お勧め漫画一覧 2016年版(2)

ちょっと時間が経ってしまったのだけど、前回の続き。ネタバレが多少あるので注意。

孤高の人

この漫画は製作経緯も面白い。本作は新田次郎氏の同名の小説「孤高の人」が原案となっている。原作では無く、原案である。さらに小説「孤高の人」は加藤文太郎という実在の人物とその登山記録を元にして作成されたものである。小説「孤高の人」の舞台となる時代は昭和であるが、漫画版「孤高の人」は現代社会に生きる加藤文太郎を描いており、派遣切りや就職難などで苦しむ姿なども描かれている。

作画を担当していたのは坂本眞一氏であるが、原作は鍋田吉郎氏であるという表記が当初はなされていた。その後、途中から原作が高野洋氏となり、最終的には作画を担当していた坂本眞一氏が原作部分(ストーリー部分)をも担当することとなる。

原作者の表記があるのは4巻までだが、それ以前とそれ以降は全く別の作品と言ってよい。1巻では高校生である文太郎を描いているが、このころは「孤独で根暗な主人公に対して、不良の友達や先生がクライミングを教えて才能を発揮する」という、よくあるスポ根的展開があった。途中、謎のライバルが颯爽と登場してその類まれな能力を披露して去って行ったりとベタな展開も多かった。はっきり言ってこの調子で製作が進んで行ったならば打ち切りになってもおかしくなかったと思う。

原作者表記が外れてからは徐々に物語は暗くなっていく。派遣社員として働き、社会に身の置き場もなく誰にも理解されず、ただ世界一の山に登ることを目指してもがく姿が描写される。文太郎に関わる殆どの人物は結局文太郎にとって害となり、文太郎はますます孤独になってゆく。

作者は単行本の裏表紙で「いつしか文太郎と私は一致するようになった」という旨を書いていたが、原作者が離れて行ったあたりの事情を察すると何か色々あったのだろうなと思う。

漫画「孤高の人」が素晴らしいのは主人公の内面の描写が非常に卓越している所だと思う。登場人物の苦悩を他の漫画ではあまり見られない斬新な表現で描写している。また、「孤高の人」はある時期から擬音を全く描かなくなった。これは作者が「擬音を信用しなくなった」「新しい試み」であると述べている。私はそれを指摘されるまで擬音が無いことに全く気付かなかった。坂本眞一氏の絵は緻密に描きこまれていてリアリティが感じられるが、その画力の高さも相まったのだろうか。

山登りの漫画としては風景の描写力も欠かせない要素であるが、これもまた素晴らしい。先に画力が高いことは述べたが、冬山の山中における孤独感、人間が来てはいけない危険な場所であるというのが絵だけからもひしひしと伝わってくる。

画力、ストーリー、表現、全てにおいて卓越した作品だと思う。唯一残念なところを挙げるとすれば、1~4巻で登場させた伏線を回収するために半ば無理やりな描写が残ってしまったあたりだろうか。

イノサン / イノサン Rouge

まだ完結していない作品なのでここに書くのはどうかと思ったが、非常に面白いので名前だけ紹介します。

ボンボン坂高校演劇部

少年ジャンプの作品の中でたぶん最も好きな漫画。現代の「萌え」の発端はこのあたりにあったのではないかとさえ思う。その当時、リアリティのある美少女を描かせたら桂正和氏に勝る漫画家はいないのではと思うが、桂正和氏の漫画がどちらかと言うとセクシャルな方向を攻めてたのに対してボンボン坂高校演劇部のキャラクターは愛らしさに秀でていた。絵柄は一部のキャラクター(部長)を除き写実的な雰囲気を残しつつも比較的軽いデフォルメがなされていて、今読み返してもあまり古臭い感じがしない。

内容は一話完結型で大規模なストーリー展開も無いのだが、その分キャラクターの愛らしさの追求にパワーが注がれており、方向性がはっきりしているのも良いと思う。また、愛らしさだけでなく少し大人っぽい背伸びした感じの絶妙な表現があふれているのも見どころではないかと思う。

皇国の守護者

架空戦記。実在しない国家・地域がテーマとなっているが、日露戦争あたりの時代を元にしているらしい。マスケット銃や銃剣突撃が頻繁に登場したり、ライフル銃が先進的な装備として登場したりする。本作品は残念ながら途中で打ち切りになった。原作を執筆した佐藤大輔氏と揉めた、みたいな噂がネットで流れているが定かではない。

皇国の守護者が素晴らしいのはリアリティあふれる戦略・戦術、そして主人公である新城直衛の常人離れした思考であろうと思う。古今東西、異なる派閥や組織が何らかの武器や兵器で物理的に殴り合うというシーンが描かれる漫画は非常に多いが、中にはその戦略・戦術があまりに稚拙であったり、非現実的であったりするものが多い。こういう作品を読むと途中で覚めてくる。没入感が大きく損なわれるのである。

BLAME!

その筋(?)では有名な作品。無秩序に広がる都市を彷徨う話。作者の二瓶勉氏の最大の特徴である「説明がほとんど無い」「というかセリフ自体ほとんど無い」という描き方は本作品ですでに確立している。延々と構造物の中を歩き続けて二三会話を交わして終わり、という回が何度かあったりする。攻殻機動隊の項でも書いたが、説明があまり無いのは「読者に想像してもらった方がリアリティが生まれるため」との事。であるが、これは全面的に同意できる。

「重力子放射線射出装置」「第一種臨界不測兵器」などと言った、一見わくわくする、しかし良く考えると科学的に矛盾が生じてそうな変な名前、いややっぱり一巡してやっぱりわくわくするような絶妙なネーミングセンスが随所で発揮されているのも良い。

BLAMEは絵のトーンが全体的に暗く、物語の設定も相まって閉塞感に満ちている。その不気味さはネット界隈で怖いと評判のズジスワフ・ベクシンスキーの絵にも通ずるところがある。大規模な構造とちっぽけな人間の対比がうまく表現されており、絶望感を味わいたい人(?)にはもってこいの作品だと思う。

商業誌デビュー作なので、最初の方の巻は正直絵がアレだがそれを補って余りある魅力があふれている。

ABBARA

BLAME!の数千年前の世界という設定の漫画であるNOiSEという作品があるのだが、これは数話で完結する短い作品である。NOiSEで本当に描きたかったことがABBARAで描かれているのではないかと勝手に想像している。NOiSEとABBARAの共通点はベースが刑事もののSFであるということだ。

ABBARAは一連の事件を通じて何世紀も続く秘密結社によって隠ぺいされた世界の秘密を解き明かしていくという壮大なストーリーだ。二瓶勉氏はこういうストーリーを作るのがうまい。普通は矛盾が生じないように凝った設定になってしまったり、色々な場面を描いたりして収拾がつかなくなってしまう(浦澤直樹氏の漫画みたいに。批判してるわけじゃないけど)傾向があるのだけど、何故か分からないが二瓶勉氏はこれをサボる(?)のがうまい。

バイオメガ

未来の世界を描いたSF。企業国家が世界を分けていて、DRF(Data Recovery Foundation)という組織が世界を意のままに作り変えてしまおうとするのを阻止するというストーリー。

壮大なストーリー、わくわくするネーミング、設定の多くを語らないといったあたりは引き続きバイオメガでも発揮されている。加えて、表現が斬新で良い。戦闘シーンではサンダーで鉄の棒か何かを切っている時に出るような直線的な火の粉が描かれるのだが、私はなぜかこれが好き。

バイオメガを製作したあたりで二瓶勉氏の「かわいい女の子」を描く力がぐっと上がったように思う。それは「シドニアの騎士」に引き継がれるのだが、その一方でシドニアの騎士ではそれまでの暗く閉塞感のある世界観が失われてしまっており少し残念。

20世紀少年

主人公の幼少期にあった出来事が発端で世界征服を目論む一派と対決していくという話。浦沢直樹氏は「広げた風呂敷をたためない」とよく言われるが、20世紀少年は特にそれが如実に表れた作品かと思う。後半はグダグダで伏線を回収するための作業に近く、本当に描きたかったことは何だったのだろうと疑問が残ってしまう。

それでも20世紀少年を何度も読み返したくなるのは、やはりその風呂敷を広げていく過程を描かせたら浦沢直樹氏以上の天才は居ないと思うからである。ごく平凡な日常を過ごしていた主人公が少しずつ悪の組織と対決することになっていくというあたりでは主人公や周囲の人物のリアクションにわざとらしさが一切なく、この後どうなってしまうのだろうかと言うドキドキ感にあっというまに引き込まれてしまう。そういう感情にさせる数少ない漫画の一つであると思う。

風呂敷をたためない点についても、一応は説明がなされているのだから途中でやめて放棄するよりはずっと良いのでは。いや、でもやっぱり…。

三回目に続きます。