパンクロックの奥は深い。いや、あぶらだこやINUをパンクロックと分類できるかどうかもちょっと自信無いのだけど…。

話がそれた。「花」は「けものがれ、俺らの猿と」のエンディングで流れていた曲。この映画も終わりが意味不明で何が起こったのかよくわからないまま終わり、突如として「花」が始まりキチガイじみた歌が始まるので本当に狂気としか言いようがない状態で、あれから色々な映画を見たが「けものがれ、俺らの猿と」を見終わった時に感じた狂気以上に狂気を感じる映画はいまだお目にかかったことがない。

この映画の主演は永瀬正敏であり、友情出演でDragon Ashの降谷建志が出てたりするのだけど、そういう人々を押しのけて強い印象を与えているのが鳥肌実である。

鳥肌実自体がイコール狂気みたいな感じだし、映画のストーリーも元々狂気じみてるし、音楽も興味じみてるしエンディングも狂気じみてる、凶器オブ凶器みたいな感じでもうすさまじいのが「けものがれ、俺らの猿と」ね。

BALZAC

アルファベット順に並べてAが終わったところで約3000字、原稿用紙7枚以上も書いてしまった。チャチャっと行こう。絶対終わらないと思うけど。

BALZACは色々思いがあるのだけど書いてたら思わないので一番強いエピソードをひとつだけ。NOWHERE #13という曲のPVが良かった。

これは当時私が気に入っていたPVの一つで、これを見て映像制作というのも面白いなと思った。ちょうどFlashムービーが流行った頃で、私もいくつかFlashムービーを作ったりしていた。何度かこのブログで高校時代に映画を作ったことを書いたが、それもたどるとこのPVが発端だと思う。

DOPING PANDA

大学生のころこの人たちを知った。このころはとにかく誰も知らないバンドを発掘したいという思いが強く、よく視聴することもせずCDを買っていた。DOPING PANDAのPINK PaNKは当たりだった。名盤と言ってもいい。

私はオムニバスCDを買い、その中から新しいバンドを探すという手法をよく取っていた。オムニバスだったら全部の曲が外れということは稀であるし、そこから気に入ったバンドを選んでそのCDを買うのもまた全部の曲がハズレという可能性も低い。

DOPING PANDAは当時私が秋田の大学に通っていて、週末になるとよく宮城に住む友達の家まで車で遊びに行っていたのだが、そのあたりによく聞いていて、DOPING PANDAを聞くとその国道108号線の情景がありありと思い起こされる。私にとってDOPING PANDAとは国道108号線のテーマ曲と言っていい。DOPING PANDAの面々が「国道108号線のテーマ」と思われることにどう思うかは知らない。

EASY GRIP

友達が大好きだったバンドで非常に印象に残っている。なんか青春だったって感じがする。当時、(高校生時代)私はバンドを組んでいてドラムをやっていた。それでひとつ下の吹奏楽部の後輩と付き合っていて、みんなには茶化されたけどまあなんだかんだでいい思い出だった。うん。それは嘘だ。それはその友達のエピソードだ。人の思い出を掠めとって私は青春を仕立てあげたのだ。よろしく。

SOFTBALL

ごめん、もう結構寄ってきたのでもうEからSに飛んだ。ソフトボールは3人組のガールズバンドで、後期は特攻隊や戦争の歌を中心に歌い出し、最終的には米空母の甲板上でライブをやった…はずだ。当時そんな記事を見たのだが、今探しても見当たらないばかりか、SOFTBALLという名前すら出てこない。たしか、場所はハワイとか書いてた気が…。

SOFTBALLはまぁ私も好きではあったのだが、また別の友達が心酔していて、仙台までツアーライブを見に行ったりした。高速バスでな。高速バスで。そしたら、その友達がライブ始まってから「ハルナー!!!!(ボーカル・ベースの名前)」「リエー!!!!(ドラムの名前)」「モエー!!!(ボーカル・ギターの名前)」などと絶叫しており、ちょっと引いた。そういえば私は好きなバンドは数多いたが、メンバーの名前まで知っていたケースはほとんど無い。私の中で作品が好きなのであって極論を言えばバンドそのもの、メンバーの人たちはそこまで好きとか興味があるとかいう対象ではなかった。だから、ライブもあんまり行く気がしなかった。

仙台のライブに行った時は兄が仙台に住んでいたので、友達と二人兄のアパートに一晩泊めてもらっていた。兄はガタイが良くて身長も180cmくらいあった。本当は友達3人で行く予定だったのだが、一人がドタキャンしたので代わりに兄がライブを見に来た。兄がライブハウスに入ってくるや否や、友達が開口一番、「お前の兄貴怖すぎだろ」と言っていたのを覚えている。私は兄弟なのでそうは思わなかったが、まあそうなのかもしれない。兄はビールの自販機の前で地べたに座るピアス付けまくった金髪の若者二人に対し、「しっしっ」というジェスチャーをして退かせ、アサヒビールを買って私達二人に呉れた上、前座のバンドを見たあとで「じゃあ俺は行くわ。俺は女の家に泊まるから、二人で部屋は自由に使ってな。楽しんでな」と帰っていった。私は兄にかなり色々やられたが、あの時は格好良かったような…気がする。

SOFTBALLはいまメンバーの名前を調べるためにWikipediaを見たのだが、この人たち、俺とあんまり年が変わらないのであって、特に最年少の人は私と学年で言えばひとつしか違わないし、そして私は高校生の時にはもうSOFTBALLを知って聞いていたのだが、するとつまり、これ、学年で言えば一つ上の先輩のバンドみたいな感じだということであって、なんかすごいな。えっ、じゃあ高校行かないでバンドやってたってことだよね?すごいね。おじさんそんなエネルギー無いよ。いやいや、おじさんだからエネルギーがないのであって若いからエネルギーがあるんだよ。みたいな。全然SOFTBALLの話してないじゃん。

子供が眠くて泣きじゃくっているので今日はここまで。