【質問#28】仕事とモチベーション

質問・悩み相談の回答です。

質問

≪コメントでエラー伝わったようで何よりです≫

こんにちは。4月。仕事の上ではまた新しい一年が始まります。
withpopさんの仕事に対するモチベーションはいかほどですか?転職をご検討されているとのことから、失礼ながら仕事に対するモチベーションは(現在は)低いことと推察されますが、今回の質問は短期的スパンにおける仕事へのモチベーションではなく、長期的スパンでのモチベーションについてお考えいただければと思います。

ソースは失念しましたが働くことについての調査で、

”「できれば働きたくない人」が約3割という結果について、ネット上では「当たり前」といった反応のほか、「むしろ7割の人は働きたいと思っていたんだ」といった「7割」に対しての驚きの声が上がっている。”という記事を見かけたことがあります。この結果についてはできれば働きたくない人が3割「しか」いないことに私は驚いたものです。はっきり言って私も働きたくなく、ベーシックインカムを心から待ち望んでいる人間であります。継続は力なりという先人の教えに従い、宝くじをコツコツ買い続けていますがいまだ働かずに生きていけるほどの大金は手に入っていません。

そんな状況ですから仕事に対するモチベーションは限りなく低く、毎日毎日いやだいやだと思いながら仕事に取り組んでいます。こんなつらい思いをして働き続けることがあと数十年続くと思うとうんざりしますし、現在の仕事を定年まで勤め上げる自信もありません。独り身ならば身の振りは多少自由ですが結婚もして子どももいるとなるとそうも言ってられませんね。

しかしもっと深刻なのは私は仕事。仕事というよりイメージ的には労働と言ったほうがふさわしいでしょうか。労働そのものが嫌いです。つまりどんな職業に就いたとしても労働に対するネガティブな気持ちは払拭できないのではないかと思います。

はるか昔、人類が狩猟や採集で明日への生きる糧を得ていた時代は、働かないことは死に直結していたはずです。そういう意味では働かないという選択肢は(恐らく)存在せず、皆生きるために働いていたんだろうなぁと思います。
一方現代はどうでしょうか。働かなくても死に直結していません。ニートの存在はまさにその象徴と言えるのではないでしょうか。生活保護、はては刑務所と、働かずとも命をつなげることが可能です。そういった生き方を望んでいるわけではありませんが、私の働きたくないという気持ちの根源はそこにあるように思います。

つまり
今日働かなくても明日の生死に関係ない
働かなくても死にはしない
今の仕事は結果を出そうが出すまいが生死に関係ない

これこそが労働に前向きになれない一番の原因のような気がします。

余談(グチ)ですが…私は男性ですが家事労働は意欲的に行えます。会社で働きたくないという消極的理由ではなく積極的に一生をかけて取り組める仕事であると、自信を持って断言できます(実績あり)。NHK朝ドラ「あさがきた」では女性の社会進出を目指して活躍する主人公が描かれていましたが、女性の社会進出と同時に、男性の家庭進出がなぜ進まなかったのか残念でなりません。妻には専業主夫になりたいとお願いしていますが却下されています。男女平等ですので、そのかわり妻も働いて収入を得てもらっていますので、まあやむをえません。子どもが生まれたとき女性が仕事をやめるケースはよく見かけますが、我が家ではその話し合いは私と妻のどちらが辞めるのか?と結論が出ず、「どちらも働く」ということで落ち着いています。

質問です。
1.職業の種類に関係なく、労働そのものへのネガティブな気持ちを持ったまま数十年働くことが苦痛でなりません。こんな気持ちではありますが、子どものため仕事は辞めることなく続けていくつもりです。なんとか前向きとはいかないまでも、苦痛を和らげる考え方、気の持ち方はありませんでしょうか?なお私はつぶしのききにくい職業ですので転職は難しいかと思います。今の仕事を続けつつ…いい方法はないですかね?つらくても1分1秒がお金に変わっているという思いで働いていますが、サービス残業や休日出勤など、お金に変わらない勤務(それを勤務というのかは別にして)が常態化しています。民間も公務員も経験しましたが公務員だからといってサービス残業やサービス休日出勤はありますから…
2.どんな仕事に就いても嫌なことはありますが、こんな私に比較的向いている職業は農業、漁業など、命の根源に関わるものを生産する仕事だと思うのですがいかがですか?(決して農業や漁業がラクと言っているわけではありません。)

よろしくお願いします。

回答

≪コメントでエラー伝わったようで何よりです≫

重ね重ね、ありがとうございます。大変助かりました。週間強程度、質問投稿フォームが止まってしまっていたようです。

今回のご質問には私もたくさん考えさせられることがありました。労働の本質を捉えた鋭い疑問であると私は思います。まずは、ご質問に回答する前に文面から私が感じたことを書いていきたいと思います。

失礼ながら仕事に対するモチベーションは(現在は)低いことと推察されます

はい、低いです…と答えたいところですが、最近はまた情勢が変わってきました。転職活動を止めたわけでは無いですが、このあたり機会があれば思いを文章にしてみたいと思います。

さて、ご質問の文面からは「人はなぜ働くのか」「生活が確保できるのならば働く必要はないのではないか」といった労働に関する根源的な問いが語られています。このような考えは今後の中長期的な将来を語る上で非常に重要なテーマであると思います。今後の社会は機械やAIが人間の労働を次々代替していき、その結果短期的には失業率が増えるかもしれません。しかしその後は人間は機械やAIが作り出した冨を緩やかに消費していく(ベーシックインカムがその形態の一つ)ようになる…というのが一つの蓋然性の高い将来予測と私は考えています。

人間が働かなくても良くなったら、人間は本当に働かなくなるだろうか?という問いは古くから考えられてきたテーマでもあります。一つの回答は、それでも人間は働くだろうというものです。元来、人間は狩猟や採集をして暮らしていました。この時代はご指摘のように「働かなくては死ぬ」ような時代であったわけです。労働は人間の生存性の確保そのものでした。しかしその後農耕が始まり、人間は余暇を持つようになりました。人間は余暇を思索に用い、その結果高度な学問や文化が発達しました。農耕の技術や機械化によってますますその傾向は強まりましたが、技術や文化を発展するため、またはそこから創出された新たな問題に対処するため人間はいまだに働き続けています。この歴史こそが「人間はそれでも働き続ける」ことを示しているという主張です。

この説明には一見すると説得力があるように思えますが、しかしながら今後の社会では従来が労働生産性の向上という進化であったのに対し、人間の労働そのものを代替するということが発生するので同列には語れないのではないか、とも思います。同様にして、未来学者が「機械が人間の労働を完全に代替したら人間はより創造的な活動を自己実現のためにするようになる」と答えていたのを聞いたことがあります。もちろん、その様な人もいるかもしれませんが、今の時代を見てもすべての人間がみな創造的な活動が好きではない所を見ると、「与えられた食事を食べ、与えられた創作物や遊びを消費して一日を過ごす」ような人はかなりの数居るだろうと私は思います。

私自身に関しても改めて考えてみたのですが、私も出来ることならば働きたくないという意見に同意できます。私には「こういう仕事をしたい」「こういう環境で仕事をしたい」という要求は多数ありますが、それは少しでも労力をかけずに仕事をしたい、もしくは労力や成果に対して相応の報酬を貰いたいという改善への要求であって、本質的には賃金であるための活動です。ということは他の方法で収入を得ることができればたぶん働かないでしょう。

私は生活のために「相応の労働力と成果を提供するので、見返りに相応を報酬を貰う」という契約を組織と交わしているという感じでしょうか。働きたくないよう、と主張して「よしよし。ご飯を持ってきてあげるからね」という優しいお姉さんは居ないです。一方で、「馬車馬のように働け。金はやらん」という運営の組織には誰もついてこないでしょう。なので双方が歩み寄っていい感じのところで決着をつける、妥結的win-winの関係だね。という行為が「働く」という事なのではないか。

しかしながらその一方で私は仕事そのものに対する喜びをも感じます。自分がやりたいこととお客さんがやりたいことがうまくマッチして、プロジェクトの運営にうざったい横やりを入れる人がおらず、最終的に良いものが実際に出来上がったときはその行為自体が楽しいと感じます。また、本ブログで記事の執筆という行為は私が好き好んでやっている作業ではありますが、その作業が結果として広告収入を生み出しています。

これらは労働と言えるでしょうか?前者は会社組織に所属してやった仕事である以上、労働とは言えないという人は居ないと思います。後者はどうでしょうか。すこし微妙なラインだと思います。私は純粋に好きなことをやり続けていたらたまたまお金が入ってきたのです。YoutubeのCMでも「好きなことで、生きていく」というWeb広告ビジネスを最大限のオブラートで包んだとてもよいキャッチフレーズがありますね。Youtubeで好きな事をやっている動画を掲載して広告収入を得るのは労働でしょうか?このあたりまで考えると労働とはみなさない人も一定数出てきそうではないでしょうか。

…と、以上ここまでを考えるとなんとなく議論の本質が見えてきたように思います。つまり、労働というのは働くことで賃金を得る行為を意味しますが、労働は取り組むモチベーションから二つに分けることができます。嫌だけど仕方なしにやっている労働(「使役」とします)、もう一つは好きなことをやっていたらたまたまお金になった労働(「天職」とします)です。そして「天職」と労働の境界はやや曖昧です。「金を得るものは全て労働」と考えるならば労働ですが、「好きなことをやっていたらたまたま収益につながったのだから労働ではない」という意見もあるでしょう。個人的には、収益を得るのを目的としているか否かが分かれ目だと思っています。

さて、「人間は生活が無条件で保障された時に働かなくなるか?」という問いに対する答えは多々ありますが、その多くはそもそも「労働」をどう定義しているかが曖昧なので答えにもブレがあるように思います。この点を先の労働の二分類を踏まえて考えてみると、人間は働かなくて良くなったときに「使役」はしなくなるでしょう。しかしながら「天職」は続けるひとが多いでしょう。なぜならば本質的にそれが好きだからです。好きなことを理由も無く辞める人は少ないでしょう。

そして、「人間は生活が無条件で保障された時に働かなくなるか?」という問いに対する答えのブレはつまり「天職」を職業と見なすかどうかというブレと等しいのではないか。というのが私のここまでの結論です。

以上を持って改めて下記について考えますと、

「できれば働きたくない人」が約3割という結果

これはどちらかというと「使役」な職に就いている人が3割、どちらかというと「天職」に就いている人が7割という風にとらえることも出来ます。現代日本では職業選択の自由がありますから、このような結果になるのはまあ当然と言っても差し支えないように思えてきます。そして重要なことは大体どんな仕事でも「使役」と「天職」の部分は入り混じっていることが常だということです。ですから、7割の側の人も「使役」の部分に関しては出来れば働きたくないと思っているに違いないはずです。だってやりたくない仕事なんですから。

「仕事には『使役』『天職』の両面があって割り切れない」「このアンケートは『使役』『天職』を区別していない」という二つを踏まえれば「できれば働きたくない人」が約3割という結果にも納得いくのではないでしょうか。

さて、ここまで考えた所で質問に入りたいと思います。

1.は仕事へのやりがいを見出すにはどうすれば良いか(どうすれば苦痛を軽減できるか)、ということですね。「仕事の楽しみは与えられることでは無く見つけること」とは良く言われる言葉ではありますが、限界もあると思います。先ほど述べたように仕事には「使役」と「天職」の部分が入り混じっているのが普通でしょうから、現職をつまらないものと決めつけず何か楽しめる部分を探すように心がけてはいかがでしょうか。…というのが無難で当たり障りない回答になるかと思います。

しかし今回は転職以外の方向で、とのことでしたが、根本的には転職しかない無いのではないでしょうか。…という思いが2.の質問に続きます。

2.の質問は意味深です。質問者様は現代社会においては生活の保証が高いレベルで備わっているがために労働に前向きになれないとおっしゃっています。その上さらにつぶしが効きにくい職業に携わっているともおっしゃっています。しかしその一方で農業や漁業は比較的向いている気がすると推察されています。また、その前段では家事に関しては積極的に一生携われると断言しておられます。つまり、これらには質問者様の「天職」の要素が強く含まれているのではと推測できます。

質問文全体からも、質問者様は生活水準の向上に魅力をそれほど感じていないように思われ(生活保護、はては刑務所と、働かずとも命をつなげることが可能という部分など)、その一方で農業や漁業、家事などといった人間本来の生活に近い活動であるほど程魅力を感じておられるということが示唆されています。家事という作業も一般に収益は発生しないものの、生活に密接に結びついた活動であってこれも共通していると思います。

であればそのように生活に密接に結びついた職業にぜひ転職してみてください、と言いたいところですが、もちろんそこで障壁になるのが転職後すぐに生活が成り立つ程度の収益になるのか?失敗したらどうするのか?という一連のリスクでしょう。「今の仕事を続けつつ…いい方法はないですかね?」という言葉からも、現職は「使役」の要素が多いものの生活していくには仕方ないといった気持ちが伺えます。

では転職のリスクを排除してしまえば良いと思います。具体的には、副業として農業、漁業、家事にチャレンジするのはどうでしょうか。

私が思いつく例ですと、たとえばアクアリウム(観賞魚用水槽)で使う水草の中には簡単に増やし、それなりの単価で売れるような種類もあるようです。あとは観賞魚、淡水エビの類でもコツをつかんで繁殖できればこれもそれなりの単価で売れるようなものもあるようです。ただ、人間の生存性とは直結しないのであまりご興味はわかないかもしれませんが…。

単純に農作物を育てて売るという行為を副業でやることも不可能ではないと思いますが、畑が無いと物理的に農作物を育てることができないので難しいですね。ただ家庭菜園レベルでも、突き詰めて得たノウハウや経験をアウトプットできるレベルまで極めれば、書籍の販売やメディアでの広告収入と言った形で収益化は可能と思います。

あとは家事で収益を得るとすれば、クラウドソーシング等のサービスで代行を募るという感じでしょうか。ただこの場合は拘束時間帯的に副業としてやるのが難しいかもしれません。

といった感じで、あまり良い提案が出来ず恐縮ですが、「副業をする」というのは一つの手だと思います。副業がうまく行けば本業から「天職」に乗り換えることも可能ですし、そこまで行かなくとも副業で自分一人の手でお金を稼ぐと言うのは非常に充足感の強い行為であり、その充足感が本業での辛さを和らげるという効果も期待できます。(というか私がそういう考えでブログを書いています)