【質問#54】夏はノスタルジックか?

質問・悩み相談の回答です。

質問

夏ですね。夏は暑くて嫌だなぁと思うこともありますが、私が住んでいる地域は日中は暑くても、日も傾いてくると風が涼しくなり、暮れなずむ景色とカナカナカナ…と侘び錆びを感じさせるヒグラシの鳴き声。そして地面では早くも秋を思わせる虫の声が聞こえてくるこの季節が一番好きだったりもします。withpopさん同様やむを得ず(私は数年間だけでしたが)首都圏(横浜)に住んでいた時期がありましたが、そこでは感じられない風の匂い、草の匂い、虫の声に囲まれて心が落ち着きます。体のことを考えると春が一番過ごしやすくていいのですが、先に述べたように暑くてすごしにくくとも夏が一番好きな季節です。ただし首都圏に住んでいた頃は夏は嫌いでした。暑いだけでしたので。夜も暑いのが嫌でしたね。

昔(といっていいですよね)、ぼくのなつやすみというゲームがありました。実際にプレイしたことはないものの夏という季節には少年時代を思い起こさせるノスタルジックな一面があると思います。秋田生まれのwithpopさんもそう感じませんか?

ふと思ったのですが生まれも育ちも東京(都会)という人も夏という季節をノスタルジックに感じるのでしょうか。夏休みの思い出という面からは遊んだ思い出とか、恋の思い出とかいろいろあると思うのですが、それはどちらかというと思い出を作り出したのがたまたま夏(夏休み)であったと言うだけで季節そのものはあまり関係ないような気がします。夏という季節そのものに対する特別な感情は実際にそこ(田舎)で生活したという基盤がないと生まれないのでは?と思うのですがいかがですか?それとも私のように田舎に住んでいたとしても、夏をノスタルジックに感じるのは思い出を作り出したのがたまたま夏だったからでしょうか?

withpopさんの一番好きな季節を理由とともにご回答いただければと思います。

回答

非常に興味深いご考察と思います。そして、「夏はノスタルジックか?」のタイトルがすでになんかこう詩的で素敵です。洒落ではないです。

確かに夏はノスタルジックな感じがしますね。Googleで「夏 ノスタルジック」というキーワードで検索してみても同様の意見が散見されます。私自身、ノスタルジックな感じがします。

「ノスタルジー(仏)」「ノスタルジア(英)」の訳語は「郷愁」や「懐古」です。なぜ夏に郷愁や懐古(特に今回の質問では懐古の方)の感情を持つのでしょうか。いくつか理由があると思いますが、

  • 夏によくする遊び(虫捕り、魚釣り、川・海で泳ぐ、手持ち花火など)は大人になってからはやらない
  • 夏の遊びは自然に関連するものが多く生き物の本能に訴える力が本質的に強い
  • 帰省(自分もしくは親類)に伴う出会いと別れは子供の時ほど強く印象づけられる
  • 小中学の夏休み時期と夏の暑い時期の期間が一致している
  • 夏の子供時代をテーマにした創作作品が多い

辺りが理由では無いでしょうか。

「小中学の夏休み時期と夏の暑い時期の期間が一致している」に関しては冬休みも同様の事が言えるのでは、という気がしますが、冬休み時期はクリスマスや年末年始と重なるためにどちらかと言うと個々の行事の印象が強く、また、そのような行事は子供から大人にかけて継続して行われるので「ノスタルジック」という気分には結び付かないように思います。

また、「夏の子供時代をテーマにした創作作品が多い」は数えたわけでは無いのではっきりとしたことは言えませんが、もしこれが真であるとしても「そもそも人は夏にノスタルジーを感じるから夏をテーマにした作品が多い」という原因と結果が逆になってしまいます。ただ、創作作品を元にしてノスタルジーが生じるということも確実にあるはずなので、正のフィードバックによってノスタルジネス(?)が増幅するという事までは言ってよいのではと思います。

さて、都会生まれ都会育ちの人が個々のイベントでは無く「夏」という季節に本質的にノスタルジーを感ずるかという点に関しては非常に難しい質問です。

これを確かめるべく私は都会生まれ都会育ちの人にコンタクトを取りたかったのですが、大体東京に居る人って地方出身なんですよね。生粋の東京生まれ東京育ちの人って意外に少ない。残念ながら私の交友関係では検証できませんでした。

この点については、都会生まれ都会育ちの人の見解をぜひとも聞いてみたいところですが、もしご覧の方で何かご意見等ありましたらTwitterもしくは質問フォーム、メールなどで送って頂けると幸いです。

ただ、私の勝手な想像で述べるならば、都会育ちも田舎育ちも関係なく夏と季節そのものにある程度のノスタルジーは感じると思います。ただし、田舎育ちの方がその傾向は強いと思います。そして、その傾向の差の大きさによっては、

夏と言う季節そのものに対する特別な感情は実際にそこ(田舎)で生活したという基盤がないと生まれない

とも言ってよいような気がします。

というのは、結局のところ何らかの物事に対する印象(や特別な感情)は人間の経験がベースになっており、その経験を紐解いていくと個々のイベント(川で遊んだ、何某と遊んだなど)まで落ちていくはずだと思っているからです。それが一定のレベルを超えると自ら「ああ、なんか特別な感情があるな」と認識するという流れなんじゃないかなと。

私自身、夏は他の季節に比べても特別ノスタルジックな感じがしますが、そのベースを紐解いていくと結局はヒグラシの鳴き声だったり夏の空だったり、夕暮れだったり、近所の友達と遊んだ経験だったりします。

従いまして、

夏をノスタルジックに感じるのは思い出を作り出したのがたまたま夏だったからでしょうか?

これも正しいとおもいます。

なんだか中途半端な回答となってしまいますが、まとめると

  1. 夏は大人になってからはあまりしないことを多く経験する
  2. 田舎に住んでいた方が都会に住んでいるよりも1.をより多く経験する
  3. 1.の経験が一定のレベルを超えると夏自体にノスタルジーを感じる

という仕組みなのではないかという気がします。

ちなみに、私の好きな季節というか季節それぞれに関する印象は次の通りです:

夏(6月後半~8月)

遊びの時期。幼少時代も大人になってからも一番遊ぶ時期です。開放的な気分になり、なにか外に出て作業をしようという気分にさせてくれます。また、夕暮れやセミの鳴き声、夏をテーマにした作品を鑑賞するなどしてノスタルジックな気分になります。

秋(9月~11月)

ここまで夏はノスタルジックだ!と散々述べてきましたが、改めて振り返ると私は秋にもっともノスタルジーを感じます。夏もノスタルジックで特別な気持ちを抱きますが、秋はそれ以上という話ですね。

秋はこれから訪れる冬を予感させて、一年の終末へと向かうもの悲しさを感じます。この物悲しさを私はノスタルジックと感じているのかもしれません。

ちなみに、私は度々本ブログで書いてますが、自分が死ぬなら秋だな。と勝手に心に決めています。稲刈りが終わった田んぼの匂い、秋の高い空と夕暮れ、ヒグラシの鳴き声、薄暗くなるあぜ道を歩きながらようやく家に帰り、母の作ってくれたカレーを食べ、風呂に入り、両親がまだテレビを見ている音や明かりを感じながら布団に入り、そして永遠に目覚めない。みたいな死に方を切望しています。

冬(12月~2月)

一番好きな季節は冬です。私は暑いよりも寒いほうが好きです。子供の頃に薪ストーブに薪をくべ、やかんでお湯を沸かしてキノコ茶や玄米茶を飲んでいたのをよく覚えています。ジジイですね。あとは、薪ストーブの近くやこたつでアイスを食うのが好きでした。ここらへんは雪国の人であればわかって頂けるかと思います。

あとはスキーやそり、かまくらを作るなどを毎日のようにやっていました。

ただここで気づいたのですが、冬も冬でかなり遊んだのにノスタルジックな気分には特になりません。やはりノスタルジックな気分になるのは夏や秋です。まだここまでの考察で及んでいない何かがあるのでしょう。

春(3月~6月前半)

一番嫌いな時期です。

まず虫が湧いてきます。虫の絶対数で言えばたぶん夏の時期のほうが多いのですが、春はこれまで見なかった虫を一気に見るようになるという時点で非常に嫌な印象が強いです。

また、出会いと別れの季節と言われる通り、生活環境に変化が訪れる時期です。私は出会いも別れも別段なにか感動するようなことはありませんが、しかし生活の変化は気づかなくとも人間にはかなりのストレスとなっています。実際、私も春は「なんかやらなきゃ」「このままの環境で過ごすのは嫌だ」みたいな謎の焦燥感を感じます。

ちなみに卒業式や入学式というのも、小中高大といずれもあまり感慨深くはありませんでした。田舎だったので、だいたいエスカレーター式に同じ学校に通うというのもありますが…。それでも高校の卒業式なんかも終わったら真っ先に帰りましたね。友達が居なかったというのもありますけど。でも彼女は居ましたよ。そういや卒業式の日、彼女と喋った記憶ないな…と、また別の余計な話が始まりそうなのでここいらで終了いたします。