子供の「なぜ」に答えることは非常に重要

タイトルのように思っている。ある時期が来ると子供は「なぜ」という理由や背景を知りたがる。言葉の意味や親が行っている行動の意味、身の回りの機械やシステムの仕組みなど。こういう問いに答えるのは非常に重要だと思う。

私の話で恐縮なのだけど、私は今プログラマとして働いているがこれは幼少期の「なぜ」が発端になっていると確実に言える。

私は3歳くらいのころ、テレビのリモコンがどの様な仕組みになっているのか不思議でリモコンを分解してみたことがある。結局、基盤と電子部品が出てきただけで何も理解は出来なかったのだが、その後も家電製品をよく分解しては遊んでいた。

あと、なぜかテレビの修理を扱った技術書が家にあり、それを熟読して回路図なんかをノートに書き写していた記憶がある。その本で紹介されているテレビでは真空管がまだ使われていた(水平偏向出力管?)のでだいぶ昔の本だったのだとは思う。「こういうノイズが現れたときはこの回路を調整すれば修理できる」のような症例と対処がたくさん載っている本だった。

で、そういう姿を見た両親が、家の中にあるものすべてを分解されると思って壊れたラジオなどの類をどこからか持ってきて私に与えてくれたり、無安定マルチバイブレーターでLEDがちかちか交互に光る電子工作キットを買ってきてくれたりした。そして抵抗器やトランジスタ、コンデンサ、コイルなどの名前や役割なんかを覚えていくわけなんだけど、当初の「なんでリモコンは動くのか」が解決できたわけではなく、むしろ「なんでコンデンサが必要なのか」「なんでコイルが必要なのか」など新たな疑問が増えていくばかりだった。

たとえば、父親に「コンデンサって何なの?」と問い、父親は「電気をためておく部品だ」と答えてくれる1。だから実際に電解コンデンサに乾電池を接続してみて、そのあとで豆電球を接続してみる。電気が本当に溜まっているのならば豆電球が光るはずだ。でも光らない。では、今度は乾電池を接続してみたあと、テスターで電圧を測ってみる。すると1Vくらいの電圧が計測された後に徐々に電圧が下がっていくのが見て取れる。たしかに電気を貯めておくことはできるらしいが、豆電球を灯すまでには至らないようだ。じゃあ今度は大きな電解コンデンサで試してみると、少しだけ豆電球を灯すことが出来るが、それも数秒だけ。

当初、私は電気をためておくことが出来るのだからコンデンサはバックアップ用のバッテリとして機能する効果があるのではないかと思っていた。しかし、リモコンの電池を抜いた後すぐにボタンを押してもテレビは反応しない。それもそのはず、豆電球をほんの少ししか灯すことが出来ない程度のエネルギーしか貯蓄できないのである。これでは少なくともバッテリとしては役に立たない。そしてなぜコンデンサを使用するのかという疑問が生じる。また、コンデンサはどうやって電気を貯めているのかという新たな疑問も生じる。ためしに導電性のある金属に乾電池を短絡させてみて、そのあとですぐに電球を接続してみる。当然電球は光らない。

とまあ、こんなことをずっと私はやっていた。結局、回路にコンデンサやコイルがなぜ必要なのかは、微積分と複素数、フェーザ表示まで学習してようやく理解できた。それでオペアンプなどを組み合わせてポータブルアンプを作ったりしたのだが、コンデンサ一個でも完全に理解するにはそれだけの時間が必要だったということなのだと思う。

その「なぜ」、がコンピュータに向かったのは中学生の時で、私は中古のNEC PC-9821を買ってからだった。なぜPCは起動するのか、なぜプログラムは動くのか、なぜインターネットにつながるのか。HTMLソースをちょっと書き換えたらどうなるのか。特にソフトの世界はやる気になればその構造をどこまででも分解していけるため、好奇心が尽きることは無かった。なので、仕事としてプログラマを選んだのは当然だし、向いているとも思う。

もし、子供のころにリモコンを分解し、親にどつかれて泣いて終わっていたらこういう結果にはなっていなかったと思う。あの時、私からドライバーを取り上げるのではなくて壊れたラジオを与えてくれたから私はこうして仕事をしている。これは自分のことながら素晴らしいと思うのだが、どうだろうか?

そしてこないだ、ついに長女が「なんでテレビは映るの?」と質問してきた。ついにこの瞬間がやってきたと思った。

私はそういったプロセスを何度も経験し、何でも答えることが出来る。早速私は一眼にマクロレンズを付けてテレビ画面を撮影し、その微細な構造を説明した。


  1. ちなみに父親はずっと農業や建設をやってきたので電気回路のことは分野外であるはずだが、たぶん息子に教えるために調べてみてくれていたのだとおもう