お勧め漫画一覧 2016年版(1)

色々あるのでまとめてみようと思った。基準は、「何度も読みたくなるかどうか」に置いた。結局、有名どころの作品だけになってしまった。また、2016年版と書いているものの最近の漫画はあんまりない。というか、1回目に限っては皆無。続く記事で新しい漫画に触れます。

もし読んでない作品があればぜひ読んでみてください。どれも私が強くお勧めできる漫画です。

藤子不二雄 SF短編(1977年- 藤子不二雄)

藤子不二雄(藤子F不二雄)のSF短編集。さまざまな単行本が出版されており、収録している話も重複があるが、私が読んだのは全六巻の「異色短編集」というもの。

藤子不二雄といえばまずドラえもんのイメージが強いと思うが、本作は「異色」とあるとおり少し不気味な話が多い。中でも「ミノタウロスの皿」は有名でアニメ化もされているらしい。私は見たことが無い。

童夢(1980年- 大友克洋)

団地で起こった殺人事件を追う刑事の話。ストーリーは全知視点で進むが、繰り広げられる現象に一切の説明が無く、想像力を掻き立てられるというか不思議なリアリティがある。

後述する二瓶勉氏の作品も同様の傾向があり、二瓶氏曰く「細かに説明するよりも読者が想像する分リアリティが生まれる」とのことだが、これはその通りだと思う。

AKIRA(1982年- 大友克洋)

世界的に有名な名作。「童夢」と合わせて大友作品は劇画タッチな絵柄と非常に緻密な描きこみが特徴。続く士郎正宗氏による攻殻機動隊、アップルシードあたりでSFとその世界観を徹底的に作り込む箱庭的な作品という形態が形成されたと私は考えている。

AKIRAで素晴らしいのは長編でありながらテンポよく進むストーリーもそうだが、何よりも5巻以降の緻密な絵が素晴らしい。メカの造形も空想では無く実際にそういった飛行機や自動車が存在するかのようなリアルさが感じられる。一番私が記憶に残っているのが米空母上をフライパスする戦闘機を鉄男が振り向きながら目で追う2ページをフルにつかったコマ。あれだけ迫力があって男心をくすぐる構図を完璧に描ける漫画家は大友氏以来、まだ出会えていない。

風の谷のナウシカ(1982年- 宮崎駿)

アニメが圧倒的に有名で「漫画のナウシカがあるの!?」と驚かれることも経験上多かった。漫画版のナウシカは宮崎駿のミリタリーオタっぷりが遺憾なく発揮されたよい作品だと思う。じわじわと戦線を押し戻されていく圧倒的な絶望感を感じることが出来る。

自然と人間がどう生きるべきか、人間とはどうあるべきかという価値観まで踏み込んで決してハッピーエンドとは言えないような終わり方になっているのも、現実の泥臭さ、血生臭さを踏まえたうえで力強く生きる人類というエネルギーを感じさせてくれる。

攻殻機動隊(1991年- 士郎正宗)

こちらもアニメの方が圧倒的に有名。アニメ、映画、漫画ではそれぞれ異なる世界観があり、伝えたいことも多分違っていて、それぞれに良いところがあるが、私は漫画の世界観が最も好きだ。押井守氏の映画も好きだが、両者は別の作品であるという印象が強い。アニメは正直そこまで好きじゃない。

攻殻機動隊は非常に説明が詳細な漫画である。欄外に「なぜこういう描写なのか」「この技術はこうなっている」などという筆者の注意書きがびっしりと記されている。そこまで詳細に説明が書かれているにもかかわらず、士郎正宗氏の漫画は何度か読み返さないと意味が良くわからなかったり、別の解釈や見方に気付いたりすることが多い。こんな漫画は他にはなく、非常に独自色が強いと思う。

筆者の知識はコンピュータから機械、電気電子、物理、生物まで非常に幅広い。まるで百科事典を読み込んでいるような感覚に陥ってしまう。その情報量を持ってして先に述べたように「何度も読む必要がある」ようなストーリーが構成されている。こんな漫画は他に無いだろう。

攻殻機動隊はSF漫画として認知されていると思うが、刑事漫画として見ても見応えの強い作品。正義とは何なのか、様々な登場人物が色々な視点でそれを教えてくれる。

アップルシード(1985年- 士郎正宗)

感想は攻殻機動隊のそれに準じる。大体同じような感じ。雑な感想だけど、ほんとにそんな感じなんだもん。

大日本天狗党絵詞(1994年- 黒田硫黄)

黒田硫黄氏の代表作(?)。いや、有名なのは「茄子」かも?

大日本天狗党絵詞は現代に生きる天狗を扱った話。大体、どんな作品も作者の嗜好や作者自身の性格、または作品作りの都合によって性格に偏りが生じる。その結果、登場人物は多いもののその性格は数種類に分類されてしまい、深みが感じられないように思う漫画が多い。しかし、黒田硫黄氏の漫画のとても素晴らしいところは登場人物が皆実在する人間であるかのように生々しく描かれている所だと思う。

大日本天狗党絵詞でもその良さは遺憾なく発揮されている。主人公のシノブは小学校もまともに通っていないまま成長を重ねてきたが、その性格は世間慣れしているように見えるものの時折見せる承認欲求や稚拙な行動などが精神的な幼さを感じさせる。普通に読んでいると見過ごしてしまうような一コマにそれがうまく表現されている。

さらにコマ割りや構図の使い方も非常に独特で芸術性を感じさせる。あたかも映画作品を見ているかのような気分になる。読み終わった後は良い映画を見た後のようなそわそわする感じ、なにかこう居ても立っても居られない様な感じに襲われる。

茄子(2000年- 黒田硫黄)

茄子をテーマにした短編。茄子を育てる農家から(自転車の)ロードレース、夜逃げ家族、映画撮影、近未来SF、時代劇まで幅広く扱っている。特に「アンダルシアの夏」はアニメ化もされたので知っている方も多いはず。

茄子で私が最も好きなのは、先に述べたように黒田作品の登場人物から発せられるまるで実在の人物であるかのような生々しさの他に、ほとばしる知性という点が挙げられる。黒田作品は全般的に知的であると私は感じているが、茄子は特にそれを感じさせる。それも、難しい言葉や言い回しを使った自己満足的な物でなく、日常の中に自然とちりばめられていて押しつけがましくない感じになっている。

もう一つ凄いと思うのが、百貨店のマネージャーから女子高生、トラック運転手、大学教授まで様々な登場人物が出てくるのだがそのどれも、セリフや言い回しに非常にリアリティがある。言っちゃ悪いが百貨店のマネージャーとトラック運転手なんて生活している層が全然違うわけで、にもかかわらずそんな全く違った二者のどちらも等しく描ききるのは凄い能力であるなあと感じる。

SEXY VOICE AND ROBO(2000年- 黒田硫黄)

ドラマ化されたらしいが全く記憶が無い。

時代設定は、ちょうど2000年ごろだろうか。連載していた時期の時代が強く作品にも反映されている。このころはポケベルがどんどん衰退していってその代わりにPHSや携帯電話が爆発的に普及して女子高生がジャラジャラと携帯電話にストラップを付けて友達と電話しまくるのがステータスの時代だった。みんな電話帳の登録件数を元にして友達の多さ、人脈の広さをアピールしたり、それが過ぎると登録件数ではなくて着信があることがステータスになった。そんな感じ。

それが一巡したら今度はmixiの友達カウントが多いことがステータスになって、近年ではSNSでリア充アピールする写真をアップロードし続けるという流れに至る。

特に私のような年代だと、SEXY VOICE AND ROBOは古き良き時代というか、非常に懐かしくて心地い感じがする。

ちなみに、こないだ「エルフェンリートリート」の作者である岡本倫氏が「漫画で500円札が出てきたら一気にこれは昭和の漫画なのだと現実に引き戻された。自分の漫画では古臭くなるのが嫌だから携帯電話などその時代を反映させるものを登場させない」と語っていた。

私はこの意見にはぜんぜん同意できない。そもそも古いからなんだというのだろう。もし500円札を見て興ざめするのであれば、古い時代設定の作品はすべて興ざめしてしまうことになる。時代を感じさせる描写があるからこそ、古い時代の良さや、反対に現代の良さを再認識するといった面白さが感じられるのではないだろうか。

また、いくら漫画中の描写に気を付けたとしても絵柄はどうしても時代のトレンドが反映されてしまうし、言葉や言い回しだって時代とともに変わっていく。完全に製作年代を特定できなくするのは不可能だろう。たとえば、「アップルシード」は未来が舞台の漫画であって、高度な科学技術が発達した世の中を描いてはいるが、車の窓から手を伸ばして有料道路の発券機からチケットを取るような描写がある。作者の士郎正宗氏は先に述べたようにこれでもかと言うほど細かい説明を記述しており、考証もなんども繰り返したのだと思うがそれでもこういう「古臭い」描写はでてきてしまう。人間の想像力には限界があるのだ。

というかそもそも、文化とは時の流れに対して流動的なものであり、変化こそが文化の本質だと思う。変化を恐れてニュートラルな描写を強く意識してしまったら、文化そのものが欠落してしまうのではないか。

描写や表現が確かに古臭いなと感じる作品はあることにはあるが、それは古臭い描写がそもそも問題だったのではなくて、作品自体の魅力に欠けるから古臭い表現が際立って表面化してしまうだけだと思う。

話しを戻す。SEXY VOICE AND ROBOで主人公のニコは携帯電話やPHSを何台も持ち歩き、テレクラのバイトをして金を稼いでいる(ちなみに、「大日本天狗党絵詞」では肩にかけて運ぶタイプの最初期型携帯電話も登場する)。その過程で様々な人物と出会い、事件を解決していくというストーリーだ。数話完結の形式をとっており、どちらかと言うと短編に近いような感じがする。黒田氏は短いページ数にストーリーを押しこむのもとても上手だと思う。

作者である黒田氏の健康状態が悪化して途中で連載が終了してしまったのだけが非常に残念。

制作年を調べると、なんと本作と「茄子」は並行して連載が進められていたらしい。すごいな。無理をしすぎてしまったのか…。

次回に続く。