PHEVのEV走行距離は長けりゃ良いというものではない

Passat GTEが発表されたというニュースを見てそんなことを思いました。

PHEVのピュアEVモードでの走行可能距離は基本的にはバッテリ容量に比例します。実際に比較してみましょう。

バッテリ容量 走行可能距離 車両重量
初代プリウスPHEV 4.4kWh 26.4km 1410kg
新型プリウスPHEV 8.8kWh 60km以上 1510kg
アウトランダーPHEV 12kWh 60.2km 1820kg(Mグレード)
Golf GTE 8.7kWh 53.1km 1580kg
Passat GTE 9.9kWh 51.7km 1,720kg
Passat GTE Variant 9.9kWh 51.7km 1,770kg

あれ?バッテリ容量が12kWhもあるアウトランダーの走行可能距離はそこまで大きくないですね…。これは、車両重量が影響しています。重い車ほど動かすのにエネルギーを使うのは当たり前です。車両重量と1kWhあたりの走行可能距離[km/kWh](つまり電費)をプロットしてみましょう。

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車両重量が重いほど電費が下がっていますね。逆に言えば車両重量が軽くなれば電費が改善するということです。ということは車両重量は軽いほうが嬉しいということです。でもどうやって軽くすればいいのでしょう。ここにジレンマがあるのですが、PHEVの場合はバッテリがそれなりの重さを持っており、容量の大きなバッテリは当然それだけ重いです。

バッテリ重量がどのくらいあるかは公表されてないので分かりませんが、唯一初代プリウスPHEVに限っては80kgであるという記載が発見できました。すると単純計算で新型プリウスは160kgくらい、アウトランダーは216kgくらいの重量を抱えていることになります。新型プリウスPHEVは旧モデルに比べ、車両全体で100kg重量が増加していますから、80kg分くらいがバッテリ重量でも特に違和感はありません。アウトランダーでも、ガソリンモデルの車重が1520kgですから、PHEV車との差は300kgになります。このうち200kgがバッテリでもそこまで違和感のある数値ではありません。おそらく、Golf, Passatについても200kg前後のバッテリを積んでいるのではないでしょうか。

さて。バッテリ重量が増加すると電費が悪化するのは述べましたが、この重量はバッテリが空になったら重量もゼロになるというわけではないので、ハイブリッド走行モード時にも当然のごとく効いてくる重さになります。200kgというと70kgの成人男性二人が乗ったうえに60kgくらいのスリムな男性が乗ったという感じの重量です。これだけ乗ると加速の悪さ、ブレーキの効きの悪さが人間の感覚的にもはっきり分かるレベルになってきます1。200kgというのはそういう重量です。それだけの重量を抱えて走るのですから、当然燃費は悪くなります。

ここまでの話を一言で言えば、EV走行距離を伸ばそうとすると電費も燃費も落ちてしまうということです。ここがタイトルの「走行可能距離は長ければ良いってもんじゃない」の理由になります。

ここで設計者の気持ちになってみると、燃費(電費)を向上させるにはバッテリは積みたくない。けれども、ガソリンよりも電気で走った方が安いのでなるべくEV走行距離は伸ばしたい…。ということになりますね。

こういう時にどうやって積むバッテリの大きさをどのように決めたら良いでしょうか。バッテリ容量と燃費/電費は完全にトレードオフの関係にあるために、EV走行の経済性が無駄なく発揮される最小限の容量、つまり「普段使いでちょうどEV走行可能距離を使い切る量」にバッテリ搭載容量を設定することで車の運用コストは最小になります。2

つまり家で充電してから出掛けて帰ってくるまでを走りきれればいいということになりますが、そう考えると60kmも走れるというのはいささかオーバースペックと言えます。どうせ帰ったらその都度充電するのですから、余った電池容量は完全に無駄になるばかりか、すでに述べたようにバッテリ重量増分で燃費/電費を悪化させます。

ちなみに、田舎だったら往復60kmというのはまあ良くある数値ですが、田舎だと一定速度巡航しやすい走行パターンが多いのでそもそもHVやPHEVを選ぶメリットが薄いです。あくまでも私の感覚ですが、都市部ならせいぜい20kmも走れば十分なのでは…(つまり片道10km)。

すると初代プリウスPHEVの26.4kmという数値はなかなか絶妙なラインだと思います。プリウスの設計というのは半端ないレベルで突き詰めて考え込まれているので、上記のようなことを考えて絶妙なバッテリ容量を設定したのだと思います。

じゃあなんで初代プリウスPHEV以降の車種では軒並み60km前後という長い距離を達成しているのかといえば、それはいつもの結論になってしまいますがユーザーに合わせたのでしょう。

EV走行可能距離が60kmと30kmの車種があります、と言われれば大抵の人は60km走れる方が良いのだろうな、と思うでしょう。ただでさえ現代人はスマホを使いまくってつねにバッテリ残量を気にしていますから、車でも当然ながらバッテリに余裕がある方が良いと思うでしょう。

というかそもそも、HVやPHEVという車自体がイニシャルコストを回収するのが難しい車であるので、これらを選ぶ理由があるとすればそれは「EVやPHEVが好き」以外にないでしょう。「エコだから好き」「なんとなく運用コストが安そうだから好き」「先進的だから好き」みたいな理由なんでしょう。

はっきり言ってそれらは合理的ではなく(だから悪いというわけではありません)、合理的でない理由に基づいて選択される車に合理性を求めても仕方ない、と言われればそれも一理あります。自己満足カーなのだからメーカーはその自己満足度を向上させて何が悪い、ということですね。ですから、その考えにのっとって今後はPHEVの走行可能距離は伸びていく傾向が続くような気がします。

つきましては、本ブログをお読みの賢明な読者様におかれまして、PHEVというのはそういう車種であるということを理解して頂き、「自分はガソリン車でいいや」と判断したり、「俺はウルフパックで英国通商艦隊を追い詰めるUボート乗りの気持ちになって車を運転するからPHEVの方がいいや」と判断するなどして頂ければ良いかと思います。

しかし、あれですね。ユーザーの嗜好にあわせてガンダム顔の車種が増える。ユーザーの嗜好にあわせて燃費重視の車が出来る。ユーザーの嗜好にあわせてバッテリ容量が増える。ユーザーの事を想うとろくな車が出来上がりませんね。


  1. 最近の車は乗車人数にあわせて(重量を検知しているわけではなくて踏み込み量に対する加速度の変化をフィードバックしているという単純な仕組みと思います)ブレーキの効き具合等を調整しているので気づかないかもしれませんが…。 
  2. 長距離走行時はハイブリッド走行がメインになりますのでバッテリは小さければ小さいほど良いという結論になり、バッテリサイズを決めるファクターにはなりえません。