SimCityという人生で大事なことがすべて含まれている神のゲーム

私は最近は忙しいためやっていないものの、基本的にはゲーム好きです。特に好きなゲームは、

  • シド・マイヤーズ アルファケンタウリ(Civilizationシリーズ)
  • SimCityシリーズ
  • Hearts of Iron 2

というあたりです。ほとんど洋ゲーですね。特にアルファケンタウリに関しては続編が出ないか待ち遠しかったのですが、こないだ(といっても去年の話ですが)「Civilization beyond earth」が発売されました。めちゃくちゃやりたいのですが、時間が無く出来ないままになっています。Hearts of ironも同様ですね。2をやりこみましたがそれ以降はやっていません。

それぞれ面白さを書きたいのですが、余白が足りないのでまたの機会にして本記事ではSimCityの素晴らしさについて解説しようと思います。

金がものを言う

金が無いとどうにもなりません。どれだけ理想的な都市計画があろうとも金が無ければどうにもなりません。金という実弾を投入しないと人は動きません。それが現実です。

SimCityで唯一用意されたゲームオーバーは財政破たんです。資金が大幅にマイナスになるとゲームオーバーになります(全てのシリーズでそうかは分かりませんが…)。大地震にあって都市が壊滅しても、UFOが攻めてきて都市が壊滅しても、原子力発電所がメルトダウンして放射能をまき散らして住めない町になったとしても、ゲームオーバーになりません。

世の中は金が一番大事だということを教えてくれるゲームがSimCityです。

借金は悪いことではない

SimCityでは現実の自治体がそうであるように、債権を発行することが出来ます。特にSimCity4では財政面での都市運営の難易度がかなり上がっており、誰しもが一度は債権を発行したことがあると思います。

債権は悪化した財政を立て直したり、都市をさらに成長させるために使用します。

債権で一気に資金を調達して道路網、用途地区を整備して一気に企業や住民を誘致して税収の増加を狙うというのが標準的な使い方になるでしょうか。しかしながらその一方で無秩序に債権を発行してコストのかかる施設や公共交通機関ばかりを建設すると、投資が回収できずに死にます。

つまり借金とは最終的に財政を健全化させるための手段であるということです。

漫画「茄子」で借金取りの話が出てきて、「増やすために借りる人は増やせば返せますが、使うために借りる人はそれが出来ません。ですから使うために借りる人には貸せません」「じゃあ借りるというのは単に手段の話であって借金自体が悪いことでは無いんですね」という会話が出てくるのですが、つまりそういう事ですね。

生活費を補うためにサラ金やカードローンを使うのは良くないですが、新しいビジネスを始めるために資金調達するのは必ずしも悪いことでは無いと。

リスクを背負わないとリターンは得られないという当たり前の話ではありますが、何かとリスク回避に走りたがる日本人は忘れてしまいがちです。

時に犠牲は必要

さて、債権を発行して財政健全化を図ろうという試みが失敗した時にはどうなるでしょうか。税収を増やすか、支出を減らすか、しか方法はありません。

税収を増やすともちろん住民からは不平不満が噴出し、あまりにひどいと企業や住民は引っ越してしまいます。

支出を減らすのはどうでしょうか。病院の予算を減らせば医師の数は減り、病院の待ち時間はとても長くなり、市民の健康度はどんどん落ちていきます。学校の予算を減らせば教師がストライキを起こして子供が勉強を受けられなくなり、どんどん市民が馬鹿になっていきます。水道施設や発電所の予算をケチるとどうなるでしょうか。街の一部で電力や水道が途絶えたりします。ごみ処理施設への予算も同様です。ケチると街がゴミだらけになります。

しかしながら、短期的にそういう犠牲を強いてでも財政が破たんを回避したほうが結果として市民の幸福につながるのは明らかです。

現実においても何かを達成させるため、何かを得るために犠牲が必要ということは非常に良くある事であります。しかしながら、重要なのは短期的な犠牲の上に長期的な幸せが訪れるという点であり、その計画が現実的かどうかというのが検討すべき事柄です。短期的にも犠牲が出るのであればその方法はよろしくないという考えもありますが、しかしながらそんな綺麗ごとだけで回らないのが世界です。

一度得た権利・地位を手放すことに人はものすごく抵抗する

待ち時間の短い病院、電気・水道・ゴミ回収が揃った暮らし、適切な距離に学校がある暮らし、警察が街中を見守ってくれて犯罪率の低い快適な暮らし。そういう環境を一度実現させてから、それが崩れたときに市民からは沢山の抗議の声が発せられます。

しかしながら、最初から警察署も病院も学校も設置しなかったら、定期的に要望は発せられるものの特に強い抗議というのは中々届きません。

人間は現状無いのに何かを無条件で得ようとする行為は無い物ねだりだと知ってるので、そこまで強く主張したりしませんが、すでに手に入れたものを失うという事には非常に抵抗します。

ですから現実でも人に何かをしてあげる、何かを与えるという行為は良く考えて行った方が良いです。最初は感謝されるでしょうが、それをいつも続けているといつの日かその行為は当たり前となり、止めると(与えた物を返してもらうと)批判を浴びるようになります。

最初からベストを目指そうとすると失敗する

これまでに述べた項目から明らかなように、最初から理想的な環境を追求しようとすると失敗します。

具体的には、最初から市民のために病院・学校・警察・消防・美術館・地下鉄・モノレールなどの設備を金が余っているからとじゃんじゃん作り続けると維持費ですぐに破たんします。

そうではなくて、最初は病院も学校も警察も消防署もない、ただ道路と地区(住宅、商業、工業)が存在するだけという最低限の状態から進めると失敗しにくいです。

前述したような失敗は、「街は早急に発達しない」という単純な事実を無視してしまったがために発生した失敗です。大都市は市民サービスが充実しており、先進的な設備や教育機関、交通機関が揃っている。であればそれを用意できれば大都市への一番の近くになるだろう…と思ったことが間違いなのです。

実際には先進的な設備や教育機関が揃っていても、それらが要求する市民の教育レベルが実現できるまでは一定程度の時間がかかりますし、人口が増えるまではせっかく整備した大量輸送ができる交通機関もただの金食い虫です。

人生においてもベストな状態をなるべく早く実現したいという要望は常にあるでしょうが、しかしながら自分がコントロールできない事象があり、かつ、その調整や発達には時間がかかるというケースは往々にして存在します。

トップダウンで理想形をいち早く実現しようとするのは分かりやすく、受け入れやすいやり方ではありますが、時にはボトムアップ的な発想で手探りを交えつつ物事を進めていくのが結果的にうまく行く場合のほうが人生には多いように思います。

負の遺産は最後まで引きずる

前項と逆のことを言うようですが、重要なところは計画的に理想形を見据えて進めていかないと後になって失敗します。

都市計画というものを全く考えず、場当たり的に開発を進めてしまうとたいてい通勤時間が長すぎるような地域の配置になってしまったり、近隣の道路が大渋滞して動かなくなってしまったり、学校や病院など各種施設の配置が効率的でなく管理コストばかりかかってしまったり、住宅地のすぐ隣に大量の煙を吐き出す工業地帯が出来上がったりしてしまいます。

人生においても、事を急いては失敗する確率も大きくなってしまいます。大局的な視点を持って計画を練るということも当然ながら必要なプロセスです。

前項も踏まえて考えると、最終目標、理想形は大局的な視点で見据えておくべきであるが、細かい作業や修正は手探りやボトムアップ的な視点で進めたほうが良い事もある、みたいな感じでしょうか。

学力は大事

SimCityでは「学力と年収は正の相関がある」ことと、「年収と住環境にも正の相関がある」ことが現実通り実装されています。

市民の学力レベルが上がると、市民の年収も上がり街には綺麗なオフィスやマンションが立ち並び、クリーンなハイテク産業が発達します。高所得者は近くに公園や病院、学校や図書館が揃った綺麗なマンションや閑静な住宅街にある戸建に住むことが出来ます。一方で低所得者は犯罪率が高く、通勤に時間がかかり、大気汚染や水質汚染がひどいような地域に住むことになります。

この紛れもない事実を正確に教えてくれるのもSimCityの良いところですね。

人が集まるところで犯罪が発生する

これも単純な事実なのですが、人が集まるところほど犯罪は発生しやすくなります。たくさんの人が集まるほど、悪い事を企てる人が居る確率も上がります。SimCityでは人口密度が高い地域ほど犯罪発生率が向上します。

つまり、現実世界においても犯罪に巻き込まれる確率が高いのは人口密集地域であるということです。

閑静な住宅街よりは大きな駅の周辺の方が犯罪率が高いのは当たり前の話ですね。

同様にして、マンションと戸建を比較するとマンションの方が犯罪発生率が高い傾向があります。よく、「戸建かマンションか」を論じる際に「マンションはオートロックがあったり警備員が居たりするから安心」という意見を耳にしますが、しかし実際に犯罪率が高いのは人口密度の高いマンションの方です。(安心だという思い込みからくる防犯意識の低さだとか、内部構造の推測のしやすさだとか、死角が多いだとかいう背景もあると思われるが)

もし犯罪に巻き込まれたくないのであれば、人口密度の低い地域を生活圏とするような生活にするのが合理的です。

理屈を述べるのは簡単だがやるのは難しい

上記までに様々なことを述べましたが、それを実際に言うのとやるのとではかなりの差があります。実際、SimCityで行き詰まって攻略情報を眺めたりしても、都市の問題というのはそれぞれに固有であるために幾分かは自分で考え、試行錯誤しなければ完全に問題を解決することはできません。

世の中の大体の物事はそんなもんで、世に出回っている成功体験などを見て「自分もこれと同じようにやってみよう!」とか思ったり、もしくは、「こうすればお金が簡単に手に入りますよ」などという情報商材が売られていたりするのだけど、まずそういうのを見かじっただけでうまく行くことはありません。

それは、大雑把な理屈や流れは簡単に文章化できても仔細な部分までは文章化するのが難しかったり、もしくは重要な点を意図的にぼかして伝えていたりということが理由です。

本当に何かを上達させたければ、努力を惜しんではならないという大切なことを思い出させてくれるのがSimCityです。

目標は自分で立てる

ここがSimCityの一番重要なところだと思っています。

SimCityには(シナリオモードを除いて)クリアというものがありません。どういう街にしたいか、どういう街を理想とするか、何を持ってゴールとするかは自分で決める必要があります。ここがSimCityにハマるかどうかの分かれ目になります。昔、2chの攻略情報スレッドに書かれていたことを未だに覚えているのですが、「自由に絵を描いていいよ、と言われて『自由に描いて良いのか!』と喜んで描き始める奴がSimCityにハマる。『テーマを決めてもらわないと描けない』と言うひとはSimCityの楽しみは理解できない」ということでした。

人生をどう生きるかというのも具体的な指示があったりするわけではないので、ある程度成長したら人はどう生きるかを自分で決めなければなりません。これができない人は大人でも結構居ます。

目標を持たず、生活のために仕事をして日々を過ごすという日常も悪くはないですしそれを選択するのも人の勝手ではありますが、私は人生を楽しむためには何らかの目標が合ったほうが良いと思井ます。

作る過程が面白い

ここまで述べたような点に対して試行錯誤するのがSimCityの醍醐味であって、完璧に理想形とする都市が出来上がった時、すなわち目標が達成したときにははっきり言ってやることが無くなります。やることがなくなるので私の場合は大地震を発生させて都市を壊滅させて復興させたり、全く新しいマップを始めたりします。

人生も何かを試行錯誤して取り組む、学習をすすめるという期間が一番楽しいと私は思います。というか、そこを楽しめないと人は成長できません。義務感や使命感で学習や努力を続けるというのは大変な苦痛が伴います。

試行錯誤してうまく行かないのをどうにかしてみる、そういうところに楽しみを見いだす訓練としてちょうどいいのがSimCityだと思っています。