燃費/排ガス不正問題の本質

こないだVWが排ガス測定で不正を行って大幅売り上げダウンをしたと思ったら、半年くらい経って今度は三菱がアカン、次はスズキもアカン、という話になってきました。それをもってして「旧日本軍から変わらないごり押し精神論が悪い」だとか、「なぜ三菱とマツダ/スバルで差がついたのか」とか「失われる日本の信頼」だとかいろんな派生記事が目につきます。

ただ個人的にはこういう派生記事の大部分は問題の本質を捉えてないと思います。なぜならば彼らは何でも旧軍のせいにしたり、似通った二者を区別して安易な結果論を偉そうに喋ったり、なにかと「日本はダメになった!」と絶叫したいだけなんです。こういうタイトルを付けとけばページビューが稼げるという理由があるのでしょう。せせこましいことこの上ないですね。まあタイトルでページビュー稼ぎたい盛りの私が言うのもアレですけど。

こういう問題が出るとすぐに話は組織の問題へと話が移っていきます。なぜ不正が発生したのか。内部告発が出来る企業風土になっていなかったのか。現場の独断だったのかトップダウンの指示だったのか。組織的か否か。もちろんそれも問題ではあるんですが、犯人探しになっている感もあり、個人的には「またか」という感想しか出てきません。

私としてはもっと排ガス規制や燃費達成基準といった各種法規制や減税の仕組みの周辺に改善すべき箇所があるのではないかと思います。

どういう事かと言いますと。

そもそも排ガス規制やエコカー減税といった仕組みがなぜ導入されたのかと言いますと、これは言うまでも無く自動車の排気ガスにおける環境汚染に端を発します。自動車の排出ガス規制については昭和48年度規制から年々規制が厳しくなっています。ちなみにこれは日本だけでなく世界的な傾向です。

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image from 環境展望台

世界が自動車の排ガス規制を厳しくしたおかげで、道路周辺の空気はかなりクリーンになりました。これは特に科学的な測定をしなくとも感覚的にさえ明らかだと思えないでしょうか。昔に比べたらずっと排ガスのにおいや煙を感じることは少なくなりました。また、光化学スモッグの健康被害者数も明らかに減少傾向にあり、東京都で昭和45~46年には万単位だった被害届出件数が、近年では年間を通しても0件という年も珍しくなくなっています。これらは素直に喜んで良い事だと思います。

さて、大気が綺麗になりましたが、ではどこまで排ガス規制は厳しくすれば良いのでしょうか。これは中々難しい問題です。そもそも、産業全体で大気汚染への規制が強まっている中で自動車の排ガス規制が大気の浄化にどれだけ寄与したかというのを科学的に測定・推測するのはかなり難しいものと思われます。

一つは、うまくいっているのだからどんどん厳しくしてしまえという考えがあるでしょう。良くなっているのだからこの流れを止めるなということですね。特に、90年台くらいまでは自動車の保有台数も増え続けていたため、排出する総量を削減するためにもまだまだ規制は厳しくすべきという考えはあったのだと思います。実際、2000年ごろに書かれた文章だと思われますが、下記などにその通りの記述があります。

日本の自動車排出ガス対策と大気環境の現状

しかしながら最近のデータを見ますと自動車の保有台数は横ばいになりつつあり、「自動車は増え続ける」という推測も少し疑問が残るところではあります。

image from 自動車保有台数の推移 | 自検協

そして2009年からはエコカー補助金、エコカー減税が始まりました。これはさらに排気ガスを抑制した車へのリプレースを加速させ、競争原理によってより排気ガスがクリーンな自動車の開発を活性化させる…という意味合いよりは単に経済へのテコ入れという意味合いが強い施策です。この前後の時期はリーマンショックや石油価格の高騰というイベントも重なっていて、ユーザーにとってもランニングコストの安い「低燃費エコカー」というのは非常に受け入れやすいストーリーでした。

かくして、排ガス規制に端を発して現在の燃費競争へと発展していったわけですが、この流れはそれまでの排ガス浄化と比較するとユーザーにとってメリットばかりだったというわけでは無かったように思います。

まず、燃費競争の末に各メーカーは燃費測定試験への最適化を進めるようになり、その結果「全然走らない」車が生まれました。燃費を最優先するためにアクセルの踏込量に対して急加速しないような制御を加えているわけです。あとは実燃費とのかい離もひどいものになりました。カタログ燃費の7割程度、ハイブリッド車に至ってはカタログ燃費の6割程度という実燃費になってしまう車種がざらにあります。燃費に関してはそれまでの10・15モード試験からJC08試験に移行しましたが根本的な解決にはなりませんでした1

そもそも燃費性能向上分による燃料費の節約というメリットは燃費が向上するほど圧縮されていきます。

このグラフは横軸が燃費[km/h]、縦軸が年間の燃焼費(ガソリン代)を示したグラフです。ガソリン価格は160円/Lとして計算しています。現在の価格とはかけ離れていますが、グラフの形に影響はありません。

グラフより明らかなように、大体20km/Lを超えてくると年間の燃料費はほとんど変化しなくなります。下記記事で詳しく述べましたが、

どちらが安い車なのかざっくり判断する

たとえばトヨタVOXYのハイブリッド仕様車のカタログ燃費は23.8km/L、ガソリン仕様車の燃費は16.0km/Lとなっています。この数字だけ見れば「長い目で見ればハイブリッドの方がお得だろう」と考えてしまいますが、実際計算してみると本体価格が高い分金利がかさみ、初期投資を回収するにはかなりしんどいことが分かります。

つまり、燃費も20km/Lあたりを超えてくると経済的なメリットはほとんど無い2と言えます。

しかしながら世の中の大多数の人はここまで計算しないので、燃費の数値だけをランニングコストに与える最重要因子として評価してしまいます。メーカー側もそれを分かっているので燃費競争へと突入していくわけです。で、最終的には技術ではどうにもならなくなったメーカーが不正を行うという原因になったというのが、私の見方です。

もちろん、不正を行った人/組織が悪いというのは明白です。特に、三菱自動車に関してはトップからの圧力があったという事ですから、なお悪質です。本来であれば競合他社に負けないように燃費技術に十分に投資しておいて研究開発を進めておかなければならないのですが、それを「圧力」で何とかしようなどというのは古今東西どこの世界でも非難されて当たり前のことです。皆で守ろうと決めた決まりを守らなかったのだから、相応の罰を受けるのは当然の事です。

しかしながら燃費競争に至った環境を作ったのはエコカー減税であり、また、ユーザーが盲目的に燃費の違いによる家計へのメリットを信じているという点にあるというのも事実です。もちろん、エコカー減税やユーザーには罪はありませんが、罪を引き起こした環境を放置していたらまた同じことが起きるでしょう。

エコカー減税や燃費競争はもうやめて良いんじゃないでしょうか。

日本経済そのものの閉塞感から消費が低迷している中、特に車業界に至っては燃費向上によって家計への負担を優しくしますよ、というストーリーで攻める以外に良い方法が中々無いという事情は分かりますが、それは効果的とも言い難いです。よって現在の状況はメーカーにとっても消費者にとっても日本経済にとってもあまり嬉しくないと言えるのではないでしょうか。十分な排ガス規制を敷いている先進国に限れば、そろそろ排ガス規制は現状の水準で様子見しても良いんじゃないでしょうか。

排ガス規制が厳しくなり、カリフォルニアでZEV規制が始まり、自動車メーカーは次々とPHEVやハイブリッド車を投入しています。日本で電気自動車が走っているのももはや珍しい光景では無くなりました。これはもう十分すぎる成果だとおもうのですがいかがでしょうか。ここまでくれば、今後はバッテリの進歩に合わせて緩やかにEVへの移行は進んでいくでしょう。ここでさらに排ガス規制を厳しくしたり、ZEV規制に類するような新たな規制を設けて電気自動車への移行を無理に推進してしまったら、メーカーは当然研究開発費や法規制対応にかかるコストを自動車価格に転嫁させます。つまりユーザーが急速にEV化を進めるための負担を負うということです。そしたら誰も幸せにならないと思うのですがどうでしょうか。

もうすこし具体的に言うと、ガソリン車からEVへの移行における最大の課題はバッテリ性能の向上で、次が充電インフラの整備です。これを解決せずに無理にZEVへの移行を進めても車体コスト増と航続距離低下、そしてコスト増分の車両価格への転嫁というデメリットをユーザーに押し付けてさらに車が売れなくなるだけだと思います。

もちろん、電気自動車(もしくはそれに類するパワーソース)への移行は法の力によって推進されるべきですが、その速度は急激ではダメで現実的に無理のない速度にしなければならない、というのが私の主張です。だからもう排ガス規制はほどほどにしろと。

そして都合の良いことに、今、ADAS、自動運転技術が驚くべき速度で進歩しています。経済へのテコ入れという側面でも、エコカー減税はもうやめる代わりに「スマートカー減税」みたいなものを導入したらいいんじゃないかと思います。自動運転は伸び代の大きい分野であり、かつ、交通事故による死傷者数の軽減という社会的に重要な役割をも負っています。ユーザーの嗜好を燃費から自動運転へと逸らし、交通事故を減らしていくとともにメーカーの競争を活発化出来れば産業界にとってもユーザーにとっても社会にとっても得るものは大きい(少なくともエコカー減税よりずっと大きい)と思うのですがいかがでしょうか。


  1. つまりメーカーの燃費測定試験に問題があろうと無かろうと、我々ユーザーはずっと嘘を許容し続けてしまっていると言っても良いと思います。 
  2. 「ほとんど無い」とは感覚的な表現ですので、厳密なところはグラフを見るなり電卓をたたくなりして計算してみてください。