東京デザインウィークの事故について思う事

トランプの騒動ですっかりみんな忘れてそうだが、先日非常に痛ましい事故が起こった。

神宮外苑の催しで展示物燃える 5歳男児死亡、2人負傷

沢山の人がすでに指摘しているように、木枠をジャングルジムのように通気性が確保できる形で組み上げて中に着火しやすい木くずを入れるというのはもはや火おこしの手順そのものである。AI研究で著名なshi3zさんも言及していた。

おがくずと電球で5歳児を焼死させた東京デザインウィークの何が問題なのか?

その他にもたくさんの指摘がSNSなどでなされているので、私は特に言いたいことは何もない(正確に言えば色々あるけど言わない)。事故の原因や管理責任などは追って警察が明らかにしていくだろう。警察による操作が終わったら、刑事罰が下ったりや民事訴訟が始まったりするのだと思う。そのあたりは専門家に任せるべきだし、当事者の問題である。

ただ、私が言いたいというか表明したいのは、子供が死ぬニュースを見るたびうんざりするということだ。

子供が死ぬニュース

子供が死んだり大けがしたり虐待されたり紛争地帯で人権がないがしろにされてるみたいなニュースってどうにかならないですかね。やめてほしいんですけど。いや、「やめてほしいんですけど」と言っても実際に発生している事故・事件があって、それを報道するのは普通のことなんでしょうがないのですけど。報道するなってのもおかしいし。

それでも、「もうやめてほしいんですけど」と思っている父親母親は世の中に多いと思う。見てらんないんですよ。こう、勝手に想像してしまうんですね。病院で遺体と対面したときの両親とか。葬儀屋が来て葬儀を進めるシーンとか。葬儀に園児とか幼稚園の先生とかが来るわけですよ。後は弁護士と相談して民事訴訟起こして、打ち合わせや審議の都度この過去の記憶を思い出して心をえぐられるような思いをするわけですよ。そうして何十年も経っても、仏壇には5歳のままの写真が写っていて、何か事あるたびに「もし生きていれば今頃は…」って考えにふけるわけですよ。

子供って相当な労力と金と時間をつぎこまれて成長してるわけで、そして将来は一人前になって稼ぎ、労働し、税金を納めて結果的に子供時代につぎ込まれた金と時間を余裕でペイするようになるんですよ。だから法的にも子供って優遇されてて守られるように出来てるんですよね。たとえば歩行者専用の歩道であっても幼児は歩道を自転車で走ることができたりするでしょ。それだけでも非常に大事な資産であるというのが分かるじゃないですか。

そして子供が特殊なのって、その資産自体に人格があり、喋り、考え、行動し、家族や周囲の協力者になつくところなんですよ。しかも人間って、子供が可愛いと思えるように遺伝子レベルでプログラミングされているんですよ。そういうものってあります?無いでしょ?マンションや土地とか株とかは「私たちを売らないで!もっと一緒に居たい!!」とか言わないでしょ?でも子供は言うんですよ。

さらに言えば、その子供という資産を大切に育てていく中心人物になっているのが親ですから、その過程は親の人生にも完全に組み込まれていて一体化しているわけです。親にとって子供が世界一大事というのは、私も親になるまではいまいちピンとこなかったんですけど、今は理解できる気がしますね。

今回のニュース見ると、火事になって怪我(おそらく火傷)をした一人は父親であって、火に包まれるわが子を助けようと頑張ったのでしょう。そしてそのまま、強い火の勢いになすすべもなく燃えていくのを見ていたのでしょう。これって控えめに言っても地獄ですよ。子供と残された家族のことを思うと悲しくてなりません。

主催者側はこの後失われた人命の責任を取らされるでしょう(責任があることが明らかになれば)。そのあたりは警察と裁判所の仕事ですので、我々市民はその「許せない」「やるせない」と思う感情はひとまず置いといて、彼らに任せた方が良いでしょう。

そのうえでこのようなニュースから我々一般ピープルが学ばなければならないのは、日ごろからの安全に対する意識だと思います。私はソフトウェアエンジニアですが、原発で作業していた経験があり、そこで安全意識教育みたいなものを何度も受けさせられました。ああいった大きなプラントとか工事現場では毎日徹底してKYT(危険予知、作業前に想定される危険とその対応を話し合う)とか2S(整理整頓)とか指差呼称(道路渡るときに右良し!左良し!とか声に出して言う)とかやらされるんです。そういう活動で一貫してるのが、作業が予定通り進むことよりも怪我をしないようにすること、死なないようにすることが最も大事という意識です。ああいう経験は毎日やるのは大げさですが、誰でも一度はしといた方が良いとおもうんですよね。

日常生活だって事故が起きるリスクはあるんですよ。たとえば、毎日の通勤経路で子供が飛び出してくるような場所は無いか。ホコリが被ってるコンセントは無いか。子供の通学経路で危ない個所は無いか。歩きスマホをしていないか。駅のホームでギリギリを歩いてないか。などなど。

我々は被害者になる可能性があると同時に加害者になる可能性もあります。今回の展示は非常に危険なものだったのかもしれませんが、主催者側だってなにも人を殺そうとして展示していたわけでは無いです。起こしたくて起きる事故なんてありません。我々が何らかの不注意で人を殺すときがくる可能性だってあります。我々が教訓とすべきは危険を出来る限り予知して意図せず人に危害を与えてしまうリスク、被害を受けるリスクを早期に見つけ、なるたけ潰しておくという努力だと思います。

そういえば非常食を買おう買おうと思って1年くらい経ってしまいました。そろそろ忘れないうちに買っておきたい。