「日本は努力しても報われない社会」に対する反論

下記記事を読んだ感想。

努力してもムダな仕事が「若者の貧困」を生む - 大人は、高度経済成長期の感覚で物を言うな

東洋経済はなんだかひどい記事が多いです。ブロガーがPV目当てで書くような記事ばっかり公開してます。それにいちいち突っ込むのもどうかと思うんですが、今回は特に「はあ?」と思う内容が多かったので書いてみる。ちなみに数字による裏付けや何らかの根拠は無いのであくまでも「感想」です。

必死に努力しても、報われない社会が到来している。非正規雇用でどれだけ努力をしても、正社員になれない若者がいかに多いことだろうか。

非正規社員のまま苦労し続けて正社員になれない人が多い(増えている)というのは統計(例えばこれ)を見ても確かにその通りですが、そこから「現代日本は必死に努力しても報われない社会だ」という結論は導けませんよね。逆ですかね?報われない社会が到来している一つの例が非正規雇用から正社員になれない若者が多いという統計に表れてるんですかね。するといきなり「報われない社会が到来している」が暗黙の前提になっています。

本当こういうのは止めて頂きたいんですよね。日本は全然ダメだ、若者が子を産み育てていくという環境にない。エリート層は海外に逃亡し国内は貧困層しか残らない。みたいな論調を根拠なく垂れ流しにされると気分が鬱々としてくるでしょ?その気分の鬱々が経済活動に超悪影響なんですよ。こんな記事ばっかり書いてて、「よし!ホンダNSXでも買うか!」って発想になります?ならんでしょ?

どうせ根拠のない弁を垂れ流すなら「日本は今後イケイケムードがやってくるよ。不動産価格も賃金も上昇傾向にあるよ。今のうちに欲しいもの買っとけ!ローンで支払いを先延ばしにすれば支払総額は圧縮できるぜ!」みたいなことでも言ってくれれば日本経済のためになると思うんですけど。

いかに人件費を削ればよいかということが企業目標にもなっており、若者たちの労働環境はこれまでにないほど劣化している。

ホントかよ。企業目標ってことはたとえば株主総会のスライドとかIR情報とかで「人件費削って配当還元します!」とか言ってる企業が居るの?おかしくない?それとも筆者独自の取材結果なんですか?ライターがやってきて「御社の目標をお伺いしたい」と問われて「はい!我社は精一杯人件費を圧縮することに努めております!」とか言うの?

ビジネスマンが目指す理想の企業経営者で有名な、京セラ・第二電電(現・KDDI)創業者の稲盛和夫氏は、「一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれてくるのです。正確に将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかないのです」(『成功への情熱─PASSION』PHP研究所)と述べている。しかし、この時代にその考えは当てはまるだろうか。わたしは今日、このような努力至上主義を信奉することこそ、若者たちを追いつめていくと批判せざるを得ない。

えっ、ほんとに?努力せずに良い生活が出来るの?零細派遣5年目年収200万みたいな人が一気にGoogleに入社してフリーランチを食うみたいな待遇になるのが良い世界なの?えっ、もしかしてソ連出身の方ですか!?努力しなくていい生活ができるということを追求するのはつまり、努力した人へのリターンを圧縮することにつながると思うんですけど。

こんなアルバイト作業を想像してみてほしい。

工場で1日8時間、ベルトコンベヤーで次から次へと運ばれてくる「あんぱん」に異常がないかを見定め、淡々と白ゴマを振りかけ、ひとつ流してはまた白ゴマを振りかけて流す─―誰にでもできる機械的作業であるため、低賃金で非正規雇用のアルバイト要員が交替で従事する。熟練を要しない単純労働で、その仕事内容が本人の成長や技術獲得、将来の生活の安定にどのように寄与するだろうか。どれだけ努力をし続けても時給は最低賃金で、その作業が毎日繰り返される。

そこにどのような展望を見出せばよいのか。ワーキングプア状態からどのように抜け出せばいいのか。「一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれてくる」と本気でその労働者に向かって言い切れるだろうか。はなはだ疑問である。

そんな仕事今時あるんすかね…。人間が手作業でアンパンを見極めてゴマ振って歩留まりいくらよ?月間出荷量いくつになるのよ?コンベアでパンが流れてくるって製パンでは大手の部類に入るんじゃないの。それでマスプロダクトビジネスを戦っていけるんですかね?そんなありもしない、自身の主張にとって有利なアルバイトを妄想してもなんら説得力ないよ。

今時の社会で、機械化できるけどまだやってませ~んみたいなところに大量の人材を継続的に投入する企業なんて無いんじゃないかとおもうんですけどどうですかね。大量の人材を継続的に投入するということは機械を導入することで設備コストをペイできるということですから。

私の理解だと、機械化できるけどまだ人間がやってる作業というのはそこに価値があるような職だからこそだと思うんですよね。たとえば白ごまを振りかけるのは「誰でも出来る作業」って言ってますけどそうですかね?パン屋バカにしてない?保存料入れてない、酵母にこだわってるみたいな個人店が経営していけんのはゴマ一振りにも技術を追求してるからじゃないですかね。

だから機械でも出来る単純作業で人間やらなければならないことがあるとすれば、設備コストを支払ってもペイできないような少量の作業をやるという場合だけだと思うんですよね。その場合は継続的な仕事を望めないので当然、アルバイトや短期派遣を使うことになります。たとえばそのような作業においてもアルバイトや短期派遣社員を「本人の希望に応じて正規雇用しろ」というのでは企業は成り立ちませんよ。

それでもベルトコンベアを眺めて不良品をはねるような作業はあるにはあるでしょうが、そういうのは大体人間でないとまだ見分けがつかなかったりするからなんですよね。つまりまだ機械化できない作業だから人間がやってる。例えばひよこの選別とかね。そういう仕事は素人がやるのは不可能で特殊な技能、その道何年のスキルが要りますから、逆に努力のし甲斐があるということになります。

とりわけ、熟練を要しない単純労働に従事している非正規雇用の労働者は、容易に仕事を辞めていく。将来のビジョンが見えないし、生活が安定しない、なおかつ自分以外の誰もができる仕事であるため、職業への愛着・帰属意識が育まれない。

「設備コストを支払ってもペイできないような少量の作業」みたいなアルバイトに人生かける人が居たらそれは馬鹿ですよね。というか、逆にそんな仕事で、職業への愛着・帰属意識を求められても困りますよね。だから「熟練を要しない単純労働に従事している非正規雇用の労働者は、容易に仕事を辞めていく」のは当然のことと思うんですけど。

「本当の成功を収め、偉大な成果を生むには、まず自分の仕事にほれ込むことです」と述べている。古き良き時代を生きてきたとしか言いようがない。ほれ込める仕事とは、おカネを稼ぐだけではなくて、やりがいの感じられる仕事であり、創造的な、自分の個性を多少なりとも発揮できる仕事ではないだろうか。それによって、自尊感情や社会から認められたという意識も育まれ、徐々に自信や社会人としての自負を深めていくのだろう。

端的に言って、自分の仕事にほれ込むことができない労働条件や労働環境が増えている。

はあ?山ほどあるだろ。

たとえば私はITが分野なのでそっち方面でいえば、ソシャゲーを作るとか先進的なWebサービスを作るとか、大量のデータを一瞬で分散処理するだとか、機械に知能を与えて難しい処理をこなすとか夢のような仕事がたくさんありますよ。私の上司なんかいまだにパンチカードを計算機に食わせていたのをニヤニヤしながら喋ってますからね。穴眺める作業から創意工夫溢れる知的な職業になったわけですからね。ほんと良い時代になりましたよ。

あと、現代ではネットが発達したので、輸入販売とか草木とかペットとかを増やして売ったりだとかも容易にできるようになりましたし、SNSのアイコン書いて小銭を稼いだよ!ソシャゲーの絵を描いたよ!ゲームやアプリを作ったよ!Youtuberデビューだよ!アフィリエイトだよ!などなど山のように金を稼ぐ方法があるわけじゃないですか。そこからビジネスを立ち上げるチャンスもたくさん与えられてる。こういう状況下で「私が惚れ込める仕事が無い(キリッ)」「私がやりたい職業のポジションはまだ見つかっていない(キリッ)」とか椅子にふんぞり返って堂々と宣言してるのなんてクソヒキニートくらいなんじゃないですかね。

あまりにも雇用環境が悪化し、理想や夢、将来を見通せて、報われる仕事に就ける人々は少数である。だからこそ、努力が報われようと報われまいと、最低限、普通に暮らせる労働環境を整える必要がある。

だからそういう後ろ向きな発言、マジでやめようよ。こんなんだから「足を引っ張り合う社会だ」とか言われちゃうんだよ。「報われる仕事に就ける人々は少数である」ってほんとですか?どこから数字を持ってきてそう判断したんですか?根拠もなく数字も出さずにテキトーな事を言うんだったらせめて景気が良さそうなこと言えって。

過度な努力をしなくても、労働者が普通の暮らしを送れるようにするべきである。それこそが現代の経営者にとって必要なはずだが、ブラック企業と指摘される会社を中心に、労働者へ過度な努力を要請する。

ここでこの筆者の決定的な認識の誤りが明らかになるんだけど、ブラック企業が労働者に要請しているのは「努力」じゃなくて「低賃金長時間労働」なんだよ。もし筆者が「低賃金長時間労働」のことを「努力」と表現していたならば今までの言には大体納得いく。「昔は努力(長時間低賃金労働)が必要だった」ってのはそれつまり、機械化・情報化されてなかったからね。その時には、「努力」とは「より大量の仕事をこなすこと」だったかも知らん。

でも機械化・情報化が進んだことで人間は単純労働から解放されて知的生産活動に集中できるようになったわけでしょ?だから現代の努力というのは知的生産活動そのもののはず1。だから努力っていうのはいつの時代でも自分の能力をもっと高めようとする尊い作業のはずなんだよね。俺、間違ってるか?

就職活動をしても、自分の希望する企業や就労形態で働くことができない。これは当たり前のことである。もともとあるべき多くの人々が希望する安定的な働き方という「座れるいす」の数が減っているのだから。

バッカじゃねえの。何で企業が「ボクちゃん、やりたい仕事に就けないの…」なんてクソガキのために椅子を用意せねばならないんだ。あのね、日本は公平な自由競争が成り立ってるわけ。資本主義経済で、男女問わず平等に義務教育を受けて、大学に入ってるわけ。企業は慈善活動のみで動いてるわけじゃないの。わかる?

企業は必死の努力を今ほど若者たちに求めただろうか。誰でもいいから企業に入ってもらい、その後に定着できるように研修体制を整えていったではないか。

私に言わせれば、こういう時代に何の能力もなく入社した人間が政治力だけで上層部に上って行った結果、知的生産活動が求められる時代になって「数字を出せ!」とか怒鳴られて無い知恵ひねり出して悩みに悩んで、サビ残させたり人件費削ったりという安易な手に打って出てるんだと思うんですけど。だから採用する人を選別することは会社が存続するうえで正しいんですよ。ホワイト企業そのものが無くなったら一番困るでしょ?

若者たちを大切にして、福利厚生も整え、家族形成を助けたはずである。

そのツケとして専業主婦を量産させたうえ、女性の社会参画率が先進国の中でもぶっちぎりに低いスコアを叩きだしてるわけですよね。

『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(上の書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

これ、筆者の著書なんですけど、本当に言いたかったことってここですよね。

あのね、この記事みたいな意見って貧困層からは好まれやすいんですよ。俺たちが貧乏なのは俺たちの所為じゃなかった!国が悪かったんだ!って意見は受入れ易いですからね。そこに漬け込んで本を出したりするのははっきりと貧困層に漬け込んでるだけだと思いますよ。だって具体的解決策をなにも提示してねえんだもん。

え?「誰でもいいから企業に入ってもらい、その後に定着できるように研修体制を整え」ることが解決策の提示だって?またまたあ。ご冗談を。

格差が広がっている。もうちょっと具体的に言えば先進国中間〜下層の賃金はここ数十年は増えていない2。それは事実です。その結果、「正社員になれない貧困層が居る」、それも事実です。この教訓から我々が学ぶべき、考えるべきは企業のあるべき姿を模索するのではなくて「貧困層のグループに入らないように努力すべき」「入ってしまったら一刻も早く抜け出すよう現実的なプランを立ててすぐ行動すべき」という事だと思う^2。なぜならば、国家や企業といった大きな組織を買えるのは大変だけど、個人が変わるのはそれよりは容易だから。

つまり、先に述べたような「設備コストを支払ってもペイできないような少量の作業」をこなすくらいしか能がなく、誰でもできるような仕事のおこぼれを拾い集めるような仕事で、本当にそこに人生を依存させてしまっているような環境。そういう環境にならないようにしましょうってことでしょ?

そりゃ、熱心に分析していけば企業にも悪いところはあるかもしれないが、だからといって「会社が悪い、俺は悪くない」という態度を続けて居ては一生そのままです。

世の中は正義が勝ち、正しくあるべきというのはその通りだが、だからといってそれを期待して待って居ては何も得られない。自分がこうでありたい、という姿を明確にイメージしてそれに必要なスキルや装備を一つずつ整えて行けば「正社員」なんてのは容易い到達地点だと思う。

だから、貧困層の人たちにとって本当に必要なのは自信やスキルを一つずつ身に付けさせるという「努力するためのスキル」あたりだと私は思っているのだけど、そういう話を説いたほうが有益じゃないっすか?


  1. こう書くと「知的生産活動でない農業や建設作業者は努力しないでもなれるって言いたいのか」と言われそうだけど、そもそも農業も建設も近年はノウハウや専門知識がたくさん要求されるから、知的生産活動が必要と言っても間違いないと思う 
  2. エレファントカーブとかでググッてください。