議論をするのに人格やジョブタイトルその他属性は関係ない

ホントこれ分かってない人多くてあったまくる。

議論をするときは議題に対して意見を述べたり反対意見を述べたりするのが普通であって、喋っている人が誰かというのは本来全く関係ない。これが大原則のはずだ。しかしながら人間というのは私を含めて大体アホで面倒くさがりなので、自分で考えるのが時に面倒になる。ある人が表明した意見が正しいか正しくないか判断するときは意見そのものについて検討しなければならないのだけど、それをせずに話している人の人格やジョブタイトル、評判によって意見が正しいか正しくないか決めてしまいがちだ。

例えば同じことを言っていたとしても、何処の誰かも分からない一般ピープルが言うよりは名だたる企業のCEOが喋った方が後者のほうが説得力があるように思えるだろう。また、「XXXという食品は危険」などと医師が言い出したらそれを無条件に信用する人もいるだろう。国会の議論においても野党が言い出したのか、与党が言い出したのかで議員の反応はそれぞれ大きく異なるしメディアの伝え方もかなり変わってくる。政党制なのだから戦略を考えて党の方針に従うのは当然としても、本当に議題のみにフォーカスしていれば与野党の意見が一致する場面もあっていいはずだがそういう場面はほとんど見たことが無い。

SNSや色々なサイトのコメント欄はもっと低レベルで相手への決めつけや暴言はごく日常的に行われている。すぐに人格攻撃に走る人が多い。それをみて大抵の人は「人格攻撃はアカンよな」と正しいことを考える。これは比較的分かりやすいケースだろう。

こういうことが仕事でも中々うまくいかない事が多い。

こないだ、会社の後輩が皆の前で発表する機会があり、そこで「ユニットテストとインテグレーションテストはどちらが大事か?それはインテグレーションテストだ。なぜならばユニットテストをするためにはモックデータやその仕組みを用意する必要がある。これは非常に手間だ。インテグレーションテストならばシステムが全て動くのでモックを用意する手間が無い。だからユニットテストをやるのはやめてインテグレーションテストだけをやろう」などと言い始めた。

私は即座に次のように反論した。大規模なシステムは段階的にテストしていかないとデバッグ効率が下がる。だからユニットテストをやったうえでインテグレーションテストをすることは、いきなりインテグレーションテストをするよりも(じテスト範囲を網羅するならば低コストなはずだ。あなたが言ってる問題の本質はモックデータを作るのがしんどかったり単体で動かすのが難しいようなテスタビリティの低い設計・実装になっていることじゃないか。だからユニットテストをやるのがしんどいならばしんどくないような仕組みを整えるのが筋ではないかと。

そのほかにも「顧客に『我々はちゃんと製品の品質を確認しています』と信用してもらうためのプロセスを積極的に落とすというのはあり得ない」「そもそも顧客から依頼された納品物のなかにユニットテスト報告書や単体テスト報告書などといったものが含まれている」などという至極まっとうな意見がでた。

しかしながら後輩は納得いかないご様子。後になって「お前みたいな若造に何が分かる、って感じでフルボッコでしたねwww」みたいな感じでヘラヘラと笑っていた。それで私はカチーンと来た。

私含め複数の社員が「ユニットテストをやらないでインテグレーションテストだけやればいい」なんて極論に反論したのはそれが極論であるからであって、喋ってるのがガキか大人かなんていうのは誰も気にしてない。それをば、なんですか?「お前みたいな若造に何が分かる」って。それって逆に言えば「相応の年を取ってたら俺の意見も認められる」みたいな言い方じゃないか。そんなことねぇから。

4月になり新入社員がこのように先輩社員から指摘を受ける場面は多々あるだろう。その中には「若造が生意気言ってんじゃねえ」みたいな意見自体の良しあしを考慮しないで頭ごなしで否定されることもあるだろう。しかしながらまっとうな社員に指導される限りはほとんどの意見は人格や年齢とは関係ない指導である。

両者の違いを判別するには言われたことをよく吟味して考えなければならない。それをせず「自分が若いから叩かれるのだな」と判断するのは学習の機会を捨てていることに他ならない。

会社組織や社会を良く思わず、「会社なんてララララ」みたいに考えて悲観的に捉えるのは本人の勝手で好きにすればいいと思うが、言われたことは自分と相手の立場を除外して吟味することが大事だろう。意見は言う側も気を付けなければならないが、捉える側も気を付けたほうが良いと認識した次第。