2016年新型セレナは速いのか遅いのか

以下の記事を読んでちょっと違和感を持ちました。

【日産 セレナ & トヨタ ヴォクシー 比較試乗】使い勝手のよさ vs フルハイブリッド、総合力で選ぶなら…?

この記事では

速さだけで評価すれば、ヴォクシーのガソリン車→ヴォクシーHV→セレナの順になり、ヴォクシーHVとセレナの差が大きめ、ということになる。

などと述べられていますが、ぼええ?そうかあ?と思った。

重量1600kgのノア/VOXY/エスクァイアのハイブリッドモデルは車重1300kg程度の3代目プリウスと同じパワートレーンが搭載されています。私は3代目プリウスの加速性能は必要十分という印象でしたが、その状態から300kgも重量が増しているわけですからVOXYハイブリッドは明らかに非力と考えています。

ここでそれぞれの重量と最大馬力とパワーウェイトレシオを調べて見ましょう。

  • セレナ S 1630kg 150ps 10.86kg/ps
  • VOXY X ハイブリッド 1610kg 136ps  11.84kg/ps
  • VOXY 1600kg 152ps 10.52kg/ps

となります。

「速さ」は時間あたりに投入するエネルギーの大きさ(仕事率)と動かす車体の軽さの勝負になります。ですから加速力はパワーウェイトレシオと非常に強い相関があります。今回の例で言えば車両重量は三者ともほぼ同じなので、結果としてピーク出力の大きさが速さの勝負を決します。

「いや、ハイブリッドはモーターだから低速トルクが…」と考える人がいるかもしれませんが(件の記事でも低速域でトルクがあるから速いみたいなことが書かれていますが)比較対象のガソリン車はCVTを搭載しているので急加速時はピーク出力付近を保つことができますから、決定的な差にはなりません。

だから、

速さだけで評価すれば、ヴォクシーのガソリン車→ヴォクシーHV→セレナの順になり、ヴォクシーHVとセレナの差が大きめ、ということになる。

これは誤りであって、実際はガソリン車のVOXY、セレナが同等の速さで、その次にVOXYハイブリッドが速いということになります。

ではなぜこの人はこのような間違いを書いたのかといえば、想像ですが「アクセルの踏み具合に応じて得られる加速度の量」で速いか否かを判断しているからでしょう。ですから、

ヴォクシーのガソリン車→ヴォクシーHV→セレナの順でスポーティなアクセルレスポンスになっている

という書き方をすべきだったのでは。

この、「アクセルの踏み具合に応じて得られる加速度の量」によって車が速いか遅いかを判断する人は沢山います。そう判断するのが自然に感じられるので仕方ないのですが、現代の車は電子スロットルを装備していますから、アクセルの踏み具合と得られる加速度のさじ加減はメーカーが握っていていかようにもいじくることができます。したがってこのような基準をもってして車が速いか遅いかを語ることはできないですね。

なので、もし上記記事を読んで「セレナは遅いのか…じゃあ買うの止めようかなあ」などとは思わないでください。遅かったら速くなるところまで踏めばいいという話です。対抗馬になるヴォクシーガソリン車と同程度の加速性能ですから。考えるべきはアクセルを踏んでもあんまり加速しないようなセッティングになっているというのをどうとらえるかという事です。たとえば、実際に乗ってみて気に入らなければ社外のスロットルコントローラーを装着するからそれでいいや、という考えをすることは合理的と言えます。

さて、この記事では他にも色々突っ込みどころがあるように思えます。

先代モデルを含めてセレナがマイルドハイブリッド(実態はストロングアイドリングストップ)である

ストロングアイドリングストップって何でしょう。初めて聞きました。ググってもそのような単語は出てきません。勝手に言葉を定義したり新しく作ったりするのは止めて頂きたいですね。セレナのS-HYBRIDはマイクロハイブリッド、マイルドハイブリッドという既存の用語で何が問題なのでしょうか。

“HYBRID”のエンブレムをつけた両車の走りだが、エンジンは2リットルで変わりなく(新型セレナ:150ps/20.4kgm、ヴォクシー:152ps/19.7kgm)、しかしモーター出力はヴォクシーが圧倒。セレナの2.6ps、4.9kgmに対してヴォクシーは82ps、21.1kgmと大きな差がある。

まず、VOXY ハイブリッド(THSシステム)のエンジン排気量は2Lではなく1.8Lです。続く馬力とトルクもガソリン車(VOXYの非ハイブリッドモデル)のスペックが記載されており、正しくは99ps/14.5kgmです。THS-2のスペックは各搭載車種で同じですから(例外はマツダ アクセラハイブリッドで2Lエンジンを搭載していること)間違いにくいような気がしますけどね。そして、そもそも自身でマイルドハイブリッドだと言っておきながら、セレナのジェネレーター/モーターとTHSの動力用モーターを比較する意味はあるのでしょうか。

マイルドハイブリッドの設計思想は重くてコストのかかるシステムを採用せずに小規模なシステムとしてまとめ、費用対効果を高めるという狙いです。ですからモーター出力に大きな差があって当然です。マイルドハイブリッド車では当然、そのモーター出力分を動力性能の当てにはしていません。そもそも発進時にしか動作しないモーターなのですから。それが分かっているならばこのような比較をする意味が無いことも分かるはずです。

しかもヴォクシーHVは重いニッケル水素電池などのHVシステムを積んでいるにもかかわらず、車重はセレナよりずっと軽いのだから、いかに車体が軽量に造られているかが分かるというものだ。

どのグレードの比較をしているのか分かりませんが、たとえば前掲のベースグレードでの比較では20kgの差です。これを「ずっと軽い」というのは私にはちょっと違和感があるのですがどうでしょうか。ここははっきりと「XとYのグレードを比較するとZkgの差がある」などと具体的に書くべきじゃないでしょうか。

さらに、トヨタのハイブリッドシステムであるTHSは変速を遊星ギアを用いた動力分割機構にて行うために重量のかさむトランスミッションを積む必要がないためにハイブリッドシステム分の重量が増しても全体の重量増加は抑えられるという特長があります。実際にどの程度の重量が浮くかはデータが無いのでわかりませんが、同じVOXYのガソリンモデルがハイブリッドモデルと10kgしか変わらない点に注目すれば、おおざっぱに10kg増くらいで済むということが予想できます。

「VOXYは車体が軽量に作られている」ならばVOXYのガソリンモデルはVOXYのハイブリッドモデルよりももっと軽くないとつじつまが合わないと思うのですがどうでしょう。しかし両者の差は前述のモデルで比較すると10kgしかありません。この記事を書いた人はまさか10kgがハイブリッドシステム分の重量だと思っているのでしょうか。いやいや、そしたらそもそも「ハイブリッドシステムは重い」という考えが生じませんね。排気量を間違って書いてたりしますし、データをちゃんと見ずに適当なことを書いてるんじゃないかという感想を持ってしまいます。

そもそも、セレナに比べてVOXYの方が軽いという主張をしたいのならば、構成が大きく異なるハイブリッドモデルを持ち出すのではなくてVOXYのガソリンモデルとセレナを比較するのが筋でしょう。すると、ベースグレード同士の比較で30kgの差がありますよ、と定量的な評価が下せるわけです。

などと以上のようにモヤモヤしていたところ、西村直人氏のレビューが公開されました。

日産「セレナ」(プロパイロットテスト/西村直人)

推敲もしていない文章をブログに載せつづける私が言うのもアレですが、自動車評論家を名乗る人の中にはあまりにも物書きとしてのレベルが低い人が相当数います。もちろん、そうでなくて良い文章を書くな~と感心する人もいます。中でも尊敬している人が今のところ二人いまして、その一人がこの西村直人氏、もう一人が御堀直嗣氏です。それぞれ、Car Watch読売新聞オンラインで試乗レビューなどを書いていらっしゃるようです。清水草一氏も良い文章を書くなぁ、良く調べているなぁと感じることが多いのですが、あの人は自動車評論家というよりは高速道路研究家かもしれませんね。

さて、今回の西村氏のセレナレビュー記事では以下のように記述されていました。

これまでのセレナは発進時からグッと車体が押し出されるようエンジンを軽やかに上昇させ、頼もしい加速感を演出していたが、新型では同じアクセル操作量での発進を試みると想像よりも20~30%程度、加速力が弱いように感じられる。故に試乗開始2~3分は「なんか線が細いな」という印象が強かった。しかし、そのアクセルを踏み込む量をゆっくりと増やしていくと、CVTとの連携が強まったかのように想像どおりの加速感を生み出すことができた。ここでのエンジン回転数は2000rpmを大きく超えることはなく、エンジン透過音も小さくキャビンはとても静かだ。開発者によると「こだわりをもって変更した部分」だという。

「ミニバンという性格上、多人数乗車が多くなることから3列目シートに座る人の頭がなるべく動かないようなジワッとした発進加速が意識することなくできるようなセッティングを心掛けた」(同)そうで、しばらく試乗していくと、アクセル操作量を意図的に発進時からゆっくり深めていけば0.15G程度の発進加速を保ったまま法定速度までスムーズに車速を上げることができた。別の取材日には成人男性6名で試乗したのだが、先のアクセル特性を使いこなせば高速道路の合流路であっても満足のいく加速力を得られることが分かった。

どうでしょう?冒頭のレビューと比較していかがでしょうか。この情報量の多さ。読みやすさ。押しつけがましくない文章。取材、レビューというのはこうであるべきだと感じさせる文章です。

どうして緩やかな加速になるセッティングになっているのか、その理由を調査して裏をとり、さらに実使用上困る場面は無いのかと男性6人乗車で高速道路の合流をしっかり試すということまでしています。非常に説得力があります。

一方で、しつこいですが、冒頭の記事の文章をもう一度考えてみてください。

速さだけで評価すれば、ヴォクシーのガソリン車→ヴォクシーHV→セレナの順になり、ヴォクシーHVとセレナの差が大きめ、ということになる。

日産の技術者は、多人数乗車で移動するミニバンですから、後ろの席の人が不快にならないように丁寧なアクセルワークができるようなセッティングをしたわけです。それを「ヴォクシーより遅い」の一言で切り捨てるのでは日産の技術者があまりにもかわいそうじゃないですかね。

私は常々思うのですが、なぜこのように文章力や知識が無い人たちに新車試乗の貴重な機会を与えられているのでしょうか。物書きは文章力よりも人のつながりだとよく聞きますが、こういう仕組みになってしまっているのは本当に残念だと思います。本当に車が好きで文章力、発信力がある人に記事を書かせるべきだと思うのですがいかがでしょうか。もっとはっきり言ってしまえば一回俺に書かせてみろと言いたいのですが、どうです?チャンスを下さいませんか?