Twitterで話題になった事について(2017年3月末)

Twitterをやってると色々思うことがあるのだけど、書ききれないのでブログ記事として書いてみた。

てるみくらぶ

旅行会社「てるみくらぶ」が破たんした。

渦中の「てるみくらぶ」が記者会見、約3000名が海外渡航中に破たん、経緯説明と旅行者に渡航中止を呼びかけ

Twitterでも「ホテルから、『てるみくらぶより宿泊代金が支払われていないため、一度ご本人が払ってください。支払証明書は発行するので後日てるみくらぶにお問い合わせください、我々としても遺憾です』という書面がきた」「飛行機のチケットが届かない」などの被害状況が伝わってきている。

今回、てるみくらぶが特に叩かれているのは

  • 旅行代理店は資金の流れが単純で支払発生日も分かっているから破たんする日も分かっていたはず。それなのにギリギリまで顧客に説明しなかった
  • 破綻ギリギリまで新聞広告を通じて現金一括支払いキャンペーンや旅行販売を続けていた
  • すでに海外渡航してしまった人は自力で帰ってきてくださいというスタンス

あたりにあるような気がする。

そもそも旅行代理店の扱う商品とは、余暇を楽しく過ごす特別なイベントに関するものなので、その楽しみが奪われた末お金も帰ってこないという点で批難が激しくなっているようにも思う。

「現金一括支払いキャンペーン」であることの問題点は、決済から実際にお金が得られるまでのラグがあるクレジットカードではなく、即現金が手に入る「現金一括払い」をわざわざ倒産寸前に広告で打ってアピールというあたりが、「計画倒産で取れるだけ取るつもりなのでは」という憶測を呼んでいるようだ。

ただ、個人的にはこの見方は疑問で、計画倒産を企てるような輩ならばもうすこし上手くやるのではないかという気がする。最後に人からむしれるだけむしってやろうという神経の図太さがあるならばわざわざ公衆の面前に実名と素顔を晒して謝罪会見を行うようなことはしないような気がする。それに、倒産に至るまではまっとうに営業をしていたわけで、そこから窮地に至っていきなりマネーロンダリングに計画倒産を行う、というのは不自然なように思う。キャッシュが欲しかったのは、自転車操業的な発想で、「とりあえずこの瞬間にキャッシュが手に入れば首が繋がる」程度の考えだったんじゃないかな。まあ想像だけど。

いずれにせよ、「とりあえずキャッシュが手に入れば首の皮一枚繋がる」という思いで現金一括払いキャンペーンをやったのだとしても、それは顧客との契約を履行できないリスクをあまりにも過小評価した判断ミス(つまりそこに至る前に諦めて倒産手続きを進め、顧客のダメージを最小限にすべきだった)だと思うし、そもそも「現金一括払いキャンペーンが盛り上がればこの窮地を乗り越えられるんや!」みたいな発想があまりにも稚拙であることは素人でも理解できるだろうし、それを挙げててるみくらぶを擁護することは出来ないと思う。

また、下記の記事もよく目にした。

てるみくらぶ騒動から見る日本式パッケージツアーの終わりの始まり

この記事では、日本のキャンセルポリシー(n日前のキャンセルでx%の旅行代金を頂きます、みたいなやつ)の緩さが指摘されている。海外はキャンセルポリシーが年々厳しくなっているにも関わらず、日本の旅行会社のキャンセルポリシーが緩いので、そのギャップの負担は結局旅行代理店にのしかかる。その結果経営を圧迫するという主旨だ。

さらに、このキャンセルポリシーは日本の文化的側面の影響も強く、欧米や中国では「休暇のために仕事をする」が、日本では「仕事の合間に休暇を取る」という考えが強いために、日本人にとってはなるべくキャンセルポリシーは緩い方がありがたいという経緯があるとのこと。

上記が正しいかどうかは私は旅行業界の人間じゃないので判断つかないのだけど、ある程度納得できる話だ。

で、私が思ったことは2点。

1点目は、もし本当に日本人の仕事優先な価値観が旅行会社に影響し、業績を悪化させているのであればこれほど悲しい話は無いよなぁということ。だって誰も幸せにならないよね。現地観光施設も日本の旅行会社の支払いが遅かったり価格交渉がしつこかったりということでマイナスだし、旅行代理店もキャンセル費用を負担するから不幸だし、今回のようなことがあれば旅行に行く本人も不幸。だれも幸せにならない。完全なる鬱エンドですよ。なんでこんな風になってしまったのかなあ…。

2点目は、上記の記事でも触れられているが、現代における旅行代理店の役割って何なんだろうということ。昔は素人が現地の交通やホテル、レストランを手配することは難しかったが、いまやネットから手配できるし、メジャーな地域であれば全て日本語でできてしまったりする。今後この流れは止まらず、どんどん便利な方向に向かっていくだろう。

それでも人数を稼いで現地のホテルその他と交渉し費用を安く抑えられるというメリットが旅行代理店にはあるが、もし旅行代理店の経営状態が悪くなり、リスク分を旅行代金に反映させて個人で手配するのと大差なくなってしまったら、旅行代理店はネットで予約するということが出来ないような高齢者層がメインの顧客となるようなビジネスになってしまうんじゃないか。

私がこないだ旅行したときまず驚いたのは、自分で航空券や現地ホテルを手配したほうが旅行代理店を経由するよりも安かったこと。私は先に書いたように、旅行人数を稼いでスケールメリットを出して費用を抑えることが代理店を通す一番のメリットだと思っていたのだけど、もうそういう時代ではないのかもしれない。

貧乏な友達とはもう遊べない

貧乏な友人ともう一緒に遊べないという記事が話題に上っている。

大学時代の友人と会って遊んだが、何かとお金のことを気にする友達と一緒に遊んでいても何ら楽しくなかったという主旨である。

私はこの論を特に違和感なく「まぁそうだよね」と思ったが、反応を見ていると色々な意見があるみたいだ。記憶に残っているところだと、「自分がずっと金持ちの立場ということを前提にしてるよね」「友達は財産や収入で付き合いするかどうかを決めるもんじゃない」「こういう日記を書いて悦に浸れるんだから世の中やっぱ金だよな」「貧乏で悪かったな、胸糞悪いわ」みたいな意見が多かったけど、いや、ポイントはそこじゃないと思う。

「友達はお金じゃない」という人は、そもそも我々は最初から友達になりうる人を何らかの基準で選別しているという根本的な事実を無視している。

友達とは何か共通の価値観があって、共通する趣味があって、共通する話題があるような人同士がなるものである。逆に言えば何ら接点がない人とは友達になりようがないのである。だから類は友を呼ぶという言葉が生まれ、アニオタはアニオタでグループ作るし、ミリオタはミリオタでグループ作るし、プログラマはプログラマでグループ作るし、その中でさらにJava派だのScala派だのVim派だのEmacs派だのIDE派だの分かれるし、既婚者は既婚者で、子持ちは子持ちで、子供は子供でグループを作るのである。それは「金銭感覚の合う合わない」で友達を選ぶのと何ら大差ない当たり前の行為で、それ自体が良いとか悪いとかではなく、友達とは本来そういうものだと思う。

今回の件は絶妙なタイトルによって「金を持ってる人と持ってない人」の対立を煽ってる感がまずあり、そして反応している人も煽られてる感が私はするのだけど、友達として成立するかどうかは金そのものではなくて、そういう総合的な価値観が合うか合わないか、なんだよね。

今回のケースが事実であったと仮定して、「友達と金銭感覚が合わなかったので遊びたくない」という結果を掘り下げてみると、まずこのケースでははっきりとは書かれていないものの、変化に戸惑ったという書き方が全体に見られるので、おそらく久しぶりに会った友達なのだろう。ということはまず、卒業後も頻繁に連絡を取り合う程親しい友達ではなかったことが想像できる。そのうえでさらに価値観の不一致を感じたならば、友達として付き合いたくないという結論に至るのは妥当である。

つまり金銭感覚はあくまでもきっかけの一つで、友達としてやっていけなかったのはそれ以前にあまり共通の話題や価値観が無かったというのが本質的な原因じゃないのかな。逆に言えば、価値観が違ってもものすごいマニアックな分野で意気投合してて、かつ、その他にも共通の趣味があるとかいう状況ならば卒業後も定期的に連絡は取り合って頻繁に遊ぶだろうし、そうすれば多少金銭感覚が違えど気にならないだろう。少なくとも「金銭感覚のギャップに戸惑った」という印象は持たないはずだ。

従って、皆様方におかれましては、大人になれば友達付き合いも金か、何でもかんでも金を基準にする人が増えて生き辛い世の中になったものよのう、などと安易に社会の所為にしたりせず、本来生き物には相性があって友達や側近を無意識的に取捨選別する生き物だという意味であって、ごく当たり前のことを「持てるものと持てないものの格差」みたいなテーマでラッピングして語ってるだけなのであまり深く考えず、生きたいように生きるのが良いと思います。一々金のことで突っかかってくる人がウザかったら一緒に遊ばなければいいし、一緒にいて楽しいので金の事で突っかかってきても別にそれはそいつの性格の一つなんだよね、って思えるんだったら一緒に遊べばいいだけの話です。もっと言えば人の友達づきあいなんてどうでもいい話であって、そういうことについて一喜一憂して何か考えるよりだったら自分がやって楽しい事、気持ちいい事を追求したほうが楽でしょう。

以上、ご査収ください。