【質問#31】トヨタセーフティセンスCの赤外線の役割

質問・悩み相談の回答です。

質問

カローラの自動ブレーキの記事でこちらのブログに出会い、
定期的に拝見しております。

質問ですが、「トヨタセーフティセンスC(TSSC)は赤外線と単眼カメラを組み合わせたから
測距能力が上がったのか?」です。

日産などの単眼カメラのみをセンサーとする自動ブレーキは
25km/h ~35km/h程度しか停止しないようですが、
TSSCは45km/h~50km/hでの停止を実現しております。

TSSCと単眼カメラのみの測距能力の違いは、
赤外線との複合にあるのか、それともメーカーや年式の違いによる、
ソフトウェアの違いなのでしょうか?

赤外線と単眼カメラを複合すると、より遠くまで距離を測れるというのが
どうも腑に落ちません。

回答

本件、私も興味を感じていたところですので、単眼カメラによる測距について調べてみました。

私もネット上からアクセスできる文献を見ただけですので正確な事は分かりませんが、

  • 一般論として「赤外線と単眼カメラを複合するとより遠くまで距離を測れる」というのは偽
  • 「赤外線と単眼カメラを組み合わせたから測距能力が上がった」は真である可能性がある
  • ただし、赤外線センサの利用で測距精度が上がるのは低速走行&近距離域であり、高速走行or遠方での測距制度は上がらない
  • ご推察されているように「ソフトウェアの違い」で違いが出た可能性が大きいと思う

というのが現時点での私の結論です。

以下、説明していきます。

単眼での測距方法

下記の二つを参照しました。

  1. 車載カメラを用いた単眼測距システムの開発
  2. 単眼車載カメラ画像を利用した自動運転支援

大きく分けて二種類あるようです。一つが、既知のサイズのオブジェクトがカメラ画像上の投影面に写る大きさから判断するというものです(方法Aとします)。もう一つが、既知の速度(角速度)にて走行(回頭)しているときの、オブジェクトが投影面で移動する速度から算出するという方法です(方法Bとします)。

直感的に言えば、方法Aは「近いものほど大きく見え、遠いものほど小さく見える」という点に着目して測距する方法で、方法Bは「車窓から見る風景は近いものほど高速に動き、遠いものほど遅く動いているように見える」ということを利用して測距する方法です。また、方法AとBは同時に適用することも可能です。

方法Aに関しては、以前の記事で「車両のサイズ(車幅、車高)を推定して測距しているのでは」と書いたのですが、大体そのような処理を行っているようですね。車両のサイズは異なるので正確なパラメータは分かりませんが、ナンバーのサイズは規格化されているのでナンバーを基に測距しようとかいう方法も文献2に記載があります。

文献2では車というオブジェクトを認識させるために、まず道路白線を検知、その後白線の間を順次走査して車両の影(横方向のエッジ)を見つけ、そこから車両の縦方向のエッジがあればそれを車両として認識する、という方法を取っているようです。

方法Bでは走行車両(カメラ)の移動速度や移動方向、向きなどを正確に測定することが測距の精度に大きくかかわってきます。興味深いことに、文献1では車載信号では(特に低速域で)速度の真値が分からない[^1]のでレーザーによる測距によって車両速度を求めたと記載されていました。ということは、赤外線レーザーと単眼カメラの組み合わせをとっているということは、方法Bを採用しているかもしれないという事も出来るかもしれません。

1: 通常、自動車にはスピードメーターが装着されているので速度を測る仕組みも実装されていますが、たいてい車軸が特定の時間に何回転したかという情報から速度を算出しているので、タイヤがゆっくりと回転している時は制度も落ちます。

あと、今回は見つけられませんでしたが、画像と画像中に含まれる前方走行車両、歩行者までの距離の実測値を大量に収集できれば今はやりの人工知能(機械学習)を使って距離を推定するという手法もこれから出てきそうな感はあります。前述のような解析的な手法に対する人工知能の優位点として、ロバスト性の高さ(どの様な状態にあっても平均して高い精度を出してくれる)が挙げられます。たとえば前述のように白線や車両の影を利用した測定方法では、白線が無かったり環境光によって車両の影が認識しづらい状況にあれば認識精度はガクッと落ちますが、人工知能はそのような場面でも高い精度を出してくれる…かもしれません。

また、こういう画像認識の分野は往々にしてパラメータの調整に時間がかかってしまうのですが、そういった点も人工知能は解決してくれる…かもしれません。まあ人工知能というかディープラーニング自体、パラメータのさじ加減で大きく結果が左右されたりするのですが…。将来的には人工知能のパラメータを最適化してくれる人工知能(もしくは遺伝的プログラミングとか)が出来上がってくるのかもしれませんね。

かもしれません、が多いですが、人工知能関連はやってみないと誰も分からないという部分が大きいと思います。まあ余談でした。

本題のトヨタ・日産の性能差

さて、原理を踏まえた所で本題です。まず、性能を再度確認してみました。セーフティセンスCではカローラ、日産の自動ブレーキではノートを選択してみました。

トヨタ カローラ
公式スペック:10km~80kmで動作(トヨタ公式
 - AEB/CCRs:車速10~50km/hで衝突回避
 - FCW/CCRs:車速10~60km/hで衝突回避
 - AEB/CCRm:車速10~60km/hで衝突回避(ただし55km/h試験で3回中1回衝突)
 - FCW/CCRm:車速10~60km/hで衝突回避

日産 ノート
公式スペック:「ノートなら、80km/hでもかしこく作動。衝突のリスクを減らします」(日産 ノート
JNCAP 予防安全性能
- AEB/CCRs:車速10~25km/hで衝突回避
- FCW/CCRs:車速10~30km/hで衝突回避
- AEB/CCRm:車速10~25km/hで衝突回避
- FCW/CCRm:車速10~30km/hで衝突回避

ここで、それぞれ

  • AEB: ブレーキを全く踏まず、完全に自動ブレーキに任せる
  • FCW: 1秒後にアクセルペダルを離して、1.4秒後に規定のブレーキ(0.2秒で最大0.425の減速度を発生させる)をかける
  • AEB: 対停止車両
  • AEB: 対定速度(20km/h)走行車両

という意味です。

質問者様が記載されている値はおそらくJNCAPの試験結果を基にしたものだと思われます。JNCAP予防安全性能試験では60km/hよりも速い速度では試験していない(AEB/CCRsは50km/hまで)ので、トヨタのセーフティセンスは60km/h以上の領域でも衝突回避できるかもしれません。個人的にはトヨタ セーフティセンスCの結果は驚嘆に値すると思います。一方で、両者を並べて比較してしまうと日産 ノートの「かしこく作動」という売り文句がすごく残念な感じになってしまいますね…。そしてもう一つこの結果から言えるのは、メーカーが表示している動作速度域は全くあてにならないということですね。自動ブレーキ、ADAS、予防安全装備を重視するならば必ずJNCAPの試験結果を見ましょう。

さて、ノートとカローラでは同じ単眼カメラを採用しているにも関わらず、自動ブレーキの性能についてかなり差があります。この性能差について、質問者の方は「トヨタ方式では赤外線レーザーと組み合わせているので、この効果だろうか?(いや、そうではないはず)」という旨のご指摘をされていらっしゃいます。

質問者の方にはおそらく説明不要と思いますが、一応説明をすると赤外線レーザーは短距離でしか動作しません。これは、レーザー自体が空気中ではホコリ・チリ・煙・水蒸気によって拡散/減衰してしまうためです。高出力なレーザーを用いれば測定可能距離も伸びるのですが、高出力な赤外線レーザーは失明の危険があり(しかも人間の目には見えない)、安全基準や規制によって管理されているような代物なのでおいそれと採用するわけにもいきません。

ADAS用の赤外線レーザーの測距可能範囲はおそらく、良くても前方10mちょっと程度ではないでしょうか。赤外線レーザーのみ搭載の車両では20km/h以下くらいでないと衝突回避まで持って行けないようです。ですので[^2]赤外線の測距可能範囲というのは下手したら10m無いかもしれません。

2: よく出てくる制動距離の式「時速(Km/時)の2乗÷(254×摩擦係数)」の式で摩擦係数=0.7、時速20km/hを与えると制動距離は2.3mとなる。もし10m程度の探知範囲だったとすれば制動距離の4倍まで探知できるということなので、もうすこし自動ブレーキの性能が出てもよさそうな気がします。したがって、赤外線レーザーの探知距離は5~6mでもおかしくないようは気がします。

一方で単眼カメラの探知範囲というのは、可視光での撮影なのでざっくり言えば人間が目で見て分かる距離まで探知できます。実際はカメラの解像度にも左右されますが、少なくとも100mとは堅いように思います。

これだけ探知範囲が違いますから、赤外線レーザーを併用したところで高速度からの減速という性能では赤外線レーダーは単眼カメラと組み合わせても何ら性能向上には寄与しないように思えます。

ただ、前述の文献にあったように単眼カメラを補佐して精度を向上させるという役割で赤外線レーザーを採用するという方法も考えられるので、今回の性能差に赤外線レーザーがまったく無関係というわけでもないでしょう。たとえば、単眼カメラで判定に悩むようなケースがあった場合は赤外線レーザーの結果を信頼するなどですかね。これによって実際は遠くにあるオブジェクトが近くに存在するという単眼カメラでの誤判定を防ぐことができます。ですので、赤外線レーザーとの組み合わせによって精度が向上する…かもしれません。個人的には結局近距離しか操作できないのだから、高速度/遠距離からの自動ブレーキの性能向上には寄与しにくいように思います。

ちなみに、高速度からの減速というシーンでは単眼カメラに赤外線レーザーが加わっても無意味なのになぜトヨタは両者を併用しているか?ということですが、考えられるもっとも自然な理由としては「低速度走行で近距離の探知に関しては赤外線レーザーの測距精度が単眼カメラよりも上」だからでしょう。

たとえばドライブレコーダーで撮られた追突事故映像を単眼カメラの前で大型スクリーンで表示すれば単眼カメラは間違ってブレーキを効かせる信号を発信するかもしれませんが、赤外線レーザーは「前方xメートルに物体があり、相対距離は変化していない」ということを判別できます。ここまで極端な例は現実には無いと思いますが、実際に走行している場面において単眼カメラが判断に迷うというシーンは必ずあるはずで、たとえ測定距離が短くともバックアップがあるに越したことはありません。

というわけで、トヨタのシステムと日産のシステムでの性能差の違いは、単眼カメラそのものに起因していると私は思います。単眼カメラという同一の方式を採用しているのに性能差が広がった理由としては、

 1. トヨタのシステムに乗っているハードウェアのスペックが良かった
 2. トヨタのアルゴリズムの方が優秀だった
 3. トヨタは機械を信頼した設計、日産は人間を信頼した設計

の三つが考えられます。

1.は分かりやすいです。トヨタのセーフティセンスCで採用しているカメラの解像度が高いので、撮像面での大きさを正確に判定できる。処理するCPUの性能が良いので処理時間がかかるが精度のよいアルゴリズムを採用できる。などといった差ですね。

2.も分かりやすいと思います。単眼カメラを用いた測距には多数の手法があり、それぞれ一長一短あります。そしてたとえ同一のアルゴリズムを採用したとしても設定するパラメータのさじ加減によって性能差が表れるのは容易に想像がつきます。トヨタの方が載っているソフトが良かった、という差ですね。

3.はすこし詳しく書きます。現在のADAS装備者車のほぼ全てで採用されている「普段は人間が運転するが、緊急時は機械が人間の処理を代替する」という方式では常に「機械と人間のどちらの判断を重視するか」という問題が付きまといます。

実際に長期間乗ってみると分かりますが、ADASはかなり誤作動します。私が乗っているCX-5でも、何もないところで衝突警報がたまに鳴ります(交差点の右左折時に多いです)。また、ホンダのADASシステム(車種は不明)でも「あまりに誤作動してブレーキがかかるので普段はADAS機能をOFFにしている」という話を聞いたこともあります。

つまり、現代のADASシステムはまだまだ完全には遠いということです。すると、なるべく機械が介在しないようにして、衝突ギリギリまで人間の判断(ブレーキを踏む、ハンドルを切って回避する)を待ちたいところではあります。しかしながら、車は急には止まれないのでだらだらと人間の判断を待っていたら衝突回避性能は落ちていきます。

ですから、ある設計者は「ドライバーが信頼を失ったら機能をOFFにしてしまうだろう。そしたら事故防止には何の意味も無い。場合によっては誤作動によって交通事故を誘発してしまうかもしれない」と思い、人間の判断を重視するかもしれません。また別の設計者は「人間よりも機械の反応速度の方がずっと速い。機械がより積極的に介在すれば事故を起こす率も下がるし、重大事故につながるリスクも減る。誤作動を恐れるのではなくて誤作動を起こさないように徹底的に試験を進めれば良い」と考えるかもしれません。

ちなみに、JNCAP予防安全性能評価が始まったときはホンダ車の評価が非常に悪く、ホンダ経営陣は原因として「人間の判断を重視しすぎた」という旨のことを喋っていましたね。

こういう設計思想の違いが性能差に表れたという可能性です。

また、1~3はいずれかということではなくて、複合的に関係しているということも十分に考えられます。主観ですが、2,3の割合がかなり大きいのでは、という気がします。

まとめ

トヨタと日産の単眼カメラによる自動ブレーキによって性能差が表れたのは、トヨタの方式で赤外線レーザーを併用していることが理由では無いと思います。あくまでも単眼カメラの性能自体の差であって、その理由としては設計思想の違いやハード性能、ソフトの出来のよさなどが考えられます。

また、ここで述べた事の大半は想像に基づいており(「思います」「考えられます」と書いてある所はすべてそうです)、事実は全然違うということも考えられます。このあたりはメーカーが詳細を開示してくれないと分からないところではありますが、今一番ホットな分野なので絶対に詳しい事は教えてくれないでしょう。ただ、上記に書かれたことはそこまで大きくは間違っていないとも個人的には思っています。