【質問#98】チームリーダーを断りたい

質問・悩み相談の回答です。

質問

こんばんは。仕事の悩みを相談させてください。

私は新卒から現在(10年目)まで、とあるIT企業でSEとして金融システム開発をしています。

<悩み事>
上司から、来年度に開発チームのリーダを任せたいと言われています。
それに伴い、以下の悩み事があります。
(1)チームリーダを断る良い方法はないでしょうか
(2)チームリーダをやったほうが成長できるのか

<悩み事の背景>
上記に記載した悩み事の背景を整理してみました。
(1)私は人の面倒を見たくありません。業務上、仕方なく後輩へ指示を出してはいますが、説明が面倒くさいので自分でやったほうが仕事が早く片付くし、品質も良いと考えています(後輩の成長を考えたら良くない行為)。このような人間が人の上に立つべきではないと考えています。また、私には、今年4月から保育園に入園する子供がいます。妻も私も残業が多く、4月以降、子供の体調不良等で計画外の休暇を取る事態の発生が多分に予想できます。そのような計算しづらい人間がリーダをやることは、プロジェクトとしてのリスクに直結します。リスクヘッジの意味でも私がリーダをやるべきではないと考えます。

(2)私の会社のキャリアプランは、年次が上がるにつれて開発からマネジメントにシフトしていく、というパターンしかありません。(1)の背景を上司に伝えても、「そのような状態でリーダをやったほうが仕事面でも人間としても成長できる(ドヤッ)」と一点張りです。私は上司の考えに賛同できないのですが、withpopさんはどのように考えますか?(相談というよりも、感想を求めています)
ちなみに、その上司は入社してから現在まで、1行も商用プログラムを開発したことがなく、すべて協力会社に依頼して仕事をしてきています。上司は、「製造なんて誰でもできる。我々は協力会社をうまくコントロールするような頭脳労働をするべき」ということを平然と言う人間です。私は、上司を仕事面でも人間としても好きになれず、上司の発言を感情を除外して聞くことが困難な状態です。withpopさんに客観的に感想をいただければ幸いです。

回答

感想を、との事でしたのであまり口出しせず思ったことを書いてみます。でも状況と考えがあまりに似ているので、基本的には同意しかないです。

私は人の面倒を見たくありません。

私も面倒を見たくありません。でも自分の子供の面倒はよく見てる方だと思います。毎日髪を結んでます(結び方を覚えました)。でも後輩や同僚の面倒を見ることはしないです。不思議ですね。たぶん、子どもと違って社会人でいい年した大人なんだから自分で考えて学習しろよバーカ、って思ってるんだと思います。実際、私も仕事してからは人に何かを教えてもらった(単純な手続きや、数回のやり取りで済む打合わせなどは除く)ということはありません。たぶん、私の場合はOJTというやり方自体に強い不信感を持っているからでしょう(つまり仕事しながら教えるというやり方が疑問)。

しかしこれもご指摘の通り、上に立つものが後輩の成長に熱心でなかったら組織の生産性は上がりません。だから褒められる行為ではないんですけど、結局自分でやった方が良い結果になるというのも短期的に見れば正しいので難しいところです。全員が高いモチベーションを維持して人に言われることなく自分のすべきことを完璧にこなすのが正しいチームだと私は思いますし、そういうチームでは一々指導する必要性はあまり無いと信じております。それはあくまでも理想論であって現実のチームってのは優秀な人とお荷物や発展途上国みたいな人がごったになってるわけですから、現実に無いものを前提とした考えなのでやっぱり変なのでしょう。

それでもなお、私なんかは人の面倒は見たくねぇと思ってしまうんですよね。私の場合は、本質的に人が嫌いだからなのでしょう。

ちなみに、そういう極論を抜きにしたとしても、良い教師に必要な資質が備わっているかどうか、人を教えるのに向いているか否かというのは個人差がある事なので、必ずしもすべての人間が後輩の面倒を見てあげるべきというのはちょっとちがうかな、と思います。なので、人の面倒は見たくない、と言う人がいるのもしょうがないかな(自分の事は棚に上げて上から目線ですが)と思います。

あとこれは余談で、かつ、自分のことで恐縮なのですが、会社で後輩に何かを教えるのは嫌なんですけど、私個人としてはゆくゆくはセミナーやプログラミング教室などで人に何かを教えていきたいと強く願ってるんですよねぇ。元々教えることは得意だし好きなので、立場が違えば教える事も大いにありうるというか、むしろ講師業をやってみたいとすら思ってます。

子供の体調不良等で計画外の休暇を取る事態の発生が多分に予測できます。その様な計算しづらい人間がリーダをやることは、プロジェクトとしてのリスクに直結します。

これもごもっともだと思います。というか、元を正せばこれだけ情報通信網が発達しているくせにいまだに一か所に集まってお仕事しているという状態がまず異常だとおもうんですけど、世の中にはそれを異常とおもわない人が多いので結局出社しなければ仕事にならないということになってしまうんですよね。本当不思議です。ともかく、現実的に職場に行かなければ仕事ができないということになっている都合上、突然休むような人間はリスクですし、そのような人間がリーダーになってはいけないというのも一理あります。

私も同様の論法で「マネジメントなんかやれない、できない」と全力で逃げている所です。

私の会社のキャリアプランは、年次が上がるにつれて開発からマネジメントにシフトしていく、というパターンしかありません。

私が今勤めている会社もそうです。

「そのような状態でリーダーをやった方が仕事面でも人間としても成長できる(ドヤッ)」

この意見には私も全く同意できません。

そもそも何かチャレンジングな目標を与えてそれを達成することによって人を成長させるという手法は、本人に高いモチベーションが無いと失敗します。「きついけど頑張ってみよう」と思いながらキツイことにチャレンジすれば、限られた時間を有効に活用する術を身に付けたりして、結果成長できますよ。でもね、やる気が無い人にチャレンジングな目標を与えてもそれをこなすのに精いっぱいになって得るものは無い。そして何にでもやる気を出せというのは完全に理想論です。人間は自分が興味を持てないことは頑張れません。サッカーに興味のないプログラマにサッカーを教えようとしたって限界があるでしょうし、プログラミングに興味のないサッカー選手にプログラミングを教えようとしたってこれも限界があるでしょう。適性というか、その人の主義・趣向・価値観の話だと思います。

同様の事が子供の英会話塾などにも言えると思います。今は「幼児期の英会話教育が何よりも大事」みたいな感じで、子供の意思なんか関係なく通わせ、それなりの成果を上げたり上げなかったり、結果、行かせた母親も「高いお金払って行かせてるのに全然意味ないわー、もっとやる気出してよ」とか言うんですよ。

アホですよね。端からやる気ないのを承知しつつ英会話を学習させ、もっぱら自分の考えと好みで高い金を差し出した末に、結局子供のモチベーションが上がらないとか言ってるんですよ。高い金払ってるのとやる気が無いのは全然関連性が無いですよ。婚活パーティーやエステに頑張って通いつつ「全然サバの味噌煮作れるようにならないわー」って愚痴るようなもんですよ。

この上司が問題であったのは、部課がリーダーになりたくない(つまりは、出世したくない。少なくとも今の会社でマネジメントをしたくない)という思想を汲み取れなかったというところにありますね。このすれ違いはSIerなどで度々発生します。

んじゃあ、「俺はリーダーにはなりたくないんだ、一生現場でプログラムを打っていたいんだ、だからほっとけ」と言えば良いじゃん?と、思いませんでしたか?そこのあなた。違うんですよ。こういう人の頭ってもう超絶固定観念が支配してるんです。この上司も、

「製造なんて誰でも出来る。我々は協力会社をうまくコントロールするような頭脳労働をするべき」

とか言ってるでしょ?こういう考えの人たちってマジ多いんですよ。でもこの意見ってどう考えてもおかしいんですよ。

まず第一にマネジメントがプログラムの製造よりも偉い行為であると思ってる。マネジメント、プログラミングなんて本来役割の違いでしかないじゃないですか。どちらかが欠けても仕事は出来なんですから、どっちが偉いとか無いんですよ。でも、マネジメントは人を動かすという行為が伴う都合上、年長者のほうが適している傾向にある、というだけなんですけど、その、「傾向がある」を「マネジメントが偉い。人に指示して人を動かす俺が偉い」と解釈しちゃうんでしょうね。

第二に「製造なんて誰でも出来る」という誤解。製造なんて誰でも出来る。だから開発言語は技術者を集めやすいJavaにする、頭数をそろえるために外注して外注して外注しての繰り返しで数値上、N人月の開発プロジェクトにN/10人が集まったから10か月でシステムが出来るね、やったねピース。みたいなプロジェクトで過去どれだけ失敗してきたかという知見が全く生かされてない。

逆に言えば、「誰でも出来るような技術力で賄える範囲」でこれからも勝負していこうと思っている時点で先見の明なし。今はそのビジネスが通用しても、今後AIだのなんだのが流行ってきたときに対処できる力はない。

第三に「協力会社をうまくコントロールするような頭脳労働」という言葉。「我々が主導権を握って実際の製造工程を制御してれば良いものが出来る」とでも思ってるんでしょうか。知っているような口をききつつ、自分が「作業現場の人にあれこれ指示する役割の人」という歯車であることを暗に認めてしまっていますね。それが頭脳労働ですと?はっ、笑わせんな。仕事っていうのは

  • お金を稼げる手段を見つける
  • それがビジネスとしてペイできる現実的なプランで設計できる
  • 競合相手を認識してそれに打ち勝つ強みを立案できる
  • 具体的にビジネスを計画する
  • それを銀行員やVCにうまいこと信じ込ませて出資を得る
  • 人を集める
  • 集めた人から本当に使えそうな人を見ぬく
  • 使えそうな人との信頼関係を醸成しつつ責任を与えて仕事を託す
  • 出来上がったプロダクトを市場に認知させる
  • 顧客を引っ張ってくる
  • 顧客にうまいこといって金を出させる

などなど色々な要素が関わっておるわけですが、この人の言う頭脳ロードーとはこの中の、「仕事を託す」あたりに位置するのであって、その仕事を託してマネジメントをするのも

  • 仕事量に対して確保できる予算・人的リソースが充足しているか検討する
  • プロダクトを作るためにタスクをブレークダウンする
    • メンバのスキルと経験を把握しておく
    • それぞれのタスクに適したメンバをアサインする
  • 与えた仕事のパフォーマンスを測定する
  • 予測した出来高(EV)に達していない場合はその問題を調査する
    • 発生した問題を分析し、対処方法を立案して実際に指示する
  • それと並行してグダグダ文句を言ってくるステークホルダーとの議論で常にイニシアチブを取って自分のプロジェクトを有利に進める

ということが必要なんですよ。いいですか、「仕事を託す」だけをピックアップしてちょっと考えただけでこれだけ列挙できるんですよ。これらの責務が、

入社してから現在まで、1行も商用プログラムを開発したことがなく

という、開発プロダクトがどの様な製造工程を経て出来上がってきているか全然知らない、なんて人が出来るわけがないんですよ。

じゃあその上司が何をやっているのかというと、私が思うに「顧客から言われた仕事を協力会社にそのまま伝える、仕事を右から左に回す伝言ゲーム」をしており、これをズノードーロと呼んでいるのでしょう。たぶん。こういう人を私は今まで何人も見てきました。こう、仕事を回して書類をいっぱい書いて人に指示してると自分が偉いと錯覚しちゃうんでしょうね、たぶん。私だって同じ立場で偉そうに発注元と下請けの立場で指示するばっかりの仕事してたら偉そうにふるまうかもしれませんし。

で、こういう人に昔、飲み会の席で言ったことがあるんですよね。私はマネジメントが好きになれないと。私の会社でマネジメントという立場に立っても、それは私の会社の社内だけでしか通用しない無暗に複雑なローカルルールを熟知して運用するというスキルに長けるだけであって汎用的な強さは何も生まれないと。だったら、うちの会社の中で選ぶんだったらなんぼかでも潰しの効く技術が得られる現場の仕事を選ぶし、そういう考えなので出世して年収が伸びても何ら達成感が無いという主旨の話をしたところ、「お前そういう風に考えてるんだぁ…。悲しいやっちゃなぁ…。」と、心底憐れむような、お盆の時期に新聞の番組欄で「蛍の墓」を見つけてしまった時の気持ちを100倍くらいに増幅した、みたいな顔をしてました。こういう人種とは絶対に価値観を共有できないと思いますね。

私は、上司を仕事面でも人間としても好きになれず

人間としては分かりませんが、仕事面では私も好きにはなれないですね。あって話ししてみないと分かんないですが、多分、この上司から毎日回らない寿司や学生やファミリーが来ないような焼肉屋をおごってもらっても人間的には好きになれないような気がします。

ちなみに私はたぶん質問者様とほぼ同一条件のような環境に居る状態だと思いますが、こういう状態ではもう会社を辞めるしか選択肢は無いかな、と思ってます(1年ぶり31回目)。今年4月までに辞める可能性大です。