高度な技術があればビジネスは成功するか(土と軽トラ)

タイトルが意味不明だと思うが、こういう話を書いてみたい。

今回の話は転職活動とそれに関連する諸々の話だ。

なんか他人の転職活動についての悩みは偉そうなことを色々指摘しているくせに、自分の転職活動がうまくいかず、なんだかこう色々と思う事があり、一応の区切りがついてからまとめて書こうと思っていたのだけど、区切りとは何なのか自分でも分からず、とにかく今の時点での考えをまとめようと思いこれを記す。

この記事は何なの?

私は転職活動を初めて半年くらい経つが、いまだ成功はしていないし順調にも行っておらず、転職活動はやめようかと思ってきた次第だ。この記事はそこに至る気持ちを整理し、自己分析するための壮大なポエムである。

目的がポエムであるとはっきりしたところで、とりあえずもう一度転職を始めた当初の気持ちを再確認してみた。

私が会社を辞めるのを決断した10個の理由

  1. 今の会社は働いた時間に応じて評価される
  2. 今の会社はとにかく保守的
  3. 今の会社では新しい技術についている技術者が非常に限られている
  4. 本社のやり方(コーディング作業の外注化)とそれに似てきたわが社の方針が気にくわない
  5. Too Strict
  6. プロクシのクソ野郎のせい
  7. 技術を追求しながら出世していくキャリアパスが無い
  8. そもそも受託開発が嫌、自社サービスを作りたい
  9. スキルアップと焦り
  10. 子育てを見越したライフスタイル

上記の気持ちは当初と変わっていない。ただ、私は先進的なベンチャーに入ればこれらが全て解決できるような気がしていたが、なんかそういうわけでもなく、さらには自社の良さというのにも改めて気づいたりしてこのまま転職すべきなのかどうか悩み始めてしまった。

経緯

Scalaを採用している企業に片っ端からレジュメを送り、1社から内定を頂き、別の一社は採用になりかけたものの一歩手前でストップがかかり敗退。その後現在に至る。

内定を頂いた某社は恐縮ではあるが辞退させていただいた。当初はとにかくScalaや流行りの開発スタイル・フレームワークで仕事ができることというのを重要視していたが、途中から我々(プログラマ)のミッションはプロダクトを作ってビジネスを回すことにあるのであって、道具にこだわることは大切ではあるかもしれないが、それが第一目的で良いのか?という気持ちが芽生え、さらにその某社のビジネスを眺めたときに自分が心の底から付き合っていきたいかと思えるかどうかと問われればはっきりとYESとは言えない感じで、そういう中途半端な気持ちだと迷惑がかかるのでは、というあたりで及び腰になったというのが理由だ。

その会社のビジネスが何をやっていて、自分がそれをどう思っているかというのは基本中の基本であり、そこを深く考えずに応募してしまい、最終的に辞退すると言うのは先方にとっては採用コストがかかるだけ無駄だったということなのでその点は申し訳ないと思う。

もう一社はScalaと機械学習の両方を扱えるということで、昨今の私の興味を完全に満たしていた。社風もちょっと堅めで私と価値観も似通っており、かなり入社の意思は強かったのだが、最終面接の段で社長から採用に待ったがかかり、採用したかった部長と一日会議したらしいが(ホントかよ?とは思うが)、結局採用にはならず。社長は私に統計の知識が不足しており、30代からそれを鍛えるのはまだベンチャー企業の我々にとっては厳しいという判断だったとの事。先方の部長からは社内で考えがまとまらないまま方針が二転三転して申し訳ないと言われた。

自分は統計に関しては大学の基礎の教科書を一通り理解しているつもりではいるし、データサイエンティストが書いてるようなブログを読んで行ってもまあ大体理解できる程度の頭はあると自己評価しているのだけど、面接で謙遜したのが良く無かったかな。「業務ではそんな使ってないけど、一通りの事は分かるし何より自分はFast-Learnerだから大丈夫よ。うん」くらい言えれば良かったな。エージェントが「認識に誤りがあればその旨をお伝えしますけれども」ということを言っていたのだが、それをしなかったのは最終面接で社長の態度がなんだかモヤモヤする感じだったというのがある。

昔話になるのだけど、今考えると私が大学生の時にバイトしていた塾はいわゆるブラックバイトだったとおもう。市販の問題集を違法コピーして生徒に解かせたり(違法だと指摘したらブチ切れられた)、授業の前は2時間くらいは準備に時間がかかるがもちろん時給は発生しなかった。何よりもそこの長(塾長?といえば良いのだろうか。その店舗で最も偉い人)の性格が最悪で、すでに何人もバイトが辞めているとのことだった。そいつはいかにバイトの失敗や欠点を見つけてそれを説教するかという点に注力しているようで、自らミスを誘発させようと躍起になっているように見えた。

あるとき、生徒からある提出物を回収しなければならないということがあった。私はそれを一切伝えられていなかったのだが、締め切りを過ぎてから「withpopさん、なぜ提出物を回収しなかったの?」などと問い詰められ、「何の事ですか?そんな話聞いてませんけど」と述べると「あなたが聞きに来ないのが悪いんでしょ」などと言われてそこでブチぎれた。「私が知らないことをどうやって確認できるんですか?あなたが何か言いたそうにしてるなーというのを察して一々お伺いをたてなきゃいけないんですか?このクソ忙しい塾で?あなたがやってることは意図的にミスを誘発させてるのと同じなんすよ」と声を荒げた。以前にもこういう事は多々あり、私以外のバイトでも何かの書類を提出したはずなのに受け取ってないなどと言われた、などというのが度々あったのでこの時点で爆発した。結局その塾は4月をもってやめた。

この一件で私が学習したのは、小さな組織に一人こういうクズがいたときにはなす術がないということである。組織はある程度大きくて自浄作用が無いと、クソな人間が上の立場に立った時にそれを蹴落とすことができない。自浄作用があるのが最善だが、自浄作用がなかったとしても組織がある程度大きければ残りのまともなメンバーで仕事を回せるし、定期的なローテーションだってある。もちろん、組織が小さければそれだけ管理コストや意思決定のコストも減るということなのでメリットはデカいのだが、もろ刃の剣である。と、こう思った。

そいで話は戻り、転職活動のモヤモヤの話。私はその社長の最終面接での態度が気にかかった。入ってきたときから笑顔は皆無で、自己紹介やアピールをしても「あっ、そうなの。ふーん」というリアクション。質問も2つ3つしかされず、ずっと私の履歴書を読んでいるだけだった。その表情は「めんどくせえなあ、なんで俺が面接するんだよ」という感じそのものだった。これから自分の部下になるかもしれない人物なのだから、もうちょっと興味持ってくれてもいいんでないかい?と正直おもった。もしかしたら最終面接の前にすでに心は採用しない、という事で心を決めていたのかもしれないが、そうであるならばそもそも最終面接に読んでほしくなかった。だってその方がお互い手間がかからないじゃん。自分だったらそうする。

というあたりが、モヤモヤとなり、そして先の「小さい組織では駄目な人間が居たときにリカバーできない」という経験もあって、それでエージェントを経由して説得を依頼する程度の労力をかけるくらいの熱意はもはや無いな。ということに相成った。いや、こうかくとその社長が駄目だ、俺は嫌いだ、というふうに聞こえるかもしれないが、そういう事ではなくて、単に私が慎重になっていたというだけだ。成長している会社の社長を務めているのでたぶん優秀なのだろうとは思う。そしてもしこの会社に入社し、その社長の下で働いたら私は幸せになっていたかもしれない。しかし、そこいらの本当のところは短期間の会話で推測するしか術がない。

その後、一応まだ転職活動は継続している。ついこないだも会社の説明を聞きに行った。やはりScala技術者はまだ売り手市場と言っていいように感じる。その会社では、機械学習とScalaの両方にチャレンジできそうな印象をうけ、かなり興味が湧いたがやはりまだ一歩を進めることが出来ずにいる。

うちの会社の良いところ

一方でそれらの転職活動を進めていく過程で、今勤めている会社の良いところもたくさん見えるようになった。

まずはその「組織規模がデカい事でダメな人材を排除できる」ということ。これはうちの会社でもまあまあうまくいっている仕組みだ。完全な自浄作用があるというわけではない(社長の機嫌で人事が決まる)が、それなりのローテーションがあるだけまだましだ。ローテーションがあれば現場管理職は無能な部下を他課に押し付けることができる。逆を言えば、押し付けられることもあるのだが。

次は財力だ。日本のメーカーはダメになった(もしくはもともとダメだった)ということを良く聞くが、やはりベンチャーと比較すると体力の差は圧倒的のように思う。まあそれは比べる対象がそもそも間違っているのだが、私はその二者間を比較していて悩んでいるが実情だ。

体力があって組織規模も大きいと色々と余裕がある。こないだは機械学習を研究するという名目で「かなりの」予算が私一人についた。2~3か月はそれに目いっぱい取り組んでも大丈夫な程度の予算だ。私は機械学習を勉強したいと思っており、その思惑が会社と合致して予算が出たのだが、私から見れば「自分が好きなことを好きなだけやってさらに予算も付く」という状況だ。これはかなり恵まれていると言える。

あとは仕事の方も順調になってきた。このあたりが不思議で、私の人生というのは常に良い事と悪いことが周期的に訪れていた。それに初めて気が付いたのは小学生のときで、「良く笑った日は最後に思い切り泣かされるなー」などと考えていた。友達からも「withpopの人生はシーソーみたいだ」と言われたことがある。

具体的に最近で良かったことは、私が今の会社で心から尊敬できるほぼ唯一の人が新たな仕事を持ってきてくれた。それはハードウェアデバイスを制御するIoT的な要素も含めた業務系システムであったが、やはり自分はソフトだけでなくてハードも触りたいのだな、と思った。この仕事が本当に楽しい。妙な事を言ってくる客はおらず、こちらの提案が次々と実を結ぶ。さらに顧客はひろがり、今度はようやく海外のプラントでも採用される機運が高まっており、私は各課をまたいでその先任者みたいな感じで引っ張られている。

でもこれは私が優秀なのではなくして、ぶっちゃけたところ弊社の技術力が単に低い(ソフトウェアの実装という点に限れば)のであって、結果として平均的な能力を持った私が優れているように見えるだけと分析している。しかしながらそうは言ってもこれは私にとっては大きなメリットだ。まさに鶏頭牛後。優秀な人が多い組織だったらばこれだけの天狗を味わう機会はそうそう無かっただろう。

あとは、短時間な勤務を了承してもらっているという点もでかい。リモート勤務こそ叶わないが、しかし現在の私の勤務はほぼ残業ゼロで推移している。プログラマの残業時間は30~40時間でホワイトだと言われるようなのだ。上司はもっと仕事をしてもらいたいと思っているだろうが、知ったこっちゃない。私しか出来ない仕事を多く抱えており、かつ、上司もそれを今期の部課の成果として計上しているという背景もあり、私にへそを曲げられると困ると思っているのか、あまり強くは言ってこない。このあたりは私も色々と根回しをしてきたところで、ひひひ、うまく行ったわ。とほくそえんでいる。私は他人を操作するという事(つまり政治)が非常に苦手だが、今回ばかりはうまく行っている。今後も図太い神経で図々しく自己中心的に働いていこうと思う。

だらだら残業してるやつよりも給料もくれよ、と思うのだが、さすがに欲張りと言われるのでこらえている。

で、こういうところに目を向けると当初感じていたデメリットである

  1. 今の会社はとにかく保守的
  2. 今の会社では新しい技術についている技術者が非常に限られている
  3. Too Strict
  4. 子育てを見越したライフスタイル

というのは、そこまで悪くもないのではないか、という風に思ってきた。

技術が優れていることは成功するための必要条件か

そして強く思うのがこの点。前にも何かの記事で書いたような気がするが、もう一度書いてみる。

技術的に優れていることが成功するためには必要か?という問いは明らかに偽である。

たとえばmixiがノリノリで隆盛していったころ(2005年以降?)、システムはまだPerl + CGIで動作していた。その当時でもPerl/CGIの組み合わせはだんだん古くなりつつあった時期だと思うが、mixiはそういう枯れた技術で動いていた。当時の私はmixiがPerlで動き、URLの末尾が「home.pl」などとなっているのをみてとても驚いた記憶がある。こんなに真新しいサービスがPerlなんて、と。

あと、強く印象に残っているのはMinecraftだろうか。Minecraftは最初、Javaアプレットで動いていた。Javaアプレットで動いているゲームというのはそれまでにもいくつかあったが、そもそもJavaと3Dとゲームという組み合わせはそこまで便利な組み合わせでは無かったし、その当時も「そろそろプラグインを使うのはやめてこれからはWeb標準でいこう」という潮流だったように思う。そんな中で古臭い技術であるJavaアプレットで作られたゲームがこんなに流行るというのは私にとってはとても意外だった。

その他、数多のWebサービスに触れてきたが、別段ものすごい技術に裏打ちされた革新的なサービスというのは正直なところあんまり無かったように思う。

ただGoogleは別だ。Googleは常に革新的な技術を投入し、今までできなかったことを出来るようにしてきた。そして、エンジニアにとっては「高度な技術を振りかざして競合他社を蹴散らす」というGoogle様がやっているようなストーリーは非常に魅力的で、分かりやすく、受け入れやすく、憧れるところだろう。しかしながらそういうタイプの企業が日本で成功した例があるかというと、皆が首をひねってしまうのではないだろうか。いや、そういうタイプの企業が無いわけではないと思う。たとえば今話題の人工知能の分野ではUBICやPreffered Networksあたりは「技術で競合他社を蹴散らす」に近いように私は思っている。でもビジネスとしてすごく成功していて無茶苦茶儲かっている会社かと言えば、そこまででもないように思う(だから価値のない会社か、という議論はおいといて)。

であればあまり技術にはこだわらず、目的のビジネスを回すのに適したスキルを保有していればそれで良しとするという考え方でも良いんでないかい?という気持ちが強くなってきている。

転職活動をしていると、「うちは技術が第一だから」「テクノロジーオリエンテッドだから」などという企業がたくさんあることに気付いた。そして、技術が第一だからとセットでOSSでの活動、具体的にはGitHubでの活動履歴なんかを重視させられる。OSSを使う事は多いけれど、プライベートで公開するようなコードをあまり書かない私にとってはこの点は非常に痛い。というのもあるし、GitHubで活動し、良いコードをコミットし続けているのが優秀なエンジニアの必要十分条件だと言われているかのように思ってしまう。

ただ、採用する側の立場に立ってみると、GitHubで書いたコードを見れるのは応募者の能力を推定するのに分かりやすいというのは良くわかるし、実際、良いコードを書くエンジニアを採用できるのだからそれでうまく回ってるのだろう。その結果、「OSSでの活動歴は無いけれども優秀なエンジニア」を取りこぼしてしまったとしてもそれは許容できるロスなのかもしれない。ただ個人的には、上記のように「技術的に優秀であることが絶対とは言えない」という思いもあって、GitHubでの活動が無いと落とされるような会社では働きたくねえな、と思う。

また、私はスペシャリストよりもゼネラリストの方がビジネスを回すことが得意だとも思う。色々な経験があって様々な物の見方をできる人の方が金儲けはうまい。そういう人はたぶん政治力もあるように思う。エンジニアは政治が嫌いな人がほとんどだろうが、人間が二人以上あつまればそこには政治が生まれるのは当然だとエドワードヨードンも言っている。ソフトウェアを事を全然しらない営業はどんぶり勘定で仕事を取ってきてデスマーチを量産させる。優秀なプログラマだが交渉力が全然ない人を営業部に配属させても一件も仕事は受注できないだろう。しかしながら交渉力があってマネジメントも出来てプログラムの事も知っている人が取ってくる仕事で儲ければみんな幸せになる。そういう人がどんどん増えて欲しいと考えている。

そもそも成功とは何か

ここまで、暗黙的に成功とは金を稼ぐことみたいな書き方をしてきたが、しかし実際はそうではないだろう。

たとえばあるアドテクの会社では「我々はエロ広告は扱いません。エロ広告は儲かるんです。簡単に利益を生むんです。でもカッコ悪いからやりません」という話を聞いた。また別の会社では「我々は価値や文化を生み出すサービスを作っています。課金で不毛な出費を強いる業界とは違うという誇りがあります」などと言っていた。また別の会社では「自社のメディアを拡充させていってユーザーを多数獲得するのが短期の目標ですが、某社(モバゲーやブログなどを提供)よりは『お上品』なサービスで攻めます」と言っていた。それらが良いかどうかは個々人の捉え方に任せるとして、ここで言いたいことは企業が追い求める成功とは会社規模の拡大や売り上げの増大ではないと言う事なのだと思う。彼らなりのポリシーがあるのだろう。

ようはそれぞれの経営者はそれぞれ、ブリリアントでブライトフルな会社はこうであるべきだ、みたいな熱意があって、それに向かってまい進している。熱意に行動力が伴って結果を出している所はやはり凡人とは違うなあ、経営者は違う考えを持ってるなあ、と思うところである。で、それに共感した社員が熱意を持って働いたり、共感してないけど生活を維持するために働いたりしている。熱意を持ってるから偉いとは思わないけど、私は熱意をもって仕事をしたいので、私は価値観の一致という点を非常に重視する。

私は会社とは利益を生み出すための器であると思う。まず目標とすべきは金を儲けることと思う。しかしながら常々金金と連呼するとがめついと思われるので、ビジネスの方針としては世の中の困っている人たちのためにいい感じのソリューションを提供するというのをミッションにしたらいいと思う。実際それで双方が幸せになるんだから良いじゃん、という意識低い系の考えである。

一方で日本を変えるとか、ある業界でトップになるとか、世の中の不都合をシステムの力によって正すとかいう大層なことは一切考えない。身の丈に合った割のいいビジネスを目指すのが最優先で、そこまで金に困らない程度の報酬をいかにして楽に稼ぐかというところに注力する。その次に優先すべきは従業員満足度の向上である。ギスギスした職場からいいプロダクトは生まれない。みな楽しく堅い事を考えず、価値ある仕事にフォーカスして仕事が出来ればいいね、という考えだ。

以上を一言で言うと、「身の丈に合ったビジネスを展開して顧客も従業員もニコニコな企業」が私が思う目指すべき価値観というか会社の有るべき姿だと考えている。それを踏まえた上で、東京のWeb系ベンチャーは何を成功と見なしているのだろうか?私のような価値観とマッチするだろうか?

私が転職活動を行い、色々な話を聞いた結果、たぶん上記のような考えを持っている企業は一社も無い。まあもちろん、「わが社は身の丈にあったビジネスを展開していきますよ」なんてのほほんとしたことを言っているベンチャーは皆無だろう。皆、くんくんになって「おれはやるぜ、やったるぜ。華を咲かせてやるぜ」みたいな気概に満ちている。そして、じゃあ何をやったるのかというとそこがイマイチ良く理解できていない。

あくまでも私の印象だが、社長が言っていることは「XXXで世の中を変える」ということが多い。XXXは分野であったり技術であったりすでに展開しているプロダクトだったりする。で、どう変えるかというのはやけに具体的だったりあいまいだったり、「俺たちの冒険はこれからだ!」みたいな終わりのないエンドレス的にぼかした内容だったりする。ともかく、壮大な目標を掲げていて熱意がくんくんに感じられるというのが大体のパターンだ。

一方で現場のエンジニアがどう思っているかというと、大体はそういうプロダクトの事を嬉々として話す人はおらず、どちらかというとこういう言語とこういうフレームワークでこういう風にプロジェクトを回してますよ、という点を嬉々として話す人がほとんどのように思う。ほいで、大体こういうベンチャーは綺麗なビルの綺麗な景色を眺望できるオフィスで、まるでファッション系かレジャー系であるかのような綺麗でオシャレな内装に仕上がっていることが多い。場所も一等地で地上まで下りればおいしい料理が食える店がたくさんある、みたいな感じだ。

こういう点について現場の人々がどう思っているのか、私は毎回質問するのだが「まあ、綺麗なのはいいですよね」「遊び心があった方がクリエイティブな気分になれますし、結果としてパフォーマンスが上がります」「華やかですけど正直もっと普通のオフィスで良い」などとさまざまな回答が返ってくる。ただ、Googleが無料のランチを提供しているように、「オシャレなオフィスでオシャレに仕事したい」みたいな気持ちは皆あるのだろう。でなければこういう金のかかることはやらないからね、本来。

最後はやっぱり起業

で、そういうWeb系ベンチャーの価値観と私の価値観が合致するかというと、しないと思う。

私は別に自分の会社が世界で一番だとか日本で一番だとかどうでもいい。提供した労働(もしくは知識)に見合う報酬を得られるかどうかが最重要で、なおかつ、提供する労働量にあるていどの裁量があってほしい。立地やオシャレのオフィスに至ってはさらにどうでもいい要素で、むしろ非ブライト系の私にとっては苦痛ですらある。つなぎを着て軽トラに乗って田んぼのど真ん中に建てられたオフィスに出勤して、麦茶を飲みながらせせこましいながら仕事に必要な道具(パソコン)が完璧に揃った部屋でクーラーをガンガンに効かせながら働き、午後からはだだ茶豆に水やりと追肥をしたうえで軽く害虫の有無を確認という仕事をしたい。あの緑色のカメムシはマジで勘弁な。

あと、細かいところだと私はMacに魅力を感じない。Web系ベンチャーではあたかもデファクトスタンダードであるかのようにMac Book Proが支給されているが、私はイマイチ理解できない。ATXタワーで最新のCPU/GPU/メモリを積み、東プレやPFUのキーボードでコードを打ちたいとは思わないのだろうか?まあ、キーボードについては繋げば使えるけど…。この点も価値観が合わない。

お前に共感できるエンジニアなんていねーよ!と言われそうだが、いや、ほんとその通りなんですよ。私は田舎生まれ田舎育ち、カッペそうな奴は大体友達なので、本来都会の生活には適合しない。O/Rマッパー以上にインピーダンスミスマッチなのである。田舎生まれ田舎育ちで田舎で働ければよかったのだけど、なぜかコンピュータに興味を持ってしまい(個人的には『コンピュータおばあちゃん』が好きだったからと推測)、かつ、田舎ではソフトウェア産業は全然育ってないので都会で出ていくしか生きていく方法がなかった。

いや、田舎生まれ田舎育ちだからと言って都会の生活に適合できないということも無いのであって、現に東京在住者のほとんどは地方出身者などという話もあり、私自身も東京生まれ東京育ちの人は知人にはごく少数しかいません。だから私が都会に歩み寄るべきなのだけれども、街を歩けばキャッチが声をかけてくる、電車に乗れば「キモイんだよオッサン!!」と女子高生が叫んでる、駅までの道にはゲロがいたるところに落ちており、ジジババが高級外車で追突事故を起こす。東京はどうも好きになれない。

その一方で東京で良いところは何かというと、テレビで放映されるオシャレな店やうまい店で飯を食えるとか、話題のエンターテイメント施設とかに気軽に行けるという点が良く挙げられるのだけれども、はっきり言ってこんなもんは私にとってはどうでもよく、私はイオンとケーズデンキとユニクロとAmazon、最後に軽トラもしくは原付二種があれば事足りるのである。どうせオシャレな店に行ったって金魚のフンのような長い行列の最後尾から延々と肛門に向かって待たされるのであって、その過程で近くに並んでいるギャルとかギャルとかギャルとかのクッソつまんない自分語りがBGMとして延々鳴り響くのに違いないのである。フルコースのランチとか年1回食えりゃいいよ、ほんと。普段は「焼酎」ってメニューに書いてある焼酎とかチリ産のワインを飲む感じで良いんだよ。

でも私は東京で我慢しつつ働くしかない。新宿にバスタができたんだってー、って話題にも、うんうん、やっぱ時代はバスタだよねー、などと知ったかぶりしつつ薄っぺらくて気持ち悪い笑顔を浮かべている。相手だって苦痛なはずだ。でも同じくらい俺だって苦痛だ。つまり誰も幸せにならない。そういう星の元に生まれた私にとって、保守的なメーカーもしくはSIerで働こうが、先進的なベンチャーで働こうが大差はない。

そこに軽トラと土はあるか?が全てだと。そういう気がするんだよね。

俺の幸せはなんだ?それはScalaとTensorFlowで仕事をしながら午後に枝豆に水をやって夜に焼酎を飲み、土日は寝ることなんだよ。たまに軽トラにキャンプ道具一式乗せてキャンプ場で一人でプログラミングをするんだよ。それが俺だ。娘二人にはそういう父の背を見て育ってほしい。いずれ本格的なクロカン車を買って大型犬を飼う。ベタだなー。でもそれが俺の生きた証だ。小っちゃい証だなー。家もちっちゃいからなー。態度だけデカいからなー。

で、あれば私が真に幸せになるためにはどうすればよいか?というと自分のやりたいように出来る会社を立ち上げるしかないという気がするんだよ。会社というか自営業ですね。法人登記だけしてりゃ職場が自宅庭のプレハブでも良いよ。細々と大企業に依頼するほどのものじゃないけれども、それなりにカスタマイズしたシステムが欲しいみたいな地場の会社さんをターゲットにしてなんか作るとか、今やってる副業の延長とか、そういうので自分の収入だけでは家族は養えないけど嫁さんの収入まで合わせたらまあまあ暮らしていける。子供は親の仕事っぷりを見つつ、社会の勉強をしていく、みたいな。そんで、地元のお祭りとかが開かれたら多少の小金を出資してこじんまりとした駅前で催される後援会企業リストの末尾に名前が載る、みたいな。そんな隙間産業の隙間を行く、ミルフィーユを一枚ずつ剥がしてクリームをなめとっていく妖怪みたいな、そんな感じで生きたいよ、俺は。

で、これをなるたけ低リスクに進めるためには、今の会社にしがみつつ全力で就業時間を削り、空いた時間で全力的に副業するしか無いように思うんだよね。

そういう気持ちのまま転職活動を進めているのだが、はたして採用してくれる会社はあるのだろうか。多分採用されたら逆に戸惑うわ。

結論

以上、なんだかんだと理由を付けて転職に踏み切らず、優柔不断な姿勢に見えると思う。自分でもそう思う。他人の立場でこんなことを言ってるやつが居たら「めんどくせえ、さっさと転職しろよ、ボケ。失敗したら次だろ、次」と蹴飛ばしたくなってくるが、しかし自分の事となるとかなり慎重になるのが私だ。普段から慎重なのにうちには0歳児と4歳児がいて、車と家のローンを背負った上さらに奨学金の支払いもある。

独身でもう少し若かったら気軽に転職するんだけどな…というなんとも所帯じみた話でした。以上、ご査収ください。私はやっぱりScalaとTensorFlowとC#が出来る兼業農家を目指そうかと思います。